第68話 青い髪の回復術師
第68話です。
グループ結成に向け、まずは回復役を探すことになった大河とライズ。
しかし、優秀な回復術師の多くはすでに別のグループへ所属しているようです。
そんな中、二人は「ルル」という少し変わった少女の噂を耳にします。
今回もよろしくお願いします!
昼休みを告げる鐘が学院中に響くと、回復魔法棟の廊下へ一斉に人が流れ出した。白い石壁に囲まれた細長い廊下には、授業で使われた薬草の青臭い匂いと、魔力を帯びた水のわずかに甘い香りが残っている。窓から差し込む昼の光は明るく、磨かれた床の上を歩く生徒たちの影を長く引き伸ばしていた。
大河は壁際へ寄り、人の波を避けながら教室の出口へ目を向けた。その隣ではライズが腕を組み、出てくる生徒を一人ずつ確かめている。頭上ではポルポルが退屈そうにくるくる回っていた。
「回復魔法の授業が終わる時間に来たのはいいけど、誰に聞けばいいんだ?」
大河が小声で尋ねると、ライズは視線を動かしたまま肩をすくめた。
「片っ端から聞く。こっちはまだ二人しかいないんだ。選り好みする前に情報が要るだろ」
「それはそうだけど……」
昨日、二人でグループを作ることを決めたばかりだ。正式にグループランキングへ参加するには最低五人。大河とライズはどちらも素手格闘が得意なため、残りまで似た能力の者で固めれば、参加できるランキングが偏ってしまう。
最初に欲しいのは回復役。
その意見だけは二人ともすぐに一致した。
教室から最後の生徒たちが出てきたところで、ライズが近くを通った男子生徒へ声をかけた。
「ちょっといいか。回復魔法ランキングで上位の学院生って誰か知ってる?」
呼び止められた男子は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、大河とライズの制服を見ると足を止めた。
「上位って、どのくらい?」
「できるだけミドルランカー以上がいいかな」
「それなら何人かいるけど……」
男子は顎へ指を当て、少し考えてから数人の名前を挙げた。
ところが、そのすべてに同じ言葉が続いた。
「その人はもうグループ入ってる」
「そっちも?」
「入ってるよ。回復系の上位なんて、放っておかれないって」
ライズが小さく息を吐いた。大河も予想はしていたが、実際に聞くと厳しい。
学院生は卒業するまで外部グループへ正式加入できない。その代わり、学院内では学生同士でグループを作ることができる。つまり、優秀な人材を狙っているのは大河たちだけではなかった。
「ありがとう、助かった」
男子を見送ったあと、二人は別の生徒にも声をかけた。
二人目も、三人目も似たような答えだった。
回復魔法ランキングで目立つ者は、すでにどこかの学院グループに所属している。中には卒業後に大手グループから声をかけられている生徒までいるらしい。
昼休みの廊下は少しずつ静かになっていった。食堂へ向かう生徒たちが減り、開いた窓から鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「思ったより早いな」
大河が窓枠へ背中を預けると、ひんやりした石の感触が制服越しに伝わった。
「何が?」
「囲い込み。上位ランカーはもうみんなグループに入ってる」
「そりゃそうだろ」
ライズは苦笑しながら壁にもたれた。
「俺たちが今さら始めたんだから、上から順に選べるわけない。むしろ残ってる奴の中から探す方が大事だ」
「残り物から掘り出すってことか」
「言い方が悪いな」
ライズが眉を寄せたところで、近くを歩いていた二人の女子生徒が立ち止まった。
「もしかして回復役、探してるの?」
声をかけてきたのは、肩まである茶色い髪の少女だった。隣の友人らしい少女も興味深そうにこちらを見ている。
「そう。誰か知らない?」
ライズが答えると、茶髪の少女は少し迷うように友人と目を合わせた。
「上位ランカーじゃなくてもいいなら……変わった子がいるけど」
その言葉に、大河が身体を起こした。
「変わった子?」
「授業だけならすごく上手いの。先生にも何度も褒められてるし、治癒の実技試験でもほとんど失敗しない」
「だったらランキングも高いんじゃないのか?」
大河が尋ねると、二人の少女は揃って首を横に振った。
「それが、ローランカー」
「ロー?」
思わず聞き返す。
「ランキングになると全然ダメなの。手が震えちゃって、いつもならできる魔法まで失敗するのよ」
隣の少女が少し声を落とした。
「人に見られるのが苦手なんだと思う。授業でも先生に当てられると、顔真っ赤になるし」
「名前は?」
「ルル。青い髪の子。たぶんまだグループにも入ってないわよ」
ライズの目がわずかに細くなった。
「どこにいるか分かる?」
「昼休みなら裏庭かな。一人でいることが多いから」
礼を言って二人と別れると、大河とライズは顔を見合わせた。
「どうする?」
「会うだけ会ってみよう」
ライズの返事に迷いはなかった。
「ランキングが低いのは気になるけど、授業で本当にそこまでできるなら、見る価値はある」
大河も歩き出しながら頷いた。
順位だけを見ればローランカー。けれど、グループに入れられる学院生は最大十人しかいない。その十人を今の数字だけで選んでしまっていいのか。
昨日ライズが言っていた言葉が、少しずつ意味を持ち始めていた。
学院の裏庭は、表側の賑やかさが嘘のように静かだった。校舎の影が広く落ち、石畳の隙間から小さな草が顔を出している。壁際には古い木製のベンチがいくつか置かれ、その向こうには低い生け垣と花壇が続いていた。風が葉を揺らすたび、土と花の匂いがかすかに混じる。
「青い髪……」
大河が辺りを見回していると、ポルポルが先に見つけた。
「あそこなのです」
生け垣の向こう、小さな木の下に一人の少女が座っていた。
肩に届かないほどの青い髪。毛先が内側へ丸く入り、風が吹くたび頬の横で揺れている。膝の上には一冊の本があり、少女は周囲の音から身を隠すようにページへ視線を落としていた。
「あの子か」
ライズが声を抑える。
大河は少し離れた場所から様子を見た。
年齢は自分たちより少し下だろう。十六歳くらいに見える。整った顔立ちはどちらかといえば可愛らしく、細い指で本の端をそっと押さえている姿は、噂に聞いた優秀な回復術師というより、おとなしい普通の少女にしか見えなかった。
「行ってみるか」
二人が歩き始めた、その時だった。
足音に気づいたルルが顔を上げた。
大河と目が合う。
一瞬。
青い瞳が大きく見開かれた。
次の瞬間には視線が本へ落ち、肩が目に見えて強張った。ページを押さえていた指に力が入り、紙の端がわずかに曲がる。
大河は思わず足を止めた。
「……これ、行って大丈夫か?」
隣のライズも同じことを考えたらしい。
「二人で囲んだら逃げそうだな」
「別に囲む気はないけど」
「向こうから見れば同じだろ」
少し離れているのに、ルルの身体から緊張が伝わってくる。顔を伏せてはいるが、本を読んでいる様子はない。ページもさっきから一度も動いていなかった。
「噂以上だな」
ライズが声を潜める。
「人見知りっていうか、完全に警戒されてるぞ」
「俺たち何もしてないんだけどな」
「男二人で近づいてくる時点で駄目なんじゃないか?」
大河は腕を組んだ。
話しかけなければ何も始まらない。しかし、このまま二人で行けば、グループへの勧誘どころか名前を聞くだけで終わりそうだった。
何か方法はないかと周囲へ視線を巡らせたところで、目の前を紫がかった小さな影が横切った。
ポルポルが暇そうに空中で伸びをしている。
大河の視線が止まった。
ライズも同じ方向を見る。
「……いたな」
「いた」
ポルポルが耳をぴくりと動かした。
「なんなのです?」
大河はポルポルの肩へ手を置くように指先を近づけた。
「彼女と友達になってきてくれないか」
「急なのです」
「俺たちが行くと警戒されるんだよ」
「ポルポルなら大丈夫そうだ」
ライズまで真顔で頷く。
ポルポルは二人を交互に見てから、木の下の少女へ目を向けた。
「ポルポルに任せるのです」
妙に自信満々に胸を張ると、そのままふわりとルルの方へ飛んでいった。
大河とライズは生け垣の陰へ少し下がり、様子を見守る。
ルルは近づいてくるポルポルに気づくと、今度は顔を上げた。大河たちを見た時とは明らかに反応が違う。
青い瞳が丸くなり、本を持つ手から力が抜けていく。
ポルポルが目の前で止まった。
「こんにちはなのです」
「…………」
返事はない。
けれど逃げる様子もなかった。
「ポルポルなのです」
自分の胸を小さな手で指す。
ルルの視線が、ポルポルの耳から身体、ふわふわした毛へとゆっくり動いていく。
やがて、ほんの少しだけ唇が開いた。
ルルの唇が、ほんのわずかに動いた。
距離があるため、その声までは大河たちのところへ届かない。ただ、何かを言われたポルポルが嬉しそうに胸を張る姿だけは、木々の間からよく見えた。
「何か喋ったな」
大河が声を潜めると、ライズも生け垣の向こうへ目を凝らした。
「俺たちが近づいた時とは全然違うな」
何を話しているのかは分からない。それでも、ルルの様子が変わっていくのは遠目にも分かった。膝の上で強く握られていた本から少しずつ指の力が抜け、ポルポルを見つめる青い瞳からも、先ほどまで浮かんでいた警戒の色が薄れていく。
やがてルルは本を膝の横へ置いた。
おそるおそる伸びた手が空中で一度止まり、何かを尋ねるようにポルポルを見る。ポルポルが大きく頷くと、その指先がふわりと頭へ触れた。
柔らかな毛を確かめるように、ルルの手がゆっくり動く。
すると、ずっと強張っていた少女の肩が少しだけ下がった。
「すごいな、ポルポル」
大河は思わず感心してしまった。
「もう触らせてるぞ」
「人選は正解だったみたいだな」
ライズの口元にも小さな笑みが浮かんでいる。
二人が見守る先で、ルルの唇は何度も動いていた。ポルポルも身振りを交えながら何かを返している。声は聞こえなくても、会話が続いていることだけは分かる。
しばらくすると、ルルが小さく笑った。
ほんのわずかに頬を緩めただけの笑顔だったが、大河たちを見た瞬間に本へ逃げ込むように俯いた少女と同じ人物とは思えなかった。
「……あんな顔もするんだな」
大河が呟くと、ライズは腕を組んだまま頷いた。
「人が嫌いってわけじゃなさそうだ」
大河もそう感じていた。
話したくないのではなく、話せない。
その二つは似ているようで随分違う。
授業では優秀なのにランキングになると実力を出せないという話も、目の前の姿を見ていると少しだけ理解できた気がした。
「よし」
大河は生け垣から身体を離した。
「今なら俺たちも行けるんじゃないか?」
一歩踏み出したところで、ライズが腕を掴む。
「待て。せっかく警戒が解けてきたのに、俺たちが行ったら元に戻るかもしれない」
大河は足を止め、もう一度ルルを見る。
確かに今はポルポルと楽しそうにしている。それなら、もう少し任せた方がよさそうだった。
ところが、その考えを知らないポルポルが不意にこちらを振り返った。
「あっ」
嫌な予感がした。
ポルポルの小さな手が、まっすぐ大河たちを指す。
何かをルルへ話しているらしい。
それまで柔らかくなっていたルルの表情が、一瞬で固まった。
ポルポルの指先を追うように青い瞳が動き、生け垣のそばに立つ大河とライズを捉える。
視線がぶつかった途端、ルルはポルポルの後ろへ身体を隠すように身を縮めた。
「……絶対、俺たちのこと言っただろ」
「早いんだよ」
ライズが額へ手を当てる。
何も知らないポルポルだけが、なぜ二人が困っているのか分からないらしく首を傾げていた。
ルルはそんなポルポルへ顔を近づけた。
何かを囁く。
ポルポルが耳を傾け、何度か頷いた。
やがて二人の間から離れると、ポルポルは大河たちのところまで飛んできた。
「大河さん」
「どうだった?」
「ルルさん、大河さんたちが何の用なのか聞いてるのです」
「……そこもポルポルに聞くんだな」
大河はルルへ目を向けた。
こちらを気にしているのは間違いない。青い瞳が一瞬だけ大河を見たものの、目が合いそうになるとすぐポルポルへ戻ってしまった。
「グループの話をしたいって伝えてくれるか?」
「分かったのです」
ポルポルが再び飛んでいく。
「なんか変なことになってきたな」
大河がその背中を見送りながら呟くと、ライズは少し楽しそうに笑った。
「でも、逃げられてはいない」
「それはポルポルのおかげだろ」
「だったら使えるものは何でも使わないと。まず話ができないと始まらないからな」
ポルポルがルルの前へ戻り、大河から預かった言葉を伝えている。
ルルは黙って聞いていた。
やがて大河たちの方をちらりと見る。
すぐに視線を落とし、両手の指を膝の上で絡ませた。何度も指先を組み替えながら、しばらく迷っている。
そして再び、ポルポルへ何かを囁いた。
今度もポルポルが大河たちのところへ戻ってくる。
「なんて?」
「グループに入ったことがないから、よく分からないのですって」
「断られたわけじゃない?」
「違うのです」
大河とライズは顔を見合わせた。
少なくとも、話を聞く気はあるらしい。
大河はもう一度、木の下にいる青い髪の少女を見た。
回復魔法の授業では成績優秀。それなのにランキングではローランカー。人前に立つだけで本来の力を出せなくなり、学院でもいつも一人でいる。
十人しかないグループの枠を使う相手として、本当に正しいのかはまだ分からない。
けれど、順位だけを見ていたら、きっとここまで来ることさえなかった。
「ライズ」
「なんだ?」
「もう少し、この子のこと知ってみないか?」
ライズはすぐには答えず、ルルを見つめた。
その隣では、戻ってきたポルポルが何かを話している。ルルはまだ俯きがちだったものの、時折ポルポルを見て小さく頷いていた。
「そのつもりで来たんだろ」
ライズの口元がわずかに上がる。
大河も頷いた。
グループの三人目は、まだ決まっていない。
まずは目の前にいる少女が、本当はどれほどの回復魔法を使えるのか。
それを確かめるところから始めることになりそうだった。
第68話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回登場したのは、青い髪の回復術師ルル。
授業では高い実力を見せながら、ランキングではローランカー。
人前に出ると緊張してしまい、本来の力を発揮できないようです。
そして、まさかの交渉役はポルポル。
大河とライズには警戒していたルルも、ポルポル相手なら少しずつ心を開いてくれました。
グループの枠は最大十人。
今の順位だけではなく、その人が本当は何をできるのかを見ることも重要になりそうです。
果たしてルルは、大河たちの三人目の仲間となるのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




