3、正体
ーーノール、聞こえる?
暗闇の中、鎧兵に連れていかれたヘルの声が聞こえた。しかし、ノールは声が出ない。
ーー私は大丈夫よ。とりあえず、目隠しされて、どこかに連れて行かれてるけど、危害は加えられていない。でも、何か変な装置の音がするの……
だんだんヘルの声が小さくなる。
「ヘル!」
そう声をあげると共に、ノールは目を覚ました。辺りは、闇夜に包まれている。
ヘルの声は、もう何も聞こえなくなってしまった。
「……ヘルのテレパシーか」
ヘルは昔から、弱々しいながらも、テレパシーの妖術を使えた。何故使えるのかは、本人もわからないらしい。
ノールは息を整えると、木の幹にもたれかかる。
「大丈夫とは言っても、ヘルのテレパシーは弱々しかった。どうすれば良いか……。それに、この子も……」
獣は、まだ寝息をたてている。
ノールは、またウトウトと眠りに落ちた。
ノールは息苦しさで、目を覚ました。すると、赤い瞳が間近から見下ろしていた。
「こんな、外で、しかも妖獣の前で眠れるなんて、無防備な小僧ね」
獣は、ノールの胸から降りる。ノールは体を起こし、獣を見つめた。
「喋れるんだ?」
「妖獣だから、当たり前でしょ」
声としゃべり方から、この獣はメスのようだった。
「人語を話す妖獣は、今まで会ったことないけど?」
「はあ? 妖獣は皆、人語を話せるはずよ」
「えっ!? そうなの?」
「何も知らないのね。……まあ皆、人間と喋りたくなかったのかしら。あたし達妖獣は、人間が嫌いだからね」
「そっか!」
ノールは簡単に納得したので、獣は拍子抜けしたような顔をした。
「そういえば、もう体は大丈夫なのかい?」
ノールが触ろうとすると、獣は毛を逆立て威嚇する。
「おかげさまでね。それにしても、妖獣のあたしを助けるなんて、何か企んでいるの? もしくは、ただの馬鹿?」
「……そりゃあ、妖獣が好きだからさ」
「はあ?」
「その身のこなし。妖しい業。美し過ぎる!」
「つまり、馬鹿なのね。……いくら誉めたって、妖獣は人の敵」
「本当に、妖獣皆人が嫌いなのかな? ……昔、妖獣に助けられたことがあるんだ」
「信じられない! 夢でも、見てたんじゃないの?」
「誰も信じてくれないんだよな」
「まあ、そんなことどうでもいいわ。一応、助けてくれたことはお礼を言ってあげる」
「待って!」
去ろうとする獣を、ノールは慌てて呼び止める。
「何で、君は奴らに追われていたの? カキン王とか言っていたけど、奴らは何者? それに、君をファイキャトスと言っていたけど、絶滅したんじゃなかったんだね?」
獣は赤い瞳で探るように、じっとノールを見つめる。
「……そんなこと、教える義理ないわ」
「お願いだ! できる限り、情報をくれ! ヘルが捕まったんだ!」
「あの小娘のこと?」
「何故か、変な声がヘルを捕まえるよう命令してたんだ! 君が困っているなら、僕もできる限り協力するから!」
獣はしばらく黙っていたが、ため息をついた。
「いいわ。ただし、あんたも、この時代の知り得る情報をあたしに捧げなさい」
「この時代?」
「あたしは、ファイキャトスの生き残り。そして、奴らはホウエン国のカキン王の部下。そして、あたしは過去から来たの」
「過去から!?」
「まさか、未来がこんな寂れているとは思わなかったけど……。奴らは、未来を見てきたと言っていた。ファイキャトスが、奴らの文明を消すところを」
「事実だったんだ……」
「奴らは未来を変えるべく、滅ぼされる前にファイキャトスを根絶やしにしようとした。それだけでは飽き足らず、その強大な力を手にできないか、と考えた。仲間は、戦いで命を落としたり、利用されるくらいならと自害したり、……あたしだけ残った。だから、奴らはあたしの生け捕りが目的」
「どうやって、未来に?」
「奴らが作った、時移動装置を使った。仕組みは、詳しくはわからない。時間移動には、何か法則がいるみたいだし……。お陰で戻り方すらわからないわ」
「そんな技術まで持っていたなんて……。何でヘルが捕まったの?」
「そんなの知るわけないでしょ。……まあ、あの小娘も赤い瞳だったから、あたしと間違えたとか?」
「そんな馬鹿な」
「奴らは、そんな馬鹿なことをするのよ。まあ、小娘はこの時代にはもういないんじゃないかしら? この時代に何もないのは奴らも同じだから」
「そんなっ!?」
獣は首を振ってから、ノールをキッと睨むように見た。
「さあ、今度はあたしが聞く番よ! 本当に、過去にファイキャトスが人間を滅ぼすの?」
ノールは、過去から来たという妖獣に、未来を教えて良いものか少し躊躇う。
「……そう言い伝えられている。何しろ、文献が少ないんだ。遺跡も、僕達がいたところも最近見つけられたところで、調査中だったんだ」
「あの大文明がね……」
獣は吐き捨てるように呟く。
「その時代の、被害に遭ったと思われる人の骨も見つかっていない」
「じゃあ、あたし達の業火で全てを消し去ったのね」
獣は得意気に、少し火を吐いて見せた。
「で? 奴らの弱点とかは?」
「わからない。本当に、何も残っていないんだ。まるで、ホウエン国は、幻のような国だったんだよ」
「役に立たないわね。まあ、いいわ。特に期待なんてしてなかったしね」
「待って!」
また去ろうとする獣を、またノールは慌てて呼び止める。獣は面倒臭そうに振り返った。
「まだ何か?」
「これからどうするんだ?」
「とりあえず、奴らが時代移動に利用した妖獣を探すわ」
「……僕も連れてってくれ」
「はああ?」
獣は不機嫌さを露にする。
「僕は、ヘルを助けたいんだ」
「連れていったとして、あたしの得になるの?」
「……この時代の地理がわかる」
ノールは真剣な眼差しで獣を見る。獣はしばらく考えてから、頷いた。
「……いいわ。今のところ、あんたは、あたしに危害を加えることはなさそうだものね。でも、邪魔になったら切り捨てるし、いつかあたしに危害を加えるようだったら、容赦なく切り裂く」
「大丈夫だよ」
ノールは微笑む。獣は顔を歪ませる。
「あんたと話すと、調子が狂うわ」
獣は背を向け歩き出そうとして、また振り返った。
「あんたの名前、一応聞いとくわ」
「ノール。ファイキャトス、君にも固有の名前はあるのかい?」
「……ククー」
「よろしく、ククー」
「小僧が・・・、気安くあたしの名前を呼ぶんじゃないよ」
「理不尽な……」
憎まれ口を叩く獣・ククーを、ノールは微笑ましく感じた。




