第44話 ハイランカー祭
第44話です。
今回は、月に一度開催されるハイランカー祭へ。
普段のランキング戦とは違い、街全体がお祭りのような賑わいを見せる中、大河は初めて世界上位のランカーたちの戦いを目にします。
ハイランカー、シルバーランカー。
これまで数字として知っていた「上の世界」が、実際の戦いとして大河の前に現れます。
そして最後に登場するのは、総合ランキング第三位のモレラ。
その相手は、大河が一年後に倒さなければならない男。
現ランキング王、ロベルト・カイザーです。
ついに大河が、目指す頂点をその目で見ることになります。
月に一度、ランキング協会のある街は、朝から普段とはまるで違う顔を見せる。
大通りの両側には色鮮やかな旗が渡され、風を受けるたびに布が軽やかな音を立てていた。早朝から開いた屋台では肉を炙る煙が立ち上り、香辛料を混ぜた甘辛い匂いが人の流れに乗って広がっていく。遠方から来たらしい旅装姿の者や、同じ色の衣服を身につけた応援団、人気ランカーの名が書かれた旗を掲げる子どもたちが、ランキング協会の大闘技場へ続く道を埋めていた。
人波の中を歩きながら、大河は何度も周囲へ視線を巡らせた。
「毎月、こんなに集まるんですか?」
隣を歩くワイナへ尋ねると、淡い紫色の上着を着た彼は、肩越しに後ろの人波を眺めてから口元を緩めた。
「この日だけは特別よ。世界各地で行われる月の義務戦のうち、ハイランカー以上の注目試合をまとめて公開するの。遠くの国から来る人もいるわ」
協会で行われるランキング戦は、すべてが大勢の観客へ公開されるわけではない。普段は参加者と関係者だけで進められる試合も多いが、月に一度のこの日だけは、世界中の上位ランカーが一つの街へ集まり、その戦いが有料で公開される。
剣術、魔法、スキル、複数の能力を組み合わせた部門。そして、武器も魔法もスキルも使用できるバトル総合部門。
ランキングの中でも戦闘系は最も人気が高く、街全体が祭りの会場へ変わるほどだった。
「食べ物も世界中から集まっているのです!」
少し前を飛んでいたポルポルが、両腕に串焼きと丸い揚げ菓子を抱えたまま振り返った。口の周りには淡い色の粉が付着し、小さな翼は荷物の重さに負けそうなほど忙しく動いている。
「いつの間に買ったんだ?」
「大河さんが旗を見ている間なのです」
「まだ会場にも着いてないぞ」
「お祭りは道から始まっているのですよ」
得意げに串焼きを掲げたポルポルの後ろで、赤い竜のマントをまとったエリカが小さく息を吐いた。
「食べ過ぎて、試合中に眠るでないぞ」
「眠らないのです。食べ続けるのです」
「そちらの方が迷惑じゃ」
エリカが杖の先でポルポルの背中を軽く押すと、小さな身体がふわりと前へ流れた。ポルポルは何事もなかったように揚げ菓子を口へ運び、大河はその姿に苦笑しながら歩き続ける。
大闘技場へ近づくにつれ、人々の歓声と楽器の音が少しずつ大きくなっていった。
協会の裏手に建つ円形闘技場は、普段のランキング戦で使われる施設とは規模が違っている。高く積まれた白い石壁の上には無数の旗が翻り、開かれた門の前には入場を待つ長い列が折り重なっていた。門の左右には上位ランカーの姿を大きく描いた布が垂らされ、その中央に、剣を片手に立つ男の姿が描かれている。
整った顔立ちに、肩まで伸びた黒髪。紺色の外套の下には銀色の軽鎧が見え、右手には細身の剣を握っていた。
布の下には、大きな金色の文字が刻まれている。
現ランキング王、ロベルト・カイザー。
その横では、同じ姿を描いたカードや木製の人形、外套を模した布製品が売られていた。客が次々と商品を手に取り、店員の前には小さな人だかりができている。
「カイザーの店だけ、ずいぶん混んでるな」
大河が足を緩めると、ワイナもそちらへ視線を向けた。
「一番人気だから当然ね。現ランキング王で、バトル総合部門も一位。魔法とスキルを使うランカーなら、誰もが一度は憧れる存在よ」
「大河さんのグッズはないのです?」
ポルポルが商品の並んだ台へ顔を近づけながら尋ねる。
「あるわけないだろ」
「ポルポルのぬいぐるみなら、きっと売れるのです」
「食費の足しにはなるかもしれないな」
「ポルポルは商品ではないのです!」
つい先ほどまで自分から提案していたことを忘れたらしく、ポルポルは頬を膨らませて大河の肩へ戻ってきた。
隣の売店には、赤い髪の女性剣士や、巨大な盾を構えた男の絵が並んでいた。名前を知らない大河にも、商品を求める人の数や応援旗の多さから、それぞれが人気ランカーであることは分かる。
その中に、赤い竜を背負った少女の小さな人形が置かれているのを見つけ、大河は思わず足を止めた。
「これ、エリカじゃないですか?」
指差された先を見たエリカの眉が、ぴくりと動いた。
白い髪に赤いマント。片手に杖を持ち、もう片方の手から淡い光を放っている。顔立ちは実物より幼く作られていたが、どう見ても本人だった。
「まだ売っておったのか……」
「エリカさんの人形なのです!」
ポルポルが勢いよく飛びつき、両手で人形を抱き上げる。
「回復魔法部門一位、エリカ様。限定赤竜マント付きだってさ」
売店の男が笑顔で説明すると、エリカは赤いマントの襟を片手で引き寄せ、視線を逸らした。
「勝手に作られたものじゃ。わしは認めておらぬ」
「でも売れてるみたいですよ」
棚には残りが数体しかない。近くでは若い回復術師らしい女性が同じ人形を買い、大切そうに袋へ入れていた。
「一つくださいなのです!」
「買わんでよい!」
エリカが即座に杖を伸ばしたが、ポルポルは人形を抱えたまま大河の背後へ逃げ込んだ。
「大河さん、買ってくださいなのです」
「本人と一緒に住んでるのに、人形まで必要か?」
「本人は抱きしめると怒るのです」
「当たり前じゃ!」
周囲の客がこちらを振り返り、エリカは頬を赤くしながらポルポルから人形を取り上げて棚へ戻した。
入場口を抜けると、闘技場の内部には外以上の熱気が渦巻いていた。
石段状に広がる観客席は上段まで人で埋まり、中央の舞台を囲むように各グループの旗が掲げられている。席の間を売り子が歩き、飲み物や軽食、試合の予定が書かれた紙を声高に売っていた。舞台の周囲には半透明の魔法障壁が張られ、陽光を受けて淡い虹色の膜を浮かべている。
大河たちが席へ腰を下ろした直後、闘技場の中央に立つ係員が片手を上げた。
その前には、筒状の魔道具が置かれている。
「皆様、大変お待たせいたしました!」
魔道具で増幅された声が、円形の観客席へ一気に広がった。ざわめいていた場内が揺れ、無数の視線が中央へ集まる。
「これより、今月のハイランカー祭、公開ランキング戦を開始いたします!」
歓声と拍手が壁を震わせた。足元の石段からも細かな振動が伝わり、大河は身体の奥まで音が入り込んでくるような感覚に息を呑んだ。
最初に行われたのは、ハイランカー同士による剣術部門の試合だった。
二人の剣士が舞台へ入ると、実況がそれぞれの所属と順位を読み上げる。そのたびに観客席の一角から旗が振られ、名前を呼ぶ声が沸き上がった。
開始の合図と同時に、剣同士が激しくぶつかり合う。
大河の目には、二人の動きを追うことができた。だが、一歩踏み込むたびに距離が目まぐるしく変わり、攻撃と防御の境目がほとんど見えない。剣が交差した直後には片方が身体を沈め、相手の足元へ刃を滑り込ませていた。
「あれは剣を当てるための攻撃じゃないわ」
隣でワイナが舞台から目を離さずに言った。
「相手の重心を後ろへ移させたの。次に踏み込むための布石よ」
大河が教えられた通り相手の腰と足元へ視線を向けると、確かに片方の剣士がわずかに上体を反らしていた。その瞬間、もう一人が間合いへ入り、喉元へ剣先を突きつける。
勝負は短時間で決まった。
「勝者、剣術部門ハイランカー第五十一位、ガルロ選手!」
実況の声とともに、観客席から大きな拍手が起こった。
「一瞬だったのです」
ポルポルは食べかけの串を握ったまま、目を丸くしている。
「大河さんも、今の人と戦うのです?」
「同じ部門ならな」
「まずはハイランカーになることね」
ワイナの言葉に、大河は舞台から視線を外さず頷いた。
次に行われた魔法と剣術の複合部門では、試合開始と同時に舞台の空気が一変した。
炎が壁のように立ち上がり、その向こうから無数の氷の刃が放たれる。魔法障壁へ衝撃が伝わるたびに光の膜が波打ち、観客席から驚きの声が上がった。剣士たちは魔法の隙間を縫うように走り、炎を剣で切り裂きながら相手へ迫っていく。
大河は知らず知らずのうちに、椅子の縁へ手をかけていた。
火魔法を一つ安定させるだけでも苦労した。それを走りながら放ち、同時に剣を操っている。自分が覚えた小さな炎と、目の前で荒れ狂う魔法が同じものから生まれているとは思えなかった。
「シルバーランカーになると、魔法の発動速度も精度も別物じゃ」
エリカが淡々と告げる。
「大きな魔法を放つだけなら、魔力があればできる者もおる。じゃが、相手の動きを読みながら必要な場所へ必要な威力で出すには、経験が要る」
舞台では、炎を放った男の背後へ相手が回り込んでいた。しかし男は振り返らず、床から土の壁を生み出して剣を受け止める。そのまま炎を曲げ、背後の相手へ巻きつかせた。
実況の声が熱を帯び、観客席も一斉に立ち上がる。
「決まったあっ! 魔法を維持したまま背後を防ぎ、反撃へつなげた! シルバーランカー第十二位、ロイゼ選手の勝利です!」
歓声の中、大河は舞台に残った焦げ跡を見つめた。
ハイランカーになることすら、まだ果たしていない。その上にはシルバーランカーがいて、さらにゴールドランカーがいる。順位として知っていたはずの階層が、初めて現実の距離を持って迫ってきた。
日が高く昇るにつれ、闘技場の熱気は増していった。
試合の合間には楽団が演奏を始め、売り子の声が響く。ポルポルは串焼きを食べ終えると、今度は果汁を凍らせた菓子を両手で抱えていた。
「何個目だ?」
「数えると美味しさが減るのです」
「お前の腹はどうなってるんだ」
「お祭りの日は、別のお腹が起きるのですよ」
エリカが横から菓子を一口奪うと、ポルポルは悲鳴を上げた。二人が小声で言い合う間にも試合は進み、やがて午後の光が舞台の半分を斜めに照らし始めた。
その頃になると、観客席の空気が少しずつ変わっていた。
席を立っていた者たちが戻り、通路を歩く売り子も数を減らしている。各グループの旗を持つ者たちは布を広げ、舞台へ向けて掲げる準備を始めていた。
「そろそろね」
ワイナが背もたれから身体を起こした。
「何が始まるんです?」
大河が尋ねると、ワイナは答える代わりに中央の舞台へ目を向けた。
係員が再び魔道具の前へ立っている。
その背後では、舞台に残った焦げ跡や傷を、術師たちが急いで修復していた。魔法障壁も幾重にも張り直され、淡い光が以前より濃く舞台を囲んでいく。
やがて係員が大きく息を吸った。
「皆様!」
声が響いた瞬間、場内のざわめきが波のように引いていった。
「長らくお待たせいたしました。本日のメインイベントを開始いたします!」
次の瞬間、観客席が爆発したような歓声に包まれた。
大河の耳が一瞬、音を捉えきれなくなる。人々が立ち上がり、二色の旗を激しく振っていた。片方は銀の星を描いたスター・エルミナスの旗。もう片方には、黒地に赤い拳を描いたアイナルファイターの紋章が見える。
実況は観客の声へ負けまいと、さらに声を張り上げた。
「まずは挑戦者の入場です!」
舞台の西側にある大扉が、重い音を立てて開いていく。
「グループランキング第二位、アイナルファイター所属!」
暗い通路の奥から、一人の女性が姿を現した。
「総合ランキング第三位! バトル総合部門ランキング第二位!」
黒い髪を高い位置で束ね、濃紺の軽鎧を身につけている。腰には片刃の長剣を下げ、反対側にはいくつもの魔石が取り付けられた細い帯が巻かれていた。
「王へ最も近い挑戦者、モレラ選手!」
アイナルファイターの旗が一斉に振られ、観客席の一角から地鳴りのような声が上がる。
モレラは歓声へ手を振ることもなく、真っすぐ舞台の中央へ歩いていった。落ち着いた足取りだが、その視線には周囲の熱気を押し返すほどの鋭さがある。
「あの人が、総合三位……」
大河が呟くと、ワイナは静かに頷いた。
「バトル総合では二位。ゴールドランカーの中でも、カイザーへ勝てる可能性があると考えられている数少ない一人よ」
モレラが中央で足を止める。
実況は一度言葉を切った。
闘技場を満たしていた歓声も、次に呼ばれる名前を待つように少しずつ小さくなっていく。
「そして、迎え撃つのは……!」
東側の大扉が、ゆっくりと開いた。
暗闇の中から、銀色の靴先が光の下へ現れる。
「グループランキング第一位、スター・エルミナス!」
紺色の外套が風を受け、その下で銀色の軽鎧が陽光を反射した。
「魔法部門第一位! スキル部門第一位! バトル総合部門第一位!」
男が一歩進むたびに、観客席の人々が立ち上がっていく。先ほどまで声を張り上げていた者たちさえ、その姿を見つめたまま息を止めていた。
「そして、総合ランキング第一位!」
男は舞台へ入ると、モレラの正面へ向かってゆっくり歩いた。肩まで伸びた黒髪が風に揺れ、腰に下げた剣の柄へ軽く手を添えている。派手な威圧感はない。それなのに、先ほどまで広く見えた舞台が、その男一人のために用意された場所のように感じられた。
「現ランキング王、ロベルト・カイザー選手!」
名前が告げられた瞬間、闘技場が揺れた。
幾千もの歓声が石壁へぶつかり、幾重にも反響する。旗が波のように揺れ、足元から伝わる振動が大河の胸の奥まで響いてきた。
隣では、ポルポルが菓子を持ったまま動きを止めていた。普段なら食べ物へ向けている丸い目を、ただ一人の男へ向けている。
「王なのです……」
小さな声は、歓声の中へすぐに消えた。
カイザーは観客席へ片手を上げると、それだけでさらに大きな歓声を呼び起こした。しかし表情には驕りも高揚もなく、モレラの前へ着くと静かに頭を下げる。
モレラも同じように礼を返した。
二人の間へ係員が立ち、試合開始前の確認を始める。大河は瞬きも忘れ、その姿を見つめていた。
自分が一年後に立とうとしている場所。
総合ランキング一位。
ランキング王。
これまでカードに表示された数字としてしか知らなかった頂点が、今は同じ空気の中に立っている。
「よく見ておきなさい」
ワイナの声が耳元へ届く。
「あれが、あなたの目指す相手よ」
大河は答えられなかった。
胸の奥に生まれたものは、憧れだけではない。遠すぎる壁を前にした重さと、それでも目を逸らしたくないという熱が、呼吸のたびに身体の内側でせめぎ合っていた。
係員が二人から離れ、右腕を高く掲げる。
カイザーの手が剣の柄へ触れ、モレラもゆっくりと腰を落とした。
それまで荒れ狂っていた歓声が止まり、闘技場全体が一つの息を飲む。
世界最高峰の二人が向かい合う舞台へ、午後の光が静かに降り注いでいた。
第44話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は初めて、月に一度のハイランカー祭を描きました。
ランキングがこの世界でどれほど大きな娯楽であり、人々の生活に根付いているのかも、少し見えてきたと思います。
そして、大河が初めて見るハイランカー、シルバーランカーたちの本気の戦い。
学院で少しずつ強くなってきた大河ですが、上にはまだまだ別世界の強者たちがいます。
その頂点にいるのが、現ランキング王ロベルト・カイザー。
さらに今回、その王へ最も近い存在としてモレラも登場しました。
一年後、大河が本当にこの場所まで辿り着けるのか。
まずは次回、世界最高峰の二人の戦いです。
ここまでとは明らかに違う「王の強さ」を描いていきます。
次回も読んでいただけると嬉しいです。




