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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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第31話 仮入学生の洗礼

第31話です。


仮入学生として、ついに学院での初日を迎えた大河。


しかし、最初に待っていたのは授業ではなく、訓練場の整備と武器庫の点検でした。


作業の速さだけではなく、周囲への気配りや判断まで見られる中、大河は灰色の髪をした青年と同じ班になります。

朝の光が、エリカ診療所の最上階にある食卓へ斜めに差し込んでいた。窓の外には夜の名残を含んだ薄い靄が漂い、石造りの屋根の向こうから立ち上る白い煙が、まだ色の淡い空へゆっくり溶けていく。通りでは荷車の車輪が石畳を擦り、店を開けるために木戸を動かす音が遠く重なっていた。


 大河は焼いたパンを口へ運びながら、食卓の端へ置いた二枚の札を何度も確かめていた。一枚は自分の仮入学を示す登録札で、もう一枚には大河の名と並んでポルポルの名が記されている。昨日、学院の職員が迷った末に書き込んだ「不明種」という文字を、ポルポルは先ほどから不満そうに覗き込んでいた。


「ポルポルには、ちゃんとポルポルという立派な種族名があるのです」


「それは名前だって言われただろ」


「まだ決まったわけではないのです。ポルポル族の最初の一人かもしれないのです」


 机の上で胸を張るポルポルを見て、向かいに座るエリカが眠そうな目を細めた。片手には湯気の立つ杯を持ち、もう片方の手で髪を雑にまとめ直している。見た目だけなら大河より年下にも見えるが、朝の静けさへすっかり馴染んだ姿には、長くこの建物で暮らしてきた者らしい気の抜け方があった。


「初日から目立つことだけは間違いなさそうじゃな」


「大河さんより先に人気者になるのです」


「授業中に騒いで追い出されるなよ」


「ポルポルは空気が読めるのです」


 その返事を聞いたエリカが杯の縁へ口をつけたまま、大河へ視線だけを向けた。冗談めいた空気の奥で、今日がただの外出ではないことを察しているのだろう。大河もそれ以上は言葉を続けず、残ったスープを静かに飲み干した。香草の匂いと温かな塩気が喉を通っていく。それでも胸の奥にある硬さまでは、完全にはほどけなかった。


 学院へ通えることは決まった。けれど、正式な学院生になったわけではない。月末にランキング報酬が入れば学費を払える見込みはあるが、それまでは仮入学生として扱われる。事情が金だけだとしても、今日から入る教室で自分だけが違う立場になるとは限らない。試験であと一歩届かなかった者、学院からもう少し見極めが必要だと判断された者、それぞれが何かを抱えているはずだった。


 大河が登録札を胸元へしまうと、エリカは窓際へ目を向けた。朝靄の向こうには学院の尖塔が小さく見えている。


「まあ、行ってみれば分かるじゃろ」


 それだけ言うと、エリカは残ったパンへ手を伸ばした。大げさに励ますことも、心配そうに引き止めることもない。その普段どおりの態度が、かえって大河の肩から余計な力を抜いてくれた。


「そうだな。とりあえず行ってきます」


「行ってくるのです」


 診療所を出ると、朝の空気が頬へ冷たく触れた。通りには少しずつ人が増え、焼きたてのパンや乾燥させた薬草、馬の汗と湿った石の匂いが混ざり合っている。学院へ近づくにつれて、大河と同じ方向へ歩く若者の姿も多くなった。剣を背負う者、分厚い書物を抱える者、布を掛けた籠から香草を覗かせる者。その傍らには、小型の狼や羽の長い鳥を連れた学生もいる。ポルポルは彼らを見るたびに目を輝かせたが、逆に相手から珍しそうな視線を向けられると、得意げに身体を浮かせた。


 昨日よりも早い時間の学院は、見学に訪れた時とは異なる顔を見せていた。正門から入った学生たちは立ち止まることなく、それぞれの専門棟へ向かって流れていく。訓練場からはすでに木剣のぶつかる音が響き、魔法演習場の方角では、朝の淡い空を一瞬だけ赤く染める炎が立ち上った。料理棟の煙突からは香ばしい匂いが流れ、開け放たれた窓の向こうで学生たちが大きな鍋を囲んでいる。学院は目を覚ましたというより、夜のうちから動き続けていた巨大な生き物のようだった。


 仮入学生クラスが置かれた校舎へ入ると、外の活気は少し遠のいた。白い石壁には細かな傷が残り、長い廊下には朝日が帯のように差し込んでいる。昨日見た木札の下を通り、半分開いた扉へ手を掛けたところで、中から複数の話し声が聞こえてきた。


「昨日の薬草庫、まだ匂いが取れないんだけど」


「俺は訓練場の砂を靴の中まで持ち帰ったぞ」


「今日は何をさせられるんだろうな」


 すでに数日をともに過ごしているらしい生徒たちが、机を挟んで話していた。冗談を交わす者もいれば、昨日の課題で擦りむいたらしい手のひらへ布を巻いている者もいる。その一方で、入口近くには大河と同じように周囲を落ち着かなく見回す者が三人ほど立っていた。新品に近い制服を着た少年、緊張した面持ちで魔導書を抱える少女、背筋を不自然なほど伸ばした貴族風の青年。今日から加わる者は、大河一人ではないらしい。


 教室へ入った瞬間、いくつかの視線がポルポルへ集まった。小さな翼で宙に浮かび、桃色と紫の毛並みを揺らす姿は、パートナーモンスターが珍しくない学院でも目を引くらしい。ポルポルは遠慮するどころか、周囲を見回して小さく手を振った。


「今日から一緒なのです」


 教室の奥で笑いが漏れ、張り詰めていた新入りたちの表情もわずかに緩んだ。大河は空いている席を探しながら、昨日こちらを見ていた灰色の髪の青年に気づいた。青年は教室の後方へ座り、机の上に擦り減った拳当てを置いている。すでにこの場へ馴染んでいる様子から、今日が初日ではないのだろう。大河と目が合うと、青年は視線を足元から肩までゆっくり動かし、確かめるように目を細めた。


 敵意とは少し違う。だが、歓迎だけでもない。自分と同じ方向を目指す者が現れた時、まず力量を測ろうとする目だった。


 大河が空いた机へ腰を下ろすと、近くにいた少年がちらりと登録札へ目を向けた。


「今日からか?」


「ああ」


「俺もだ」


 少年はそれだけ言うと、胸元の札を落ち着かなく指で直した。短いやり取りの間にも、教室の前方では昨日からいる生徒たちが手慣れた様子で筆記具を揃え、机の脇へ作業用の手袋を置いている。何を準備すべきか分からない新入りとの違いが、言葉にされずともはっきり表れていた。


 やがて廊下の奥から、重い足音が近づいてきた。話し声は一つずつ消え、昨日からいる者たちは慣れた動作で背筋を伸ばす。その反応を見た新入りたちも、遅れて姿勢を正した。


 扉が開き、広い肩を持つ男が姿を現した。最初に目へ入ったのは、朝日を鈍く反射するスキンヘッドだった。濃紺の学院服は隙なく着込まれているが、厚い胸板と太い腕までは隠せていない。深く刻まれた眉間の皺と鋭く下がった目尻のせいで、何も言わずに立っているだけでも叱られているような圧がある。


 男は教壇へ立つと、すぐには口を開かなかった。教室の端から端まで視線を動かし、昨日からいる者、新しく入った者、机の上の道具、姿勢の崩れまで一つずつ確かめていく。大河の前で視線が止まった時には、肩のポルポルへ一度だけ目を向け、その後で大河の目を正面から見た。強面の奥にある眼差しは、ただ威圧するためのものではなかった。相手が何を持ち、何をごまかそうとしているのか、その両方を見逃さない目だった。


「副学院長のロイドだ。今月、この教室を預かる」


 低い声は大きくない。それでも石壁へ反響し、教室の隅までよく届いた。新入りの一人が息を飲み、昨日からいる生徒は誰も表情を変えない。ロイドは教壇へ置かれていた厚い名簿を開き、今日加わった者たちの名だけを順に呼んだ。大河が返事をすると、ロイドは一度だけ顎を引き、次へ進んだ。


 全員を確認し終えると、名簿を閉じた。


「すでにいる者へ繰り返すつもりはない。今日から加わった者は、周りを見て覚えろ」


 教室のあちこちで視線が動いた。新入りたちは自然と、作業用手袋や水筒を準備している先輩組の机へ目を向ける。ロイドはその様子を遮らず、少し待ってから続けた。


「今月末までに認められなければ、次は半年後だ。ここで過ごす時間を長いと思うか、短いと思うかは自由だが、失った半年を返す者はいない」


 声には脅しも慰めもなかった。ただ、覆らない事実だけが教室へ置かれた。昨日からいる生徒の何人かは唇を結び、新入りの少女は抱えていた魔導書へ指を食い込ませている。大河も月末という言葉を胸の中で繰り返した。自分は報酬が入れば学費を払える。それでも、それまでこの教室へいる以上、他の者と違う顔をして過ごすつもりはなかった。


 ロイドは名簿を持ったまま大河へ目を向けた。


「望月。お前の事情は聞いている」


「はい」


「なら、余計な説明はいらん。ここにいる間は同じだ」


 それだけだった。学費が足りないことも、ランキング報酬の支給日が遅いことも、教室全体へ明かそうとはしない。大河が返事をすると、ロイドはもう視線を外し、教壇の脇へ立て掛けられていた学院の簡易図を広げた。


 中央訓練場、武器庫、倉庫。太い指が三つの場所を順に示す。


「今日からの者は学院整備だ。昨日までの者は、割り当てどおり動け。新入りは班長の指示に従い、訓練場の砂を均したあと、武器庫の木剣と盾を点検する。破損品は倉庫へ運べ」


 教室の後方で、灰色の髪の青年が静かに立ち上がった。ロイドが名を呼ぶ前に作業用の手袋を腰へ挟み、こちらへ目を向ける。その視線で、大河は彼が班長の一人なのだと察した。


「五分後、中庭へ集合。遅れた者は、その時間ごと評価から引く」


 ロイドが地図を畳み、教室を出ていく。扉が閉まると、止まっていた空気が一斉に動き始めた。昨日からいる者たちは慣れた様子で立ち上がり、新入りたちは周囲を真似ながら慌ただしく荷物をまとめている。


 灰色の髪の青年が、大河の机の前で足を止めた。間近で見ると、頬に残る細い傷と、拳の節に重なる古い痕がよく分かる。


「新入り。ぼんやりしてると置いていくぞ」


 低い声には冷たさよりも、試すような響きがあった。大河は登録札を胸元へ戻し、椅子から立ち上がる。


「置いていかれないようにする」


 青年の口元がわずかに上がった。その横でポルポルも勢いよく翼を広げる。


「ポルポルも働くのです」


「まず邪魔をしないところからだな」


「失礼なのです」


 教室の外へ流れていく生徒たちの足音を追い、大河も廊下へ踏み出した。学院での最初の一日は、机へ向かう授業ではなく、砂埃と使い込まれた木剣の匂いの中から始まろうとしていた。


 中庭へ出ると、朝の陽はすでに石畳を白く照らし、校舎の壁際に残っていた冷たい影を少しずつ押し縮めていた。訓練場の方角からは、乾いた砂の匂いと、使い込まれた木剣に染みついた汗の匂いが風に乗って流れてくる。昨日まで学院の外から眺めていた時には聞き分けられなかった音も、今は一つずつ輪郭を持って耳へ届いた。木材を積み上げる鈍い音、箒が地面を擦る音、遠くの演習場から響く掛け声。学院は授業を受ける者だけで動いているのではない。ロイドが口にした言葉が、目の前の景色へ少しずつ形を持ち始めていた。


 仮入学生たちは中庭の中央へ集められ、昨日から通っている者を中心に、いくつかの班へ分かれていった。灰色の髪の青年は五人ほどを手招きし、大河へも顎をしゃくってみせた。近くで見ると、青年の制服には新しい汚れの上へ古い染みが重なり、袖口も何度か繕われている。学院へ来てまだ長くはないはずだが、少なくとも今日が初日ではないことは、その手慣れた動きだけで分かった。


「俺たちは中央訓練場だ。砂を均したあと、武器庫へ回る」


 青年は必要なことだけを告げると、脇に積まれていた箒と木製の均し板を配り始めた。名を名乗る様子はない。大河もあえて尋ねず、渡された道具の重みを手の中で確かめた。幅の広い板には長い柄が付けられ、地面へ押し当てて引くことで砂を平らにするらしい。見た目以上に重く、持ち上げただけで肩へじわりと負荷がかかった。


 訓練場には前日の足跡が幾重にも残っていた。踏み込んだ深い窪み、倒れた者が身体を引きずった跡、魔法の衝撃で円形に抉れた場所まである。朝日に照らされた砂は表面こそ乾いていたが、その下には夜露を含んだ重い湿り気が残っていた。大河が均し板を押し込むと、柄を通して腕へ鈍い抵抗が伝わり、砂が低い音を立てながら左右へ広がっていく。


 最初の数往復で、新入りたちの動きにはすぐ差が出た。上質な制服を着た貴族風の青年は、道具の扱いそのものに慣れておらず、板を深く押し込みすぎて何度も砂へ引っかけている。魔導書を抱えていた少女は細い腕で必死に柄を引いていたが、半分ほど進むたびに足を止め、指の痛みを堪えるように握り直していた。昨日からいる生徒たちは、それぞれの体力に合わせて幅や進む距離を変え、無駄なく作業を続けている。


 大河は何度か往復したところで、板を力任せに引くよりも、砂の湿り具合を見ながら角度を変えた方が軽く動くことに気づいた。陸上競技でも、身体の力をそのまま地面へ叩きつければ速くなるわけではなかった。足を置く位置、重心の移動、力を抜く瞬間。その感覚を道具へ置き換えると、動きは少しずつ滑らかになった。


「初めてにしては早いな」


 隣の区画を均していた灰色の髪の青年が、手を止めずに口を開いた。褒めているようには聞こえない。自分との差を測るため、目にした事実をそのまま口へ出したような声音だった。


「力だけで引くと疲れるからな」


「分かってる奴は、最初からそんな持ち方をしない」


 青年はそこで一度だけ大河の手元へ視線を落とし、次の瞬間には自分の板へ力を込めた。大河より体格は一回り小さいが、腰を低く落とし、全身を使って砂を押している。動きには粗さが残るものの、途中で休もうとしない粘りがあった。


 少し離れた日陰には、学院の徽章を付けた三人の補助教員が立っていた。一人は訓練場の状態を確認しながら帳面へ目を落とし、もう一人は作業する生徒の間を歩き、道具の使い方や周囲との距離を見ている。残る一人は武器庫の前で破損品を仕分ける準備を進めていた。ロイドの姿は見えない。だが、誰がどのように動いたのかは、あの帳面を通して副学院長へ届くのだろう。


 貴族風の青年が再び板を砂へ食い込ませた時、長い柄が手の中から滑り、隣で作業していた少女の足元へ倒れかけた。大河は反射的に手を伸ばし、柄が少女の膝へ当たる寸前で掴んだ。湿った木の感触が掌へ食い込み、板の重みが片腕へ一気にかかる。


「すまない」


 青年は息を切らしながら道具を受け取った。額には汗が浮かび、白い指には赤い擦れ跡ができている。これまで重い物を扱った経験がほとんどないのだろう。それでも投げ出さず、受け取った柄を今度は両手で強く握り直した。


「端を少し浮かせた方が引きやすい」


 大河が自分の板で角度を示すと、青年は一瞬ためらうように眉を寄せた。教えられることへ抵抗があるのかもしれない。だが、やがて同じ持ち方を試し、先ほどより軽く砂が動くのを確かめると、無言のまま小さく頷いた。


 そのやり取りを、近くにいた補助教員が帳面へ視線を落としながら記していた。大河が気づいた時には、すでに別の生徒へ目を移している。評価されているのは作業の速さだけではない。ロイドが何を見ようとしているのか、その輪郭が少しだけ見えた気がした。


 訓練場の整備が終わる頃には、太陽は校舎の上まで昇り、背中へ容赦なく熱を落としていた。シャツは汗で肌へ張りつき、砂埃が首筋や腕へ薄くまとわりついている。ポルポルは最初こそ大河の周囲を飛び回っていたが、箒の風に巻き上げられた砂を何度か浴びると、訓練場脇の柵へ避難していた。


「学校は思ったより砂っぽいのです」


「働いてない奴が言うな」


「ポルポルは見守り係なのです」


 頬へ付いた砂を前足で払いながら答える姿に、大河が苦笑していると、補助教員の一人が手を上げた。訓練場の作業を終えた班から武器庫へ向かうよう促され、灰色の髪の青年はすぐに道具をまとめ始める。疲れを見せる者もいたが、誰も座り込むことはなかった。ここで遅れれば、その分だけ午後の専門コースへ向かう時間が減る。


 武器庫の中は外の明るさが嘘のように薄暗く、木と革、それに金属油の匂いが濃く漂っていた。壁には訓練用の木剣や盾が隙間なく並び、床には修理待ちの武具がまとめられている。補助教員が一人ずつ役割を与え、大河たちの班は木剣のひび割れと盾の留め具を確認することになった。


 大河は一本ずつ木剣を手に取り、表面を指でなぞった。深い傷は目で分かるが、細かな亀裂は握った感触や、軽く曲げた時の音で確かめなければならない。陸上競技の道具とは違う。それでも、これが誰かの手へ渡り、訓練中に折れれば怪我につながることは想像できた。最初は退屈そうにしていた新入りたちも、補助教員が折れた木剣の破片を見せると、次第に顔つきが変わっていった。


 灰色の髪の青年は確認を終えた木剣を手早く束ね、大河はそれを倉庫へ運んだ。一度に多く抱えれば早く終わるが、傷んだ木剣を落としてさらに破損させては意味がない。腕へ収まる本数だけを選び、何度か往復する。その途中、廊下の奥にロイドの姿が見えた。副学院長は武器庫へ入ってくることも、声を掛けることもなく、補助教員から差し出された帳面へ短く目を通している。何かを尋ねると、担当者が大河たちの方角へ視線を向け、数語だけ答えた。ロイドは一度こちらを見たが、目が合う前にはもう次の場所へ歩き出していた。


 評価を知らされないことが、かえって意識を引き締めた。褒められるために動いているわけではない。それでも、自分の何気ない判断や振る舞いが見られていると思えば、手を抜く気にはなれなかった。


 最後の破損品を倉庫へ運び終えた時、学院の中央から低い鐘の音が響いた。午前の課題終了を告げる音らしく、武器庫の外で待っていた生徒たちの肩から同時に力が抜ける。補助教員は帳面を閉じ、人数と運び込まれた品を確認してから、短く解散を告げた。


 誰が良かったのか、誰の評価が下がったのかは何も語られない。大河たちは互いの顔を見合わせたあと、それぞれ汗を拭い、水筒へ口をつけた。貴族風の青年は赤くなった手のひらを見つめていたが、その表情には朝の戸惑いとは違うものが浮かんでいた。やり切ったことを自分でも確かめるように、何度か指を開閉している。


 中庭へ戻ると、ロイドが石段の上で待っていた。補助教員たちから渡された帳面が腕の中に重ねられている。彼は仮入学生たちの汗や汚れを一通り眺めたあと、名簿の端へ何かを書き込んだ。


「午前の課題は終わりだ。午後は各自、選んだ専門コースへ向かえ」


 それだけ告げると、ロイドは帳面を抱えたまま校舎へ戻っていく。誰かが安堵の息を吐き、別の者は急いで制服の砂を払い始めた。休む時間は長くないのだろう。正式な学生なら、朝から専門分野へ集中できる。仮入学生は、ようやくここから自分の学びたい場所へ向かうのだ。


 大河が胸元の登録札を確かめていると、灰色の髪の青年が隣へ並んだ。彼もまた拳当てを腰へ結び直し、大河と同じ方向へ身体を向けている。


「お前も素手部門か」


「ああ」


 青年の口元に、朝から何度か見せていた薄い笑みが浮かんだ。


「そうか」


灰色の髪の青年は腰へ拳当てを結び直すと、大河へ一度だけ視線を向けた。


「格闘素手部門なら、こっちだ」


 短くそれだけ言って歩き出す。大河も肩に乗ったポルポルとともに、その背中を追った。


 中央校舎を抜けると、学院の景色はまた少し表情を変えた。石畳の道の両側には、専門コースごとの訓練棟が並んでいる。木剣のぶつかる乾いた音、魔法が炸裂する低い轟音、どこかから漂う焼きたてのパンの香り。それぞれが混ざり合い、この学院が一つの街のように息づいていることを感じさせた。


 やがて格闘素手部門の訓練棟が見えてくる。厚い石壁に囲まれた建物の奥からは、拳が防具を打つ鈍い音と、気迫のこもった掛け声が絶え間なく響いていた。


 大河は思わず足を止める。


 この扉の向こうに、自分がこれから学ぶ世界がある。


 胸の奥で期待と緊張が静かに入り混じる。その時だった。


 

第31話を読んでいただき、ありがとうございました。


大河の学院生活は、砂まみれの訓練場整備から始まりました。


仮入学生は学院内の仕事をこなし、その行動や判断も評価されます。


力任せではなく、道具の使い方を工夫すること。

困っている相手へ手を貸すこと。

誰かに褒められなくても、必要な仕事を丁寧に行うこと。


学院が見ているのは、ランキングカードの数字だけではないようです。


そして午後、大河が選んだのは格闘素手部門。


同じ道を進む灰色の髪の青年とともに、いよいよ本格的な訓練の扉を開こうとしています。

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