第52話 第三段階
第52話です。
剣術では再び基礎へ戻った大河ですが、休日はエリカとの魔法修行へ。
今回は、水魔法の習得に一区切りがつき、ついに魔力の第三段階を解放します。
力が増えれば、そのぶん強くなる。
でも、強い力ほど「扱えるかどうか」が大事になる。
剣術でも魔法でも、大河が同じ壁へぶつかり始めた回になりました。
そして後半は、久しぶりの冒険者ギルドへ。
今の自分の力を試すため、大河が選んだ相手は……少々危険そうです。
受付嬢の反応にも注目です。
翌日から、大河の剣術訓練は再び基礎へ戻った。
前日の実戦で一瞬だけ見せた速い踏み込みも、キルギスは特別扱いしなかった。むしろ訓練場へ入るなり木剣を一本放り、いつもの眠たそうな顔で「昨日の一本は忘れろ」と言った。
「忘れるんですか?」
「できた気になって崩れる方が面倒だ」
それだけ告げると、キルギスは壁際へ移動した。
その日から四日間、大河はまた同じ動きを繰り返した。足運び、重心移動、踏み込み、振り下ろし。タイラ、ユニオン、ベイも同じメニューを続け、訓練場には朝から夕方まで木剣が空気を裂く乾いた音が響いた。
初めのうちは、前日の感覚を再現しようとするほど動きが固くなった。速く踏み込もうとすると剣先がぶれ、剣を意識すると腰が遅れる。大河は何度も足を止め、そのたびに先週から繰り返してきた基本へ戻った。
「また基礎なのです」
壁際に座ったポルポルが、退屈そうにあくびをする。
「見てる方はな」
大河は額の汗を腕で拭い、木剣を握り直した。
「やってる方は結構きついぞ」
「ポルポルも数えるのです?」
「前みたいに途中で飛ばすだろ」
「今日は正確なのです」
「信用できないな」
それでも、四日目には少しずつ身体の動きがまとまり始めていた。一瞬だけ偶然出た速さを追いかけるのではなく、同じ足の位置、同じ呼吸、同じ重心から剣を動かす。速さよりも再現することを意識すると、木剣の風切り音は少しずつ揃っていった。
キルギスはほとんど何も言わなかった。ただ時折、大河の足元や剣先へ視線を向け、ほんの少し顎を動かす。それが褒めているのか、まだ足りないという意味なのか、大河には最後まで分からなかった。
そして週末。
学院の授業がない朝、大河はエリカとポルポルを連れて、ランキング協会の魔法訓練場へ向かっていた。
空はよく晴れ、街の石壁には朝日が白く反射している。訓練場へ近づくにつれて、焦げた空気と湿った水の匂いが混じり始めた。
「今日は水魔法なのです?」
ポルポルが大河の肩の近くを飛びながら聞く。
「あぁ。そのつもりだけど」
大河が答えると、隣を歩くエリカが意味ありげに口元を緩めた。
「水魔法だけで終わるかは分からぬぞい」
「何かするんですか?」
「それは見てから決める」
エリカはそれ以上答えなかった。
魔法訓練場へ入ると、休日の朝ということもあり、人はまだそれほど多くなかった。火魔法の区画では黒く焦げた的が並び、水魔法の区画では石床に残った水滴が朝の光を反射している。壁際には魔力測定用の水晶がいくつも置かれ、淡い光を宿していた。
大河は水魔法用の区画へ入り、少し離れた的へ右手を向けた。
胸の奥に意識を向ける。
以前なら探すだけでも時間がかかった魔力の流れが、今はすぐに分かる。身体の中心から腕へ、腕から指先へ。静かに流すと、掌の前に透明な水が集まり始めた。
拳ほどの水塊が形を作る。
大河は呼吸を整え、そのまま前へ押し出した。
水弾は真っすぐ飛び、的の中央へぶつかった。乾いた衝撃音とともに弾け、細かな飛沫が周囲へ散る。
「もう一度じゃ」
エリカの声。
大河は今度は少しだけ的の端へ狙いをずらした。
再び水弾が飛ぶ。
狙った位置へ当たった。
「もう一回。今度は少し弱く」
「はい」
大河は流す魔力を抑える。
水弾は小さくなり、威力も落ちた。それでも形は崩れず、しっかり的まで届いた。
エリカは腕を組み、何度か静かに頷いた。
「よし」
「どうです?」
「水はもう十分使えるようになったのう」
大河は少し意外に思って眉を上げた。
「もうですか?」
「使えるようになるのと、極めるのは別じゃ。まだ速度も連射も、細かな制御も上にはいくらでもある。じゃが、今の大河くんなら次へ進んでもよさそうじゃ」
「次って……」
エリカが一歩近づく。
その表情から、さっきまでの柔らかな笑みが消えた。
「魔力をもう一段階、開くぞい」
大河の背筋が自然に伸びた。
「三回目ですか」
「そうじゃ」
ポルポルも空中で動きを止めた。
「また光るのです?」
「それはやってみんと分からんの」
エリカは大河の正面に立ち、胸元へそっと手を当てた。
いつものように距離は近い。けれど、その指先はふざける気配を見せず、身体の奥を探るようにゆっくり動いた。
「前より魔力の流れが安定しておる」
「分かるんですか?」
「誰に聞いておる。わしじゃぞ」
少し得意げな顔をしたあと、エリカはすぐ真面目な表情へ戻った。
「ただし、今回も全部を開くわけではない。おぬしの器は大きいが、扱える技術はまだそこまで追いついておらぬからの」
「分かっています」
「なら、いくぞい」
エリカの指が大河の肩へ触れる。
次に胸、背中、腕、腹。
前回までと同じような動きなのに、感じ方は明らかに違った。
指が触れるたび、身体の奥にある魔力の流れがはっきり反応する。肩を押されれば胸の奥が熱くなり、背中へ触れられると、その熱が腰まで広がった。
大河はゆっくり息を吐いた。
「呼吸を止めるな」
エリカの声が低く響く。
「無理に押さえ込むな。流れを受け入れよ」
大河は目を閉じた。
胸の奥にある魔力へ意識を向ける。
以前は細い流れだった。
それが第二段階を開いた時に太くなり、今では自分の意思である程度動かせるようになっている。
そこへ、さらに奥から何かが押し寄せてくる。
川の上流にあった堰が、少しだけ持ち上がるような感覚だった。
身体の中心から熱が広がる。
腕へ。
指先へ。
脚へ。
背中へ。
「今じゃ」
エリカが大河の右手を取り、その指先へ自分の魔力を流した。
瞬間。
胸の奥で何かが開いた。
「っ……!」
大河は思わず息を飲んだ。
魔力の流れが、一気に太くなる。
前回までとは違う。
ただ増えたのではない。身体の中を流れるものが、はっきりと存在感を持っている。指先まで届く速さも、量も、すべてが別物だった。
「大河くん」
エリカの声が飛ぶ。
「目を開けよ」
大河はゆっくり目を開いた。
「水を撃ってみい」
「このままですか?」
「いつも通りでよい」
大河は的へ向けて手をかざした。
胸の奥から魔力を流す。
いつもの感覚。
いつもの量。
そのつもりだった。
水が集まる。
一瞬で拳より大きな塊になった。
「え?」
大河が目を見開く。
止める間もなく、水弾が前へ飛んだ。
次の瞬間。
轟音が訓練場へ響いた。
的へぶつかった水が爆ぜるように広がり、石床まで濡らしながら大量の飛沫が周囲へ吹き荒れた。
「うわっ!」
大河は思わず腕で顔を庇う。
「大河さん!」
ポルポルの悲鳴が聞こえた。
数秒後。
水飛沫が落ち着く。
大河がゆっくり腕を下ろすと、目の前にはびしょ濡れになったポルポルが浮かんでいた。
紫がかったピンク色の毛は完全に水を吸い、身体の大きさが半分ほどに見える。
「大河さん……」
「ご、ごめん」
「ポルポルまで攻撃されたのです」
「そんなつもりじゃなかったんだって」
大河自身の服もかなり濡れていた。
エリカだけは少し離れたところで、何事もなかったように立っている。
周囲の訓練者たちも驚いてこちらを見ていた。
大河は的へ目を向ける。
石造りの的は倒れていない。
だが表面には大きな水跡が残り、根元の石床には細かな亀裂まで入っていた。
「……これ、同じ水魔法ですよね?」
「同じじゃ」
エリカは満足そうに目を細めた。
「第三段階を開いた分、使える魔力が一気に増えた。それだけじゃ」
「それだけって……」
大河は自分の手を見る。
胸の奥の魔力は、さっきまでより明らかに太い。
強くなった。
その実感が、否応なく身体へ伝わってくる。
「これなら……」
「喜ぶのはまだ早いぞい」
エリカの声がすぐ飛んだ。
大河が顔を上げる。
「強い魔法を撃つだけなら簡単じゃ」
エリカは濡れた的を指差した。
「今までと同じ威力で撃ってみい」
「同じ威力?」
「そうじゃ。必要以上に強い魔法を撃てば魔力の無駄じゃし、近くに味方がおれば巻き込む。街中ならなおさら使えぬ」
大河は頷き、もう一度的へ手を向けた。
今度は魔力を抑える。
慎重に。
できるだけ少なく。
水が集まる。
小さすぎた。
放った水弾は的へ届く前に形を失い、石床へ落ちる。
「……弱すぎましたね」
「もう一度じゃ」
今度は少し増やす。
水弾が飛ぶ。
的へぶつかった瞬間、また思った以上の衝撃音が響いた。
「強いのう」
「難しいですね……」
「そこからじゃ」
エリカは柔らかく笑った。
「今までは魔力を出すことを覚えておった。これからは、どれだけ出すかを覚える」
大河は濡れた右手を見つめた。
剣術でも似た感覚があった。
身体は速い。
けれど、その速さへ剣が追いつかなければ使えない。
魔法も同じだ。
魔力が増えた。
だから強くなった。
でも、使いこなせなければただ大きな力を振り回しているだけになる。
「制御ですね」
「そういうことじゃ」
「やってみます」
「うむ。大河くんならできる」
エリカはそう言うと、びしょ濡れのポルポルへ視線を向けた。
「まずはポルポルを乾かした方がよさそうじゃがの」
「早くするのです!」
ポルポルが身体を震わせると、周囲へ水滴が飛び散った。
「今度は俺たちが濡れるだろ」
「仕返しなのです!」
訓練場に小さな笑いが広がった。
その日の午後、大河は何度も水魔法を繰り返した。
強すぎる。
弱すぎる。
少しずつ狙った威力へ近づけていく。
完璧には程遠かったが、第三段階を開いた魔力を少しずつ身体へ馴染ませていった。
そして翌日。
もう一日の休日。
大河は朝から支度をしていた。
腰にはいつもの装備をまとめ、動きやすい服へ着替える。
「今日はどこへ行くのです?」
ポルポルが寝台の上から飛び上がる。
「冒険者ギルドに行く」
「久しぶりなのです!」
「魔法を実戦で試してみたいんだ」
大河は手を握り、軽く開いた。
「それと、素手格闘も」
サムパレスとのランキング戦を経て、自分の技術は確実に上がっている。
人間相手では試した。
なら次は魔物相手に、どこまで使えるか確かめたい。
「今日はお金を稼ぐのです?」
「いや。金は目的じゃない」
ポルポルが驚いたように目を見開く。
「一千万マールを超えると、人は変わるのです……」
「そんな大げさな話じゃない」
二人は街を歩き、久しぶりに冒険者ギルドへ入った。
朝のギルドにはすでに多くの冒険者が集まっていた。酒場からは焼いた肉の匂いが漂い、受付前では依頼書を手にした男たちが声を交わしている。
大河は掲示板の前へ立った。
討伐依頼。
採取依頼。
護衛。
さまざまな紙が並ぶ。
「これ、報酬が高いのです」
ポルポルが一枚を指差す。
「今日は金じゃなくて練習だって」
「でも高い方がいいのです」
「弱い魔物じゃ試す意味がないんだよ」
大河は一枚ずつ依頼書へ目を通した。
少し強い程度では足りない。
今の自分の素手格闘と、第三段階まで解放した魔力を試すなら、それなりの相手が必要だ。
視線が一枚で止まった。
厚い紙。
赤い印。
討伐対象の名前。
大河はしばらくそれを見つめたあと、掲示板から静かに剥がした。
「これにする」
ポルポルが横から覗き込む。
「大河さん……これ、強いのでは?」
「そのくらいがちょうどいい」
二人は受付へ向かった。
受付嬢はいつもの笑顔で依頼書を受け取る。
「討伐依頼ですね。確認します」
紙へ視線を落とした。
数秒。
その表情が止まった。
依頼書を見る。
大河を見る。
もう一度、依頼書を見る。
「……望月さん」
「はい?」
受付嬢は目を大きくした。
「これ……アーマードオーガですよ」
「はい」
「はい、じゃありません!」
声が思わず大きくなり、近くの冒険者たちまで振り返った。
受付嬢は依頼書を両手で持ったまま、大河へ身を乗り出す。
「これはAランク指定の魔物ですよ!?」
第52話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、剣術、魔法、冒険者と、大河の成長を三つの方向から描きました。
剣術では、一度うまくできたからと先へ進まず、もう一度基礎へ。
キルギスらしい教え方ですが、大河も少しずつ「速さを出すこと」ではなく、「同じ動きを何度でも再現すること」の大切さを理解し始めています。
そして魔法では、ついに第三段階を解放。
使える魔力そのものは大きく増えましたが、今度は出力の調整という新しい課題が生まれました。
強ければ強いほどいいわけではない。
必要な時に、必要なだけ使えることも強さの一つです。
……その最初の犠牲者は、びしょ濡れになったポルポルでしたが。
後半では、久しぶりに冒険者ギルドへ。
今の素手格闘と魔法が、魔物相手にどこまで通じるのか。
大河が選んだのは、まさかのAランク指定魔物、アーマードオーガです。
受付嬢が思わず声を荒げるほどの相手。
果たして、ハイランカーとなり第三段階の魔力を手にした今の大河は、Aランク魔物を相手にどこまで戦えるのか。
次回もよろしくお願いします。




