4、妖獣
「で、あたしの探す妖獣が居そうなところは思い当たるの?」
ククーは探るような目で、ノールを見た。
「……時間移動する獣か。聞いたことないな」
ノールは、今まで読んだ文献資料を思い返す。そして、少し気になるところがあったのを思い出した。
「人……禁制の地、辺りはどうかな?」
「人禁制?」
「何ヵ所かあるんだ。僕が知っているのは、金の泉と青の森だな……」
「へえ。どこにあるの?」
「僕の家に、地図がある」
「あんたの家はどこ?」
「さあ?」
ノールは、今自分がどこの地域にいるのか検討がつかなかった。
ククーが毛を逆立て、少し苛立った様子を見せる。
「信じられない。結局、役立たずじゃない」
「ごめんって。あの遺跡からどれくらい離れたのかわかれば、帰れるんだけど」
「まだあそこに戻るのは危険だと思うわ。あの小娘を連れて、何人か過去に戻ったとしても、まだ残りがいるはず。奴らの一番の目的はあたしだからね」
ククーは最後の方は少し小声になり、目を伏せた。
「……やっぱ、ひとりは寂しい?」
「はあぁ!? 何で、そんなこといきなり聞くのよ!? そんな軽口叩く暇があったら、さっさと方法を考えなさい!!」
「とりあえず、僕のいた町は東にあったから、その方角に進んでみよう」
「……いいわ」
ククーは頷くと、駆け出した。
「ちょっとストップ! ストップ! 速過ぎ! 追い付けないよ」
「うっわぁ……。本当に、人間って面倒ね」
ククーは嫌そうな顔をしていたが、ノールは笑って頷くだけだった。
ノールとククーは、森の中に入った。
周りから獣に見られている気配を感じる。ククーは不思議そうに周囲を見た。
「この時代って、妖獣の皆って隠れるもんなの?」
「普段は、襲ってくるよ。まあ、人間は獣を殺すことは禁じられているから、襲われるまで基本手は出さないね」
「ふうん。ずいぶん、あたし達に優位な世になるのね」
「たぶん、今僕を襲ってこないのは、君と歩いているからじゃないかな? 獣と人が一緒にいることなんて珍しいし、何より君はファイキャトスだし」
「本当に、ファイキャトスが人間を滅ぼすのね!」
「いや……、今も人はいるから」
「どうせなら、滅ぼしちゃえば良かったのに」
「同感だ」
頭上から低い声が降ってきた。見上げると、翼の生えた黒い獣が降りてきていた。鋭い牙と爪が見え、ノールは固まる。
「お前、伝説のファイキャトスか?」
黒い獣が、ククーを睨んだ。
「そうらしいわね」
「そんな偉大な妖獣様が、何で人間なんかといるんだ?」
「この小僧に、この時代を案内させてるの。あたしは、過去から来たんでね」
「そんな小僧にか?」
黒い獣は、今度はノールを睨んだ。
「それなら、俺が案内してやる。だから、こんな小僧引き裂いちまおうぜ」
黒い獣がノールに近づき、手を振り上げた。と同時に、黒い獣に炎が吹きかかった。
「離れな。それは、あたしが決めた案内人よ。それとも、このあたしが決めたことに不服があるのかしら?」
ククーはゆっくりと、獣に近づく。
「へっ。いくら、伝説の妖獣でも、そんな大した力はねぇじゃないか!」
黒い獣は少したじろいだが、強気で出る。
「何を!」
ククーが炎を吐くと、獣は翼を広げると、空へ飛び上がった。そして、急降下すると、ククーの背を切り裂く。
「ククー!!」
ククーの銀の毛が、赤く染まる。
「空を飛ぶなんて、ズルいわね!」
ククーは、何度も前足や炎で応戦しようとするが、どうしても空へ逃げられてしまう。
「伝説の妖獣なら、それを防いでみせるんだな」
ククーはなすすべがない。
「ククー! 木の枝の上に!」
ノールがそう言い、ククーは少し躊躇ったが、枝に飛び乗った。
「木々に隠れるつもりか? だが、俺は目が良いんでな!」
黒い獣はそう言うと、急降下してくる。
「もっと中にっ!」
ククーは素直に、小柄な体を生かして、木々の枝の中に入った。黒い獣が追ってくるが、巨木の枝は複雑に絡み合い、翼を広げたままでは入り込めない。それでも、周囲の枝を折り、前足を伸ばして、ククーに襲い掛かろうとしてきた。
「今だ、炎をっ!」
ククーは息を吸うのを見て、黒い獣は後退しようとする。しかし、ノールはそれを見越していた。
「上の木の葉を燃やして!」
ククーは上を向き、葉に吹き掛けた。すると、火はあっという間に燃え広がり、頭上を赤くした。火の粉や、燃えた葉や枝が、黒い獣に降り注ぐ。
「あちちっ!」
火の粉が、黒い獣の翼にかかり火傷をしたようで、地上に降り立った。
そして隙をつき、ククーは黒い獣の上に乗った。
「今なら、あんたの喉に食い付くことだってできるわ」
ククーは首元に軽く噛み付き、低い声で言う。黒い獣は固まった。
「……参りました、ファイキャトス様」
ククーは得意気に、ぴょんと背中から降りる。黒い獣は落ち込んでいた。ククーは、そんな黒い獣の方を振り返る。
「あんた、負けたんだし、ノールの家探してきてよ」
「ノールの家?」
ククーは、離れたところで見守っていた、ノールの方を示す。ノールが前に出た。
「シャクガの町って所なんだ。町の真ん中に、大きな眼鏡の石像がある。その町がある方向を知りたいんだ」
「いいだろう」
「人間の町なのに、探してくれるの?」
「負けた者は、勝った者へ絶対……だからな」
黒い獣は空へ飛んでいった。
ククーは上機嫌で、ノールの方を見た。
「あんたのアドバイス、役にたったわ! あんた、戦いの素質あるんじゃない?」
「ないよ。ただ、空へ飛べない状況を作れば良いと思っただけ」
「ふうん?」
ククーはそれ以上、追及しなかった。そして、周囲を見回す。
「で、この燃え広がっていく炎はどうするの?」
「ククー、炎はコントロールできないの?」
「無理よ。あたしは、炎吐くだけなんだから。あたしのこと、当てにしてたの?」
そんな話をしているうちに、炎が広がっていく。
「ヤバイ……」
「とりあえず、この森から逃げるわよ!」
後にファイキャトスの伝説には、「森一つを焼いた」という記録が付け加えられることになる。




