第37話 昇格祝い
第37話です。
スターエルミナス所属のセレナに勝利し、大河はついにミドルランカーへ昇格しました。
順位も報酬も大きく上がり、学院へ正式入学するための準備も整いつつあります。
そんな大河のお祝いに、エリカが案内したのは、古い知り合いが営む一軒の料理店。
そこで待っていたのは、ただの料理人ではありませんでした。
四百三十六位。
その数字の下には、これまで表示されていなかった新たな文字が浮かんでいる。
ミドルランカー。
大河はカードを持ったまま、しばらくその文字を見つめた。
五百位以内に入れば、ローランカーからミドルランカーへ上がる。それは戦いを始めた頃から知っていたことであり、セレナに勝てば四百三十六位になることも、試合を受けた時点で分かっていた。
それでも、実際に自分の名前の下へ表示されると、感じるものは違った。
七百五十七位から、四百三十六位。
三度目のランキング戦で、三百以上も順位を上げたことになる。
「本当にミドルランカーになったのです」
大河の肩の近くに浮かんでいたポルポルが、カードへ顔を寄せた。小さな前足を伸ばし、表示された文字に触れそうなほど近づいている。
「見れば分かるだろ」
「確認しているのです。もしかしたら、カードが間違えているかもしれないのです」
「なんで間違っている方を疑うんだよ」
「大河さんが三戦目でミドルランカーになったからなのです」
褒めているのか疑っているのか、いまひとつ分からない。
大河が苦笑すると、ポルポルは胸を張るように身体を反らした。
「もちろん、ポルポルは最初から勝つと思っていたのです」
「さっきカードが間違ってるかもって言ったばかりだろ」
「それとこれは別なのです」
「便利だな、その言葉」
二人のやり取りを聞いていたエリカが、口元に手を当てて笑った。
「よいではないか。三戦目でミドルランカー入りとなれば、十分に立派なものじゃ。わしも鼻が高いぞ、大河くん」
「エリカさんが戦ったわけじゃないですけどね」
「将来の夫の功績は、わしの功績でもあるじゃろう?」
「まだ夫になってませんから」
「まだ、ということは、いずれなる可能性はあるのじゃな」
「そういう意味じゃないです」
エリカは都合のいい部分だけを拾い、満足そうに何度もうなずいた。
大河はそれ以上追及するのを諦め、再びランキングカードへ目を戻す。
順位とランカー区分の下に、今月受け取ることのできる報酬額が表示されていた。
月額ランキング報酬、五百三十六万マール。
「五百三十六万……」
数字を声に出すと、その大きさが改めて実感として迫ってくる。
以前の順位でも毎月三百四十四万マールを受け取ることができた。それだけでも、地球で働いていた頃からは想像できない金額だった。それが今回の勝利によって、さらに大きく増えている。
「五百三十六万マールあれば、ご飯を何回食べられるのです?」
ポルポルが真剣な顔で尋ねた。
「最初に気になるのがそこなのか?」
「とても重要なことなのです」
「普通に暮らしてたら、数え切れないくらい食べられるよ」
「数え切れないほど……」
ポルポルの瞳が、宝石を見つけたように輝いた。
「毎日お肉でも大丈夫なのです?」
「毎日は駄目だ。野菜も食べろ」
「大河さんは急にお母さんみたいなことを言うのです」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
大河が額を軽く指で押すと、ポルポルは空中でくるりと一回転して逃げた。
五百三十六万マールという金額は、ただ食事に困らなくなるというだけではない。
大河の頭には、学園の入学金が浮かんでいた。
入学に必要なのは五百万マール。以前ならば、手元にある金をほとんど注ぎ込まなければならず、その後の生活を考えれば、決して気軽に払える金額ではなかった。
だが、今は違う。
ゴルディスから受け取った依頼報酬と追加報酬。それまで冒険者ギルドで稼いだ金、月末に受け取ったランキング報酬も残っている。そこへ次からは、毎月五百三十六万マールが入る。
入学金を支払っても、生活に困ることはない。
「これなら、入学金を払っても大丈夫そうだな」
「うむ。今の大河くんなら、その後の生活まで心配する必要はなかろう」
エリカがすぐ横からカードをのぞき込む。肩が触れそうなほど距離が近かったが、今さら指摘しても離れるとは思えなかった。
「学園へ通い始めても、帰る場所は診療所の最上階じゃからな。家賃も必要ない」
「そこは本当に助かってます」
「礼なら結婚で返してくれてもよいぞ」
「急に返済額が跳ね上がってません?」
「大河くんと暮らせるなら、わしにとってはお釣りが来るくらいじゃ」
「話が大きくなってるのです」
珍しくポルポルが大河より先に突っ込んだ。
エリカはまったく堪えた様子もなく、楽しそうに笑っている。大河もつられて笑いながら、ランキングカードを懐へ戻した。
「ともかく、これで大河くんのミドルランカー昇格と、学園へ入る準備が整ったわけじゃ」
エリカが胸の前で両手を合わせた。
「となれば、今日は祝いじゃな」
「お祝いなのです!」
それまで食事の計算をしていたポルポルが、誰よりも早く反応した。
「まだ何を食べるとも言ってないぞ」
「お祝いなら、ごちそうに決まっているのです」
「その理屈はどこで覚えたんだ?」
「大河と暮らしていれば、自然に分かるのです」
「俺、そんなに祝いのたびに食べてたか?」
覚えはなかったが、ポルポルは自信満々にうなずいている。
「せっかくじゃ。少しばかり特別な店へ連れていってやろう」
エリカはそう言うと、意味ありげな笑みを浮かべた。
「特別な店?」
「わしの古い知り合いが料理を作っておる。味については保証するぞ」
「エリカさんの古い知り合いって、何歳なんです?」
「女性に年齢を尋ねるものではない」
「エリカさんの年齢は聞いてませんよ」
「細かい男は嫌われるぞ、大河くん」
「結婚を申し込んでる相手に言うことですか?」
「嫌うとは言っておらん。わしは大河くんなら、多少細かくても愛せる」
「はいはい、ありがとうございます」
まともに受け止めていては話が進まない。大河が軽く流すと、エリカはそれすら嬉しそうに笑った。
三人はランキング協会を出ると、エリカの案内で街の中心部から少し離れた通りへ向かった。
大通りの賑わいから離れるにつれ、建物の間隔がゆったりと広がっていく。華やかな看板を掲げた店は少なくなり、古くから商売を続けているらしい石造りの店が並んでいた。
エリカが足を止めたのは、その一角にある落ち着いた佇まいの店だった。
派手な飾りはなく、入口の上に小さな看板が掲げられているだけだ。しかし、閉じられた扉の向こうからは、肉を焼く香ばしい匂いと、何種類もの香草が混ざり合った深い香りが漂ってくる。
ポルポルの鼻が、ぴくりと動いた。
「大河……ここは危険なのです」
「何が危険なんだよ」
「ものすごくいい匂いがするのです。ポルポルのお腹が勝手に店へ入ろうとしているのです」
「それはお腹じゃなくて、お前自身だろ」
すでに扉へ近づいていたポルポルの身体を、大河が後ろからつかむ。
「離すのです。お祝いが逃げるのです」
「料理は逃げないから落ち着け」
「大河くん、ポルポルを放してやるとよい。ここまで来れば、もう止める方が難しいじゃろう」
「エリカさんまで甘やかさないでください」
エリカが扉を開けると、温かな空気とともに、さらに濃い料理の香りが三人を包んだ。
店内は外から見た印象よりも広く、磨き込まれた木の机がゆったりと並んでいる。昼の時間を過ぎているためか客は多くなかったが、奥の厨房からは包丁がまな板を叩く小気味よい音が聞こえていた。
「ダッカス。久しぶりじゃの」
エリカが厨房へ向かって声をかける。
包丁の音が止まった。
しばらくして、厨房の奥から一人の男が姿を現した。
年齢は六十代ほど。長年、火と刃物を扱ってきたことが伝わる太い腕を持ち、白い料理着の上からでも、その身体の大きさがよく分かる。
男はエリカを見るなり、わずかに目を細めた。
「……随分と久しぶりじゃねえか、エリカ」
低く、腹の底まで響くような声だった。
それから男の視線が、大河と、その腕の中でじたばたしているポルポルへ移る。
「そいつらが、最近お前と一緒に暮らしているっていう連中か?」
「うむ。そして、こちらがわしの将来の夫、大河くんじゃ」
「だから、そこは決定事項じゃありませんって」
初対面の相手への紹介としては、あまりにも余計な一言だった。
第37話を読んでいただき、ありがとうございました。
大河は素手格闘ランキング四百三十六位となり、正式にミドルランカーへ昇格しました。
ローランカーになったばかりの頃と比べると、順位も報酬も一気に上がりましたが、本人はまだ浮かれすぎることなく、学院への正式入学を次の目標として見ています。
そして今回、エリカの古い知り合いである料理人、ダッカスが登場しました。
落ち着いた店を構える彼ですが、エリカがわざわざ大河の祝いに選ぶ以上、普通の料理人ではありません。
果たしてダッカスはどのような人物なのか。
そして、大河やポルポルが彼の料理を食べた時、どんな反応を見せるのか。
次回もよろしくお願いします。




