8、金の泉
ノール達は追っ手を巻き、金の泉があると言われる森に来た。
「どうにか、兵に見つからずにすんだね」
「あたし、運良いわよ」
「うん、そう思う」
堂々としているククーに苦笑する。
「それにしても、この森、他のところより、更に妖獣の殺気が酷いわね」
ククーは目を細め、周囲の気配を感じ取る。ノールは頷いた。
「僕に対してだね……」
「当たり前でしょ。何で、あたしが獣に殺気をたてられなきゃいけないのよ」
「君が人間だったら、周りの人間から殺気が漂うかもしれないけど? 喧嘩好きのククーさん」
「言ってくれるわね……」
「君に遠慮してると、ストレスが溜まるだろうからね。……それより、来たよ」
ノール達の前に、馬に似た額に一本の角を生やした、妖獣が静かに現れた。ノールは息を飲む。
「ヤバイ! あの妖獣、コーンユという種族だ!」
「何がヤバイの?」
「獰猛なんだ……」
いきなり、コーンユがククーに襲いかかってきた。ククーは慌てて飛び退くも、その角に足がかすった。
「妖獣の裏切り者め。人とつるみ、我らが聖地に人を連れてきた」
コーンユが怒っているのは、一目瞭然だ。しかし、ククーは相変わらず堂々としている。
「別に、あたしが誰といようと勝手でしょ?」
「我ら妖獣は、人間とは関わらない。人を憎むのが、我らのあり方。古の我らの王の決め事通り、人を殺さぬという決まりは守るが、馴れ合うのはどうかしている」
「あたしは、あんた達とは格下とは違うのよ! そうね、別に人と行動してても心のゆとりが持てるっていうか……」
「話し合っても意味がなさそうだ。人間よ、我らが聖地に侵入した罰を受けよ」
コーンユが今度は、ノールの方に突進してきた。
「やめなさい!」
ククーがコーンユの背中に飛び乗り、頭の角にかじりついた。コーンユは悲鳴をあげ、ククーを振り払う。そして、その勢いで落ちたククーは蹴り飛ばされた。
「ククー!」
「くっ……。ゴホッ……、まだ……あたしの相手が終わってないでしょ!」
血を吐くククーに、ノールは駆け寄ろうとした。
「来ないで! こいつにわからせなきゃいけないから……」
「何故、人を庇う?」
コーンユは、ククーの前に立ちはだかる。
「あたしも、助けてもらったから!」
「わざわざ、人間に義理立てするのか」
「あたしも……、人が大嫌いよ……。あたし達の住む場所を奪うし、無闇に殺すし、利用しようともする。だから、あたしはやられたらやり返す! 人に奪われた物は奪い返し、仲間を殺されたら許さない。使える者はなんだって使う! だから、ノールに助けられたのだから、助け返さなきゃ、あたしが納得いかないのよ!!」
「……半分くらいは、理解した」
コーンユは、静かに言った。ククーは、毛を逆立てコーンユを睨んだ。
「とにかく、ノールに手を出すのは許さないからね」
ククーの赤い目を見て、コーンユはハッとした顔をした。
「赤い瞳……。あなたは、我らの古の王・ファイキャトス様では?」
コーンユがそう言い、硬直する。ククーは怪訝そうな顔をした。
「あたしは、確かにファイキャトスだけど?」
「妖獣の王!?」
ノールは平静を装って言ったが、興味津々なのはバレバレだった。
「かつて、我らが崇めた王。このように、ひ弱なお姿をされていたので、気づきませんでした」
コーンユは頭を地面まで下げる。
「あたし、馬鹿にされてる?」
ククーは不満そうだった。ノールは、コーンユにそっと近づく。
「君は、その王に会ったことがあるの?」
「我が見たのは、ホウエン文明を滅ぼす時のみ。あの姿を見て、我ら妖獣はファイキャトス様を王と呼ぼうと決めたのだ」
「でも、あたしはあの人々をまだ滅ぼしていないわよ?あたし、過去から来たの」
「過去から?」
「ホウエン国に一度捕まって、逃げるために過去に来たの。それで、元の時代に戻りたいから、時を移動する妖獣を探して、ここに来たってわけ」
「残念ながら、我は知らない」
コーンユは申し訳なさそうに首を振る。
「やっぱね……。じゃあ、ノール行きましょ」
「お待ちください。あなたは、今、何の妖術を持っていますか?」
「火を吹く力だけど?」
「この先にある、金の泉は妖獣に能力を与えます。ぜひ、そこで新たな力を得て下さい」
「新たな力! いいわね!」
ククーは目を輝かせて頷いた。ノールも、拒否するつもりはなかった。
コーンユに案内されたところには、金色の水が沸き上がる泉があった。ククーはおそるおそる近づく。
「ここの泉の水を飲むことで、能力を得られます」
ノールは、金の水を眩しそうに目を細めて見た。
「言っとくが、この水は人が飲んだり触れたりすれば、たちまち毒が回り死に至らしめるからな」
コーンユが、ノールを睨み付けながら忠告した。ククーがギョッとしたように、振り返る。
「……ちょっと! そんな猛毒なのに、あたしは飲んで大丈夫なの!?」
「あっ、いえ……」
しどろもどろになるコーンユに、ノールは微笑んで見せた。
「大丈夫。そんな嘘をつかなくても、金の泉の秘密を、他の人間には言いません」
「……ふん」
コーンユはそっぽを向いた。
ククーは、そっと金の水を飲む。
すると、ククーの体が光り、周りを風が吹く。
ノールはその光景を見て、ある文献の一部を思い出した。
「伝説のファイキャトス、その口から火を吹き、その二つある尾は風を起こす」
ククーが試しに尾を振ると、小さな竜巻ができた。
「すごい、すごい!」
得意になってノールを見やると、ノールが優しく微笑んでいた。ククーは何故か一瞬言葉を失った。
「ところで、ファイキャトス様。この人間と、まだ行動を共にするつもりですか?」
「ノールが、あたしの力を必要としてるからね」
「でも、我みたいに人といる裏切り者と思われ、ファイキャトス様と知らずに襲われるかも」
「まあ、仕方ないわね。あたし、まだ全然強くないし」
「人禁制区域の一つに『銀の砂漠』があるのをご存知か? そこには、人が妖獣と渡り合えると言われる杖があると言う」
「妖獣と渡り合える……」
ノールは息を飲み、固まった。
(文献でも、そんな話見た覚えがない。だけど、……何か聞いたことがあるフレーズだ)
「何かの力を秘めていると言うが、大抵の妖獣はその杖を見ただけで、襲ってこなくなるという」
「あたしの時代には、そんな物、聞いたことないわ」
ククーは不思議そうな顔をする。
「いつの時代、誰が、どうやって、何の目的で作ったかは謎なんです」
「でも、便利そうね。ノールに持たせておけば楽かも!」
「ただ、それは愛しの者に捧げるために作られたと聞きます。下手に違う者が持てば、何が起こるかわからない」
ククーは悩ましげに唸る。
「そういうのって、作り手の念とか強そうだものね。そんな危ない賭けは……」
「ククー、僕はその杖を持ってみたい」
ノールは、ククーの言葉に被せるように言った。
「僕がその愛しの者じゃないのは明らかだけど、借りるくらいは良いんじゃないかな?」
(今の僕じゃ、弱い。だからといって、武器を持つことも嫌だ。でも、このままじゃククーが僕を庇って怪我をすることが多い。それなら、杖の妖獣を大人しくさせる効果に頼りたい)
ククーは、しばらくノールの真剣な目を見つめていた。
「……まあ、いいんじゃない? でも、ダメだったらさっさと諦めるのよ?」
ノールは笑顔を作る。
「ありがとう、ククー!」




