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赤を捨てた救魂官 ~王国に背く者~  作者: 浦賀やまみち


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第3話 背信




 礼拝堂の窓がカタカタと微かに揺れていた。

 少女の祈りに応えるかのように、強く広がり続けている光に圧されるかのように。


 アルトは救魂器を少女へ差し出したまま、動けずにいた。


 あと一節。

 その聖句を告げれば、魂は肉体を離れる。


 そう教えられてきた。

 そうしてきた。


 だが、それをアルトの口は紡げずいた。


 光が、彼の頬を照らす。

 アルトの胸の奥に浮かんだのは、ただ一つの疑問だった。


 前世では、介護職。

 今世では、救魂官。


 どちらも自分で選んだ道ではない。

 自分の前にその道しかなかったら進んできた。


 辛く、苦しく、険しい道。

 幾度も立ち止まり、その度に枝道を探しながらも、前に進んできた。


 安らぎを与える。

 そこに確かな誇りがあったからだ。


 だが今、目の前で行われようとしているのは、救いなのか。

 アルトの喉が、ゆっくりと動いた。



「……やめだ」



 小さく、はっきりとした声だった。

 祈りを捧げていた少女の肩が震えた。



「えっ!?」



 少女が目を開く。


 アルトはゆっくりと腕を下ろした。

 救魂器が、静かに彼の手の内へ戻る。



「……やめだ」



 アルトはもう一度言った。

 その宣言と共に、礼拝堂に溢れていた光が、少女へと収まる。



「俺は……。お前を殺さない」



 少女の瞳が大きく見開かれる。

 祈りの形を作っていた手が、ほどける。



「で、でも……。」



 少女の声は戸惑いで揺れていた。



「神託で……。わたし、神託を受けました……」



 アルトは答えない。

 ただ静かに少女を見つめる。



「今日、救魂官が来るって……」



 少女の声は震えていた。



「だから、これは……」



 言葉が途切れる。



「運命……。だから……」



 アルトは大きく息を吐き、ゆっくりと首を振った。



「だったら……。抗え」



 礼拝堂の中に、その言葉が静かに落ちた。


 少女の瞳が揺れる。

 困惑と、理解できないという表情。



「だって……」

「お前は、まだ生きてる……。生きているんだよ」



 アルトはふと顔を上げた。

 視線の先には、今世で物心がついた頃からずっと祈りを受け続けてきた神像があった。



「それだけだ」



 少女の唇が小さく開く。

 何か言おうとして、言葉が出ない。


 そのときだった。


 外が騒がしい。

 子どもたちの声がざわめきに変わっている。

 さっきまでの笑い声ではない。


 誰かの怒鳴り声と、幾つかの重い足音。


 アルトは反射的に振り返り、小さく舌打ちした。

 少女も異変に気づいたのか、教会の出入り口に眼差しを向けた。



「逃げろ」



 アルトの口から、そう紡がれるよりも早く、礼拝堂の扉が、激しく開いた。

 冷たい外気が一気に流れ込む。



「そこまでだ、救魂官」



 低く、鋭い声。

 扉の前に立っていたのは、一人の女騎士だった。


 見覚えのある顔と、白銀の鎧。

 王国騎士団の紋章。


 腰の剣に手をかけ、まっすぐにアルトを見据えている。

 アルトへ指令書を渡した女騎士である。



「……やはり、付けていたか」



 アルトは小さく息を吐いた。


 女騎士の視線が礼拝堂を見渡す。


 まだ存命な少女。

 光が収まり、平穏を取り戻した礼拝堂。

 アルトが下ろした右手に握る救魂器。


 本来なら終わっているはずの儀式。

 それを中断している救魂官。


 すべてを一瞬で理解したのだろう。

 女騎士の目がすっと細くなる。



「やはりは、こちらのセリフだ」



 冷たい声だった。



「七色、赤を冠するアルヴェン家の者でありながら、王家と聖教に背くつもりか?」



 少女が不安そうにアルトを見る。



「わ、私は……。」



 アルトは少女に顔を戻し、無言で左右に振る。

 救魂器を胸のポケットに収め、腰に差していた短杖を抜く。


 即座に女騎士の手が剣の柄にかかる。

 礼拝堂の空気が、一瞬で張り詰めた。



「救魂官アルト・アルヴェン」



 女騎士は言った。



「王命だ」



 その瞳は、容赦がない。



「使命を果たせ」



 沈黙が落ちる。

 アルトはゆっくりと女騎士に向き直った。


 そして、はっきりと答えた。



「嫌だね」





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