第63話 火力マックス
第63話です。
アビス・ヴルムとの戦いを経て、さらに強くなることを意識し始めた大河。
そんな中、以前聞いた「スキルの種」を試してみることに。
果たして大河には、どんな変化が起きるのでしょうか。
今回もよろしくお願いします!
翌日の学院は、朝から乾いた木剣の音に満ちていた。
高い窓から差し込む光が床板の傷を白く浮かび上がらせ、踏み込むたびに薄い埃が舞う。大河は木剣を構えたまま、正面のタイラから目を離さなかった。
以前なら相手の肩や腕に意識が偏っていた。
今は違う。
剣先。
足。
腰の向き。
視線。
タイラがどちらへ動こうとしているのか、その全部をぼんやり広く見る。
「始め!」
キルギスの声が飛んだ。
タイラが踏み込む。
木剣が大河の左肩を狙って走った。
大河は半歩だけ身体をずらし、剣を合わせる。
カンッ。
甲高い音。
タイラがそのまま剣を返す。
大河は追いかけない。
足を動かし、間合いを残す。
次の瞬間、タイラの重心がわずかに前へ流れた。
そこへ大河が踏み込む。
木剣の先が胸当てへ触れた。
「一本」
キルギスの声が落ちる。
タイラは動きを止め、胸元へ目を落とした。
「……最近、入り方が嫌だな」
「嫌って何だよ」
「前は速いだけだったのに」
「それ褒めてる?」
「一応」
大河は木剣を下ろしながら笑った。
ただ、自分でも分かっていた。
剣の扱いが急に上手くなったわけではない。
まだ細かいところではタイラたちに及ばない。剣だけで戦えば、もっと上の生徒には簡単に崩されるだろう。
それでも、アビス・ヴルムとの戦いを経験してから、戦う時に見るものが増えた。
攻撃を当てることだけではない。
どこへ逃げるか。
誰がどこにいるか。
次に何が来るか。
あの地下で、ほんの少し判断が遅れれば誰かが死んでいた。その感覚だけは、身体の奥に残っている。
「望月」
キルギスが近づいてきた。
「はい」
「今日はそこまで」
「もう?」
「まだやりたいなら自主練しろ。ただし力任せに振るな」
「分かりました」
キルギスは大河の手元を一度見たあと、少しだけ目を細めた。
「剣を急いで仕上げようとするな。まだ基礎の途中だ」
大河の考えを読んだような言葉だった。
「ランキングに出るにはまだ早いですか」
「早い」
即答。
大河は苦笑する。
「ですよね」
「お前は身体能力で誤魔化せる。そのまま出ればローランカーくらいなら勝つこともあるだろう」
「じゃあ」
「それを覚えたら終わりだ」
キルギスの声は淡々としている。
「剣で勝ったのか、身体能力で勝ったのか分からなくなる。今は剣を覚えろ」
大河は木剣を見下ろした。
その言葉はよく分かった。
素手格闘では身体そのものが武器だ。
けれど剣術は違う。
速ければいいわけでも、力が強ければいいわけでもない。
「はい」
大河が頷くと、キルギスはそれ以上何も言わず、次の生徒のところへ歩いていった。
訓練を終え、学院の門を出た頃には日が少し傾き始めていた。
空気はまだ温かいが、昼間ほどの熱はない。街へ続く坂道を下りながら、大河は肩を軽く回した。
ポルポルが隣をふわふわ飛んでいる。
「大河さん」
「ん?」
「昨日のスキルの種、買うのです?」
大河は足を少し緩めた。
「覚えてたんだ」
「当然なのです」
「食べ物の話だから?」
「種なのです」
「やっぱり食べ物として見てるだろ」
ポルポルは少し考えた。
「食べるなら食べ物なのです」
「間違ってないけど」
大河は坂の先へ目を向けた。
街の中心にはランキング協会の建物が見えている。
昨日、エリカさんから聞いたスキルの種。
食べても何も起こらないことが多い。
何が出るかも分からない。
それでも、気にはなっていた。
アビス・ヴルムの黒い鱗が頭に浮かぶ。
ランス・ドーを撃ち込んで、砕けたのは一枚だけ。
もっと強くなりたい。
その気持ちは一晩寝ても薄れていなかった。
「行ってみるか」
「やったのです!」
「ポルポルが食べるわけじゃないぞ」
「見るのです!」
「そこはちゃんと分かってるんだな」
二人はそのままランキング協会へ向かった。
協会の中はいつも通り人が多かった。
ランキングカードを確認する者、受付で挑戦申請をする者、掲示板の前で順位を見上げる者。大きなホールには声と足音が重なり、天井近くまでざわめきが広がっている。
ポルポルの案内で奥へ進むと、普段使う受付とは少し離れた一角に小さな売り場があった。
棚には瓶や箱が並び、その中央に、透明な容器へ入った茶色い種が置かれている。
「これです?」
大河が覗き込む。
見た目は大きめの豆に近い。
表面には細い筋が走り、わずかに光沢があった。
「スキルの種ですね」
受付の女性が頷いた。
「一個、一万マニーです」
「思ったより安いな」
大河が呟くと、女性は少し笑った。
「成功するとは限りませんから」
「やっぱりそうですよね」
「むしろ、何も起こらない方が多いです。初めてですか?」
「はい」
「では一つだけ注意してください」
女性は容器から種を取り出す。
「何のスキルが生まれるかは分かりません。そもそもスキルが生まれない場合もあります。同じ方が何度食べても何も起こらないこともあります」
「何個も食べれば確率が上がるってわけでもない?」
「そう単純ではありません」
大河は種を見つめた。
手のひらに載せると、見た目より少し重い。
「味は?」
ポルポルが横から聞いた。
受付の女性が一瞬だけ目を丸くする。
「……味ですか?」
「美味しいのです?」
「気にしたことがありません」
「大事なのです」
「お前が食べるんじゃないって」
大河は苦笑しながら代金を払った。
一万マニー。
今の大河にとっては、それほど迷う金額ではない。
種を指でつまむ。
「このまま?」
「はい。噛んで飲み込んでください」
「じゃあ……」
大河は口へ入れた。
硬い。
一度噛むと、ぱきっと殻が割れた。
味はほとんどない。
少しだけ苦いような、土っぽいような妙な後味が残る。
「美味しいのです?」
「美味しくはない」
「残念なのです」
大河は飲み込んだ。
しばらく待つ。
何も起こらない。
「……」
ポルポルが大河の顔をじっと見る。
「何?」
「出たのです?」
「知らない」
「光ったりしないのです?」
「俺に聞くなよ」
受付の女性も静かに待っている。
十秒。
二十秒。
大河は自分の手を開いたり閉じたりしてみた。
「何もないな」
「残念なのです」
「まあ、一発で出る方が珍しいんだろ」
そう言った瞬間だった。
胸の奥が、ふっと熱くなる。
「……ん?」
大河は手を止めた。
魔力を使った時とは違う。
身体の中心から何かが広がるような、不思議な熱。
「大河さん?」
ポルポルが近づく。
大河は胸へ手を当てた。
熱は一瞬で消えた。
「今、何か……」
腰に入れていたランキングカードが淡く光った。
「カードが反応しているのです!」
大河はすぐに取り出した。
表面へ文字が浮かび上がっている。
普段のランキング情報。
その下。
今までなかった項目が増えていた。
大河の目が止まる。
「……スキル」
ポルポルが横から覗く。
「何て書いてあるのです?」
「火力……マックス?」
一瞬、二人とも黙った。
「火力マックスなのです」
「そのままだな」
「強そうなのです!」
「まあ、弱そうではないけど」
受付の女性が驚いたようにカードを見ている。
「一度目で?」
「珍しいんですか」
「かなり」
「そんなに?」
「何度使用しても一つも生まれない方も多いですから」
大河はもう一度スキル名を見る。
火力マックス。
名前だけ。
詳しい説明はどこにもない。
「これ、どういう能力なんです?」
「分かりません」
「分からない?」
「スキルは本人と種が交わって生まれるものです。同じ名前のものが存在する場合もありますが、細かな性質まで同じとは限りません」
「自分で試すしかない?」
「そうなります」
「怖いな」
大河はカードを眺めた。
そのまま何となく下へ視線を動かす。
素手格闘。
数字が目に入った。
大河の眉が寄る。
「……ん?」
もう一度見る。
見間違いではない。
「九十九位?」
「どうしたのです?」
「俺、素手格闘九十五位じゃなかった?」
ポルポルもカードへ顔を近づける。
「九十九位になってるのです」
「いつの間に」
「ランキングは毎日動いているのです」
大河は数字をじっと見つめた。
九十九位。
ハイランカーは百位まで。
「……あと二人に抜かれたらミドルじゃん」
「そうなのです」
急に別の問題が出てきた。
ダンジョン。
学院。
魔法。
剣術。
色々やっている間にも、他のランカーたちは当然戦っている。
自分が止まっていても、ランキングは止まらない。
「これはちょっとまずいな」
「戦うのです?」
「近いうちに一回上げた方がいいな」
ただし。
大河はカードの上へ視線を戻す。
火力マックス。
素手格闘ではスキルは使えない。
つまり、この力を手に入れたからといって素手格闘の順位が簡単に戻るわけではない。
「まずこっちが何なのかだな」
大河はカードをしまった。
帰宅すると、診療所の上階から食器の音が聞こえてきた。
扉を開けると、ビスタが食卓に座り、エリカが向かいで茶を飲んでいる。
「ただいま」
「おかえりじゃ、大河くん」
「おかえり」
ビスタが手を上げる。
大河が荷物を置くと、ポルポルが先に飛び出した。
「大河さん、スキルを手に入れたのです!」
ビスタの手が止まった。
「……え?」
エリカも茶のカップを下ろす。
「もう買ったのか?」
「帰りに寄ってきました」
「で?」
「一個目で出ました」
ビスタが椅子から少し身を乗り出した。
「一個?」
「一個」
「マジで?」
「そんな驚く?」
「俺、何個食ったと思ってんの」
「知らないよ」
「結構だよ」
「雑だな」
ビスタは大河をじっと見る。
「いいなあ」
そこには嫌味も悔しさもなく、純粋に羨ましそうな色だけがあった。
「何が出たんじゃ?」
エリカが尋ねる。
大河はランキングカードを取り出した。
「火力マックス」
「……」
エリカの眉が少し上がる。
「なんです、その顔」
「いや、随分と分かりやすそうで、よく分からん名前じゃと思っての」
「俺も同じ感想です」
ビスタが笑う。
「絶対強いやつじゃん」
「そうかな」
「火力マックスで弱かったら名前負けすぎるでしょ」
「確かに」
大河は右手を見る。
「ちょっと使ってみます?」
「やめい」
エリカが即座に止めた。
「まだ何が起こるか分からんのじゃろう」
「そうですけど」
「家を壊されたら困る」
「そこ?」
「診療所まで巻き込んだらもっと困る」
「やめときます」
ビスタが少し残念そうな顔をする。
「見たかったじゃん」
「お前は壊れても住む場所あるみたいに言うな」
「大河と一緒に探せばいいじゃん」
「なんで俺まで追い出されるんだよ」
エリカが深いため息をついた。
「次の休みまで待て」
「魔法訓練場ですか」
「それが一番安全じゃ」
大河は頷いた。
数日後。
休みの日の朝、大河たちはランキング協会の魔法訓練場にいた。
広い石造りの区画には、攻撃魔法用の標的が一定間隔で並んでいる。壁や床には何度も魔法を受けた焦げ跡や亀裂が残り、空気には薄く石と煤の匂いが混じっていた。
「楽しみなのです!」
ポルポルが空中をくるくる回る。
「見るだけだからな」
「応援するのです!」
ビスタも壁際で腕を組んでいる。
「俺、結構期待してる」
「期待されると怖いな」
エリカは標的から少し離れた場所に立ち、大河を見た。
「まず普通に撃ってみい」
「水魔法で?」
「一番慣れておるじゃろ」
大河は標的へ向き直った。
右手を上げる。
胸の奥にある魔力を探し、腕へ流す。
水が集まり、拳ほどの塊になる。
「行きます」
水弾を放つ。
バンッ!
標的の中央へ命中。
水が弾け、表面に小さな亀裂が入った。
「今のが普通の威力じゃな」
エリカが標的を見る。
「次じゃ」
大河は一度息を吐いた。
ランキングカードに出ていた名前を思い出す。
火力マックス。
どう使うのか。
不思議なことに、名前を意識しただけで、身体のどこかに引っかかる感覚があった。
ここだ。
大河は直感的に分かった。
「……火力マックス」
瞬間。
身体の奥で何かが弾けた。
「っ!」
大河の目が見開く。
力が増えた。
違う。
元々身体の中にあったものが、一気に表へ引きずり出される。
筋肉。
呼吸。
魔力。
普段なら無意識に抑えている部分まで、一瞬だけ全部開いたような感覚。
「大河くん?」
エリカの表情が変わる。
大河は右手へ魔力を集めた。
「これ……」
水が生まれる。
さっきと同じ大きさ。
なのに、周囲の空気が違う。
水の表面が細かく震え、低い音を鳴らしている。
「大河、それヤバくない?」
ビスタが腕をほどいた。
「分からない」
「撃っていいのかの?」
エリカが標的と大河を交互に見る。
「やってみます」
大河は腕を伸ばした。
水弾を放つ。
ドンッ!
空気が震えた。
水弾は一瞬で標的へ到達する。
次の瞬間。
ズガァン!
標的の中央が大きく弾け飛んだ。
石片が周囲へ散り、後方の壁へまでぶつかる。
「うわっ!」
ビスタが思わず腕で顔を庇った。
ポルポルが空中で固まる。
「……すごいのです」
大河自身も動けなかった。
標的。
中央が完全に抉れている。
さっきの水魔法とは比較にならない。
「これが……火力マックス?」
右手を見る。
身体が少し重い。
魔力も一気に減った感覚がある。
エリカがゆっくり大河へ近づいてきた。
「分かったぞい」
「何がです?」
「このスキルじゃ」
エリカは壊れた標的を見る。
「大河くんに力を足しておるのではない」
「じゃあ?」
「おぬしが今持っておる能力を、攻撃する一瞬だけ最大まで引き出しておる」
大河は自分の手を見る。
「俺が元々持ってる力?」
「そうじゃ」
エリカが頷く。
「身体能力も、魔力も。普段、人間は全部を一度に使っておらん。身体が壊れぬよう無意識に抑えておる部分もある」
「それを一瞬だけ全部?」
「おそらくの」
ビスタが壊れた標的へ近づく。
「……いいなあ」
「まだ言ってる」
「だってこれ、強いじゃん」
大河は標的を見つめた。
アビス・ヴルムの姿が頭に浮かぶ。
黒い鱗。
ランス・ドー。
一枚しか砕けなかった。
「これなら……」
「勘違いするでないぞ」
エリカの声が飛んだ。
大河が振り返る。
「火力マックスは、おぬし以上の力をくれるものではない」
「……」
「今の大河くんが持っておる最大を出すだけじゃ」
エリカは大河の胸元を軽く指でつついた。
「つまり、このスキルを強くしたければ、大河くん自身が強くならねばならん」
大河はしばらく黙っていた。
そして、少しだけ笑った。
「それなら分かりやすいですね」
「何がじゃ?」
「やることは変わらないってことです」
走る。
格闘。
魔法。
剣。
全部を積み重ねる。
自分が強くなれば、その最大値も上がる。
火力マックスは近道ではない。
自分の成長を、そのまま攻撃へ乗せる力だ。
大河はもう一度壊れた標的を見る。
その時、昨日見た数字を思い出した。
素手格闘ランキング。
九十九位。
「……そういえば」
「どうしたのです?」
ポルポルが近づく。
「素手格闘も何とかしないとな」
「九十九位なのです」
「あとちょっとでミドルだもんな」
ビスタが大河を見る。
「でもそのスキル使えばすぐじゃん」
「使えないよ」
「え?」
「素手格闘ランキングはスキル禁止」
「そうだった」
「忘れてたのかよ」
大河は右拳を軽く握った。
火力マックスという新しい力を手に入れた。
けれど、素手格闘では今まで通り、自分の身体と技術だけで戦わなければならない。
「こっちはこっちで、自力で上げるしかないな」
大河は拳を開いた。
新しい力を手に入れても、やるべきことは一つずつ。
その方が、自分には合っている気がした。
第63話を読んでいただき、ありがとうございました。
大河が手に入れた初めてのスキルは「火力マックス」。
新しい力を与えるのではなく、大河自身が持っている力を一瞬だけ最大まで引き出すスキルでした。
つまり、大河本人が強くなればなるほど、このスキルも強くなっていく。
結局やることは今までと変わらず、地道に積み重ねるしかありません。
そして、もう一つ気になるのが素手格闘ランキング。
いつの間にか95位から99位まで下がり、ハイランカー陥落も目前です。
新しい力を手に入れた大河ですが、こちらはスキルに頼ることができません。
そろそろ素手格闘ランキングも動かす時が来そうです。
次回もよろしくお願いします!




