第25話 不動産王の依頼
第25話です。
料理ランキング二十二位となったことで、マイラ食堂には大きな変化が訪れます。
一方、大河はランキング学校の入学金を稼ぐため、再び冒険者ギルドへ。
そこで紹介されたのは、不動産王ゴルディスからの少し変わった依頼でした。
料理ランキングの翌日、マイラ食堂の前には、朝から見慣れない人だかりができていた。
いつもなら昼前までは静かな通りだった。近所の常連がぽつぽつと扉を開け、マイラが鍋の火加減を見ながら客を迎え、アイが水を運ぶ。そんな穏やかな時間が、この日はまるで別の店のようにざわめいている。真新しい木札が入口の横に掛けられ、そこには丁寧な文字でこう書かれていた。
料理ランキング二十二位記念 新メニュー。
オムライス。
魔物肉の唐揚げ定食。
通りかかった人々は、その札の前で足を止めた。料理ランキング二十二位という数字は、思っていた以上に人を引き寄せる力があった。昨日の会場で唐揚げの香りを嗅いだ者、噂だけを聞いた者、オムライスという不思議な卵料理を見たことがない者。彼らの声が店先で重なり合っている。
「ここか。昨日の料理ランキングに出てた子の店って」
「唐揚げって何だ?」
「卵を切ると中からとろっと出る料理もあるらしいぞ」
大河は店の中から外の列を見て、思わず目を丸くした。昨日までのマイラ食堂とは明らかに違う。ランキングに載るということが、この世界でどれほど大きな信用になるのか、目の前の光景が教えてくれていた。
厨房では、すでに戦場のような忙しさが始まっていた。油の弾ける音が絶えず、卵を焼く甘い匂いと、香草をまとった魔物肉の香ばしさが店内に満ちている。マイラは鍋とフライパンの間を行き来し、病み上がりとは思えないほど手際よく指示を出していた。アイは小さな身体で踏み台に立ち、卵の火加減を見ながら、隣で唐揚げの揚がり具合にも目を配っている。
「アイ、そっちの卵、そろそろよ」
「うん。唐揚げはあと少し」
短い会話だけで、二人の手が動いていく。以前のような不安げな空気はない。忙しさの中に、確かな張りがあった。大河は水差しを持って客席を回り、ポルポルは小さな身体で皿運びを手伝っていた。もっとも、皿を運びながら何度も料理の方へ目を向けるので、見ているこちらが少し怖い。
「ポルポル、つまみ食いするなよ」
「してないのです。香りを確認しているだけなのです」
「口が動いてるぞ」
「確認が深まったのです」
大河が呆れると、近くの客が笑った。店の中に、明るい空気が広がっている。常連客だけではない初めての客も、最初は物珍しそうに料理を眺め、ひと口食べると表情を変えた。オムライスの真ん中へナイフを入れ、半熟卵が広がると歓声が上がる。唐揚げを噛んだ客は、衣の音に驚き、次に肉汁の熱さで慌てて息を吸った。
「なんだこれは。外が音を立てたぞ」
「肉が柔らかい。魔物肉だよな?」
「この赤いソース、卵に合うな」
注文は止まらなかった。大河は皿を運び、水を注ぎ、空いた器を下げながら、何度も厨房を見る。アイは疲れているはずだった。額には汗が滲み、頬は火の熱で赤くなっている。それでも、彼女の目は輝いていた。料理を作るたびに、客の反応が返ってくる。昨日の点数とは違う、生きた評価が店内に満ちている。
昼の山を越えた頃には、マイラ食堂の中は湯気と油の香りで満たされていた。夕方近くになり、ようやく客足が落ち着くと、マイラは椅子に腰を下ろし、大きく息を吐いた。アイもその隣に座り、両手を膝に置いたまま、しばらく動けない様子だった。
営業が終わった後、マイラは売上を数え始めた。机の上に硬貨が積まれていく。いつもの何倍もの量だった。大河は黙って見守る。ポルポルも珍しく静かだった。
マイラの指が、最後の硬貨の上で止まった。
「こんな日が……また来るなんて」
声は小さかった。けれど、その言葉に込められたものは重かった。夫がいなくなり、借金だけが残り、病に倒れ、店の火が消えかけた日々。その全部を、大河は詳しく知っているわけではない。だが、マイラの目元に浮かんだ涙を見れば、この売上が単なる金額ではないことくらい分かった。
アイは母を見上げ、少しだけ口元を緩めた。
「明日も、作れる」
その言葉に、マイラは笑った。涙を拭うことも忘れたように、ただ娘を見て笑った。
翌日、大河は再び冒険者ギルドへ向かった。
学校の入学金五百万マール。今すぐ届かない金額ではあるが、まったく届かないわけでもない。ランキング報酬、ギルド依頼、生活費。すべてを考えながら歩くと、街の景色が以前とは違って見えた。看板、店、土地、建物。誰かが所有し、誰かが借り、誰かが商売をしている。その仕組みの上で、街は動いている。
ギルドに入ると、受付の女性が大河に気づいて軽く会釈した。
「望月さん。今日は依頼をお探しですか?」
「はい。できれば少し報酬のいいものがあれば」
「ちょうど個人依頼が一件あります。ただ、内容は少し特殊です」
受付の女性は依頼書を取り出した。紙は他のものより上質で、端には金の細い模様が入っている。大河が目を落とすと、依頼主の名が書かれていた。
ゴルディス。
「この方は?」
大河が尋ねると、受付の女性は少し声を落とした。
「この街でも有数の資産家です。不動産業を広く手がけている方で、屋敷、商業施設、土地の売買まで、かなりの規模で動かれています」
「不動産王、みたいな人ですか」
「ええ。そう呼ぶ方もいます」
ポルポルの目がきらりと光った。
「お金持ちなのです?」
「かなり」
「大河さん、これは良い依頼の匂いがするのです」
「お前は金の匂いにも反応するのか」
受付の女性は少しだけ笑い、それから表情を仕事のものへ戻した。
「依頼内容は、逃げたペットの捜索です」
「ペット?」
大河は思わず聞き返した。高額そうな依頼書、不動産王、個人依頼。その流れで出てきた言葉が、ペット探しだったからだ。
「はい。ただ、ゴルディス様は最初からギルドへ依頼したわけではありません。ご自身の部下たちに探させたそうです。屋敷の使用人、警備の者、土地管理の者まで動かしたそうですが、誰も見つけられなかった。それでギルドへ依頼が来ました」
「部下がたくさんいるのに、見つからなかったんですか」
「そのようです」
受付の女性の声には、少し含みがあった。大河は依頼書をもう一度見る。報酬は、初級依頼としてはかなり高い。ペット探しにしては不釣り合いなほどだった。
「どうしますか?」
大河は少し考えた。簡単そうに見える。だが、簡単なら部下たちが見つけているはずだ。そこに引っかかりはある。けれど、学校の入学金のことを考えると、この報酬は魅力的だった。
「話だけでも聞いてみます」
「では、屋敷へご案内します」
ゴルディスの屋敷は、街の中心から少し離れた高台にあった。門へ続く道は広く、左右には手入れされた庭が広がっている。噴水の水音が涼しく響き、植え込みは魔法で整えられているのか、葉の形まで美しく揃っていた。門番は二人。さらに奥には使用人らしき人々が何人も行き交っている。
大河は思わず足を止めた。
「すごいな……」
「お金持ちなのです」
ポルポルが小声で言う。彼女の声にも、少しだけ圧倒された響きが混じっていた。
屋敷の中へ通されると、床は磨かれた石で、壁には絵画や古い武具が飾られていた。大河はその中の一つに目を留める。古びた盾。傷の入った籠手。飾り物にしては使い込まれた跡がある。隣にはランキング協会の記念盾のようなものも置かれていた。
ただの金持ちの屋敷にしては、妙に戦いの匂いが残っている。
広い応接室で待っていると、やがて一人の男が現れた。
五十代ほどだろうか。恰幅はよく、上質な服に身を包んでいる。指には大きな宝石のついた指輪が光っていた。いかにも成功者という見た目だが、不思議と嫌味はない。足取りはゆっくりしているが、姿勢は崩れていなかった。大河は握手を求められ、その手を取った瞬間、少しだけ驚いた。
手のひらが硬い。
柔らかな生活だけをしてきた人間の手ではない。指の節に古い傷が残り、握る力にも妙な芯があった。今は丸くなっているが、この人は昔、何かをしていた。大河はそう感じた。
「君が望月大河くんか」
男は低く、よく通る声で言った。
「はい」
「私はゴルディス。この街で土地や建物を扱っている。忙しいところを来てもらってすまないね」
「いえ。依頼の話を伺いに来ました」
「そうか。助かる」
ゴルディスは椅子へ腰を下ろし、使用人に茶を用意させた。動作に無駄がない。偉ぶっているわけではないが、周囲が自然に彼の動きを見ている。多くの人を動かすことに慣れた男なのだろう。
「依頼は、ペット探しだと聞きました」
「その通りだ」
ゴルディスは少しだけ困ったように笑った。
「名はミミル。私が飼っている子でね。数日前、屋敷の庭から逃げ出した」
「ミミル……」
大河が名前を繰り返すと、ゴルディスは机の上に一枚の絵を置いた。そこには、丸い耳を持つ小さな獣が描かれていた。ふわふわした毛並みで、目も大きい。見た目だけなら、かなり愛らしい。
ポルポルが絵を覗き込む。
「かわいいのです」
「だろう?」
ゴルディスの顔が少し緩んだ。いかにも不動産王という威厳のある顔から、急に親馬鹿のような表情になる。その落差に、大河は少し戸惑った。
「最初は、私の部下に探させた。使用人、庭師、警備の者、近くの土地を管理している者たちまでね。だが誰も捕まえられなかった」
「逃げ足が速いんですか?」
「速い」
ゴルディスは即答した。
「それに、少し気まぐれでね」
「少し?」
「少しだ」
その言い方が、どうにも信用できなかった。大河は絵の中の小さな獣を見る。かわいい。確かにかわいい。だが、この流れでただかわいいだけのはずがない。
「森へ逃げ込んだ可能性がありますか?」
「屋敷の裏手から高台の林へ入り、その先の森へ向かったという目撃がある。危険な魔物が出るほど深い森ではないが、慣れない者が探すには少し厄介だ」
大河は黙って頷いた。前回の森で道に迷ったばかりだ。簡単に森へ入る怖さは身に染みている。
「報酬は依頼書の通りだ。無事に連れ戻してくれれば、追加も考える」
ポルポルの耳が跳ねた。
「追加なのです?」
「ポルポル」
「大事な確認なのです」
ゴルディスは笑った。豪快ではなく、低く静かな笑いだった。
「正直でいい」
大河は少しだけ迷った。ペット探し。報酬は高い。依頼主は大物。しかも、後々何かの縁になる可能性もある。学校の資金を考えても、受ける価値はある。ただ、前回の失敗を忘れてはいけない。森を甘く見てはいけない。
「受けます。ただし、無理だと判断したら撤退します」
ゴルディスの目がわずかに細くなった。
「良い判断だ」
その一言に、大河は少しだけ違和感を覚えた。依頼人なら、必ず連れて帰れと言うかもしれない。だが、ゴルディスは撤退を否定しなかった。むしろ、その判断を評価したように見える。
やはり、この人はただの資産家ではない。
屋敷を出る時、受付の女性が小声で教えてくれた。
「ゴルディス様は、昔はかなり名のあるバトルランカーだったそうです」
「やっぱり」
「今は不動産業で成功され、ほとんど戦いからは退いています。ですが、若い頃のランキング報酬を元手に事業を始めた方です。ランキングで人生を切り開いた成功者、と言ってもいいかもしれません」
大河は屋敷を振り返った。高い門、広い庭、多くの使用人。あれは最初から与えられたものではない。ランキングで稼ぎ、そこから別の道を切り開いた結果なのだ。
大河の中で、ゴルディスという人物の見え方が少し変わった。
ギルドへ戻る道すがら、ポルポルは依頼書と絵を見比べていた。
「ミミルちゃん、かわいいのです。これは楽勝かもしれないのです」
「楽勝なら、部下の人たちが見つけてるだろ」
「そこは少し気になるのです」
「少しか?」
大河は苦笑しながらも、依頼書を握り直した。前回と同じ失敗はしない。地図を買い、森の入口を確認し、必要なら人に聞く。街の外では、準備が生死を分ける。
依頼書に描かれた小さな獣は、丸い目でこちらを見ていた。
かわいい。
だが、きっとそれだけではない。
大河はそう思いながら、次の依頼へ向けて歩き出した。
第25話を読んでいただき、ありがとうございました。
料理ランキング入りによって、マイラ食堂は多くの客で賑わうようになりました。
ランキングの数字は報酬だけではなく、店の信用や人の流れまで変える。
アイの挑戦が、現実の生活へつながり始めています。
そして、大河が新たに受けたのは、不動産王ゴルディスのペット・ミミルを捜す依頼。
見た目は可愛らしい小さな獣ですが、ゴルディスの部下たちでも捕まえられなかった相手です。
果たしてミミルは、本当にただのペットなのでしょうか。




