第67話 残り半年
この世界へ来て、もうすぐ半年。
一年以内に王になるという約束を改めて意識する大河ですが、まだ総合ランキングは百位圏外です。
そんな中、ライズからある話を持ちかけられることに。
今回もよろしくお願いします!
朝の光が窓から差し込み、部屋の床を淡い金色に染めていた。開け放した窓から入ってくる風には、少し前まで感じていた冷たさがなく、薄いカーテンをゆっくりと膨らませている。
大河は寝台の端に腰を下ろし、学院へ行く準備をしていた。机の上にはランキングカードと財布、それから学院で使う筆記具が並んでいる。剣術の授業がある日は着替えも必要になるため、以前より荷物も増えた。
この世界へ来たばかりの頃は、持ち物らしい持ち物すらなかった。
何も分からない草原に突然放り出され、隣には空を飛ぶ妙な生き物が一匹。ランキングが何なのかも、マニーが何なのかも知らなかった。
「大河さん、早くしないと遅れるのです」
その妙な生き物が、今では当たり前のように窓際を飛んでいる。
「まだ時間あるだろ」
「ポルポルは準備できてるのです」
「お前、何も持ってないじゃん」
「心の準備なのです」
「便利だな、それ」
大河は苦笑しながらランキングカードを手に取った。
何気なく表面を眺めていると、ポルポルが窓の外へ顔を向けたまま口を開いた。
「そういえば大河さん、もうすぐ半年なのです」
「何が?」
「この世界に来てからなのです」
カードを財布へ入れようとしていた手が止まった。
「……半年?」
思わず聞き返す。
ポルポルは振り向くと、小さな指を折りながら何かを数え始めた。
「もうちょっとで半年なのです。ポルポルはちゃんと覚えてるのです」
「もうそんなに経ったのか……」
大河は手にしていたカードへ視線を落とした。
一年。
あの白い空間で神に頼まれた期限が、急に現実味を帯びて頭の中へ戻ってくる。
一年以内に総合ランキング一位となり、この世界の王になる。
最初に聞いた時は、あまりにも現実離れした話だった。ランキングというものすら知らなかった自分にとって、一年という期限より、異世界へ行くという出来事そのものの方がはるかに大きかった。
けれど今は違う。
ランキング協会へ通い、学院へ入り、実際にいくつものランキングへ挑戦してきた。素手格闘ではハイランカーまで上がり、魔法を覚え、剣術も学び始めた。スキルの種からは火力マックスという力まで手に入れた。
半年前には想像もできなかったところまで来ている。
それなのに。
「ポルポル」
「なんなのです?」
「俺、総合ランキングって今何位なんだ?」
ポルポルはぱちぱちと瞬きをしたあと、大河の手にあるカードへ視線を落とした。
「分からないのです」
「分からない?」
「総合ランキングは百位までしか順位が出ないのです。それより下は動きすぎるから、順位を出してないのです」
「……そうだったな」
個別ランキングですら、わずか一週間で四十一位から四十三位へ落ちたばかりだ。参加者が多く、競技数まで膨大な総合ランキングなら、下位になるほど変動はさらに激しいのだろう。
大河はカードの縁を親指でなぞった。
百位以内に入れば、自分が王まであと何人なのかが数字として見える。
今は、その入口にすら届いていない。
「半年やって、まだ百位圏外か」
「でも大河さん、最初は何も知らなかったのです」
「それはそうなんだけどな」
「ポルポルがいっぱい教えたのです」
「そこを自慢したかっただけだろ」
「違うのです」
否定しながらも、ポルポルは妙に得意げだった。
大河は立ち上がり、荷物を肩へ掛けた。窓から差し込む朝日がランキングカードの表面で一瞬だけ反射する。
残り半年。
その時間で、順位さえ表示されない場所から一番上まで行かなければならない。
考えれば考えるほど無茶な話だった。
それでも、不思議と足が止まるほどの重さは感じなかった。四十一位まで上がった素手格闘だって、始めた頃にはワイナへ触れることすらできなかった。目の前にあるものを一つずつ登ってきた結果が今なら、残りも同じように進むしかない。
「よし、行くか」
「学院なのです!」
ポルポルが開いた窓から勢いよく飛び出し、大河は慌ててその後を追った。
昼を過ぎた学院は、朝とは違う熱気に包まれていた。
剣術訓練場の土には無数の足跡が刻まれ、汗と乾いた砂の匂いが混ざっている。大河は木剣を片付けると、水を一口飲んだ。冷たい水が火照った喉を通り、額から流れた汗が顎先から落ちる。
最近になって、ようやく剣を握った時の違和感が少なくなってきた。
素手なら身体が勝手に反応する場面でも、剣を持つと一瞬考えてしまう。そのわずかな遅れをなくすには、まだ時間が必要だった。
「大河」
訓練場を出たところで、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、廊下の柱にもたれるようにライズが立っていた。
「ライズ。どうした?」
「少し時間あるか?」
「あるけど」
いつものように軽口でも飛んでくるのかと思ったが、ライズはすぐには話さなかった。周囲を歩いていく生徒たちへ一度視線を向け、それから顎で中庭を示す。
「ちょっと付き合ってくれ」
学院の中庭には大きな木が一本あり、その周囲を囲むように石造りの腰掛けが置かれている。葉の間から細かな光が落ち、風が吹くたび地面の上で揺れていた。
二人が腰を下ろすと、ポルポルは大河の肩の近くでふわふわと浮かんだ。
「それで、話って?」
大河が尋ねると、ライズは膝に肘を置き、少しだけ身を乗り出した。
「大河、グループランキングに興味ないか?」
「グループ?」
つい最近聞いたばかりの言葉だった。
学院の外でカールとリンからダブルスターへ誘われたことが頭をよぎる。
「悪いけど、俺、この前グループの勧誘を断ったばかりなんだ」
「ダブルスターだろ?」
あっさり言われ、大河は眉を上げた。
「知ってるのか?」
「学院の外で勧誘されてたって話くらいはな。それに、俺が言ってるのはああいう話じゃない」
ライズは背筋を起こし、大河をまっすぐ見た。
「新しく作るんだよ。俺たちで」
「俺たちで?」
予想していなかった言葉に、大河は聞き返した。
ライズは小さく頷く。
「学院の制度、知らないだろ?」
「何の?」
「学費免除」
今度は大河の目が止まった。
「……学費?」
「そこには食いつくんだな」
「そりゃ食いつくだろ」
学院へ入る時に払った入学金だけでもかなりの額だった。さらに授業内容によって月々の学費も変わる。ランキングで稼げるようになったとはいえ、払わなくて済む金ならその方がいい。
ライズはその反応を見て口元を緩めた。
「学院生が所属してるグループの中で、月末の時点でグループ総合ランキングが一番高いところがあるだろ。そのグループの学院生は、次の月の学費が免除になる」
「毎月?」
「そうだ。次の月に抜かれたら、それで終わり。だから一度一番になっても維持しないと意味がない」
「そんな制度あったのか」
「学院に入った時に説明されてるはずだけどな」
「……聞いた覚えがない」
「お前、最初の頃はランキングのことで頭いっぱいだったからな」
否定できず、大河は視線を逸らした。
「でも、グループランキングってどうやって順位を上げるんだよ?」
ライズは足元に落ちていた細い枝を拾い、指先で弄びながら答えた。
「簡単に言えば加点方式だ。グループで参加できるランキングがいろいろある。そこで結果を出せばポイントが入る。その合計でグループ総合ランキングが決まる」
「じゃあ参加しまくれば上がるのか?」
「参加するだけじゃ大して稼げない。上位で結果を残さないとな。それにポイントが有効なのは直近一年だけだ。昔強かったってだけじゃ順位は維持できない」
枝を指先でくるりと回しながら、ライズは続ける。
「だから人数もいるし、参加回数も必要になる。当然、一人一人の能力も重要だ」
「人数が多い方が有利じゃないか?」
「普通ならな。ただ学院生には制限がある」
ライズは片手を開いたあと、もう片方も広げた。
「五人以上、十人まで」
「十人?」
「学院生全員で一つのグループを作ったら、学費免除を競う意味がないだろ。だから学院から参加する場合は上限が決められてる」
大河は木の葉の向こうに見える学院の建物へ目を向けた。窓の向こうには多くの生徒が行き交っている。その中から選べるのは最大十人。
「だったら、誰を入れるか結構重要だな」
大河が呟くと、ライズの指先で回っていた枝が止まった。
「そこなんだよ」
さっきまで少し笑っていた目が、大河へ向けられる。
「十人しか使えないなら、誰でもいいわけじゃない。戦える奴ばかり集めても参加できるランキングが偏る。今の順位だけじゃなく、何が得意なのか、これからどこまで伸びるのかも見ないといけない」
その話を聞きながら、大河は少し前に自分を勧誘したカールとリンを思い出していた。
ダブルスターが高い給料や保証を用意してまで人を集めるのも同じなのだろう。所属させるだけで金がかかる以上、誰でもいいはずがない。
「それで俺に声をかけたのか?」
「そういうこと」
ライズは迷わなかった。
「素手格闘四十三位。少し前までは、そんなところにいなかっただろ?」
「まあな」
「しかも剣術を始めて、魔法もやってる。俺なら十人の中にお前の枠を取る」
真正面から言われると、少し居心地が悪い。大河は頬を掻きながら、木陰の向こうへ視線を逃がした。
「まだ十人集まってないんだろ?」
「十人どころか、これからだ」
「……これから?」
「まずお前に声をかけた」
大河はゆっくりライズへ顔を戻した。
「じゃあ今、何人?」
「俺とお前が入れば二人」
「五人必要なんだろ?」
「だからあと三人探す」
「先は長いな……」
「お前が半年で素手格闘四十三位まで行くよりは簡単だろうよ」
ライズが笑い、大河も思わず口元を緩めた。
頭上で話を聞いていたポルポルが、そこで何かを思い出したように降りてくる。
「グループランキングは十位まで行くと国がもらえるのです!」
「国?」
大河が見上げる。
「治める権利が与えられるんだ」
ライズが補足した。
「一位から十位までのグループは、それぞれ国を持ってる。スターエルミナスもそうだ」
「グループランキングって、そんなところまで行くのか」
学費免除の話をしていたはずなのに、突然規模が大きくなった。
ライズは肩を揺らして笑う。
「俺たちにはまだ関係ない。今から五人集めようって段階で国の心配してどうするんだよ」
「それもそうか」
大河も笑いながら背もたれ代わりの木へ身体を預けた。
葉の隙間から見える空は青く、白い雲がゆっくり流れている。
今朝、残り半年だと知った。
まだ総合ランキング百位にも入っていない。王までは遥かに遠い。
だからこそ、一つのランキングだけに立ち止まっている時間はない。
グループランキングが自分の総合順位を直接上げてくれるわけではない。それでも、これまでとは違うランキングに触れれば、新しい何かが見えてくるかもしれない。それに学費が免除になるなら、挑戦して損をする話でもなかった。
半年前、何も持たずにこの世界へ来た。
今は自分を仲間に誘う人間がいる。
大河は膝に置いていた手を持ち上げ、ライズへ向けた。
「分かった。やってみようかな」
ライズは一瞬だけ目を見開き、すぐに笑ってその手を握った。
「決まりだな」
「ただし、俺は王を目指すのを優先するぞ」
「知ってる。それをやめろなんて言わない」
握った手が離れる。
「むしろ王を目指してる奴がいる方が面白いだろ」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃないから面白いんだろ?」
ライズが立ち上がる。
木陰から陽射しの下へ出た背中を、大河はしばらく見つめていた。
「それじゃ、まず三人だな」
「誰か考えてるのか?」
「何人かはな。でも枠は十人しかない。適当に声をかけるつもりはない」
ライズは振り返り、学院の校舎へ目を向けた。
窓の向こうには、まだ名前も知らない生徒たちの姿がいくつも見える。
「ちゃんと選ぼうぜ。俺たちのグループに必要な奴を」
風が中庭を抜け、大きな木の葉をざわりと揺らした。
残り半年。
大河が王を目指す道に、その日、これまでにはなかった新しい道が一本加わった。
第67話を読んでいただき、ありがとうございました。
気づけば、大河がこの世界へ来てからもうすぐ半年。
一年以内に王になるという期限も、いよいよ残り半分となりました。
そして今回、新たに動き始めたグループランキング。
ライズと大河を中心に、まずはグループを作るための仲間集めが始まります。
学院から参加できるのは最大十人。
ただ強いだけではなく、それぞれ何が得意なのかも重要になりそうです。
果たして、最初の仲間に選ばれるのは誰なのか。
ここから大河の挑戦に、新しいランキング争いが加わります。
次回もよろしくお願いします!




