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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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27/61

第27話 森へ迎えに

第27話です。


森の奥で狩りを続けるミミルを迎えるため、大河たちはゴルディスとともに再び森へ向かいます。


そこで目にしたのは、可愛らしい姿の奥に眠る、魔獣としての本能。


そして、ゴルディスの声を聞いた瞬間に見せた、まったく別の表情でした。

翌朝、大河がゴルディスの屋敷を訪れると、玄関前にはすでに三人分の旅支度が整えられていた。磨かれた石畳には朝露が薄く残り、庭を囲む低い生垣の葉先で、小さな雫が陽光を受けて揺れている。噴水から落ちる水音は静かだったが、屋敷の使用人たちはいつもより足早に行き交い、門のそばには水袋や携帯食を積んだ革鞄まで用意されていた。


 大河は肩に掛けた荷物の位置を直しながら、玄関の扉へ目を向けた。やがて厚い扉が開き、ゴルディスが姿を現す。昨日まで身に着けていた豪奢な上着や宝石の指輪はなく、今日は古びた革の胸当てに、深緑の外套を羽織っていた。腰には使い込まれた短剣が下がり、靴も街歩き用ではなく、泥や岩場に耐えられる頑丈なものへ替わっている。全盛期を過ぎたとはいえ、その立ち姿には隙が少なく、肩の位置や足の運びに、長く戦いの場へ身を置いていた者の名残があった。


「待たせたな」


 ゴルディスは穏やかに笑ったが、その目は屋敷の外へ向いたままだった。いつもより口数が少ない。大河には、それがミミルを心配しているからだと分かった。


「いえ。オルドさんは?」


「先に森の入口を見ている。あの男は昔から、待つより調べる方が性に合っておる」


 ゴルディスの言葉に、ポルポルが大河の肩近くへ浮かびながら、門の向こうを覗き込んだ。


「今日は迷わないのです。オルドさんもいるし、地図もあるのです」


「その言い方だと、前は迷ったみたいに聞こえるな」


「実際、迷ったのです……」


 ポルポルは耳を伏せ、尻尾を身体へ巻きつけるようにした。大河は苦笑しながら、その頭を指先で軽く撫でる。森での失敗は忘れたくても忘れられない。けれど、あの経験があったからこそ、今日の大河は地図を何度も確認し、森で必要なものを自分なりに揃えてきた。失敗したまま終わるのではなく、次に変える。それだけは、元いた世界でも繰り返してきたことだった。


 三人が屋敷を出ると、朝の街にはまだ柔らかな涼しさが残っていた。店先では商人が布を広げ、パン屋の煙突から白い煙が細く上がっている。通りを抜け、高台の裏手へ回るにつれて人家は減り、石畳も次第に細くなっていった。やがて道は土へ変わり、靴の裏へ湿り気を含んだ柔らかな感触が伝わってくる。


 森の入口近くには、一本の大きな樫の木が立っていた。その根元に、オルドは背を預けることもなく静かに立っている。背中には長弓、腰には矢筒。大河たちが近づくと、彼は目だけをこちらへ向けた。


「来たか」


 その短い言葉に、ゴルディスは小さく頷いた。


「世話をかけるな」


「今さらだ」


 二人のやり取りは淡々としていたが、その間には説明の要らない時間が流れているように見えた。昔、どこで、どのような形で関わっていたのか、大河にはまだ分からない。それでも、ゴルディスがオルドを信頼し、オルドもまた理由を尋ねることなく森の奥へ同行している事実だけで、二人の関係の深さは十分に伝わってきた。


 オルドは地図を受け取り、昨日大河が印をつけた地点を指先でなぞった。


「ここまでなら昨日の道を使える。だが、ミミルが狩りを続けているなら、同じ場所にいるとは限らん」


「それでも痕跡は残るのです?」


 ポルポルが尋ねると、オルドは森の奥へ視線を向けた。


「生き物が通れば、何かは変わる。枝が折れ、土が沈み、匂いが残る。見つけられないのは、何もないからじゃない。何を見るべきか知らないだけだ」


 その言葉を聞き、大河は自然と足元へ目を落とした。目の前に広がっているのは、ただの湿った土と落ち葉にしか見えない。だが、オルドにはこの森の中に幾つもの道が見えているのだろう。


 四人は森へ入った。外から見ていた時よりも、木々の内側は暗かった。高い枝が重なり合い、朝の光は細く切り分けられて地面へ落ちている。前夜に降った雨がまだ葉に残り、時折、雫が首筋や肩へ冷たく落ちた。湿った土の匂いに、苔や古い木の皮、遠くにいる獣の気配が混ざっている。


 先頭を歩くオルドは、時折足を止めた。膝をつき、泥の表面へ指を触れる。折れた枝を持ち上げ、断面の湿り気を確かめる。木の幹に付いた淡い桃色の毛を見つけると、それを指先で摘み、風へかざした。


「昨日より奥へ移動している」


 大河はオルドが示した地面へ目を凝らした。落ち葉の下に、小さな足跡が半分ほど埋もれている。言われなければ、丸い石の跡だと思って通り過ぎただろう。


「帰ろうとしている感じはないんですか?」


「ないな。足取りに迷いがない。獲物を追っているようだ」


 ゴルディスの眉がわずかに寄った。けれど、口を挟むことはせず、オルドの言葉を受け止めるように静かに歩き続けた。森の奥へ進むほど、彼の呼吸は少しずつ深くなっていった。全盛期を過ぎた身体には楽な道ではないはずだ。それでも立ち止まろうとはしない。大河は何度か声をかけようとしたが、ゴルディスの背中にある頑固な静けさを見て、言葉を飲み込んだ。


 しばらく進むと、足元に白い骨が散らばっている場所へ出た。大きな獣のものではない。小型の魔物か、森に棲む獣の骨だろう。新しい血の匂いはないが、周囲だけ空気が重く感じられた。


 オルドが片手を上げる。


「ここから先は音を立てるな」


 声は囁きに近かった。ポルポルはすぐに口を閉じ、大河の肩近くまで高度を下げる。四人は足を置く場所を選びながら進んだ。湿った葉を避け、乾いた枝を踏まないようにするだけで、歩みは急に遅くなる。森の静けさが耳へまとわりつき、自分の呼吸さえ大きく感じられた。


 やがて、前方の茂みの向こうから、低い唸り声が聞こえた。獣の声だった。けれど、苦しんでいるようにも、威嚇しているようにも聞こえる。オルドは身体を低くし、枝葉の隙間を覗き込んだ。大河も少し離れた位置から、そっと前方へ目を向ける。


 最初に見えたのは、淡い桃色だった。


 朝の光が差し込む小さな空間に、ミミルがいた。丸い耳、短い手足、ふわふわとした毛並み。ゴルディスから見せてもらった絵そのままの姿だった。木漏れ日の中に座る様子だけを見れば、誰かが落としたぬいぐるみにしか見えない。


 ポルポルの目が大きく開く。


「やっぱりかわいいのです……」


 漏れた声は、ほとんど吐息だった。大河も思わず頷きかけた。だが、次の瞬間、ミミルの背筋がすっと沈んだ。


 丸い耳が後ろへ倒れ、ふわりと揺れていた尻尾がぴたりと止まる。大きな瞳から幼さが消え、獲物だけを見つめる冷たい光が宿った。その視線の先には、角の生えた狐に似た魔物がいた。脚を傷つけているらしく、片方の後ろ脚を引きずりながらも、必死に茂みの外へ逃げようとしている。


 ミミルの小さな前足が、地面をわずかに掻いた。


 次の瞬間、桃色の身体が消えた。


 そう見えるほど速かった。草が遅れて揺れ、乾いた土が細く跳ねる。獲物が右へ飛ぶより先に、ミミルはその進路へ回り込んでいた。短い手足からは想像できない鋭い踏み込みで地面を蹴り、前足を振り抜く。爪が光を弾き、狐型の魔物が横へ吹き飛んだ。


 魔物は悲鳴を上げながら立とうとした。だが、ミミルは逃がさない。低く身を沈め、喉の奥から獣じみた唸りを漏らす。その声には、屋敷で可愛がられているペットの面影など残っていなかった。


 もう一度、地面を蹴る。


 小さな牙が獲物の首元へ届き、森の空気が一瞬だけ震えた。やがて狐型の魔物から力が抜け、草の上へ沈む。ミミルはすぐには離れず、獲物が動かなくなったことを確かめてから、ゆっくり顔を上げた。


 口元の桃色の毛に、赤い色が滲んでいる。


 大河の喉がかすかに鳴った。可愛らしい姿と、目の前で起きた狩りが、うまく一つの生き物として結びつかない。


「あれが……ミミル?」


 囁くように尋ねると、オルドは視線を外さずに頷いた。


「見た目に騙されるな。あれは魔獣だ」


 ゴルディスは言葉を発しなかった。驚いているはずなのに、ミミルから目を逸らそうとしない。知らなかった姿を見ているというより、今まで見られなかった成長を、ようやく目の前で受け止めているようだった。


 その時、風向きが変わった。


 ミミルの鼻先が小さく動く。耳がぴくりと立ち、黄金色の瞳が四人の隠れている方角へ向いた。大河の背中に冷たいものが走る。こちらの存在には、とっくに気づいていたのかもしれない。ミミルは獲物から前足を離し、身体を低くしたまま一歩こちらへ近づいた。


 オルドの右手がゆっくり弓へ伸びる。


「動くな」


 低い声が落ちた。


 大河は呼吸を浅くし、足の裏へ力を込めた。ポルポルは肩の陰へ隠れるように身体を小さくしている。ミミルの瞳には、先ほど獲物へ向けていたのと同じ鋭さが残っていた。


 だが、ゴルディスが一歩前へ出た。


「ミミル」


 森の中へ、静かな声が響いた。


 それだけだった。


 ミミルの身体から、張り詰めていた力が抜けた。鋭く細められていた瞳が丸くなり、伏せられていた耳が勢いよく起き上がる。次の瞬間、桃色の身体が草を蹴って駆け出した。


 大河は反射的に身構えたが、ミミルは彼らの方へは来なかった。まっすぐゴルディスへ向かい、その胸へ飛び込むように跳びつく。ゴルディスは少しよろめきながらも両腕で受け止めた。


「こら、重くなったではないか」


 叱るような口調とは裏腹に、声は柔らかかった。


 ミミルは短い前足をゴルディスの肩へ回し、頬へ何度も顔を擦りつける。喉の奥から、ごろごろという甘えた音が漏れていた。さっきまで獲物の首へ牙を立てていた魔獣と同じ存在だとは、とても思えない。尻尾は千切れそうなほど左右へ振られ、ゴルディスの顎へ鼻先を押しつけている。


 ポルポルが恐る恐る顔を出した。


「猫さんみたいなのです……」


「さっきまでの姿を見てなかったらな」


 大河がそう答えると、ポルポルは何度も頷いた。


 ゴルディスはミミルの頭や背中を何度も撫でた。太い指が桃色の毛へ沈み、そのたびにミミルは目を細めて喉を鳴らす。安堵を隠そうとしているのか、ゴルディスはいつものように穏やかな顔を作っていたが、抱きしめる腕には強く力が入っていた。


「心配させおって」


 低く零れた声に、ミミルは答えるように小さく鳴いた。


 しばらく甘えたあと、ミミルはゴルディスの腕から飛び降りた。そして先ほど仕留めた獲物のもとへ戻り、首元をくわえて引きずってくる。自分の身体より大きな獲物を運び、ゴルディスの足元へ置くと、胸を張るように顔を上げた。


 その仕草には、はっきりとした誇らしさがあった。


 ゴルディスは足元の獲物とミミルを交互に見た。


「私に見せたかったのか」


 ミミルは尻尾を振り、短く鳴いた。


 オルドがそこで、ようやく弓から手を離した。


「成長期の狩りだな」


 ゴルディスが顔を上げる。


「知っているのか」


「詳しくはない。ただ、この種の魔獣は、幼体から成体へ移る前に、一匹で狩りへ出ると聞いたことがある。親や主人から離れ、自分だけの力で獲物を仕留める。そうして初めて、自分が狩る側だと身体に覚え込ませる」


 ゴルディスは黙ったまま、足元のミミルへ視線を戻した。


「だから、誰にも見つからぬように森へ入ったのか」


「おそらくな。追われれば逃げる。捕まえようとされれば、狩りを邪魔する相手と判断する。屋敷の者が見つけられなかったのも無理はない」


 その説明を聞き、ゴルディスは大きく息を吐いた。肩がわずかに下がる。ようやく張り詰めていたものが緩んだのだろう。彼は膝をつき、ミミルと同じ高さまで顔を下げた。


「そういうことなら、最初から教えてくれればよいものを」


 ミミルは意味を理解しているのかいないのか、首を傾げたあと、またゴルディスの頬へ顔を擦り寄せた。


 大河はその様子を少し離れたところから見つめていた。ミミルは獰猛な魔獣であり、成長すればS級へ至る存在だ。それでも今、ゴルディスの前にいる姿は、主人へ狩りの成果を見せたくて仕方のない幼い子供にしか見えない。


 恐ろしさと愛らしさは、どちらかが偽物なのではない。その両方がミミルなのだ。


 木々の間を抜けた風が、桃色の毛並みを柔らかく揺らした。ゴルディスは仕留められた獲物へ目を向けたあと、もう一度ミミルの頭を撫でる。


「よくやった」


 その一言を聞くと、ミミルは胸を張るように前足を揃えた。


 森の静けさの中に、ポルポルの小さな笑い声が溶けていった。


森を出る頃には、頭上の陽が少し西へ傾き始めていた。木々の隙間から差し込んでいた光は、入口へ近づくにつれて太くなり、湿った土の匂いにも、乾いた草と風の匂いが混じっていく。大河は森の境を越えたところで、無意識に息を深く吐いた。背後にはまだ暗い木立が続いているが、目の前には屋敷へ伸びる緩やかな道と、その向こうに街の屋根が見えている。


 ミミルはゴルディスの足元を離れようとしなかった。少し先へ駆けては立ち止まり、主人がついてきているか確かめるように振り返る。ゴルディスが歩みを緩めると、ミミルも速度を落とし、今度は彼の外套へ身体を擦りつけながら並んで歩いた。


 森の中で獲物へ飛びかかっていた姿は、もうどこにもない。口元の毛にはまだ乾きかけた血がわずかに残っているのに、表情だけを見れば、長く留守にしていた家へ帰るのが嬉しくて仕方のない子供のようだった。


 ポルポルは少し離れた場所を飛びながら、何度もミミルの方を見ていた。近づきたい気持ちはあるらしいが、先ほどの狩りが頭から離れないのだろう。尻尾を落ち着きなく揺らし、距離を詰めては、また少し戻る。


「ポルポル、さっきから何してるんだ?」


 大河が声をかけると、ポルポルは小声で答えた。


「仲良くなりたいのです。でも、急に食べられたら困るのです」


「お前は食べ物じゃないだろ」


「ミミルさんから見れば分からないのです」


 その言葉が聞こえたのか、ミミルが耳を動かした。ゆっくり振り返り、ポルポルを見つめる。ポルポルの身体がぴたりと止まった。


 数歩分の沈黙が流れたあと、ミミルは小さく鼻を鳴らし、また前を向いた。


「たぶん、食べないって言ったんだろ」


「本当なのです?」


「知らないけど」


「適当なのです」


 大河が笑うと、ゴルディスも肩を揺らした。張り詰めていた空気が、ようやく少しずつほどけていく。オルドはそのやり取りを横目で見ながら、相変わらず何も言わなかった。ただ、森から離れるにつれて、弓を握っていた手の力がわずかに緩んでいる。


 屋敷の門が見えてくると、門番の一人が真っ先にミミルへ気づいた。驚いたように目を見開き、次の瞬間には屋敷の奥へ向かって大声を上げる。


「ミミル様がお戻りです!」


 その声は、静かな庭へ一気に広がった。


 玄関前にいた使用人たちが手を止め、庭師が鋏を持ったまま振り返る。屋敷の中からも足音が重なり、何人もの人々が扉や窓から顔を覗かせた。誰もが最初は信じられないものを見るような顔をしていたが、ゴルディスのそばを歩く桃色の姿を認めると、その表情が次々と崩れていった。


「よかった……」


 年配の女性使用人が両手を胸元で重ね、震える息を吐いた。若い使用人の一人は目元を拭いながら、それでも笑おうとしている。庭の端にいた警備の男たちも、肩から力を抜き、互いに小さく頷き合っていた。


 部下たちが何日も探し続けたという話を、大河は昨日聞いている。その間、屋敷の中にはずっと、この子が戻らないかもしれないという不安が漂っていたのだろう。今その不安が、ようやく形を失っていくのが見えた。


 ミミルは集まってきた使用人たちを見回し、少しだけ耳を伏せた。自分がどれほど心配をかけたのか、分かっているのかもしれない。だが、すぐにゴルディスの脚へ身体を寄せ、彼の陰へ半分隠れるようにした。


「今さら恥ずかしがっても遅いぞ」


 ゴルディスはそう言いながら、ミミルの頭へ手を置いた。叱っているような口調だったが、指先はあくまで優しい。毛並みに沿って何度も撫でると、ミミルは目を細め、喉の奥で小さく鳴いた。


 年配の使用人が恐る恐る近づき、しゃがみ込む。


「ミミル様。もう勝手にいなくならないでくださいませ」


 ミミルは彼女の顔をじっと見たあと、鼻先をそっと差し出した。女性が指先で触れると、ミミルは一度だけその手へ頬を擦りつける。


 女性の目から、今度こそ涙が落ちた。


 ゴルディスはその様子を見て、何も言わなかった。ただ顔を少し横へ向け、視線を庭の木々へ逃がした。大河には、それが彼なりに感情を隠しているように見えた。


 やがて四人は応接室へ通された。大きな窓から午後の光が差し込み、磨かれた机の表面へ柔らかな艶を作っている。森から戻ったばかりの身体には、用意された冷たい果実水が心地よかった。杯の外側に付いた水滴が指へ触れ、その冷たさでようやく、依頼を終えて屋敷へ帰ってきた実感が湧いてくる。


 ミミルは最初、ゴルディスの椅子の横へ座っていた。だが落ち着くと、室内を見回し、やがてお気に入りらしい絨毯の上へ身体を丸めた。ふわふわした桃色の毛が深い赤色の絨毯に映え、完全にぬいぐるみのように見える。


 先ほどまでS級へ成長する魔獣の片鱗を見せていたとは、やはり信じがたい。


 ゴルディスはミミルの寝息を確かめるように視線を向けたあと、机の引き出しから二つの革袋を取り出した。一つは大きく、もう一つはそれより小さい。机の上へ置かれた時、硬貨同士が触れ合う重い音が響いた。


「こちらが約束の報酬だ」


 大きい方の袋を、大河の前へ滑らせる。


「そして、もう一つは追加分として受け取ってくれ」


 大河は小さい袋へ目を向けた。依頼書に書かれていた金額だけでも、初級依頼としてはかなり高かった。それに追加となると、学校の入学金へ一気に近づく額になるかもしれない。


「でも、俺たちは場所を見つけただけです。連れて帰ったのはゴルディスさんで」


 大河がそう言うと、ゴルディスはゆっくり首を横へ振った。


「いや。お前さんたちが居場所を突き止め、無理をせず戻ってきたから、私はミミルを迎えに行けた」


 声は穏やかだったが、言葉には揺るぎがなかった。


「あの場で依頼を完遂しようと焦り、力ずくで捕まえようとしていたら、どうなっていたか分からん。ミミルが傷ついたかもしれんし、お前さんたちも無事では済まなかっただろう」


 ゴルディスの目が、一瞬だけ鋭さを帯びる。それは昨日屋敷で見た時にも感じた、元バトルランカーの目だった。状況の危険と、そこから起こり得た結果を正確に見ている。


「依頼を受けた者は、結果を求める。報酬がかかっていれば、なおさらな。だが、結果だけを見て判断を誤る者も多い」


 ゴルディスは小さい方の袋へ指を置いた。


「これは、見つけたことへの追加ではない。引くべきところで引いた判断への報酬だ」


 大河は袋へ伸ばしかけた手を止めた。


 森の奥で、ミミルを見つけた時のことが蘇る。依頼は、連れ戻すことだった。だから一瞬、どうにか捕まえなければと思った。けれど、オルドの言葉と、ミミルの姿を見て、踏み込まない方を選んだ。


 あれは勇気のある判断だったのか、それともただ怖かっただけなのか。大河自身には、まだ分からない。


「俺一人だったら、どうしていたか分かりません」


 正直にそう言うと、オルドが杯を机へ置いた。


「それでも、最後に地図へ印を付けて戻ると決めたのはお前だ」


 短い言葉だった。


 大河がオルドを見ると、彼はもうこちらを見ていなかった。窓の外で丸くなっているミミルへ視線を向けている。それでも、今の言葉が社交辞令でないことは伝わってきた。


 ゴルディスも小さく頷いた。


「人の助言を聞き、状況を見て、自分で決める。それも実力のうちだ。腕力や魔法だけが強さではない」


 その言葉は、胸の奥へ静かに沈んだ。


 大河は二つの革袋を両手で受け取った。ずしりとした重みが手のひらへ伝わる。これまで受け取ったランキング報酬とは違う。数字だけではなく、自分の判断そのものに価値をつけてもらったような感覚があった。


「ありがとうございます」


 頭を下げると、ゴルディスは穏やかに笑った。


「こちらこそだ。ミミルを無事に連れ戻せた。私にとっては、それ以上の報酬はない」


 その時、絨毯の上で眠っていたミミルが耳を動かした。ゆっくり目を開けると、主人の声を聞きつけたように身体を起こし、まっすぐゴルディスの足元へ歩いてくる。


 ゴルディスが手を伸ばす前に、ミミルはその膝へ前足を掛けた。


「まだ甘えるのか」


 口ではそう言いながら、ゴルディスは両腕で抱き上げた。ミミルは当然のようにその胸へ収まり、目を閉じる。大河はその姿を見て、昨日屋敷で感じた不動産王としての威圧感が、少し遠いものに思えた。


 この人にも、何より失いたくないものがある。


 それを守るためなら、昔の装備を引っ張り出し、自分で森の奥へ向かう。


 大河は手元の革袋へ視線を落とした。依頼は終わった。けれど、この屋敷で得たものは、報酬だけではない気がしていた。

第27話を読んでいただき、ありがとうございました。


ミミルが森へ向かった理由は、成長期に必要な一人での狩りでした。


獲物を仕留める魔獣としての姿と、ゴルディスへ甘える幼い姿。

その両方が、ミミルの本当の姿です。


そして大河は、無理に依頼を達成しようとせず、引くべき場面で引いた判断を評価されました。


力だけではなく、状況を見て選ぶことも強さの一つ。


ゴルディスから受け取った報酬によって、ランキング学校の入学金にも大きく近づきます。

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