第20話 黄金色の挑戦
第20話です。
料理ランキング二回目の挑戦。
アイは大河から教わった地球の料理を、この世界の食材に合わせて作り上げました。
黄金色の新しい料理は、審査員たちにどこまで届くのでしょうか。
料理ランキングの会場には、朝から甘く香ばしい匂いが満ちていた。焼いた肉の脂、煮込まれた野菜、香草、果実を煮詰めたソース。広い調理場には十の調理台が並び、それぞれの台の前に挑戦者が立っている。大人の料理人がほとんどだった。白い帽子をかぶった男、腕まくりをした女料理人、立派な包丁を何本も並べた職人。その中で、アイの小さな背丈はどうしても目立った。
アイは自分の調理台の前で、深く息を吸った。手元には卵、穀物、刻んだ野菜、煮詰めた赤いソース、芋を潰して作ったサラダ、スープ用の出汁が並んでいる。昨日、何度も練習した材料だった。それでも本番の空気は違う。観客席からの視線、審査員席の静けさ、隣の料理人が包丁を置く硬い音。それらが全部、胸の奥へ重く落ちてくる。
観客席には大河とポルポル、マイラ、それにマイラ食堂の常連たちがいた。病み上がりのマイラは少し顔色が白かったが、背筋を伸ばして娘を見守っている。隣の常連の老人は、店で見る時よりもずっと真剣な顔をしていた。
「アイちゃん、落ち着いてやればいいんだ」
誰かが小さく声をかける。大声ではない。それでもアイには届いたらしい。彼女は一瞬だけ観客席を見上げ、すぐに目を伏せた。頬がほんの少し赤くなっている。
大河はその横顔を見ながら、手の中で拳を軽く握った。今日は自分の勝負ではない。けれど、胸の奥はリングに立つ時と似た緊張で硬くなっていた。
「本日の料理ランキングを開始します」
審判役の係員が声を上げる。水晶板が淡く光り、十人の挑戦者の名前が表示された。アイはまだランキングには載らない。料理ランキングは直近三回の平均点で順位が決まるため、今回が二回目の彼女は、次の挑戦を終えて初めて正式なランカーになる。だが、この一回の点数が平均を大きく左右する。今日の出来が、次の未来を決めるのだ。
開始の鐘が鳴った。
調理場が一斉に動き出す。包丁がまな板を叩く音、鍋に油を落とす音、火が入り湯気が立ち上る音。隣の料理人は豪華な肉を焼き始めた。脂が弾け、強い香りが会場へ広がる。別の台では大きな魚がさばかれ、銀色の皮が朝の光を受けて光った。どの料理も華やかで、見た目からして力がある。
その中で、アイの料理は静かに始まった。
彼女はまず穀物を炒めた。細かく刻んだ野菜と肉を混ぜ、赤いソースをほんの少しだけ加える。大河が教えたケチャップに似たものだが、完成させたのはアイとマイラだった。この世界の赤い実は酸味が強い。煮詰めすぎると渋みが出る。砂糖を足しすぎると卵の甘みを壊す。昨日の夜、アイは何度も小さな匙で味を見て、ようやく納得できるところまで調整した。
次に卵を割る。小さな手が卵液を混ぜる動きは速いが、乱れていない。火の前に立つアイの目は、年齢よりずっと深かった。フライパンに油を薄く引き、卵を流し込む。じゅっと小さな音がして、黄金色が広がった。観客席のポルポルが身を乗り出す。
「ここなのです……ここが難しいのです……」
「お前も緊張してるな」
「試食係として当然なのです」
大河は苦笑したが、視線はアイから離せなかった。卵は薄く焼けていく。端が固まり、中心はまだ柔らかい。アイは焦らない。大河が見ても、昨日の練習より落ち着いている。会場の熱気に呑まれていない。常連たちの声と母の視線が、彼女の背中を支えているようだった。
アイは炒めた穀物を卵の中央へ置き、木べらでそっと包んだ。薄い卵の膜が破れそうになる。大河は息を止めた。アイの指先がわずかに角度を変える。卵は破れず、滑らかな楕円を作って皿の上に落ちた。
マイラが胸元で手を握る。
アイはそこで止まらない。卵スープを小さな器へ注ぐ。澄んだ湯気に細く流した卵が花のように広がっていた。隣にはポテトサラダ。芋の甘みを活かし、刻んだ香草を少しだけ混ぜている。主役を邪魔しない優しい味にしたと、アイは昨日言っていた。
やがて、十人の料理が審査員席へ運ばれた。豪華な肉料理、香草を詰めた魚、色鮮やかな菓子。審査員たちは一皿ずつ確認し、短い言葉を交わしていく。アイの皿が前に置かれた時、最初の反応は静かだった。黄金色の卵料理。小さなスープ。淡い色のサラダ。派手さだけで言えば、他の料理に劣る。
一人の審査員が眉を上げた。
「これは、卵料理か」
アイは緊張で喉を鳴らし、それでもまっすぐ答えた。
「はい。真ん中から切って、お召し上がりください」
審査員席にわずかな空気の揺れが生まれた。言われた通り、中央の審査員がナイフを手に取る。刃が黄金色の表面に触れた。すっと切れ目が入る。
次の瞬間、半熟の卵がとろりと左右へ広がった。
湯気が立ち、バターに似た甘い香りがふわっと浮かぶ。観客席から小さなどよめきが起こった。さっきまで地味だと思われていた皿が、切られた瞬間に表情を変えたのだ。黄色い卵の海が穀物を包み、赤いソースの艶がその端で光る。
審査員の手が一瞬止まった。
「……面白い」
その言葉に、アイの肩がわずかに震えた。大河は思わず拳を握り直す。ポルポルは口を開けたまま、今にも叫びそうになっていた。
審査員たちは一口ずつ食べた。最初は静かだった。卵の柔らかさ、穀物の香ばしさ、赤いソースの酸味、スープの温かさ、ポテトサラダの優しい甘み。それぞれを確かめるように、ゆっくり味わっている。
「卵の火入れが見事だ。子供の料理とは思えない」
「見た目の演出も良い。切ることで完成する料理という発想は新しい」
「ただ、ソースはまだ少し粗い。酸味が尖る部分があるな」
「付け合わせとの調和は悪くない。全体として一食のまとまりがある」
褒め言葉だけではない。課題もある。だが、審査員の目は真剣だった。前回のように、子供だから珍しいという見方ではない。料理人として、アイの皿を見ている。
やがて点数が表示された。
九十二点。
会場がざわめいた。アイは表示を見つめたまま、しばらく動かなかった。前回より大きく上がっている。まだランキングには載らない。それでも、この点数は確かに彼女の料理が届いた証だった。
観客席で、マイラが口元を押さえた。目が潤んでいる。常連の老人が小さく拍手を始め、隣の女性も続いた。やがてその拍手は、周囲へ少しずつ広がっていく。大河も手を叩いた。ポルポルはもう我慢できず、空中で跳ねながら叫ぶ。
「アイちゃん、すごいのです!」
アイは観客席を見上げた。母が泣きそうな顔で笑っている。常連たちが拍手している。大河が頷いている。ポルポルが尻尾を振り回している。その光景を見た瞬間、アイの表情が少しだけ崩れた。涙は落ちなかった。けれど、ずっと張り詰めていたものが、ほんの少し溶けたように見えた。
審査を終え、会場の外へ出ると、午後の光が柔らかく差していた。マイラはアイの前にしゃがみ、そっと肩に手を置いた。
「よく頑張ったね」
アイは小さく頷いた。言葉は出ないようだった。
大河が近づくと、アイはようやく顔を上げた。
「まだ、ランキングには載らないけど」
「でも、次でランカーだ」
「次……」
「今日の料理なら、絶対いける」
アイは大河を見つめた。緊張と疲れの残る顔に、小さな決意が戻っていく。
「次は、もっとよくする」
「一緒に考えよう」
「うん」
ポルポルが胸を張る。
「次は百点なのです!」
「いきなり高いな」
「夢は大きくなのです」
アイはその言葉に、ほんの少しだけ笑った。マイラ食堂の常連たちが、帰ったらお祝いだと騒ぎ始める。アイは照れくさそうに俯いたが、その足取りは会場へ来た時よりも軽かった。
料理ランキング二回目。
まだ名前は載らない。
けれど、黄金色の料理は確かに審査員の舌と、観客の記憶に残った。
アイがランカーになるまで、あと一回だった。
第20話を読んでいただき、ありがとうございました。
アイのオムライスは九十二点。
前回の七十九点から大きく点数を伸ばし、料理人として確かな評価を得ることができました。
料理ランキングは直近三回の平均点で順位が決まります。
そのため、アイが正式なランカーになるまであと一回。
次の挑戦でどこまで点数を伸ばせるのか。
そして、どんな料理を作るのか。
小さな料理人の挑戦を、引き続き見守っていただけると嬉しいです。




