7、逃亡
「人禁制区域って、他にも結構あるんだ……。銀の砂漠とか、最近発見されたという赤の山とかもあるよ」
ノールはククーに、地図を見せながら教えた。
「砂漠は暑いし、毛が砂まみれに嫌よ」
「いや、そう言われても……」
ノールは困ったように笑う。
「それにしても、ログはどうしてるんだろう? もし、時を移動する妖獣を見つけてくれても、僕達の居場所がわからないんじゃ……」
「大丈夫よ。テレパシーを使えば」
「えっ?」
「妖獣は基本、言葉を使わず、テレパシーでコミュニケーションを取る。言葉を使うのは、人と関わっている時が多いの。だから人間には、妖獣は喋らないって思われてたのかもね」
ノールはなるほどと頷こうとして、首を傾げる。
「でも、ククーはめちゃくちゃお喋り……」
「だって、テレパシーなんて面倒臭いんですもの。それに、喋った方が楽しいし!」
「君って、人のこと言えないくらい、きっと妖獣では変わり者だよね?」
「皆が変なのよ」
ククーは澄まし顔で言い返す。
「はいはい。……それなら、ヘルとテレパシーできない?」
ククーは、呆れる。
「あのねぇ、あの小娘は人でしょう?」
「でも、ヘルもテレパシー使えるんだ」
ノールの真面目な目を見て、ククーは顔をしかめる。
「……本当に、あの小娘は人間なの? まあ、どっちにしろ無理ね。テレパシーは、心を通わせた者同士しかできない。それに、時が違えば当然無理」
「そっか」
「それより、さっさと目的地決めてよ」
ノールは残念そうな顔をしていたが、ククーは急かすように尻尾で地面をバシバシ叩いた。
「一応、ここからだと北の方にある『金の泉』が一番近いかな……。それでも、結構な距離だけど……」
「まあ、いいわ。そうと決まったら、さっさと行きましょ。さっさとしないと……。……っ!」
ククーの耳がピクリと動いて、急に黙った。その瞬間、ガサッと茂みから音がする。二人組のホウエン兵が現れた。
『いた!ファイキャトスとガキだ!』
『カキン王に報告を……』
ククーは兵がそう話している間にも、二人に向かって炎を吐く。しかし、兵が盾を掲げると、水が出て火を消してしまった。
『シャクガの近くにいるということは、奴らが匿っていたのか?』
『学者ごときが、我らを謀ったのか』
(これじゃあ、町の皆に迷惑がかかる!)
ノールは拳を握って、横目でククーを見た。
「……ククー、これじゃあ町に戻ることができないよ。事情を説明して、父さんや町の皆に助けを求めたかったのに」
ノールの突然の言葉に、ククーは意味がわからず首を傾げる。そして、その意図に気付き、ククーは舌打ちする。
「……馬鹿ね」
ククーが小さくつぶやいた。
『ということは、まだ町に行けてなかったんだな?』
「ノール、シャクガの町に行くのは諦めて、逃げるわよ!」
ククーは走り出す。ノールも駆け出そうとした時、先に兵に強く腕を捕まれた。
「いっ……」
『逃がさないぞ』
「何、あんたも捕まってるのよ!」
ククーは、ノールもろともホウエン兵に火を吹きかけた。
「あつっ!!」
『何をする!』
ノールを掴んでいて盾が間に合わず、兵も火を浴びる。もう兵の一人が慌てて剣で払い、ククーは後ろに飛び退いた。切っ先が、前足を掠める。
「ククー!」
「いいから、さっさと逃げましょ」
ノールは、火に驚いて緩んでいた兵の手を振り払い、ククーに駆け寄る。
『そう何度も逃がすかっ!』
そう言うと、小さなボールのような物を、投げてきた。避けるが、地面に落ちた時、煙のようなものが舞い上がった。
「ヤバいっ!」
ノールはすぐ布で鼻と口を覆うが、ククーは煙を吸い込んでしまった。
「ケホッ……。何……痺れ……」
ノールは、足が震えているククーを抱えて走る。ノールも、多少煙を吸ってしまったのか、動きが鈍い。
(いくら、あいつらが鎧とかで動きが遅くても、これじゃあ逃げ切る前に僕達が動けなくなる)
ノールは大きな川を見つけた。流れも速い。
(……普通でも、渡り切るのは難しそうだな。こんな状態じゃ、まず無理だろう……。でも、自殺行為かもしれないが……)
ノールは、鞄の中から拳くらいの小さなボールを出し、息を吹き入れる。すると、たちまち両腕で抱えるくらいの大きさになった。
その上にククーを乗せ、ノールは川に飛び込む。
「ノール、……あんたまさかこの川を渡る気!?」
「あった! ここなら流される!」
「えっ?」
「しっかり捕まれ! 流れるよ!」
「ええっ!?」
ノール達は、激流に流されていった。
兵をまき、何とか川から這い上がったククーは、体を奮って水をとばす。
「信じらんない。命懸けだったわ……」
「仕方ないだろ。走れなくなったし、ああしなきゃ、捕まってた」
「何度、溺れるかと思ったか!」
「無事だったじゃん」
「あんた、弱いくせに逞しいわ。……いたっ」
ノールが、ククーの怪我した前足を持った。
「それにしても、手当てする前に、水に入ってごめん」
「そういえば、剣がかすっていたわね。舐めとけば、どうってことないわ。それに、この傷より川の中で岩や木にぶつかった傷の方が痛い」
ククーは、恨めしそうにノールを見る。
「……それも舐めとけば、どうってことないでしょ」
「コラ」
「それより、早くここから離れよう」
「ええー? もう疲れたわ」
「さっき、僕達がこの川に流されるのを、ホウエン兵達は見ていた。たぶん、この川を中心に僕らを探してくるだろう。幸い、金の泉には近づいてる。行こう」
ノール達は、重い体を引きずるように、また歩を進めた。




