第55話 図々しい男
第55話です。
Aランク指定のアーマードオーガを倒した大河ですが、今回は戦いの後から始まります。
討伐証明はどうするのか。
魔物の素材はどう扱うのか。
戦えるようになってきた一方で、大河はまだまだ「冒険者として知らないこと」が多いようです。
そして森で出会ったのは、固定パーティーを持たず、必要な時だけ仲間へ加わる冒険者ビスタ。
剣も魔法も回復も少しずつ使えるものの、一つ一つの順位はそれほど高くない。
けれど、それらを組み合わせた時に強さを発揮する彼の戦い方は、これからバトル総合を目指す大河にとって、かなり興味深いものになりそうです。
……ただし、性格はかなり図々しいです。
新しい人物ビスタとの出会いを楽しんでもらえたら嬉しいです。
アーマードオーガの巨体が横たわる空き地には、まだ戦いの跡が濃く残っていた。
地面は何か所も抉れ、湿った土と砕けた石が混ざり合っている。大河が放った水魔法のせいで一部は泥濘み、倒れた木の根元には水滴が細かく光っていた。森の奥から吹いてきた風が、焦げたような獣臭と湿った土の匂いを運んでくる。
大河は大きく息を吐き、右手をゆっくり開いた。
核を殴った時の鈍い痺れが、まだ拳の奥に残っている。ランス・ドーに大量の魔力を使ったせいか、身体の中心にも空洞ができたような重さがあった。
「大河さん、帰るのです?」
ポルポルが倒れたアーマードオーガの上を一周して戻ってくる。
「そうだな。依頼は終わったし」
大河はそう答えながら、改めて巨大な死体を見た。
「……でも、これどうするんだ?」
「どうするとは?」
「討伐した証明」
ポルポルもアーマードオーガを見下ろす。
「全部持って帰るのです?」
「無理だろ」
立っている時も巨大だったが、倒れた今でも大きさは変わらない。腕一本ですら、人間一人で運ぶような代物には見えなかった。
「核は壊したし……」
大河が胸部へ目を向ける。
硬い装甲の隙間には、ランス・ドーによって粉砕された黒い核の欠片が散っていた。証拠として持ち帰るなら核が一番分かりやすそうだが、この状態ではどうにもならない。
「受付で聞いてから考えるか」
仕方なく立ち上がろうとした、その時だった。
「右耳でいいじゃん」
知らない声が背後から飛んできた。
大河の身体が反射的にそちらへ向く。
ポルポルも羽を広げて大河の肩近くへ下がった。
「誰だ?」
木々の間から、一人の男が姿を現した。
年齢は大河と同じくらいに見える。茶色がかった短い髪はところどころ跳ね、使い込まれた革の軽装の上から片手剣を腰へ下げていた。服には泥がつき、肩には小さな荷袋を引っかけている。
緊張感のない顔だった。
むしろ、何か面白いものを見つけたように口元を緩めている。
「右耳を切って持ってけば討伐証明になるよ。アーマードオーガならそれで通るはず」
男は大河の警戒など気にした様子もなく、倒れた巨体へ近づいていった。
「待って」
「ん?」
「誰?」
「あ、そうだった」
男は足を止めると、軽く片手を上げた。
「ビスタ。冒険者」
「……それだけ?」
「他にいる?」
「いや、まあ」
あまりにも自然に返され、大河の方が言葉に詰まった。
ポルポルは大河の横から男をじっと見ている。
「ビスタさんは、いつからそこにいたのです?」
「最後の方かな」
「最後の方?」
「でかい水の槍を撃ったところは見たよ」
ビスタは大河の右手へ視線を向け、感心したように眉を上げた。
「あれ、すごかったじゃん」
「見てたのか」
「見てた」
「助けようとは思わなかった?」
「勝ちそうだったし」
「……」
「危なくなったら入ろうとは思ってたよ?」
悪びれた様子はない。
大河は何とも言えない顔になった。
ポルポルが腕を組むような姿勢を取る。
「怪しいのです」
「そう?」
「怪しい人は自分で怪しくないと言うのです」
「難しいなあ」
ビスタは笑いながらアーマードオーガの頭部へ近づいた。
「で、右耳いる?」
「本当にそれで証明になるの?」
「なるって。俺、何回かAランクの討伐についてったことあるし」
「Aランクに?」
「スポットでね」
ビスタは腰の短いナイフを抜き、耳の付け根を確認し始める。
大河はその手際を見て、少しだけ警戒を緩めた。
「スポット?」
「人数足りないパーティーに入る仕事。固定で組んでないから、呼ばれた時だけ参加する感じ」
「今日は?」
「素材採取の依頼」
「じゃあ仲間は?」
「先に帰った」
ビスタは耳の硬い皮膚に刃を入れながら、何でもないように答える。
「依頼は終わったんだけどさ。報酬分けたら思ったより少なくて」
「それで一人で残ったのか?」
「せっかく森まで来たんだし、もうちょっと成果欲しいじゃん」
ビスタは肩をすくめた。
「今、金ないし」
あまりにさらっと言うので、大河は思わず笑いそうになった。
「危なくないのか?」
「危なくなったら逃げればいいじゃん」
「……どっかで聞いたな、それ」
「誰?」
「今日俺が受付嬢に言った」
「じゃあ一緒じゃん」
「同じにするなよ」
ポルポルが大河の肩へ降りる。
「大河さんは逃げ足世界一なのです」
「まだ言うのか」
ビスタが目を丸くする。
「世界一?」
「五十メートル走ランキング一位なのです」
「マジで?」
ビスタは手を止め、大河をまじまじと見た。
「それ結構すごいじゃん」
「結構どころじゃないのです」
「お前が誇るんだな」
やがて耳の一部が切り取られた。
ビスタはそれを布へ包み、大河へ差し出す。
「これ持ってけば大丈夫」
「助かった」
「でさ」
ビスタはそのままアーマードオーガへ視線を戻した。
「これ、素材どうするの?」
「素材?」
「皮とか牙とか。売れるよ」
大河は巨大な身体を見る。
「持って帰れないだろ」
ビスタがゆっくり大河へ顔を向けた。
「……マジで言ってる?」
「マジだけど」
「全部持って帰る必要ないじゃん」
ビスタはアーマードオーガの牙を指差す。
「牙、爪、耳の一部、装甲の薄いところ。持てる分だけ切って帰ればいいんだよ。素材として結構高いぞ」
「知らなかった」
「お前、冒険者なんだよな?」
「登録はしてる」
「今まで何してたの?」
「魔物倒して帰ってた」
ビスタは少し黙った。
「一番もったいない冒険者じゃん」
「言われてみればそうだな」
ポルポルが大河の頭の上へ移動する。
「大河さん、お金持ちだから気にしてないのです」
「そういう問題じゃない」
「お金持ち?」
ビスタの目が一瞬だけ光った。
大河は嫌な予感がした。
「そこは気にしなくていい」
「いや、ちょっと気になるじゃん」
「気にするな」
「まあいいけど」
ビスタは本当に深追いしなかった。
その代わり、アーマードオーガの牙へナイフを当てる。
「俺が取れるところ教えるからさ、売れたら少し分けてよ」
「ちゃっかりしてるな」
「お互い得するじゃん」
悪びれるどころか、むしろ当然のような顔だった。
大河は少し考えたあと、苦笑しながら頷いた。
「分かった。頼む」
「話早いじゃん」
三人で作業を始めた。
ほとんどはビスタが指示を出し、大河が力仕事を担当する形になった。硬い皮膚をどこから剥がせばいいのか、牙を折らずに外すにはどうするのか、大河には分からないことばかりだった。
「ここ押さえて」
「ここ?」
「そうそう。で、俺が切るから動かさないで」
「結構慣れてるな」
「スポットやってると色んなパーティーに入るからね。素材の取り方も覚えるじゃん」
「便利なのです」
ポルポルが感心したように頷く。
「だろ?」
「でも図々しいのです」
「そこも否定できないな」
大河が笑うと、ビスタも気にした様子なく笑った。
必要な素材をまとめ終える頃には、陽が少し傾き始めていた。
「これならそこそこ金になるよ」
ビスタは荷袋を持ち上げる。
「じゃあ帰ろうか」
三人は森を戻り始めた。
来た時とは違い、大河の身体には疲労が残っていた。魔力の消耗も大きく、拳の痺れもまだ完全には引いていない。
それに気づいたのか、ビスタが横目を向ける。
「手、痛い?」
「少し」
「見せて」
「え?」
「いいから」
ビスタは歩きながら大河の右手を取った。
拳には赤みが残り、皮膚の一部が擦れている。
ビスタの手のひらに淡い光が灯った。
「回復魔法?」
「ちょっとだけね」
柔らかな光が拳を包む。
じんわりとした温かさが広がり、鈍い痛みが少しずつ薄れていった。
「すごいな。回復も使えるのか」
「このくらいなら。骨折とか深い傷は無理」
ポルポルが感心したように覗き込む。
「ビスタさん、便利なのです」
「さっきから便利って言われてる気がするな」
「褒めてるのですよ」
「ならいいや」
大河は右手を軽く握った。
完全に治ったわけではないが、かなり楽になっている。
「剣も使うし、魔法も使うし、回復もできるのか」
「まあね」
「ランキングは?」
大河が尋ねると、ビスタは少しだけ考えた。
「剣だけならローだったかな。魔法もロー」
「ロー?」
思わず大河が足を止める。
ビスタは肩越しに振り返った。
「何?」
「もっと上かと思った」
「どっちかだけだとそんなもんだよ」
「じゃあ、得意なのは?」
「剣と魔法を一緒に使うやつ」
ビスタは腰の片手剣へ手を置いた。
「剣と魔法格闘ならミドル。三百五十六位くらいだったと思う」
「三百五十六位……」
大河はビスタを見る目を少し変えた。
単体ではロー。
組み合わせればミドル。
それは今の大河にとって興味深い話だった。
「ちょうどいいや。前に魔物いた」
ビスタが突然視線を森の奥へ向けた。
茂みが揺れる。
鹿に似た魔物が一匹、鋭い角を向けて飛び出してきた。
大河が前へ出ようとしたが、ビスタが片手を上げる。
「いいよ。さっきので疲れてるじゃん」
「まだ戦えるけど」
「俺も働かないと、ただ素材もらっただけになるし」
ビスタは剣を抜いた。
鹿型の魔物が地面を蹴る。
真っすぐ突進してくる。
ビスタは剣を構えたまま、反対の手を軽く上げた。
「風よ」
短い言葉とともに、横から風が吹きつける。
突進していた魔物の身体がわずかに横へ流れた。
ほんの半歩。
それだけだった。
しかし、その半歩が大きかった。
角の軌道がビスタの身体から外れる。
ビスタはほとんど動かず、横を通り過ぎる魔物の首筋へ剣を滑らせた。
ザシュッ。
鹿型の魔物が数歩進み、そのまま地面へ倒れる。
大河は黙ってその動きを見ていた。
派手ではない。
けれど無駄がない。
「今の……」
「ん?」
ビスタは剣についた血を払う。
「魔法で軌道をずらしてから斬ったのか?」
「そうだけど」
「最初から狙って?」
ビスタは不思議そうに眉を上げた。
「その方が楽じゃん」
その言葉が、大河の中に引っかかった。
剣と魔法。
どちらか一方で勝とうとしていない。
魔法で相手を倒す必要もなく、剣だけで正面から受ける必要もない。
使えるものを合わせればいい。
アーマードオーガ戦でも、大河自身が似たことをやった。
速さ、素手格闘、魔法。
それぞれ別に覚えてきたものを組み合わせて、初めて倒せた。
「面白いな」
「何が?」
「いや、戦い方」
「そう?」
ビスタは剣を鞘へ戻す。
「楽な方がいいじゃん」
本人にとっては特別なことではないらしい。
その軽さが、逆に大河には新鮮だった。
夕方近く、三人は冒険者ギルドへ戻った。
扉を開けると、昼より多くの冒険者が集まっていた。酒場からは肉を焼く香ばしい匂いが漂い、テーブルでは依頼帰りの者たちが大声で笑っている。
大河が受付へ向かい、包んでいたアーマードオーガの耳を置いた。
「依頼、終わりました」
受付嬢が顔を上げる。
「望月さん! 無事だったんですね」
「はい」
「アーマードオーガは?」
「倒しました」
受付嬢の手が止まった。
「……倒した?」
「倒したのです!」
ポルポルが胸を張る。
「大河さんが一人で倒したのですよ!」
周囲の冒険者の声が少しずつ静かになる。
受付嬢は討伐証明の耳を確認したあと、大河を見つめた。
「本当に……?」
「見てたよ」
横からビスタが口を挟んだ。
「こいつ一人で倒した。最後の水魔法、すごかったじゃん」
「ポルポルもいたのです!」
「じゃあ二人」
「ビスタさんは見てただけなのです」
「結構厳しいな」
受付嬢は何度か瞬きをしたあと、ようやく手続きを始めた。
素材も買い取ってもらい、約束通りその一部をビスタへ渡す。
「これでいい?」
「十分十分」
ビスタは受け取った金を数え、満足そうに財布へ入れた。
「これで宿も飯もなんとかなるじゃん」
「よかったな」
「助かった」
大河はポルポルとともにギルドを出た。
夕方の街には橙色の光が差し、石畳に長い影が伸びている。店先から夕食の匂いが流れ始め、ポルポルが何度もそちらへ顔を向けた。
「今日はお祝いなのです」
「まだ言ってるのか」
「Aランク討伐とランス・ドー誕生のお祝いなのですよ」
「二つまとめて豪華にする気だろ」
「分かってきたのです」
そんな話をしながら歩いていると、大河はふと後ろを振り返った。
ビスタがいる。
普通に歩いている。
「……ビスタ」
「ん?」
「どこ行くの?」
「お前んち」
あまりに自然な返答だったため、大河は数秒黙った。
「なんで?」
「今日泊めてよ」
「お前、さっき金もらったじゃん」
「あるよ」
「じゃあ宿に泊まれるだろ」
「泊まったら減るじゃん」
「……」
「タダで泊まれるなら、その方がよくない?」
大河は立ち止まった。
「お前、すごいな」
「そう?」
「褒めてない」
ビスタは気にせず、大河の横へ並んだ。
「一晩くらいいいじゃん」
「俺の家じゃないんだよ」
「じゃあ家主に聞けばいいじゃん」
「そういう問題じゃ……」
ポルポルが二人の間へ飛んでくる。
「エリカさんに聞いてみるのです」
「お前まで乗るなよ」
「部屋は余ってるのですよ」
「知ってるけど」
「じゃあ決まりじゃん」
「お前が決めるな」
結局、ビスタはそのままついてきた。
診療所へ着く頃には、空の色もすっかり薄暗くなっていた。
大河が扉を開ける。
中から足音が近づき、エリカが姿を見せた。
「大河くん、おかえり……」
言葉が途中で止まる。
エリカの視線が大河からポルポルへ移り、その後ろに立っている見知らぬ男で止まった。
「大河くん」
「はい」
「その男は誰じゃ?」
「森で会った冒険者です」
「ビスタ」
本人は軽く手を上げただけだった。
そしてエリカの返事を待つより先に、診療所の奥を覗き込む。
「へえ、結構広いじゃん」
「おい」
「部屋余ってる?」
「おい!」
大河の声が、夕暮れの診療所へ響いた。
第55話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は新キャラクター、ビスタの登場回でした。
Aランクの魔物を倒しておきながら討伐証明も素材の扱いもよく分かっていない大河。
戦闘ではどんどん強くなっていますが、冒険者としてはまだ妙なところで初心者です。
そんな大河に素材の取り方を教え、回復魔法まで使い、さらには剣と風魔法を自然に組み合わせて戦うビスタ。
一つの能力だけを見ると突出していなくても、複数を組み合わせれば強くなる。
これは、素手格闘、魔法、剣術をそれぞれ学び始めている今の大河にとって、かなり大きなヒントになる存在だと思います。
そして最後は、そのビスタが当然のように大河の家までついてきました。
「今日泊めてよ」
初対面でこれを言える男、なかなかの強者です。
しかもそこは大河の家ではなく、エリカの診療所。
突然知らない男を連れて帰ってきた大河を見て、エリカがどう反応するのか。
次回は少し賑やかな夜になりそうです。
次回もよろしくお願いします。




