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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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50/64

第50話 帰る場所

第50話です。


今回は少しだけ、ランキングや修行から離れた日常回です。


素手格闘でハイランカーとなり、月末にはついに一千万マールを超える報酬を得た大河。


異世界へ来たばかりの頃とは違い、自分一人で十分に生活できるようになったことで、あることを考え始めます。


「そろそろ、自分の部屋を借りた方がいいんじゃないか」


そんな大河の何気ない決断が、エリカにとってはかなり大きな出来事だったようで……。


大河、エリカ、ポルポル。


いつの間にか三人の間にできていたものを描いた回になります。

月末の朝、大河はいつもより少し遅く目を覚ました。


 窓の外には薄い雲が広がり、柔らかな朝の光が診療所の最上階へ差し込んでいる。昨日まで続いた剣術の訓練で肩や腰にはわずかな張りが残っていたが、今日は学院も休みだった。寝台の上で身体を起こし、ゆっくり腕を回していると、枕元に置いていたランカーカードが淡く光った。


「ん?」


 手に取ると、カードの中央に見慣れない表示が浮かんでいる。


 月末ランキング報酬。


 五十メートル走、一位。百ポイント。


 素手格闘、九十五位。九百六ポイント。


 合計、千六ポイント。


 支給額、一千六万マール。


 大河は何度か数字を目で追った。


「……本当に入ったな」


 先週の時点で金額そのものは分かっていた。それでも、実際に残高へ加算された数字を見ると感覚が違う。一千万という桁が、ランカーカードの小さな画面には不釣り合いなほど大きく見えた。


「何が入ったのです?」


 布団の端で丸くなっていたポルポルが、眠そうに顔を上げた。


 紫がかったピンク色の毛はところどころ寝癖のように跳ね、小さな翼もまだ半分閉じている。大河が黙ってカードを差し出すと、ポルポルは目を細めながら数字へ顔を近づけた。


「百……九百六……千六……」


 ぽつぽつと読み上げていた声が止まった。


 次の瞬間、翼が勢いよく開く。


「一千六万マールなのです!」


「朝から大声出すな」


「入ったのです! 本当に一千万マールを超えたのです!」


 寝台の上で跳ねたポルポルが、そのままふわりと宙へ舞い上がった。眠気は完全に消えたらしく、カードの周囲を何度も回りながら両手を振っている。


「お肉がいっぱい食べられるのです!」


「最初に出る使い道がそれなのか」


「お菓子もいっぱいなのです!」


「食べ物から離れろ」


「ダッカスさんのお店に毎日行くのです!」


「一千万あっても毎日は行かない」


 大河がカードを取り返すと、ポルポルは名残惜しそうにその後を目で追った。


 異世界へ来たばかりの頃は、五十メートル走で得た二十三ポイントだけでも大きく感じた。宿代を気にし、学院へ通えるかどうかを考え、何をするにもまず財布の中身を確認していた。


 それが今では、一度の月末報酬で一千万マールを超える。


 大河はカードを机の上へ置き、部屋を見回した。


 寝台、机、椅子。壁際には学院で使う荷物がまとめられ、その隣にはエリカから贈られた赤い竜のマントが掛けてある。窓の向こうからは、診療所の下階で働く人たちの声がかすかに聞こえていた。


 ここへ来た時は、一時的に世話になるつもりだった。


 いつの間にか、その一時的が当たり前になっている。


「……ポルポル」


「なんなのです?」


 まだ一千万マールの余韻から抜け出せていないポルポルが、机の上へ降りた。


「今日、ちょっと出かけるぞ」


「お祝いなのです?」


「違う。部屋を探しに行く」


 ポルポルの丸い目がさらに丸くなる。


「部屋?」


「自分で借りようと思ってる」


「ここがあるのですよ?」


「いつまでもエリカの家に居候してるわけにもいかないだろ」


 口にしてみると、考えていた以上にその言葉は自然だった。


 金がなかった頃なら仕方がない。でも今は違う。学院へ通いながら生活できるだけの収入もある。むしろ、これだけの金をもらっておきながら、住む場所までエリカに甘えている方が落ち着かない。


 ポルポルは首を傾げた。


「エリカさんは何も言ってないのです」


「だからこそだよ」


「ふーんなのです」


 納得したのかしていないのか分からない顔で、ポルポルは羽を動かした。


「でも、エリカさんには言わないのです?」


「まだ決めてもないからな。良さそうなところが見つかってから話す」


「なるほどなのです」


 大河はポルポルを見た。


「絶対言うなよ」


「ポルポルは口が固いのです」


 その返事が妙に早かった。


「……本当だろうな」


「本当なのです」


 ポルポルは胸を張った。


 大河は少しだけ嫌な予感を覚えたが、着替えを済ませると、そのまま二人で診療所を出た。


 休日の街は、平日より人の流れがゆったりしていた。通り沿いには果物や焼き菓子を並べた露店が並び、店先から漂う香ばしい匂いにポルポルが何度も顔を向ける。そのたびに大河が袖を引くようにして先へ進んだ。


「一千万あるのですよ?」


「だからって朝から買い食いする必要はないだろ」


「お金持ちは余裕が大事なのです」


「誰に教わったんだ、その理屈」


 学院から歩いて通える範囲には、いくつか貸し部屋を扱う店があった。そのうちの一軒へ入ると、店内には木製の棚が並び、壁にはさまざまな物件の札が掛けられていた。


「いらっしゃいませ」


 奥から出てきた中年の男性が、大河とポルポルを交互に見る。


「部屋を探してるんですけど」


「お一人ですか?」


「二人なのです!」


 ポルポルが先に答える。


「まあ……一人と一匹というか」


「ポルポルは一匹ではないのです!」


「一人と一ポルポルで」


「それならいいのです」


 店主は何とも言えない顔をしたが、すぐ仕事の表情へ戻った。


「学院へ通われる方ですか?」


「はい。できれば近いところがいいです」


「ご予算は?」


 大河は少し考えた。


 つい昨日までなら家賃の相場から聞いていただろう。しかし今は、手元に一千万マールを超える金がある。


「特に決めてません。住みやすければ」


 店主の眉がわずかに動いた。


「でしたら、ちょうどいい部屋がありますよ」


 紹介されたのは、学院から徒歩十分ほどの場所にある二階建ての集合住宅だった。


 大通りから一本入った場所で、人通りは少ない。外壁は明るい石造りで、入口の脇には小さな植木が並んでいる。案内された二階の部屋へ入ると、窓から午後の光が差し込み、磨かれた木の床を明るく照らしていた。


 寝室とは別に、小さな居間もある。簡単な調理場までついていた。


「いいですね」


 大河は窓を開けた。


 風が頬を撫で、遠くから街のざわめきが届く。学院の塔も屋根越しに見えた。


「ここなら通いやすいな」


「ポルポルのお部屋はどこなのです?」


「お前は俺の部屋にいるだろ」


「一千万マールあるのに、ポルポルの部屋はないのです?」


「急に贅沢覚えるな」


 ポルポルは不満そうに頬を膨らませながら、部屋の中を飛び回っている。


 悪くない。


 むしろ条件としてはかなり良かった。


 ここなら学院にも近いし、自分の生活もある程度自由になる。エリカの診療所へだって、いつでも顔を出せる距離だ。


「この部屋なら……」


 大河が店主へ向き直ろうとした、その時だった。


 廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてくる。


「大河くん!」


 聞き慣れた声が響いた。


 大河の肩が止まる。


 入口へ目を向けると、扉の向こうにエリカが立っていた。


 見た目は十五歳ほどの少女。その小さな身体で階段を急いで上ってきたのだろう。白い髪がわずかに乱れ、肩が上下している。普段なら落ち着いている顔にも、今は明らかな焦りが浮かんでいた。


「エリカ?」


「見つけたぞい!」


 エリカは大河の姿を確認すると、一直線に部屋へ入ってきた。


「大河くん、何をしておる!」


「部屋を見に来ただけですけど」


「なぜじゃ!」


「なぜって……」


 大河が答える前に、エリカの視線が横へ移った。


 そこには、目を逸らして窓の外を眺めるポルポルがいる。


「今日はいい天気なのです」


 大河もポルポルを見た。


「お前だな」


「何のことなのです?」


「エリカに言っただろ」


「ポルポルは口が固いのです」


「じゃあなんでここにいるんだよ」


 ポルポルはさらに窓の方へ顔を向けた。


「大河さんがお着替えしている間に、エリカさんに少しだけお話ししたのです」


「……何を話した?」


「お部屋を探しに行くってことだけなのです!」


「それでここまで来たのか?」


 大河がエリカへ視線を向けると、エリカは乱れた白い髪を手で整えながら、ふんと鼻を鳴らした。


「学院の近くで探すと聞いたからの。あとは不動産屋を片っ端から回っただけじゃ」


「片っ端からって……」


「大河くんが出ていくかもしれぬのじゃぞ。のんびりしておれるか!」


「ポルポルは場所までは言ってないのです!」


 胸を張るポルポルを見て、大河は深いため息をついた。


「そこは威張るところじゃないだろ」


 大河が額を押さえる横で、店主は状況が分からず困った顔をしている。


 エリカは大河の腕を両手でつかんだ。


「大河くん。引っ越すつもりなのかえ?」


「まだ決めてませんよ。ただ、そろそろ自分で部屋くらい借りた方がいいかなって」


「どうしてじゃ」


「どうしてって……もう十分お金もありますし」


 大河は少し言葉を探した。


「異世界に来たばかりの頃は仕方なかったですけど、今は自分で生活できるくらい稼げてます。いつまでもエリカの家に世話になってるのも違うかなと思って」


 それまで勢いよく腕をつかんでいたエリカの指が、わずかに緩んだ。


「……世話?」


 声の調子が変わった。


 大河は思わずエリカの顔を見る。


 怒っていたように見えた瞳から力が抜けていた。視線が少し下がり、大河の袖をつまむように指先が残っている。


「わしは、大河くんの世話をしておるつもりなどないぞい」


「でも、住ませてもらってるし」


「住ませてやっているのではない」


 エリカはゆっくり顔を上げた。


「大河くんとポルポルが帰ってくるのが、もう普通なのじゃ」


 大河は何も言えなかった。


 窓から入った風が、エリカの白い髪を細く揺らす。


「夕飯になれば三人で食べる。朝になれば大河くんがおる。ポルポルが騒いで、大河くんがそれを止める。それが、もうわしの日常になっておる」


 いつものように結婚を迫る調子ではなかった。


 冗談もない。


 エリカは自分でも少し恥ずかしくなったのか、視線を大河の胸元へ落とした。


「急にいなくなると言われたら……困るのじゃ」


 大河は部屋の中を見回した。


 明るくて、学院にも近くて、申し分のない部屋だ。


 それなのに、少し前まで感じていた魅力が不思議と薄れていた。


 診療所の最上階を思い出す。


 朝になればエリカが診療所へ降りていく音がして、ポルポルがまだ眠いとぐずる。夜になれば三人で食卓を囲み、どうでもいいことで笑う。


 自分にとっても、いつの間にかあそこは「エリカの家」ではなくなっていたのかもしれない。


「……分かりました」


 大河が息を吐くと、エリカが顔を上げた。


「引っ越しはやめます」


「本当かえ!」


 一瞬で表情が明るくなる。


 両手で大河の腕へ抱きつき、そのまま頬を寄せた。


「やはり大河くんはわしを選んでくれたのじゃな!」


「話を変えないでください」


「これで新婚生活続行じゃ!」


「始まってません」


「帰ったら夫婦の寝室について話し合うぞい」


「今の部屋で十分です」


 さっきまでのしおらしさはどこへ行ったのか。


 大河が苦笑していると、ポルポルが嬉しそうに飛んできた。


「お引っ越ししないのです!」


「お前は最初からこっち側だったんだな」


「三人の方が楽しいのです」


 その言葉だけは妙に素直だった。


 大河は小さく息を吐き、店主へ向き直った。


「すみません。今回はやめておきます」


「いえいえ。事情は何となく分かりました」


 店主は笑いを堪えるように口元を緩めていた。


「ただし」


 大河はエリカへ向き直る。


「生活費は俺も出します」


 エリカの笑顔が止まった。


「いらぬ」


「出します」


「必要ないぞい」


「一千万マール以上入ったんですよ。さすがに何も払わないのは落ち着きません」


「夫から家賃を取る妻がおるか?」


「だから夫じゃないです」


「では共同財産ということで」


「俺の金です」


「夫婦のものじゃ」


「夫婦じゃないです」


 二人のやり取りを見ながら、ポルポルが腕を組むような姿勢で考え込む。


「半分ずつにすればいいのです」


 大河とエリカが同時に振り向いた。


「珍しくまともなこと言ったな」


「生活費を半分ずつなのです。そして残りはポルポルのお肉代なのです」


「やっぱり違った」


 結局、大河が食費や生活費の一部を負担することで話は落ち着いた。


 不動産屋を出る頃には、陽は少し傾き始めていた。街を渡る風には昼間より涼しさが混じり、商店の軒先からは夕食の支度を始めた匂いが流れてくる。


 エリカは大河の横を歩きながら、先ほどから妙に機嫌がいい。


「大河くん」


「なんですか?」


「今日は夕飯、何がよい?」


「何でもいいですよ」


「大河くんの好きなものを作らせよう」


「エリカが作るんじゃないんですね」


「わしは食べる係じゃ」


「堂々と言わないでください」


 その少し前を飛んでいたポルポルが、突然くるりと振り返った。


「大河さん!」


「なんだ?」


「お引っ越しのお金が全部残ったのです!」


「最初から使ってないけどな」


「では、一千万マールでお祝いなのです!」


「何の祝いだよ」


「お引っ越ししなかったお祝いなのです!」


 エリカがすぐに頷く。


「それはよいのう」


「よくないですよ」


「ダッカスさんの店へ行くのです!」


「昨日も祝いの話してただろ」


 ポルポルは聞く耳を持たず、すでに夕食のことで頭がいっぱいらしい。小さな翼を勢いよく動かし、通りの先へ飛んでいく。


 大河はその背中を眺めながら、隣を歩くエリカへちらりと目を向けた。


 エリカはいつものように穏やかに笑っていた。


 少し前まで、あの診療所を借りている場所だと思っていた。


 けれど、どうやら違ったらしい。


 大河は夕暮れの街並みの向こうに、診療所の屋根を見つけた。


「帰りますか」


「うむ」


 エリカは嬉しそうに頷く。


「わしらの家へ帰るぞい」


 その言葉に、大河は今度は否定しなかった。


 前方では、夕食の話をしながらポルポルが楽しそうに飛び回っていた。

第50話を読んでいただき、ありがとうございました。


ついに大河の月末報酬が一千万マールを超えました。


異世界へ来たばかりの頃は宿代を気にし、学院の入学金五百万マールにも苦労していた大河ですが、ハイランカーとなったことで生活面にも大きな変化が出てきました。


だからこそ今回は、自立しようと部屋を探す大河のお話です。


ただ、大河にとっては「いつまでも居候しているわけにはいかない」という自然な判断でも、エリカにとってはそうではありませんでした。


朝になれば大河がいて、ポルポルが騒ぎ、夜になれば三人で食卓を囲む。


いつの間にか、それがエリカの日常になっていたんですね。


そして最後の、


「わしらの家へ帰るぞい」


という言葉を、大河が否定しなかったところが今回の一番大きな変化かなと思います。


まだ恋愛的にはエリカの一方通行気味ですが、少なくとも大河にとっても、あの診療所はもうただの居候先ではなくなりました。


そして次回からは再び剣術へ。


キルギスが告げた「実戦」が、大河たちを待っています。


次回もよろしくお願いします。

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