第57話 初めてのパーティー
第57話です。
ビスタに誘われ、初めて他の冒険者たちと一緒に依頼を受けることになった大河。
これまでポルポルとの二人旅がほとんどだっただけに、今回は少し勝手が違いそうです。
どんな冒険になるのか。
今回もよろしくお願いします!
休みを迎えるまでの数日間、大河は学院の剣術訓練場で、同じ動きを何度も繰り返していた。
高い窓から差し込む午後の光が床板を斜めに照らし、木剣が振られるたび、その中を細かな埃が舞う。訓練場には乾いた木の匂いと、汗の混じった熱気がこもっていた。
大河はタイラと向かい合い、木剣を構えている。
「始め」
キルギスの声が飛んだ。
タイラがすぐに踏み込む。
剣先が右肩を狙って走った。
大河は半歩だけ外へずれ、木剣を滑らせるように合わせた。以前なら相手の懐へ入りすぎていたところだが、今は剣の間合いを残したまま身体が動く。
カンッ。
乾いた音が響く。
タイラが剣を返す。
大河は腕だけで追わず、足を運ぶ。腰が回り、その流れに木剣を乗せる。
今度は大河の剣先がタイラの胸当てへ届いた。
「一本」
キルギスの声。
タイラは悔しそうに口を歪めたあと、すぐに笑った。
「最近、普通に当ててくるようになったな」
「最初が酷すぎたからな」
「それはそう」
「否定しないんだな」
二人が距離を取る。
大河は木剣を握り直しながら、自分の足元へ視線を落とした。
少し前までは、動くたびに頭の中で順番を確かめていた。
足。
重心。
腰。
肩。
剣。
今はそこまで考えなくても、身体が自然に続きの動きを選び始めている。
まだ上手いとは思わない。
キルギスやタイラたちと比べれば、剣の扱いに粗さも残っている。
それでも、木剣が自分の身体から離れた道具ではなくなりつつあるのは分かった。
「そこまで」
キルギスが片手を上げる。
壁際にもたれていた身体を起こし、ゆっくり大河たちへ近づいてきた。
「望月」
「はい」
キルギスは大河の木剣を一度見てから、顔へ視線を移した。
「ようやく剣を持ってる人間には見えるようになったな」
大河は眉を上げた。
「今までは何だったんですか」
「棒を持った格闘家」
タイラが吹き出した。
「それ、分かる」
「お前まで言うなよ」
ユニオンとベイも少し離れたところで笑っている。
キルギスは気にする様子もなく、大河の足元を指した。
「速さは十分だ。むしろ余ってるくらいだ。だから速くしようとするな。崩れないことだけ考えろ」
「はい」
「あと、相手を見すぎるな」
「見すぎる?」
「剣も見ろ。足も見ろ。全体を見ろ」
言うだけ言うと、キルギスはまた壁際へ戻っていく。
大河はその背中を見送りながら、木剣を軽く振った。
最近、少しずつキルギスの言っていることが分かるようになってきた。
最初は意味の分からなかった基礎も、実戦を挟んだことで一つずつ形になっている。
「大河さん」
壁際でポルポルが退屈そうに浮かんでいる。
「今日はあと何回やるのです?」
「まだ昼過ぎだぞ」
「ポルポルはもう十分見たのです」
「見てるだけだろ」
「応援もしてるのです」
「さっき寝てたよな」
「目を閉じて応援してたのです」
「器用だな」
大河は苦笑しながら構え直した。
次の休みには、ビスタと冒険者ギルドへ行く約束がある。
そのことも頭の片隅にあった。
初めて他の冒険者たちとパーティーを組む。
少し楽しみではある。
同時に、どんな連中なのか分からないという落ち着かなさもあった。
その気持ちを振り払うように、大河はもう一度木剣を振った。
そして休みの日。
朝から街はよく晴れていた。
大河が診療所の玄関へ降りると、ビスタはすでに外出の準備を終えていた。
片手剣を腰に下げ、軽装の上から小さな荷袋を背負っている。昨日まで診療所で患者相手に包帯を巻いていた姿とは違い、冒険者らしい格好だった。
「遅いじゃん」
「まだ約束の時間前だけど」
「俺が早かっただけ」
「じゃあ待ってろよ」
ポルポルが大河の肩へ飛び乗る。
「今日はパーティーなのです?」
「そうみたいだな」
「人数が増えるのです!」
「ポルポルも人数に入ってるの?」
ビスタが聞く。
「当然なのです!」
「じゃあ六人か」
「五人と一ポルポルなのです」
「細かいなあ」
「大事なのです」
そんなやり取りをしながら、三人は冒険者ギルドへ向かった。
朝のギルドにはすでに多くの冒険者が集まっていた。依頼掲示板の前では数人が紙を見比べ、酒場側からは焼いた肉と濃いスープの匂いが流れてくる。
「いたいた」
ビスタが片手を上げた。
掲示板の近くに三人の男女が立っている。
一人目は、大河と同じくらいの年齢に見える男だった。
背は高いが、戦士らしい大柄さはない。身体は引き締まっていて、濃紺の上着の上から薄い金属鎧を身につけている。背中には大きめの盾、腰には片手剣。
整った顔立ちで、ぱっと見れば冒険者というより騎士に近い印象だった。
「ハクサン」
ビスタが声をかける。
男が振り返った。
「遅かったな」
「まだ時間前じゃん」
「お前は毎回それを言うな」
ハクサンは小さく息を吐き、その視線を大河へ移した。
「そっちが?」
「望月大河。昨日言ったじゃん」
「昨日は名前しか聞いてない」
ビスタは大河の肩を軽く叩く。
「ハイランカー」
ハクサンの目がわずかに見開かれた。
「……ハイランカー?」
「素手格闘九十五位」
「ビスタ」
「何?」
「それを先に言えよ」
「今言ったじゃん」
「そういう意味じゃないから」
昨日から何度目か分からないやり取りに、大河は少し笑った。
「望月大河です。よろしくお願いします」
「ハクサンだ。こっちこそよろしく」
ハクサンは握手を求めてきた。
手を握ると、見た目以上にしっかりした力があった。
「俺は盾役。前に立つのが仕事だ」
その横から、小柄な青年が顔を出した。
「ニック」
年齢は大河より少し若く見える。背は低く、身体つきも細い。ただ、背中には本人の身長に近いほど長い弓を背負っていた。
「弓使いだ」
「よろしく」
大河が軽く頭を下げる。
最後に立っていたのは、二十歳くらいの女性だった。
肩まで伸びた髪を後ろで束ね、軽いローブの上から革の防具を身につけている。腰には魔法用らしい小さな杖が差してあった。
「ケイです。魔法を担当してます。」
「よろしく」
ケイは大河を一度じっと見たあと、少しだけ笑った。
「本当にハイランカーなんですね」
「一応」
「一応って言う順位じゃないでしょ」
横でニックが呆れたように言う。
「ハイランカーなんて普通に会わないからな」
大河は少し居心地が悪くなり、話題を変えるように尋ねた。
「みんなランキングは?」
「俺は剣術バトルのローランカー」
ハクサンが答える。
「ケイも魔法バトルのローランカーだ」
「そうです」
ケイが頷く。
「ニックは?」
大河が視線を向けると、ニックは少し面倒そうに肩をすくめた。
「弓二位」
「……二位?」
「うん」
「世界で?」
ニックが眉を寄せる。
「ランキングなんだから世界だろ」
大河は思わずニックを見直した。
小柄な身体。
派手な装備もない。
それなのに弓では世界二位。
「すごいな」
「でも弓のバトルランキングはないから」
ニックは淡々と答えた。
「普通の弓ランキングだけ。戦闘ランクじゃ評価されない」
「一位が百ポイントなのです!」
ポルポルが横から説明する。
「そうなの?」
「そうなのです」
大河は少し考えた。
ランキングがすべてではない。
頭では分かっていたが、目の前にこういう人間がいると、その意味が少し違って見える。
「で、今日は何の依頼なんだ?」
大河がハクサンへ尋ねる。
「それなんだが」
ハクサンは掲示板へ視線を向けた。
「本当は別の依頼を受ける予定だった」
「護衛だったっけ?」
ビスタが横から聞く。
「そうだ。街道沿いの商隊護衛。俺たち三人に、お前を加えれば十分だった」
ハクサンはそう言いながら、掲示板の上段へ視線を動かした。
「でも、今日は望月がいる」
大河もその視線を追う。
掲示板の上の方には、赤い縁取りの依頼書がいくつか貼られていた。
普通の依頼より紙が厚く、周囲にもあまり人が近づいていない。
「予定変えてもいいか?」
ハクサンが三人へ尋ねる。
ケイはすぐに掲示板を見る。
「何かあるの?」
「これ」
ハクサンが一枚の依頼書へ手を伸ばした。
ビスタも横から覗き込む。
「……これ受けられる?」
「今ならな」
ハクサンの視線が大河へ向いた。
大河は依頼書へ目を落とす。
そこには、太い文字で書かれていた。
旧グランディア地下迷宮。
新規区画調査。
「ダンジョン?」
「そうだ」
ハクサンが依頼書を剥がす。
「前から知られてるダンジョンなんだが、数日前に中層の壁が崩れて、その奥から今まで確認されてなかった通路が見つかった」
「中がどうなってるか分からない?」
「分からない。魔物の種類も数も、構造も、どこまで続いてるかもな」
ケイが少し眉を寄せる。
「参加条件あったよね」
「ある」
ハクサンは依頼書の下部を指差した。
「一定以上の戦力を持つパーティー限定。俺たち三人じゃ無理。ビスタを入れても届かなかった」
「でも大河がいるから?」
ニックが尋ねる。
「ハイランカーが一人いれば条件を満たす」
大河は依頼書を見たまま、少しだけ眉を上げた。
「俺がいるだけで、そんなに変わるのか」
ハクサンが大河を見る。
「ハイランカーを自分で軽く見すぎだ」
その言葉に、大河は返事を止めた。
九十五位。
数字としては分かっている。
けれど、自分がそこにいることで他人が受けられる依頼まで変わるとは考えていなかった。
「報酬は?」
ビスタがすぐ尋ねた。
「そこなのです!」
ポルポルも勢いよく依頼書へ近づく。
「お前らそこだけ息合うな」
大河が呆れる。
ハクサンは報酬欄を確認し、金額を口にした。
ビスタの目が少し大きくなる。
「いいじゃん」
「かなりいいのです!」
「調査だからな」
ハクサンは依頼書を指で叩く。
「奥まで行く必要はない。危険度を確認して、無理だと思ったら引き返す。新しく見つかった区画の構造と魔物の情報を持ち帰るのが目的だ」
「討伐が目的じゃないんですね」
大河が言う。
「そうだ。だからこそ勝手に動かないことが重要になる」
ハクサンの声が少し低くなった。
「望月」
「はい」
「パーティー経験は?」
「ありません」
ハクサンの表情が止まった。
「……一度も?」
「ないです」
ハクサンはゆっくりビスタを見た。
「ビスタ」
「何?」
「ハイランカーだと聞いて、俺はてっきり経験者だと思ってた」
「強いから大丈夫じゃん」
「そこが一番心配だ」
「どういう意味だよ」
大河が思わず笑う。
ハクサンも口元を少し緩めた。
「一人で強いのと、パーティーで動けるのは別だ。ダンジョンじゃ特にな」
「分かりました」
「まあ、そこは行きながら説明する」
ハクサンは依頼書を受付へ持っていった。
手続きが終わると、五人は必要な道具を確認した。
食料。
水。
灯り。
予備の武器。
回復用品。
大河が荷物を見ていると、ビスタが横から笑う。
「今までこういうの持ってなかったの?」
「森なら日帰りだったから」
「ダンジョン舐めない方がいいよ」
「お前に言われると妙に腹立つな」
「なんで?」
「普段が適当だから」
「でも冒険はちゃんとしてるじゃん」
その言葉には少しだけ説得力があった。
準備を終え、一行は街を出た。
旧グランディア地下迷宮は街からそれほど遠くなく、昼を過ぎる頃には入口のある岩山へ到着した。
山肌には大きな亀裂のような入口が開き、その周囲には簡素な柵や見張り台が作られている。冒険者の出入りもあるらしく、入口付近の地面には多くの足跡が残っていた。
大河は立ち止まり、その奥を見た。
外の明るさとは対照的に、入口から先は暗い。
中から流れてくる空気は冷たく、湿った石と土の匂いが混じっている。
これまで森や草原では何度も魔物と戦ってきた。
けれど、地下へ自分から入るのは初めてだった。
「大河さん」
ポルポルが肩の上で少し身体を縮める。
「暗いのです」
「怖い?」
「少しだけなのです」
「俺も似たようなもんだよ」
大河が小さく笑う。
ハクサンが盾を背負い直し、全員を振り返った。
「ここから先は俺の指示で動いてくれ」
その声から、ギルドにいた時の柔らかさが消えている。
「強い弱いは関係ない。勝手に先へ出ない。何か見つけても一人で追わない。怪しいと思ったら必ず声を出す」
大河は頷いた。
「了解」
ニックが弓を手に取り、ケイも杖を腰から抜く。
ビスタはいつもの軽い笑みを残したまま片手剣の位置を確かめた。
ハクサンが入口へ向き直る。
「俺たちは五人で入る」
一歩、暗闇へ踏み込む。
「そして必ず五人で戻るぞ」
冷たい空気が、大河の頬を撫でた。
大河もその背中を追い、初めてのダンジョンへ足を踏み入れた。
第57話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は大河にとって初めてのパーティーでの冒険となりました。
盾役のハクサン、魔法使いのケイ、そして弓ランキング世界二位のニック。
それぞれ得意分野の違うメンバーと一緒に戦うことで、大河もこれまでとは違った経験ができそうです。
そして向かうことになったのは、未知の区画が発見された旧グランディア地下迷宮。
最後のハクサンの言葉通り、五人全員で無事に戻ってこられるのか。
次回、いよいよダンジョン探索開始です。
次回もよろしくお願いします!




