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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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第22話 街の外

第22話です。


ランキング学校へ入るための資金と、実戦経験を得るため、大河は冒険者ギルドへ向かいます。


初めて受けた依頼は、森でのゴブリン討伐。


しかし、審判も観客もいない街の外では、ランキング戦とは違う危険が待っていました。

冒険者ギルドは、ランキング協会とはまるで違う匂いがした。


 白い石造りの協会が、数字と順位を磨き上げた神殿のような場所だとすれば、ギルドは人の汗と土と鉄が染み込んだ大きな仕事場だった。厚い木の扉を開けた瞬間、革鎧の匂い、干し肉を焼く香り、薬草の青臭さ、そして酒場から流れてくる濁った声が大河の身体を包んだ。床板には無数の傷がつき、壁には依頼書が重なるように貼られている。剣を背負った男、杖を持つ女、荷袋を抱えた若者たちがそれぞれの用事を抱えて行き交い、誰もが協会にいるランカーたちとは違う目をしていた。


 ランキング協会に集まる者たちは、順位を上げるために戦う者たちだ。だが、ここにいる者たちは今日を生きるために仕事を探している。大河はその違いを、空気の重さで感じ取った。ポルポルも肩の少し上を飛びながら、いつもより少し静かに周囲を見ている。


「ここが冒険者ギルドなのです。ランキング協会ほど綺麗ではないですけど、街の外へ出る人たちには大事な場所なのです」


「もっと派手なところかと思ってた」


「派手さはないのです。でも、実用的なのです」


 受付には、栗色の髪を後ろで束ねた女性が座っていた。年齢は三十前後だろうか。整った顔立ちだが、柔らかいだけではない。目の動きが鋭く、出入りする冒険者たちを自然に確認している。大河が近づくと、彼女は手元の書類を揃え、仕事用の落ち着いた笑みを浮かべた。


「冒険者ギルドへようこそ。本日は登録でしょうか?」


「はい。お願いします」


「では、ランキングカードを確認させてください」


 大河はカードを差し出した。女性はそれを水晶台へ置く。淡い光が広がり、空中に大河の情報が浮かんだ。五十メートル走一位。格闘バトル素手限定七百五十七位。総合三百四十四ポイント。受付の女性は表示を見て、ほんのわずかに目を開いた。


「五十メートル走一位。それに格闘ランカーでもあるのですね。初登録としては、かなり珍しい経歴です」


「最近、ようやくランキングに入れたばかりです」


「それでも十分です。ギルドでは、独自に戦闘力を測ることはほとんどありません。ランキング協会の情報を基準に、受けられる依頼の範囲を判断します。その方が早く、確実ですから」


 女性は羽根ペンを走らせながら、静かに説明を続けた。その声はよく通るが、押しつけがましさはない。


「ただし、ギルドは高収入を得るための場所ではありません。大きな富や名声を得るなら、基本はランキングです。ギルドは生活費、素材集め、実戦経験、人脈を得るための場所と考えてください」


「ランキングが社会の基準で、ギルドは仕事を斡旋する場所、ということですか」


「その認識で合っています」


 その説明は、大河にもすっと入ってきた。ランキングが中心の世界で、ギルドだけが別の価値基準を持っているわけではない。ここでも、実力はランキングで測られる。つまり、この世界では順位やポイントが、学校にも仕事にもつながっているのだ。


 登録を終えると、受付の女性は依頼書を数枚並べた。薬草採取、荷運びの護衛補助、街道沿いの見回り、小型魔物の討伐。大河の視線は自然と討伐依頼で止まった。


「ゴブリン討伐……」


「森の浅い場所に出ている小型の群れです。報酬は一体につき三万マール。素材買取も少しあります。初級依頼ではありますが、油断はしないでください」


「三万マールか」


 大河は依頼書を見つめた。ランキングの報酬とは比べものにならない。だが、今日ここへ来た目的は金だけではなかった。学校へ行くための資金も必要だが、それ以上に、ランキング戦とは違う実戦を知りたかった。


「これを受けます」


 受付の女性は頷き、依頼書に印を押した。


「森の奥へ入りすぎないこと。魔物が想定より強い場合は、討伐数にこだわらず撤退してください。街の外では、勝つことより生きて戻ることが優先です」


 その言葉が、妙に耳に残った。


 大河とポルポルは北門から街の外へ出た。門をくぐると、石畳の道はしばらく続き、やがて土の道へ変わった。街の中で聞こえていた商人の声や鍋の音が遠ざかり、代わりに草の揺れる音や、遠くの鳥の声が近づいてくる。空は晴れていたが、前方に広がる森の奥だけは昼でも薄暗く見えた。


 外の空気は、街の空気とは違っていた。風そのものは澄んでいるのに、どこか湿っていて、土と草と獣の匂いが混ざっている。大河は深く息を吸い込み、ゆっくり吐いた。リングの上に立つ時とは違う緊張がある。観客はいない。審判もいない。相手が一体とも限らない。


「ゴブリンって、どれくらい強いんだ?」


「普通のゴブリンなら、大河さんなら問題ないはずなのです。でも、群れると厄介なのです。あと、森では足元に注意なのです」


「了解」


 森へ入ると、足元が柔らかくなった。湿った落ち葉が靴の下で潰れ、細い枝が折れる音が響く。木々の間から差し込む光はまだらで、影と光が地面に揺れていた。大河は一歩ごとに周囲へ意識を向ける。街中や訓練場では聞こえない小さな音が、多すぎるほど耳に入ってきた。


 しばらく進むと、ポルポルの耳がぴくりと動いた。


「いるのです」


 大河は足を止めた。前方の茂みが小さく揺れている。次の瞬間、緑色の小さな影が飛び出した。腰ほどの高さ。痩せた腕。濁った黄色い目。粗末な棍棒を握り、口から嫌な臭いの息を吐いている。


 ゴブリンだった。


 大河は構える。ゴブリンは奇声を上げて突っ込んできた。速さはない。だが、人間と違う動きだった。体勢は低く、腕の振りは乱暴で、恐怖より先に生理的な嫌悪感が背筋を撫でる。


 棍棒が振り下ろされる。大河は半歩ずれ、相手の腕を外側へ流した。ゴブリンの身体が泳ぐ。大河は膝を入れ、続けて掌底を胸へ打ち込んだ。軽い身体が地面へ転がり、動かなくなる。


「まず一体なのです!」


 ポルポルの声が上から降ってきた。


「やっぱりリングとは違うな」


 大河は小さく呟いた。勝ったというより、倒したという感覚が残る。だが、立ち止まっている暇はなかった。茂みの奥から、さらに二体が現れる。片方は石を持ち、もう片方は錆びた短剣のようなものを握っていた。


「右から来るのです!」


 ポルポルの声に合わせ、大河は横へ動く。石が耳の横をかすめ、背後の木に当たった。大河は短剣を持つゴブリンの腕を掴み、肩口を押し込むように崩した。地面が柔らかいせいで、踏み込みが少し沈む。リングの砂とも、広場の土とも違う。だが、相手の重心を見る感覚は役に立った。動きは粗い。落ち着けば対処できる。


 三体目を倒す頃には、大河の額に汗が滲んでいた。気温のせいだけではない。森の中で戦うことが、思っていた以上に神経を削るのだ。


「順調なのです。初依頼としては悪くないのです」


 ポルポルはそう言ったが、声には少し緊張が残っていた。


「少し、魔法も試してみたい」


「無理は駄目なのです」


「分かってる。小さく火を出すだけだ」


 次に現れたゴブリンは一体だった。大河は距離を取り、指先へ意識を集める。胸の奥から腕へ、腕から指先へ。訓練場では少しずつ掴めるようになってきた流れだ。だが、森では違った。湿気、足元の悪さ、ゴブリンの奇声、心拍の速さ。それらが魔力の形を崩していく。


 指先に赤い火花が生まれた。


 しかし、火になる前に散った。


「くそっ」


「でも出たのです。戦闘中に一瞬でも出たのは進歩なのです」


 ポルポルが励ますように言う。大河は頷き、結局そのゴブリンも拳で倒した。魔法はまだ武器にはならない。けれど、完全にゼロではなくなっている。それだけでも意味はある。


 討伐証明を集め終えた頃、森の中の影が少し濃くなっていた。まだ夕方には早いはずなのに、木々の重なりが太陽を遮っている。大河は周囲を見回した。


「そろそろ戻るか」


「そうなのです。ええと、来た道は……」


 ポルポルが空中でくるりと回った。右を見る。左を見る。少し上へ浮かび、木々の間を覗き込む。そして、尻尾の動きが止まった。


「ポルポル?」


「……たぶん、こっちなのです」


「たぶん?」


「森の景色は、ちょっと似すぎているのです」


「案内役だよな?」


「街の中は得意なのです」


 声が小さい。いつも自信満々なポルポルが、珍しく目を泳がせていた。大河は一瞬だけ不安を覚えたが、責める気にはなれなかった。ポルポルも万能ではない。むしろ、それを知ったことも大切なのだろう。


「大丈夫だ。焦らず戻ろう」


「ご、ごめんなさいなのです」


「怒ってない。まずは方角を確認しよう」


 二人は来た道だと思われる方へ歩き出した。だが、進めば進むほど森は深くなった。木々は太く、下草は膝のあたりまで伸びている。足元の土は湿り、靴底に泥がまとわりついた。鳥の声も少なくなり、代わりに木の葉が擦れる音だけが耳に残る。


 その時だった。


 ドン、と重い音が森の奥から響いた。


 大河は足を止めた。ポルポルも固まる。


 もう一度、ドン。


 今度は少し近い。ゴブリンの軽い足音ではない。もっと重い。地面の奥に鈍く響くような足音だった。


「大河さん……これは、まずいのです」


 木々の間から、大きな影が現れた。普通のゴブリンより明らかに大きい。大河の胸ほどの高さがあり、肩は厚く、腕には太い棍棒を持っている。暗い緑色の肌。赤黒く濁った目。口元から漏れる息は、獣と腐った草を混ぜたような臭いがした。


「ホブゴブリン……なのです」


「上位種ってやつか」


「初級依頼で会う相手ではないのです」


 ホブゴブリンは大河たちを見つけると、喉の奥で低く唸った。大河は構えたが、すぐに分かった。これは、さっきまでの相手とは違う。動き出す前から圧がある。腕の太さも、棍棒の重さも、まともに受ければただでは済まない。


「逃げるぞ」


 大河は即座に言った。倒せるかどうかを試す相手ではない。街の外では、生きて帰ることが優先だ。受付の女性の言葉が、今さらのように重く響く。


 だが、ホブゴブリンは逃がす気がなかった。棍棒を振り上げ、地面を蹴って突っ込んでくる。大河は横へ跳んだ。棍棒が近くの木に叩きつけられ、鈍い音とともに木片が飛び散る。風圧が頬を打った。


 冷たい汗が背中を伝う。


「左へ! 大河さん、左なのです!」


 ポルポルの声を頼りに、大河は木々の間を走った。枝が肩を叩き、草が足に絡む。森の地面は悪く、思うように速度が出ない。それでも、止まれば終わる。背後から重い足音が迫るたび、心臓が喉元までせり上がってくるようだった。


 大河は一瞬だけ振り返り、指先へ魔力を集めた。火で怯ませられれば、逃げる隙ができるかもしれない。胸の奥から腕へ流す。だが、焦りが魔力を乱した。赤い火花は生まれたものの、火になる前に弾け、熱い風だけを残して消えた。


「くそっ……!」


 ホブゴブリンはその隙を逃さなかった。棍棒が唸りを上げ、頭上から振り下ろされる。大河は地面へ転がるように身を投げ出した。棍棒がすぐ脇の土を叩き、乾いた破裂音が森に響く。小石が腕に当たり、頬を木片がかすめた。


「大河さん!」


 ポルポルの悲鳴が飛ぶ。


 大河は立ち上がろうとした。だが、ホブゴブリンはすでに次の一撃を振り上げている。距離が近い。避けきれるかどうか、判断が一瞬遅れる。


 勝てない。


 その言葉が、大河の中で冷たく形になった。悔しい。だが、身体が理解している。今の自分では届かない。


 その瞬間、森を裂くような音が響いた。


 ヒュンッ。


 一本の矢が、ホブゴブリンの肩へ深々と突き刺さった。


 獣じみた咆哮が木々を揺らす。続けて二本目、三本目。矢は急所を狙うというより、ホブゴブリンの動きを止めるように放たれていた。肩、足元、棍棒を握る手の近く。正確で、速い。ホブゴブリンが怒りに満ちた目で矢の飛んできた方を睨む。


 木々の間から、一人の男が姿を現した。


 日に焼けた褐色の肌。無造作に伸びた焦げ茶色の髪。背には使い込まれた長弓、腰には短剣が一本。革鎧には何度も修理した跡があり、見た目に派手さはない。だが、立っているだけで場数を踏んできたことが分かる空気をまとっていた。男の目は細く、森の影に溶けるように静かだった。


 彼は大河を見ることなく、低い声で言った。


「その相手は、お前にはまだ早い」


 ホブゴブリンが一歩下がる。男は弓へ新しい矢をつがえた。動作には無駄がない。


「逃げろ」


 短い一言だった。


 大河は一瞬だけ迷った。だが、男の構えを見た瞬間、迷いは消えた。この人は強い。少なくとも今の自分より、ずっとこの森で戦うことを知っている。


「行くぞ、ポルポル!」


「はいなのです!」


 二人は男の横を駆け抜けた。すれ違う瞬間、男は視線だけをこちらへ向けた。


「街道へ出れば追ってこない」


 それだけだった。


 大河たちは走った。枝が腕を叩き、草が足首を引く。呼吸が乱れ、肺が熱くなる。背後でホブゴブリンの怒号が聞こえたが、男の矢がまた飛ぶ音も聞こえた。森が果てしなく続くように感じた頃、不意に視界が開けた。


 土の街道。


 その向こうに、街の城壁が見えた。


 大河は足を止め、振り返る。ホブゴブリンは森の入口付近で足を止めていた。赤黒い目でこちらを睨み、低く唸る。だが、それ以上は追ってこない。やがて大きな身体は木々の奥へ沈むように消えていった。


 大河はその場に膝をつき、大きく息を吐いた。全身から汗が噴き出し、心臓が激しく脈を打っている。


「助かった……」


 ポルポルも胸を押さえるような仕草で何度も頷いた。


「本当に、危なかったのです……」


 少し遅れて、森の中から足音が近づいてきた。先ほどの男だった。弓を肩に戻し、何事もなかったような顔で歩いてくる。大河は立ち上がり、頭を下げた。


「助けていただいて、ありがとうございます」


 男は軽く頷くだけだった。


「無事ならいい」


「俺は望月大河です」


「……俺はオルド」


 短い名乗りだった。必要なことだけを置いていくような声だ。


「初心者が入るには、少し奥まで来すぎだ。森は甘く見るな」


「はい」


「ゴブリンの群れを追いすぎると、縄張りの境を越えることがある。今日みたいにな」


 オルドの言葉は淡々としていた。怒っているわけではない。だが、それだけに重い。大河は素直に頷いた。自分が判断を誤ったことは分かっている。ポルポルも隣で小さくなっていた。


「ごめんなさいなのです……ポルポルが道を間違えたのです」


 大河はポルポルの頭に軽く手を置いた。


「助かったのは、ポルポルが声を出してくれたからだ。次から気をつけよう」


 ポルポルは小さく頷いた。オルドはその様子を横目で見て、ほんの少しだけ表情を緩めたように見えた。


「ギルドへ戻るなら街道沿いに行け。もう森には入るな」


「はい。ありがとうございました。オルドさん」


「礼はいい。俺も仕事中だ」


 オルドはそう言うと、森の方へ視線を戻した。まだ何かを追っているのかもしれない。彼は大河たちに背を向け、ゆっくりと木々の奥へ歩いていく。


 無駄なことは一つも話さない。


 だが、その背中には言葉以上の説得力があった。森に溶けるように消えていく姿を、大河はしばらく見送っていた。


 ポルポルが小さく呟く。


「強い人だったのです」


「本当に」


 大河は頷いた。


「いつか、また会う気がする」


 オルドの姿は木々の向こうへ消え、森には再び風が葉を揺らす音だけが残った。街道の先には、見慣れた城壁がある。大河はまだ震えの残る手を握りしめ、ゆっくりと息を整えた。


 ランキング戦だけでは分からないことがある。


 街の外には、数字では測れない危険がある。


 大河は冒険者ギルドの依頼書を握り直し、ポルポルとともに街道を歩き出した。

第22話を読んでいただき、ありがとうございました。


大河は初めてのギルド依頼でゴブリンを倒しましたが、森の奥でホブゴブリンと遭遇してしまいました。


ランキング戦では、負ければポイントを失います。

けれど街の外では、判断を誤れば命を失います。


そんな大河たちを救ったのは、弓使いのオルドでした。


数字だけでは測れない強さを持つ彼と、今後どのように関わっていくのか。


次回も読んでいただけると嬉しいです。

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