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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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51/61

第51話 剣が追いつく瞬間

第51話を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、大河にとって初めての剣術での実戦でした。


素手格闘では九十五位のハイランカー。


相手の攻撃も見えるし、身体も反応できる。


それでも剣を持った途端、いつもの間合いへ入りすぎたり、反撃を意識した瞬間に動きが遅れたりと、これまでの強さがそのまま使えるわけではありません。


むしろ、素手格闘で身についた身体の感覚が、最初は剣術の邪魔をしている部分もあります。


そんな中で最後に大河がつかんだのが、


「剣を速く振るのではなく、身体の動きの最後に剣を乗せる」


という感覚でした。


まだ一度、うまくつながっただけです。


間合いも、握りも、剣先も未熟。


キルギスの言う通り、大河はまだまだ初心者です。


ただし、その未熟な剣術を支えている身体は、五十メートル走世界一位であり、素手格闘九十五位まで上り詰めた身体。


そこへ剣術が本当に馴染んだ時、大河がどこまで行くのか。


普段は気だるそうなキルギスも、少し興味を持ち始めたようです。


次回もよろしくお願いします。

週明けの朝、学院へ向かう大河の隣では、ポルポルがいつも以上に上機嫌だった。通りにはまだ朝の涼しさが残り、石畳の隙間から立ち上る湿った匂いに、焼きたてのパンや香草の香りが混じっている。露店の前を通るたび、ポルポルの丸い顔がそちらへ向き、そのたびに小さな羽が嬉しそうに揺れた。


「大河さん、今日の帰りは何を食べるのです?」


「まだ朝だぞ」


「一千万マールを持っている人は、朝から夕飯を考えてもいいのです」


「そんな決まりはない」


「でも、お肉もお菓子も好きなだけ食べられるのですよ。考えるだけで幸せなのです」


 ポルポルは両手を頬へ当て、うっとりと目を細めた。


 月末に入った一千六万マールの報酬が、まだ頭から離れないらしい。昨日も一日中、何を食べるか、何を買うか、いくらまでなら使っていいのかと騒ぎ続けていた。


 大河はそんなポルポルへ苦笑を返しながらも、足取りはいつもより少し重かった。


 学院の尖塔が近づくにつれ、胸の奥に別の感覚が広がっていく。


 先週、キルギスが訓練場を出ていく前に残した言葉が、何度も頭の中で蘇っていた。


 来週は実戦だ。


 大河は自分の右手を見下ろし、何度か指を握っては開いた。


 剣を習い始めて、まだ六日。


 覚えたのは握り方、構え、足運び、重心移動、踏み込み、振り下ろし。最後には一つの動きとしてつながったとはいえ、それは相手が動かない状態での話だった。


 誰かと向き合い、相手の剣をかわしながら自分の剣を当てる。


 そんな経験は一度もない。


「大河さん、さっきから静かなのです」


 ポルポルが大河の顔の横へ飛んできた。


「そうか?」


「お肉の話を三回したのに、一回しかツッコまなかったのですよ」


「それで判断するのか」


「大河さんの元気はツッコミの回数で分かるのです」


「便利な基準だな」


 大河は笑いながらも、すぐに学院の方へ視線を戻した。


「今日は剣の実戦だからな。ちょっと緊張してる」


「大河さんはハイランカーなのです。大丈夫なのですよ」


「素手格闘ではな」


 大河は肩を軽く回した。


「今日は殴るのも蹴るのも、多分なしだろ」


「投げるのもダメなのです?」


「剣術の授業だからな」


 ポルポルはしばらく考え込み、やがて妙に納得した顔で頷いた。


「それだと大河さん、かなり弱くなるのです」


「朝から嫌なこと言うなよ」


 思わず笑いが漏れ、その拍子に肩へ入っていた力が少し抜けた。


 剣術棟へ入ると、廊下の奥から木剣同士がぶつかる乾いた音が響いてきた。油と木の匂いが混じる空気の中を進み、訓練場の扉を開ける。


 中ではすでに何人もの生徒が防具を身につけていた。


 タイラは胸当ての紐を強く引きながら、大河に気づくとすぐ顔を上げる。


「来たな」


「おはよう」


「今日は逃げんなよ」


 タイラの口元には、先週までの基礎練習では見せなかった笑みが浮かんでいた。


「逃げるつもりはないけど、随分楽しそうだな」


「そりゃそうだろ。ずっと足運びとか振り下ろしばっかりだったんだぞ。やっと剣を合わせられる」


 少し離れたところではベイも嬉しそうに木剣を振っている。


「俺も実戦の方が好きだな。人が動いてる方が面白いし」


「大河は緊張してる?」


 防具の金具を確かめていたユニオンが、静かに視線を向けてきた。


「正直、少し」


「意外だな」


「剣なら完全に初心者だからな」


 その言葉を聞いたタイラの目がわずかに輝いた。


「じゃあ今日なら勝てるな」


「そう簡単には負けたくないけど」


「言ったな」


 タイラが木剣を肩へ乗せ、挑戦的に笑う。


 大河もつられて口元を緩めた。


 素手格闘なら立場は逆だっただろう。けれど剣術では、タイラたちの方が明らかに経験がある。その違いが、大河にとっては妙に新鮮だった。


 やがて入口から気の抜けた足音が聞こえた。


「朝から元気だな、お前ら」


 キルギスが片手に水筒を持ったまま入ってくる。今日も襟元は少し緩み、髪も適当に整えただけだった。訓練場の中央まで歩くと、眠そうな目で生徒たちを見渡し、壁に並んだ木剣を一本抜き取った。


「全員いるな。じゃあ始めるぞ」


 その声に、生徒たちが自然と中央へ集まる。


「今日は剣を合わせる。ルールは簡単だ」


 キルギスは手にした木剣を軽く振った。


「相手の身体に剣を当てたら一本。頭は狙うな。危険な振り方をしたら俺が止める。魔法とスキルは禁止」


 そこでキルギスの視線が大河へ向いた。


「望月」


「はい」


「殴るなよ」


「分かってます」


「蹴るな」


「はい」


「投げるな」


「そこまで念押しします?」


「お前は身体が先に動きそうだからな」


 周囲から笑いが漏れる。


 大河も否定できずに苦笑した。


「使っていいのは剣だけだ。先週やったことを、そのまま使え」


 それだけ告げると、キルギスは壁際まで下がり、腕を組んで寄りかかった。


「二人ずつ前へ出ろ」


 最初の組が中央へ進む。


 木剣同士がぶつかり合う音が、訓練場の高い天井へ響いた。


 大河は少し離れた場所から、その動きをじっと見つめた。


 初級クラスとはいえ、相手が動けば練習とはまるで違う。剣先が上下へ揺れ、足の位置も一定ではない。前へ出るのか、下がるのか、それさえ相手の動き次第で変わる。


「次、望月」


 キルギスの声が飛んだ。


 大河は一度深く息を吐き、木剣を手に中央へ進んだ。


 向かいに立ったのは、同じ初級クラスの少年だった。大河よりかなり若いが、構えには迷いがない。


 二人が木剣を構える。


「始め」


 合図と同時に、相手が踏み込んだ。


 斜め上から木剣が迫る。


 大河には見えていた。


 肩が動く瞬間も、剣が振り下ろされる軌道も分かる。


 半歩横へずれた。


 木剣が顔の横を通り過ぎる。


 身体が勝手に次の動きを選んだ。


 一気に前へ。


 相手の懐へ入る。


「近ぇぞ、望月!」


 キルギスの声が鋭く響いた。


 大河の動きが止まった。


 相手との距離は、拳なら絶好だった。


 肘も届く。


 投げにも入れる。


 けれど長剣を振るには、あまりにも近い。


 その一瞬の迷いを、相手は逃さなかった。


 木剣の柄を返し、そのまま大河の肩へ剣先を触れさせる。


「一本」


 大河は肩に当たった木剣を見下ろした。


「今のでか……」


「今のでだ」


 キルギスは壁際から顎をしゃくった。


「今日は拳じゃない」


「はい」


 大河は一歩下がり、構え直した。


 二本目。


 今度は意識して距離を残す。


 相手が踏み込んでくる。


 大河は剣を横へ出して受けた。


 乾いた衝撃が掌から腕へ走る。


 防げた。


 そう思った瞬間には、相手の剣がもう返ってきていた。


 脇腹へ軽い衝撃。


「一本」


「速いな……」


 大河は小さく息を吐いた。


 相手の身体は見えている。


 攻撃も読めている。


 それなのに、剣を動かそうとした途端に、自分の反応が一拍遅れる。


 三本目も同じだった。


 相手の攻撃をかわすところまではいい。


 そこから反撃しようとすると、身体がいつもの距離へ入ろうとする。慌てて止めれば剣が遅れ、結局相手に先を取られる。


「そこまで」


 最初の実戦は完敗だった。


 大河が戻ると、ポルポルが心配そうに飛んできた。


「大河さん、三回も負けたのです」


「わざわざ数えるなよ」


「本当にハイランカーなのです?」


「素手格闘ではな」


「剣を持つと別人みたいなのです」


「俺もそう思うよ」


 大河は苦笑しながら木剣の柄を見つめた。


 何度か相手を変えても、大きく状況は変わらなかった。


 攻撃は見える。


 かわすこともできる。


 身体の反応だけなら、相手より明らかに速い。


 それなのに、剣がそこへついてこない。


 身体と木剣の間に、目に見えない一本の線が切れたままになっているようだった。


「望月」


 キルギスの低い声が飛ぶ。


 大河が顔を上げる。


「何をそんなに考えてる」


「剣をどう動かすか……」


「だから遅いんだよ」


「え?」


「先週、何やった?」


 キルギスはそれ以上説明しなかった。


 大河は黙って木剣を握り直す。


 先週。


 振り下ろし。


 足運び。


 重心移動。


 踏み込み。


 一つずつ意味も分からず繰り返し、最後に全部がつながった。


 剣を振ろうとするから遅い。


 あの時もそうだった。


 足が動き、腰が動き、その最後に剣がついてきた。


「次、望月とタイラ」


 大河が顔を上げる。


「やっと来た」


 タイラがすぐに中央へ出た。


 さっきまで以上に楽しそうな顔をしている。


「そんなに俺とやりたかったのか?」


「当たり前だろ。素手格闘九十五位に勝てる機会なんて、今しかないかもしれないからな」


「剣なら普通にお前の方が先輩だろ」


「だからこそ、ちゃんと勝ちたいんだよ」


 大河は小さく笑い、木剣を構えた。


 向かいに立つタイラの姿勢は、先ほどまで戦った生徒たちより安定している。足の置き方も、剣先の位置も迷いがない。


「始め」


 タイラが先に踏み込んだ。


 剣が斜めに走る。


 大河は身体をずらしてかわした。


 すぐに距離を詰めようとする。


「近い!」


 キルギスの声。


 まただ。


 大河が止まった瞬間、タイラの木剣が肩へ触れた。


「一本!」


 タイラが笑う。


「やっぱりその癖出るな」


「分かってるんだけどな」


 二本目。


 今度は大河から動いた。


 先週繰り返した足運びで半歩踏み込み、そのまま木剣を振る。


 タイラは難なく受けた。


 木剣同士がぶつかる。


「遅い!」


 タイラがすぐに剣を返す。


 大河の腕へ軽い衝撃。


「二本!」


「剣だと強いな」


「剣術クラスだからな」


 タイラの笑みが深くなる。


 三本目。


 大河は構えながら、タイラの身体を見る。


 右肩がわずかに沈んだ。


 次に来る軌道が分かる。


 斜め上から。


 大河は半歩だけ外へ動いた。


 タイラの剣が空を切る。


「え?」


 大河は反撃しようとした。


 だが、また腕だけが先に動く。


 木剣が遅れる。


 タイラはすぐに立て直し、大河の剣を弾いた。


「今の避けたのか?」


「さっき見たから」


「じゃあ次は変える」


 タイラの目がさらに輝く。


 四本目は低い位置から来た。


 大河はかわした。


 だが、また返せない。


 逆に一本を取られる。


「そこまで」


 キルギスの声が響いた。


 タイラが得意げに木剣を肩へ乗せる。


「剣なら俺の方が上だな」


「今のところはな」


「言ったな」


「事実だろ」


 二人が笑う。


 大河は悔しさよりも、別の感覚を探していた。


 タイラの攻撃は見えている。


 身体もついていける。


 足も遅くない。


 問題は剣だけだ。


 自分の身体が剣を持つことで遅くなっているのではない。


 剣を動かそうと意識することで、自分から遅くしている。


「もう一本」


 キルギスが言った。


 タイラが振り返る。


「まだやるんですか?」


「やれ」


 短い声だった。


 大河は木剣を握り直した。


 今度は剣を振ろうと考えない。


 先週やったことだけ。


 足。


 重心。


 踏み込み。


 身体をつなげる。


 そして最後に剣。


「始め」


 タイラの右肩が沈んだ。


 さっきと同じ斜めの斬撃。


 大河の左足が床を捉える。


 踏み込んだ瞬間、床板が低く鳴った。


 身体が前へ滑る。


 腰が回り、その力が肩へ伝わる。


 腕はその流れの中にあった。


 最後に木剣が走る。


 ヒュッ。


 それまで訓練場に響いていた風切り音とは、明らかに違った。


 タイラが反応して木剣を上げる。


 しかし遅い。


 大河の木剣は、すでにタイラの胸元へ伸びていた。


 剣先が胸当てへ触れる寸前で止まる。


 指一本ほどの隙間。


 訓練場から音が消えた。


 ほんの一瞬だった。


 誰も声を出さない。


 大河自身も、手の中の木剣を見つめていた。


 力いっぱい振った感覚はない。


 むしろ、今までで一番身体が軽かった。


「……今、見えた?」


 ベイの声が小さく漏れた。


 ユニオンは答えなかった。


 視線は大河の木剣ではなく、踏み込んだ左足へ向けられている。


 タイラも動かない。


 胸元で止まった剣先を見下ろし、そのあとゆっくり大河の顔を見た。


「……お前、本当に剣始めて一週間くらいなんだよな?」


「そうだけど」


「今の何だよ」


「分からない」


「分からないって……」


「先週やった動きを、そのままつなげただけだ」


 大河は自分の木剣を見た。


 今なら、少しだけ分かる気がする。


 剣を速く振ったのではない。


 身体が速く動き、その最後に剣が乗った。


「もう一回やれ」


 今度のキルギスの声には、先ほどまでの気だるさがなかった。


 大河が顔を向ける。


 壁にもたれていたはずのキルギスは、いつの間にか背中を離していた。


 半分閉じていた目も、今は完全に開いている。


「同じ動きでいい」


 大河とタイラはもう一度構えた。


「始め」


 今度は大河から出た。


 左足が床を踏む。


 腰が動く。


 剣が走る。


 先ほどほど綺麗にはつながらなかった。


 剣先がわずかにぶれ、タイラが今度は何とか受け止める。


 木剣が激しくぶつかり、乾いた音が響いた。


「くっ……!」


 タイラの腕が少し押し戻される。


 大河はすぐに距離を取った。


「そこまで」


 キルギスが手を上げた。


 タイラは自分の木剣を見つめながら、大きく息を吐いた。


「やっぱ速い……」


「今のは受けられただろ」


「受けたけど、重かった」


 タイラは悔しそうに笑った。


「なんだよそれ。速くて重いとか」


 ベイがすぐ近づいてくる。


「すごかったぞ、大河! シュッて行って、バンって!」


「相変わらず説明が雑だな」


 ユニオンが横から呆れたように言う。


「でも、最初とは動きが全然違った」


「俺もそう感じた」


 大河は木剣を握ったまま、自分の足元を見た。


 何かをつかんだ。


 それは分かる。


 ただ、どうすれば毎回同じ動きができるのかはまだ分からない。


「大河さん!」


 ポルポルが勢いよく肩へ飛んできた。


「最後は勝ったのです!」


「一本取っただけだよ」


「でも速かったのです! ポルポルの目でもギリギリだったのですよ!」


「お前、ちゃんと見てたのか?」


「もちろんです。お肉のことを考えながら見ていたのです」


「半分見てないだろ」


 周囲に笑いが広がる。


 緊張がほどけ、生徒たちはそれぞれ木剣を戻し始めた。


 大河も壁際へ向かおうとすると、キルギスが近づいてきた。


「望月」


「はい」


「どうだった」


「難しいですね」


「それだけか」


 大河は少し考え、手の中の木剣へ視線を落とした。


「攻撃は見えるんです。身体も動く。でも剣を使おうとすると遅くなる感じがして……最後だけ、少し身体と剣がつながったような気がしました」


 キルギスは黙って聞いている。


「先生から見て、どうでした?」


 大河が尋ねると、キルギスは一拍置いて鼻を鳴らした。


「全然ダメだな」


「やっぱりですか」


「間合いが近すぎる。剣先もぶれる。握りもまだ強い。最後の一発だけ見て勘違いするなよ」


「結構ありますね」


「初心者なんだから当たり前だ」


 いつもの気の抜けた口調へ戻っていた。


「来週も基礎だ」


「また基礎ですか?」


「嫌か?」


「いえ……意味があるのは分かってきました」


「なら黙ってやれ」


 キルギスは大河の肩を軽く叩き、そのまま離れていった。


 大河は木剣を戻し、ポルポルと一緒に訓練場を出る。


「大河さん」


「なんだ?」


「今日は頑張ったので、お肉なのです」


「またそこか」


「一千万マールあるのですよ」


「使わなきゃ減らないんだから、しばらく持たせるぞ」


「お金は食べ物に変えてこそ幸せなのです」


「誰の教えだよ」


 二人の声が廊下の奥へ遠ざかっていく。


 訓練場には、まだ何人かの生徒が残っていた。


 キルギスは壁際に立ったまま、閉じた扉を見つめている。


 タイラが木剣を戻しながら近くを通った。


「先生」


「なんだ」


「大河、やっぱりすごいんですか?」


 キルギスはすぐには答えなかった。


「剣は下手だ」


「ですよね」


「お前よりずっとな」


「そこまで言わなくても……」


 タイラが苦笑しながら去っていく。


 訓練場が静かになるまで、キルギスはその場を動かなかった。


 やがて誰もいなくなると、先ほど大河が踏み込んだ場所へゆっくり歩いていく。


 床板に特別な跡が残っているわけではない。


 けれど、キルギスの頭にはあの一瞬が鮮明に残っていた。


 剣はまだ下手だ。


 間合いも甘い。


 剣先も安定していない。


 経験も圧倒的に足りない。


 普通なら、あれだけ欠点があれば速い斬撃など出せない。


 だが大河には、すでに完成された身体がある。


 素手格闘九十五位。


 そして五十メートル走、世界一位。


 あの踏み込み。


 あの速度で前へ出ながら、身体の軸がほとんど崩れていなかった。


 そこへ、まだ覚えたばかりの剣術がほんの少し乗った。


 それだけで、タイラが反応できない速度になった。


「……それで、あの速さかよ」


 キルギスは小さく呟いた。


 自分が何年も剣だけを握り続け、十九位まで上ってきたからこそ分かる。


 速く振れることより、その速さを制御できる身体の方が厄介だ。


 今はまだ剣が大河の身体についていけていない。


 逆に言えば。


 剣が追いついた時。


 キルギスの視線が、閉じた扉へ向いた。


「どこまで行くんだ、あいつ」


 口元がわずかに持ち上がる。


 眠そうだった目には、もう朝の気だるさは残っていなかった。


「……とんでもねぇのが入ってきたかもしれねぇな」


 低い声だけが、静かな訓練場へ残った。

第51話を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、大河にとって初めての剣術での実戦でした。


素手格闘では九十五位のハイランカー。


相手の攻撃も見えるし、身体も反応できる。


それでも剣を持った途端、いつもの間合いへ入りすぎたり、反撃を意識した瞬間に動きが遅れたりと、これまでの強さがそのまま使えるわけではありません。


むしろ、素手格闘で身についた身体の感覚が、最初は剣術の邪魔をしている部分もあります。


そんな中で最後に大河がつかんだのが、


「剣を速く振るのではなく、身体の動きの最後に剣を乗せる」


という感覚でした。


まだ一度、うまくつながっただけです。


間合いも、握りも、剣先も未熟。


キルギスの言う通り、大河はまだまだ初心者です。


ただし、その未熟な剣術を支えている身体は、五十メートル走世界一位であり、素手格闘九十五位まで上り詰めた身体。


そこへ剣術が本当に馴染んだ時、大河がどこまで行くのか。


普段は気だるそうなキルギスも、少し興味を持ち始めたようです。


次回もよろしくお願いします。

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