13、青の森
静かな森だった。まるで、生き物がいないかのようだが、無数の視線は感じる。
普段おしゃべりのククーでさえ、黙っている。
しばらく行くと、集落のようなところへ出た。
すると、一人の青年がノール達の前に現れた。服装も雰囲気も独特な雰囲気を持っていた。
どこか、ウロタに似ていると思う。
「お前達は何者だ? この森では、見たことないな。どうやって、ここに入れた?」
「…………っ」
ウロタは言葉を詰まらせている。固まってるウロタを庇うように、ノールが、前に出た。
「あの、僕はノールと言います!」
「あたしは、ファイキャトスのククーよ!」
ノールの肩に飛び乗って、ククーが主張する。
「僕達、トキスを探してるんです!」
「ノール!? ファイキャトスに……、それにトキスを探しているなんて……」
青年は目を見開く。
「えっ?」
「……どうぞ、巫女の間へ」
青年は、奥にある一番大きな建物に案内した。
「巫女様、ノールという者が来た」
青年はそう声をかけ、戸を開ける。そこには、娘が目をつむり座っていた。そして、ゆっくりと目を開けノール達を真っ直ぐに見つめる。
「ようこそ、いらっしゃいました。お待ちしておりました。私は、巫女・マフィンと申します」
「巫女ぉ?」
「マフィンっ……」
巫女を胡散臭そうに見るククーとは違い、ウロタは微かに唇が震えていた。
「待ってた? 僕が来ることを知っていたの?」
ノールの問いに、マフィンは首を振る。
「……いえ、いらっしゃるかどうかは、わかりませんでした」
「どういうこと?」
マフィンは、立ち上がると棚から箱を取りだし、ノールに差し出した。
「これは、『あなたへ』と代々言い遣っておりました」
「えっ?」
ノールは箱を受け取り、そっと開ける。そこには、一冊の本が入っていた。表紙には、太陽が描かれている。
ずいぶん古いようだが、保管状態が良かったようで、中の字が割とハッキリしている。しかし、字は全て見たことない文字で、ノールは読めなかった。
「……これって」
ノールは息を飲む。
「ホウエン文明の時代の物です」
「誰が!? 何で僕に!?」
「わかりません。我々も、いつの時代か、トキスやファイキャトスと繋がりのある『ノール』という者に会えば、渡すように言われておりました。正直な話、今日まで本当にそういう方がいらっしゃるとは思っておりませんでした。申し訳ありません」
マフィンが困った顔をして、謝ってきた。ノールは苦笑して首を振る。
「普通、本当に来るなんて思いませんよね。だって、僕達はたまたま来たのに……。それにしても、誰が何で……」
「あっ!」
ウロタが、ノールの持つ本を見て声をあげた。
「これッスよ! 俺の知ってるノールさんが、持ってた冊子は!」
「あんたの故郷にあったものじゃないの」
ククーは呆れた声で言う。
「知らないッスよ! 俺が生まれた時には、もうなかったし!」
「あなたの故郷……? 青の森なのですか?」
マフィンは首を傾げて、ウロタを見る。ウロタはハッとして、マフィンから顔を背けた。
「この青の森っていうか、別の青の森っていうか……」
誤魔化そうとして、ウロタはしどろもどろになる。
マフィンは黙って微笑むと、ウロタに近づき、頭を撫でた。ウロタは赤くなり固まる。
「今宵は、どうぞこの集落でお休み下さい。ささやかながらおもてなしいたします」
「そんな、見ず知らずの人に……」
「もう日も暮れました。今森を出歩くのは危険です。それに、あなた方は私達と縁ある方に違いないですから」
マフィンは戸を開け、外に声をかける。
「ムース、いる?」
「何ですか?」
先程の、青年がやってきた。
「この方達を、お客の間にご案内してあげて。あと、食事の準備も……」
「それはもうできてる」
「さすがですね。では、どうぞこのムースに案内してもらって下さい」
ノール達が外に出ると、いつの間にか集まっていた、集落の人々や獣達の注目を浴びた。
「本当にノールって人が来たんだ!?」
「獣も一緒だよ」
「ファイキャトスだって」
「我らが王が、あんなに小さかったとは……」
「余所の人なんて、初めて見た!」
「今日はここに泊まるんだって」
人や獣が口々に言う。ムースはため息をつく。
「少々うるさいですね」
そういうと、周りに手をかざす。すると、声や音が聞こえなくなった。
「本当に、妖術使えるんだ……」
「まあ。ここで、一番の妖術は巫女の血筋で植物を操る力ですよ。時には、青の森まで呼び寄せることまでできます。この森の妖獣からも一目置かれてる存在です」
「呼び寄せる?」
「この青の森は、リナト大森林の奥深くじゃないですか。この森は中にいると気づかないですが、移動しているんです。集落の人や妖獣でさえ、一度外に出たら迷うんです。ですが、巫女の家系は、青の森を呼びつけられるんですよ。……あなた方も、よくたどり着けましたよね?」
「…………」
ウロタはそっぽを向いている。
ノールは疑問に思った。
(……僕達、そんなに奥深くまで入ったっけ? それに、ウロタさんは迷わず青の森に案内した)
客用の建物に案内された。中には、ご馳走が用意されている。
「へえ、なかなか美味しいじゃない」
ククーがそう言いながら、がっつく。ウロタは、ある飲み物ばかりを美味しそうに飲んでいた。そんなウロタのところへ、ムースが近づく。
「へえ、それ気に入ったか?」
「まあ。この木の実と合わせて食べると格別に……」
「おお! 俺と好み合うな! しっかり食べろよ!」
ウロタは、静かに照れ臭そうに笑った。
ノールが眠りについたことを確認し、ウロタは外へ出る。この森にいると、月まで青く見えた。
「なーんか、ずっとあんた寂しそうにしてるのよね?」
背後から声をかけられ、驚いて振り返ると、ククーがいた。
「いつの間に?」
「人の動く気配とか、寝ててもわかるのよ。それより、どうしたのよ?」
「…………」
「別に、あたしは未来にもこの時代にもいないから、話しちゃっても大丈夫だと思うけど?」
「そっか。……この森、俺が小さい時に、ジャーガという凶悪な妖獣に襲われるんだ」
ククーの耳がピクリと動く。
「そんな妖獣が?」
「あんな邪悪な獣は、後にも先にもあいつしかいなかった」
「でも、妖獣と人間の掟があるでしょ? どちらも、命を奪うことはできないはずでしょ?」
「いくら決まりがあっても、破る奴はいるんだ。……ジャーガのせいで集落は崩壊し、俺の両親は殺された。それで、俺も殺されそうになった。その時、ノールさんに助けられたんだ。ノールさんは、ジャーガを殺してくれた……」
「ノールが?」
ククーが目を見開く。
「ああ。後から知ったけど、ノールさんは、獣を傷つけることじたい嫌っていたのにな。そしてノールさんは、この森を離れることにした仲間達、この森に残ることにした僕達を色々援助してくれた。本当に、立派な方だよ」
ウロタは目を細める。ククーは、あくびをして座り直す。
「あんたの母親って、あの巫女なんでしょ?」
「気づいてたか……」
「あんたの反応と、巫女の能力の話を聞けばね。このこと話さないの? 未来を……あなたの運命を、変えられるかもしれないわよ?」
ウロタは首を力なく振った。
「ノールさんと約束したんだ。今を……自分を消す覚悟がないなら、駄目だと」
「…………」
「どんな未来が正しいのかわからないけど、今の俺はノールさんを信じるんだ。今回は、若いけど、両親に会えて良かったって思いでいっぱいだよ」
ククーは立ち上がる。
「そう。やっぱり、人はわからないわ。……さあ、明日も早いから体休めなさいよ」
「……話、聞いてくれてありがとな。やっぱり、ノールさんの話通り優しい獣だったんだな……」
ウロタは、ククーには聞こえない声で呟いた。




