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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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66/66

第66話 先生との約束

第66話です。


素手格闘ランキング四十一位まで上がった大河。


そんな中、かつて大河を指導してくれたワイナにも大きな変化があったようです。


久しぶりに先生のもとを訪れた大河。


今回もよろしくお願いします!

グランサンダーとのランキング戦から、一週間ほどが過ぎていた。


 午後の学院には、窓から差し込む柔らかな陽射しが長く伸びていた。廊下を歩く生徒たちの声に混じって、遠くの訓練場から木剣のぶつかる乾いた音が聞こえてくる。


 剣術の授業を終えた大河は、汗の残る首筋を布で拭きながら廊下を歩いていた。その隣ではポルポルが、何をするでもなくふわふわと浮かんでいる。


「大河さん、今日はもう帰るのです?」


「その前に、ちょっと寄っていこうと思ってる」


「どこなのです?」


「ワイナ先生のところ」


 大河が答えると、ポルポルの耳がぴくりと動いた。


「そういえばシルバーランカーになったのです!」


「そう。十七位だって」


 数日前から学院でも話題になっていた。


 大河が素手格闘を教わったワイナがランキング戦に勝利し、一気に十七位まで順位を上げた。二十位以内に入り、ついにシルバーランカーとなったのだ。


 素手格闘の上級者コースを修了してからは、ワイナと顔を合わせる機会も以前ほど多くない。それでも、自分をここまで育ててくれた先生が一つ上のランク帯へ進んだと聞けば、直接お祝いくらいは言いたかった。


 素手格闘の訓練場へ近づくにつれ、床を踏む音が大きくなる。


 開いた扉から中を覗くと、ワイナが一人の生徒を指導していた。


「力を入れるのが早すぎるわ。最初から力んでいたら、相手に何をするか教えてるようなものよ」


「はい!」


「ほら、もう一度。今度は肩の力を抜いて」


 生徒が構え直し、ワイナへ向かって踏み込む。


 ワイナは正面から受けず、身体をわずかにずらした。伸びてきた腕へ手を添え、その勢いを利用するように腰を回す。生徒の身体がふわりと浮き、次の瞬間には訓練場の床へ転がっていた。


 大河は思わず笑った。


 自分も何度やられたか分からない。


 けれど、その直後だった。


 身体を起こしたワイナが右肩へ手を伸ばし、ほんの一瞬だけ顔をしかめた。


 すぐにいつもの表情へ戻ったが、大河は見逃さなかった。


「今日はここまで。身体の使い方を忘れないようにね」


「ありがとうございました!」


 生徒が頭を下げて訓練場を出ていく。


 その背中を見送ったワイナが、入口に立っている大河に気づいた。


「あら、望月くん」


 柔らかく目を細める。


「久しぶりね。どうしたの?」


 大河は訓練場へ入り、ワイナの前まで歩いた。


「シルバーランカーになったって聞きました。おめでとうございます」


「あら、それを言いに来てくれたの?」


「はい。十七位ですよね?」


「そうよ。ありがとう」


 ワイナは嬉しそうに笑ったものの、腕を組もうとして右肩が止まった。


 近くまで来ると、大河にも傷の状態がよく分かった。頬には薄い擦り傷が残り、首元にもまだ赤黒い痕がある。袖から覗く右腕にも大きな青あざが残っていた。


「先生、結構やられてるじゃないですか」


「シルバーは簡単には取らせてくれなかったわ」


「かなり苦戦したんですか?」


「かなり、なんてもんじゃないわよ。途中で何度やめようと思ったことか」


 冗談めかして笑ったが、その声には試合の激しさが滲んでいた。


「回復魔法は受けたんですよね?」


「もちろん。これでもずいぶん良くなったのよ」


 ワイナは右腕を持ち上げてみせた。肩より少し上まで来たところで動きが鈍り、眉間に小さな皺が寄る。


「完全には治ってないですね」


「時間が経てば治るわ。骨には問題ないみたいだし」


 大河は傷の残る腕を見つめた。


 ワイナは強い。


 自分が素手格闘を始めた頃など、触れることさえまともにできなかった相手だ。


 そのワイナがここまで傷ついて、ようやく手にした十七位。


 シルバーランカーという場所が、数字で見るよりずっと遠く感じられた。


「エリカさんに頼んでみましょうか?」


 ワイナが目を瞬かせた。


「エリカさんに?」


「はい。もっとちゃんと治せると思います」


 ワイナはしばらく大河の顔を見たあと、呆れたように息を漏らした。


「望月くん、回復ランキング一位をずいぶん気軽に頼るのね」


「気軽っていうか……」


「普通はそんな簡単にお願いできないのよ?」


「でもエリカさんなら、多分やってくれますよ」


「前に一緒に食事した時にも思ったけど、あなた、エリカさんとの距離感ちょっとおかしいわよね」


「そうですか?」


「そうよ」


 ワイナは迷うように右肩へ触れた。


「でも、お願いできるならありがたいわ。このままだと指導にも少し支障があるし」


「じゃあ帰りに一緒に行きましょう」


「今から?」


「途中で飯でも食ってから行けば、ちょうどいい時間ですよ」


「本人にまだ何も聞いてないでしょう?」


「まあ、大丈夫です」


「その自信はどこから来るのよ……」


 ワイナが苦笑する。


 ポルポルは二人の周りを飛びながら、別のところに反応していた。


「ご飯なのです!」


「そこだけ聞いてたのか」


 大河が呆れていると、ワイナの視線がふと大河の腰に下げたランキングカードへ移った。


「そういえば望月くん。あなたも先週、四十一位まで上がったんですって?」


「はい。グランサンダーさんに勝って……」


 そこまで言って、大河はカードを取り出した。


 ワイナの順位を確認した時、自分のところまでは見ていなかった。


「今も四十一位……」


 表示された数字を見て、大河の声が止まった。


「……四十三位?」


 ワイナが覗き込む。


「あら、本当」


「二つ落ちてる」


「そりゃそうでしょう」


「一週間ですよ?」


「一週間も、よ」


 ワイナは大河の額を指先で軽く小突いた。


「あなたが剣術の練習をして、ご飯を食べて、寝てる間にも、ほかのランカーは戦ってるの。ランキングは待ってくれないわよ」


「分かってはいるんですけど……」


 四十一位になった時は、これでしばらく安心できると思っていた。


 ところが、もう四十三位。


 以前も気づかないうちに九十九位まで落ちていた。


 止まっているのは自分だけで、ランキングそのものは常に動き続けている。


「でも四十三位なら十分じゃない」


 ワイナはカードから大河へ視線を戻した。


「グランサンダーに勝ったんでしょう? どうやったの?」


「最後は、落ちたふりをしました」


「……落ちたふり?」


 ワイナの眉が上がった。


「絞められて、本当に意識が飛びそうだったんです。力じゃ抜けられなかったから、身体の力を全部抜いて」


「それで?」


「グランサンダーさんが勝ったと思って力を緩めた瞬間に抜けました」


 ワイナはしばらく黙って大河を見つめた。


 やがて口元がゆっくり持ち上がる。


「へえ……そんなことまでできるようになったのね」


「先生に教わった技じゃないですけど」


「いいのよ」


 ワイナは首を振った。


「教わった技をそのまま出すだけが格闘じゃないわ。相手を見て、その瞬間に何をするべきか考える。それも立派な技術よ」


 大河はカードを握ったまま、少し照れくさくなって視線を逸らした。


 初めてワイナに教わった頃は、力に任せて突っ込み、簡単に転がされていた。


 少なくとも、あの頃よりは前へ進んでいるらしい。


「それにしても、先生は十七位か……」


「あら、何?」


「ずいぶん遠くに行ったなと思って」


「何言ってるの。あなたも四十三位でしょう?」


「二十六人もいますよ」


「最初に会った頃よりずっと近いじゃない」


 言われてみれば、その通りだった。


 以前のワイナは、戦うことすら想像できないほど上にいる存在だった。


 今は違う。


 大河は少し考えてから、ワイナを見た。


「先生とも、いつかランキング戦で戦ってみたいです」


 ワイナの目がわずかに大きくなる。それから、何かを思いついたように口元が緩んだ。


「できるわよ」


「え?」


「いつかじゃなくても、来月やりましょうか」


 思いがけない返事に、大河は眉を上げた。


「でも、対戦相手は選べないですよね?」


「もちろん選べないわよ」


 ワイナは楽しそうに人差し指を立てた。


「だから一緒にランキング協会へ行くの。望月くんがシルバーランク帯に挑戦を申請した瞬間、隣で待っている私が承認するのよ」


「あ……そういうことか」


 ようやく意味が分かり、大河は思わず笑った。


「私より先にほかのシルバーランカーが承認したら、その人が対戦相手になるけどね。でも、隣で待っていればかなり有利でしょう?」


「それ、いいですね」


「どう? 私を倒してシルバーランカーを狙ってみる?」


 大河はワイナを見る。


 自分の戦い方を誰より知っている相手。


 癖も、弱点も、成長してきた過程も見られている。


 それでも、不思議と怖さより先に胸の奥が熱くなった。


「ぜひお願いします」


「あら、即答ね」


「先生とやれるなら、やってみたいです」


「いいわ」


 ワイナの目に、指導している時とは違う鋭い光が宿った。


「でも試合になったら手加減しないわよ」


「俺も、そのつもりです」


「ふふっ。言うようになったわね」


 その日の学院を出た三人は、途中の店で夕食を済ませてからエリカの家へ向かった。


 空が紫色へ変わり始める頃には、昼間の熱も薄れ、通りを抜ける風が心地よくなっていた。


「本当に今から行くの?」


 ワイナは家が近づくにつれて、何度目か分からない確認をした。


「大丈夫ですよ」


「だから、まだ本人に聞いてないじゃない」


「もう着きますから」


「望月くん、意外と強引ね」


「エリカさんなら怒らないのです!」


「それはあなたたちだからでしょう?」


 ポルポルと話しているうちに家へ着いた。


 ワイナは足を止め、目の前の建物を眺めた。


「ここがエリカさんの家なのね」


「そうです。俺も今はここに住ませてもらってます」


「一緒に暮らしてるとは聞いてたけど、本当だったのね」


「嘘ついてどうするんですか」


「だって回復ランキング一位よ? 普通は一緒に住むことにならないでしょう」


 ワイナがまだ納得できないような顔をしている横で、大河はいつものように扉を開けた。


「ただいま」


「おかえり」


 居間から返ってきたのは、エリカではない男の声だった。


 ワイナが少しだけ眉を上げる。


 居間へ入ると、ソファに座っていたビスタがこちらを向いた。大河の後ろにいる見知らぬ人物へ気づき、身体を起こす。


「大河、その人誰?」


「素手格闘を教えてくれたワイナ先生」


「へえ、先生なんだ」


 ビスタが興味深そうにワイナを見る。


「初めまして。ビスタ」


「ワイナよ。望月くんには以前、素手格闘を教えていたの」


「よろしく」


「ええ、よろしくね」


 二人が簡単に挨拶を交わしていると、奥から足音が近づいてきた。


「誰か来たのか?」


 エリカが居間へ姿を現し、その視線がワイナへ向かう。


「おお、ワイナではないか。久しぶりじゃの」


「久しぶり、エリカさん。突然ごめんなさいね」


「構わんが……」


 エリカの目が細くなる。


 頬から首、そして右肩へ視線が移った。


「随分派手にやられたようじゃな」


「分かる?」


「わしを誰だと思っとる」


 エリカが近づき、ワイナの腕へそっと触れた。


「ランキング戦か?」


「ええ。おかげで十七位になったわ」


「ほう」


 エリカの眉が上がる。


「シルバーになったのか。やるではないか」


「ありがとう。代わりにこの有様だけどね」


「大河くんが連れてきた理由はこれか」


「はい。エリカさんなら治せると思って」


 大河がそう答えると、エリカは小さく息を吐いた。


「まったく。せめて先に一言くらい聞いてから連れてこんか」


「すみません。でも、治してくれますよね?」


「もう連れてきておいて何を言っとるんじゃ」


 呆れたように言いながらも、エリカはワイナへ向き直った。


「まあよい。腕を出してみい」


 ワイナが袖をまくる。


 エリカの掌から柔らかな光が広がった。


 温かな光が右肩から腕全体を包み、青紫色に変わっていた皮膚の色が少しずつ薄れていく。ワイナは黙ってその様子を見つめていたが、やがてゆっくり腕を持ち上げた。


 肩より上へ。


 さっきまで止まっていた位置を越えても、表情は変わらない。


「……すごいわね」


「まだ少し違和感は残るじゃろ。今日は無理に動かすでないぞ」


「十分よ。さすが回復ランキング一位ね」


「当然じゃ」


 エリカが得意そうに鼻を鳴らす。


 その横でビスタが興味深そうにワイナを見ていた。


「それにしても十七位って、すごいじゃん」


「素手格闘ランキングの十七位なのです!」


 ポルポルが自分のことのように胸を張る。


「じゃあ大河より強いんだ」


「今はね」


 ワイナが答えると、大河は苦笑した。


「今は、って先生」


「あら? 来月私に勝つつもりなんでしょう?」


「来月?」


 ビスタが食いついた。


 ポルポルも待ってましたとばかりに飛び上がる。


「大河さんとワイナ先生が戦うのです!」


「ほう」


 エリカまで興味を示した。


 大河は来月、ランキング協会でタイミングを合わせ、自分がシルバーランク帯へ挑戦を申請した直後にワイナが承認する予定だと説明した。ただし、別のシルバーランカーが先に承認すれば、その相手との対戦になる。


「面白そうじゃの」


「絶対見に行く」


「ポルポルも行くのです!」


 ワイナは三人を順番に眺め、最後に大河へ視線を戻した。


「……ずいぶん応援団がいるのね」


「先生も誰か連れてきたらどうです?」


「望月くん?」


「冗談です」


 エリカの家に笑い声が広がった。


 しばらくしてワイナが帰る頃には、外はすっかり夜になっていた。


 大河は玄関まで見送りに出る。


「今日はありがとう。エリカさんにも、もう一度お礼を言っておいて」


「はい」


 ワイナは右腕を軽く回した。痛みはほとんどないらしく、動きは滑らかだった。


「じゃあ来月ね」


「楽しみにしてます」


「その前に」


 ワイナが大河の胸元を指差した。


「ちゃんとハイランカーを維持しておきなさいよ」


「分かってます」


「本当に? もう四十三位なんでしょう?」


「まだ一週間しか経ってないんですけど」


「だからランキングは面白いのよ」


 ワイナは楽しそうに笑い、夜の通りへ歩き出した。


 その背中が暗がりへ消えていくまで、大河は玄関先に立っていた。


 来月。


 うまく対戦が成立すれば、相手はワイナ。


 自分に素手格闘を教えてくれた先生であり、現在十七位のシルバーランカー。


 大河は無意識に拳を握る。


 先生だからこそ、今の自分がどこまで通用するのか試してみたい。


 ただ、その前にやるべきこともある。


 四十三位。


 一週間で二つ落ちた数字が、頭の隅に引っかかっていた。


 来月まで、ランキングが大人しく待ってくれるはずもない。


 大河は夜空を見上げると、ゆっくり息を吐いた。


 シルバーへ挑むまでの一か月を、ただ待って過ごすつもりはなかった。

第66話を読んでいただき、ありがとうございました。


ついにシルバーランカーとなったワイナ。


以前は遥か上にいるように見えた先生ですが、大河も少しずつその背中へ近づいてきました。


そして決まった、来月のシルバーランク帯への挑戦。


うまくタイミングが合えば、相手は自分に素手格闘を教えてくれたワイナです。


師匠と教え子としてではなく、今度はランキングを争う一人のランカー同士として戦うことになります。


ただし、その前に大河自身の順位は四十三位へ。


一か月後まで、ランキングが同じ場所にいてくれる保証はありません。


ワイナとの対決を迎えるまでに、大河はどこまで進めるのか。


次回もよろしくお願いします!

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