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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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30/63

第30話 仮入学生

第30話です。


学院長ボーデンに案内され、大河はランキング総合育成学院の中を見て回ります。


魔法、剣術、料理、学問。


ランキングへつながるあらゆる分野が集まる学院で、大河は新たな舞台の広さを知ることになります。


そして、彼に示されたのは正式入学とは異なる、もう一つの道でした。

ボーデンは紹介状とランキングカードを机の上へ並べたまま、しばらく何も言わなかった。窓の外では、訓練場から木剣の乾いた音が一定の間隔で響き、その合間を縫うように学生たちの掛け声が風に乗って流れてくる。大河は膝の上へ置いた両手を動かさず、学院長の横顔を見つめていた。紹介状を読んだ時にも、ランキングカードへ目を通した時にも、ボーデンは必要以上の言葉を口にしなかった。その沈黙が何を意味するのか読み取れないまま待っていると、やがて大きな身体が椅子から立ち上がった。


「少し付き合え」


 それだけを告げ、ボーデンは机を離れた。大河が立ち上がると、肩に乗っていたポルポルも小さな翼を広げる。学院長は二人がついてくることを確かめる様子もなく、重い扉を開けて廊下へ出た。


 応接室の外は、先ほどまでの静けさが嘘のように人の気配で満ちていた。高い窓から差し込む光が磨かれた床へ白く反射し、書物を抱えた学生や、訓練用の防具を身につけた者たちが足早に行き交っている。学院長の姿に気づいた者は歩みを緩め、自然な動作で頭を下げた。ボーデンは一人ひとりへ言葉を返すことはなかったが、目に留めた相手にはわずかに顎を引いて応じている。その仕草から、肩書きだけで人を従わせているのではないことが伝わってきた。


 長い廊下を抜けると、石造りの渡り廊下の向こうに広い演習場が見えた。空気が震えた直後、赤い炎が的へ向かって真っすぐ走り、乾いた爆発音とともに火の粉が舞い上がる。熱を帯びた風が遠く離れた大河の頬にまで届き、焦げた木と焼けた土の匂いが鼻をかすめた。複数の学生が魔法陣の前へ立ち、教官の合図に合わせて杖や手を掲げている。炎だけではなく、水の槍や風の刃も飛び交い、外した魔法が防護壁へ触れるたび、透明な膜が淡く揺れた。


 ポルポルが大河の耳元へ顔を寄せる。


「ランキング協会の訓練場が小さく見えるのです」


「あれだけ人数がいれば、これくらい必要なんだろうな」


 小声で答えながら、大河は炎の大きさを目で追った。自分がようやく放てるようになった火球とは比べものにならない。魔法を使えるようになったことで一歩進んだつもりでいたが、目の前の光景は、その先にまだ長い道があることを容赦なく見せていた。


 ボーデンは振り返らず、次の棟へ歩みを進めた。石壁の向こうから木と木が激しくぶつかる音が聞こえ、開け放たれた扉の奥では、一人の教官を十数人の学生が取り囲んでいた。学生たちは次々と踏み込み、左右から木剣を振り下ろしている。それでも中央の教官は足元をほとんど動かさず、最小限の動きだけで刃を受け流し、柄や肩を打って相手を崩していく。倒れた者が悔しそうに歯を食いしばり、すぐに立ち上がって列の後ろへ戻る姿からは、痛みよりも追いつきたいという焦りの方が強く見えた。


 大河が足を緩めたことに気づいたのか、ボーデンもほんのわずかに歩調を落とした。だが、技について説明することはなく、学生たちの動きを一度眺めただけで再び前を向いた。


 その先で、空気の匂いが変わった。香ばしく焼けたパンと煮込んだ肉、刻んだ香草の青い香りが混じり合い、ポルポルの鼻がすぐに動き始める。大きな窓の向こうでは、白い上着を着た学生たちが長い調理台を囲んでいた。生地をこねる者、鍋の中を覗き込む者、皿へ盛り付けた料理を互いに見比べる者。その中央を歩く教官は、ひと口味を確かめるたびに何かを記録し、時折、学生の手元へ戻って火加減や切り方を示している。


「ここに通えば、毎日試食できるのです?」


 ポルポルの目が期待に輝いた。


「授業を受ける側なら、作る方じゃないか」


「食べて確かめるのも大切な勉強なのです」


 都合のいい理屈に大河が苦笑すると、前を歩いていたボーデンの肩が、ごくわずかに揺れたように見えた。


 さらに進んだ学問棟では、剣や魔法の音は聞こえなかった。代わりに、開いた窓から幾人もの声が重なって流れてくる。広い教室の前方には大きな順位表と複雑な図が掲げられ、学生たちは机に座るのではなく、立ち上がって互いの意見をぶつけ合っていた。ある競技で順位を維持するために必要な挑戦回数や、複数のランキングへ参加した際の時間配分について議論しているらしく、壁際に立つ教師は口を挟まず、時折、板へ新たな数字を書き加えていた。


 ボーデンは足を止め、剣術棟や魔法演習場とは異なる熱気に満ちた教室を見つめた。


「ランキングは、戦う者だけのものではない」


 低い声でそれだけを口にすると、再び歩き出した。大河は教室へ残していた視線を戻し、その大きな背中を追った。料理、経営、学問、技術。すべてが順位へつながり、順位が人の生き方へ影響する世界。その広がりを、学院へ来て初めて形として見た気がした。


 中庭へ出ると、学生たちの間を小型の魔物が歩いているのが目に入った。大きな鳥を腕へ止まらせた少女もいれば、子犬ほどの小竜を肩へ乗せた少年もいる。青い半透明の身体を弾ませる魔物が主人の後ろを追い、少し離れた木陰では角のある狼が静かに伏せていた。どれも周囲から避けられている様子はなく、学生と連れ立って歩く姿は、この学院では珍しいものではないらしい。


「魔物を連れている人がいるのです」


 ポルポルが目を丸くすると、近くを通った学生がその声に振り返った。彼は肩へ乗せた黒い鳥よりも、宙に浮かぶポルポルの方へ視線を奪われたらしく、数歩進んだところでもう一度振り返る。別の学生も足を止め、桃色と紫の毛並み、小さな翼、猫に似た顔を不思議そうに眺めていた。


「見たことのない種だな」


「しかも喋ったぞ」


 小さなざわめきが広がると、ポルポルは胸を張り、尻尾を高く上げた。


「ポルポルはポルポルなのです」


 その答えに、周囲の学生たちは困ったように顔を見合わせた。大河が謝るように軽く頭を下げると、ボーデンは騒ぎを咎めることもなく、初めてポルポルを正面から見た。鋭い目が丸い耳から翼、毛色へと静かに移り、最後に大河との距離を確かめるように止まる。


「相棒か」


「はい、ずっと一緒です」


 ボーデンはそれ以上尋ねず、中庭の端にある小さな事務棟へ進んだ。室内では、学生の登録札や徽章を扱う職員たちが机へ向かっている。学院長が姿を見せると、一人の女性職員がすぐに立ち上がった。


「この者のパートナー登録を」


 ボーデンが告げると、女性は大河の名前を確認し、次にポルポルへ視線を向けた。羽根ペンを紙の上へ置いたまま、その手が止まる。


「種族名をお願いします」


 大河はポルポルを見る。ポルポルも大河を見返し、やがて首を傾げた。


「ポルポルなのです」


「それは名前だと思いますが……」


 女性は困ったように笑い、資料棚から分厚い図鑑を取り出した。猫型、小型獣、飛行種とページをめくっていくが、似た姿はあっても、毛色や翼まで一致するものは見つからない。何度かポルポルと図鑑を見比べた末、女性はペン先を紙へ戻した。


「不明種として登録します。学院内では望月さんのパートナーとして扱われますので、授業や施設ごとの指示には従ってください」


 書き終えられた札へ、大河とポルポルの名が並んで記された。ポルポルは自分の名前を見つけると嬉しそうに身体を揺らし、登録札を覗き込む。


「これでポルポルも学生なのです?」


「パートナーだ」


「ほとんど同じなのです」


 得意げな声に、大河は笑いをこらえながら札を受け取った。学院へ入れるかどうかもまだ決まっていない。それでも、大河の名の隣にポルポルの名が記された小さな札は、二人がこの場所へ一歩踏み込んだ証のように思えた。


登録を終えた大河が札を胸元へしまうと、ボーデンは再び歩き始めた。中庭を抜けた先には、学院の華やかな表側とは少し空気の違う一角が広がっていた。石壁には運搬用の荷車が寄せられ、軒下では数人の学生が薬草を種類ごとに分けている。乾いた葉の青臭い香りと、土の湿り気を含んだ匂いが風に混じり、その向こうでは木箱を二つ抱えた少年が、額から汗を落としながら倉庫へ向かっていた。


 別の場所では、少女が長い箒で訓練場の砂を均している。何度も踏み荒らされた地面には深い足跡が残り、砂埃が靴や裾へ薄くまとわりついていた。作業を終えた者から手早く道具を片づけ、校舎の方へ駆けていく。ちょうど授業の始まりを告げる鐘が鳴ると、薬草を仕分けていた学生たちも籠を重ね、息を整える暇もなく廊下へ消えていった。


 大河はその背中を目で追った。正式な学生たちが専門棟へ向かう姿とは、どこか違って見える。制服は同じなのに、胸元には小さな銀色の徽章が付けられ、袖口や靴には作業の跡が残っていた。


「……あの人たちは?」


 問いかけると、ボーデンは足を止めないまま答えた。


「仮入学生だ」


 それ以上の言葉はなかった。けれど、泥の付いた袖も、鐘に追われるように走る姿も、制度の重さを十分に伝えていた。朝から課された仕事を終え、その後で自分の選んだ授業へ向かう。正式な学生より長い一日を、それでも誰一人立ち止まらずに走っている。


 渡り廊下を曲がると、人通りの少ない校舎へ入った。開け放たれた窓から風が抜け、壁に掛けられた古い木札をわずかに揺らしている。札には飾り気のない文字で、仮入学生クラスと刻まれていた。


 教室の扉は半分ほど開いていた。中では十数人の学生が机へ向かい、教師の話を聞いている。剣を腰へ下げた者もいれば、魔導書を積み上げた少女、指先を墨で黒くした青年もいる。年齢も体格もばらばらだったが、板書を追う目には共通した張りがあった。疲れは隠せていない。それでも、席を離れようとする者はいない。


 教室の奥で、一人の青年が顔を上げた。


 濃い灰色の髪を短く整え、頬には細い傷が残っている。机の上には擦り減った拳当てが置かれていた。青年の視線はまずボーデンへ向き、次に大河へ移る。足元から肩までを測るように眺めたあと、最後にポルポルへ目を止めた。


 興味を隠そうともしない視線だった。


 大河も自然とその青年を見返した。言葉は交わさない。けれど、互いに同じものを感じ取ったように、青年の口元がわずかに上がる。


 それは歓迎の笑みというより、新しい競争相手を見つけた者の顔だった。


青年と視線を交わしたまま、わずかな時間が流れた。


 教室の中では教師の声が続いている。黒板へ白い文字が刻まれ、紙をめくる音が静かに重なる。その空気を壊さないように、ボーデンは教室へ入ることなく踵を返した。


 大河も最後にもう一度だけ教室を見渡す。誰一人として諦めたような表情はなかった。疲れはある。決して楽な立場ではない。それでも机へ向かう背中からは、この場所へ残りたいという強い意思だけが静かに伝わってくる。大河は自然と拳を握っていた。


 自分も明日から、この教室で学ぶことになる。


 その実感が胸の奥へゆっくりと沈んでいく。


 廊下へ出ると、窓から吹き込む風が火照った頬を優しく撫でた。遠くでは訓練場から木剣の打ち合う音が響き、魔法演習場では再び炎が空を焦がしている。料理棟から漂う焼きたてのパンの香りが風へ乗り、昼間とは少し違う穏やかな空気が学院全体を包み始めていた。


 ボーデンは歩みを止めることなく口を開く。


「明日からここだ。」


 振り返ることもない。ただ、それだけを告げる。


 大河は静かに頷いた。


「はい。」


 短い返事だった。だが、その声には迷いがなかった。校舎を抜け、再び中庭へ出る。


 午後の日差しは少しずつ傾き始め、白い石畳へ長い影を落としている。訓練を終えた学生たちが笑いながら歩き、パートナーモンスターたちも主人の後ろを楽しそうについていく。その何気ない日常の景色を眺めながら、大河は胸の奥で小さく息を吐いた。


 ここには、自分の知らない世界がある。強さだけではない。知識も、技術も、人との繋がりも、すべてがランキングへ繋がっている。だからこそ、この学院には多くの若者が集まるのだろう。


 門へ続く石畳を歩いていると、ボーデンが足を止めた。ゆっくりと振り返る。夕日に照らされた横顔には、応接室で見せた鋭さとは違う静かな厳しさが宿っていた。


「正式入学か、それとも諦めるか。」


 低い声が、大河の胸へまっすぐ届く。風が吹き抜け、学院旗が大きく揺れた。ボーデンはその旗を一度だけ見上げると、再び大河へ視線を戻す。


「決めるのは学院ではない。」


 一拍置き、その言葉を静かに続けた。


「お前自身だ。」


 大河は返事をしなかった。必要ないと思った。

その言葉は問いではなく、学院長から渡された一つの覚悟だった。


 門を出ると、振り返った先には広大な学院が夕暮れの光を浴びて静かに佇んでいた。白い校舎は黄金色へ染まり、高い塔の影が地面を長く伸びている。訓練場から聞こえる掛け声も、学生たちの笑い声も、夕風の中で少しずつ遠ざかっていった。


 ポルポルが大河の肩へ降り立ち、校舎を見上げる。


「明日から楽しみなのです。」


 その声に、大河は小さく笑みを浮かべた。


「ああ。」


 視線は学院から離さない。この門をくぐる時、自分はまだ正式な学生ではない。それでも、一歩目を踏み出す資格だけは与えられた。ゴルディスが開いてくれた扉。ボーデンが示した道。その先を歩くのは、自分しかいない。


 夕日に染まる学院を胸へ刻み込むように見つめたあと、大河はゆっくりと踵を返した。


 新しい日々は、もう目の前まで来ていた。

第30話を読んでいただき、ありがとうございました。


大河は明日から、仮入学生として学院へ通うことになりました。


正式な学生と同じ授業を受けながら、学院内の仕事もこなさなければならない厳しい立場です。


それでも、何も学べなかった場所から、ようやく新しい一歩を踏み出すことができました。


そしてポルポルも、不明種ではありますが、大河の正式なパートナーとして登録されました。


仮入学生クラスで出会った、灰色の髪の青年。


新たな仲間となるのか、それとも大河の前に立ちはだかるライバルとなるのか。


次回から、いよいよ学院生活が始まります。

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