第九話 世界のリセットと、イネプツの誕生。今度はカリスマに仕立て上げようと思ったけど、最初から記憶があって性格も治ってないし詰んだ件
「……よし。今度こそ、完璧よ」
私は、神界の真っ白な中心核で、満足げに腕を組んでいた。
あんな脂ぎった世界、リセットして正解だったわ。
カルニの持ってきた「究極のチョコバナナ・ハムクレープ」は確かに美味しかったけど、一口食べた瞬間に「あ、これ中毒性の塊だわ」と神の直感が警鐘を鳴らしたのよね。だから、味わい尽くした瞬間にボタンを押したわ。悔いはない。
今回のリセットの目玉は、なんと言っても「イネプツの再教育」よ。
「初期化の際、彼女の『無能データ』を抽出して、代わりに『カリスマ・聖女』のパッチを当てておいたわ。これで次世代のイネプツは、私の右腕として、凛とした美しさで世界を導くはず……!」
私は期待に胸を膨らませ、新生・神界の「天使生成カプセル」の前に立った。
シュゴォォ……という音と共に、カプセルが開く。
中からは、光り輝く羽を広げ、神々しいオーラを纏った「新生イネプツ」が、ゆっくりと目を開けて降り立ってきた。
「……あ。神様、お疲れ様ですぅ。リセット作業、長かったですねぇ☆」
「…………。……は?」
私は、持っていた管理杖を落としそうになった。
今、この「カリスマ聖女」仕様の天使は、なんと言った?
『お疲れ様ですぅ』? その、耳に馴染みすぎた、脱力感あふれる語尾は……。
「……イネプツ。あんた、なんで記憶があるのよ。リセット(初期化)したでしょ!?」
「えー? だって、神様が私を『ゴミ箱(隔離サーバー)』に放り込んだままリセットしちゃったから、私の意識データだけあっちに退避されてたんですよぉ。おまけに、なんか変なパッチを無理やり当てられたせいで、今、私の後光から『マヨネーズの芳香』が自動出力されてるんですけど、これ仕様ですかぁ?」
[ 警告:イネプツのバックアップデータがカリスマ・パッチを侵食 ]
[ 現象:『カリスマ的な無能』という、最も質の悪いジョブが生成されました ]
「……詰んだ。私の苦労が、コンマ一秒で瓦礫の山になったわ」
私は、膝から崩れ落ちた。
性格が治っていないどころか、外見だけカリスマ聖女になったせいで、彼女の放つ一挙手一投足が、信じられないほどの説得力を持って世界に影響を与え始めている。
「神様ぁ、見てください! 下界に降りて『マヨネーズは飲み物です』って一言放ったら、三日で宗教が三つ立ち上がりましたぁ! あ、あっちにいるカルニさんの生まれ変わりも、なんか私の後光に当てられて『ハムの聖遺物(新)』を掘り当てちゃってますよぉ☆」
窓の外を見ると、リセットしたはずの清らかな大地で、早くも筋肉隆々の男が「聖女様の脂だぁぁぁ!」と叫びながら、巨大なハムを掲げて爆走していた。
「……もう、嫌。この世界、初期状態からバグってるじゃないのよ」
私は、新しく生成されたばかりのチョコバナナクレープ(今度は純粋なやつ)を手に取った。
だが、一口食べようとしたその瞬間、カリスマ聖女の皮を被ったイネプツが、これ以上ないほど神々しい笑みを浮かべて、懐から「全次元対応型・金色のマヨネーズ」を取り出した。
「神様、この新しい世界の完成を祝して……『追いマヨ』、失礼しますねぇ☆」
「やめろぉぉぉぉぉ!! リセットしても、結局ここに行き着くのねぇぇぇ!!!」
新生・神界に、以前と全く変わらない、創造神の絶望の叫びが響き渡った。
「神様、どうしてそんなに遠い目をしてるんですかぁ? リセット大成功じゃないですかぁ☆」
「……」
私は答えなかった。答える気力もなかった。
目の前では、カリスマ聖女の姿をしたイネプツが、清らかな泉の水をマヨネーズに変えながら優雅に微笑んでいる。
その背後では、生まれ変わったはずのカルニが、神界の庭園に「燻製用チップ」として世界樹の枝を勝手に伐採し、積み上げていた。
[ 状況報告:新世界の住民の9割が『聖女イネプツのマヨ教』に入信しました ]
[ 警告:神界の資産価値が『食用油』として換算され始めています ]
「リセット……。私は、あんなに苦労して、宇宙の全データを0と1に分解して、再構築したのに……」
結局、私の手元に残ったのは、前より少しだけ見た目が豪華になっただけの「脂っこい地獄」だった。
私は、震える手で管理パネルを操作した。まだ、最後の手段があるはずだ。
「……そうだ。イネプツ、あんたをカリスマにしたのが間違いだったのよ。今すぐそのパッチを剥がして……」
「あ、無駄ですよぉ神様。今の私、信者たちの『信仰心』をマヨネーズに変換してサーバーのバッファに使ってるんで。パッチを剥がそうとすると、信者たちの脂質データが逆流して、神様の管理パネルがマヨまみれになりますぅ☆」
「……何その鉄壁の防御。無能のくせに、そこだけは神を上回る最適化をしないでよ!!」
私は絶叫し、窓から身を投げ出した。
もちろん、神だから死なないけれど、この現実から逃げ出したかったのだ。
だが、空中で私を受け止めたのは、柔らかな雲ではなく――巨大な、弾力のある「ハムのクッション」だった。
「……何、これ」
「アルブス様! お怪我はございませんか! 新世界の物理法則は、アルブス様の御慈悲によって『安全性(脂)』が向上しておりますゆえ!!」
下で見上げていたのは、満面の笑みのカルニだった。
彼は誇らしげに、自分が作り上げた「ハム製救助マット」を指差している。
「……。……。……もう、いいわ。わかったわよ」
私は、ハムのクッションの上で、大の字になって寝転んだ。
空を見上げると、リセットしたはずの青空に、イネプツが放つ後光(マヨネーズ粒子)が反射して、虹色のギトギトしたオーロラが輝いている。
「私、神様やめる。……ううん、有給休暇を取るわ。今から五万年くらい」
「えぇー! 神様、行かないでくださいよぉ! これからみんなで、世界初の『マヨネーズ・オリンピック』を開催するんですからぁ☆」
「……うるさいわね。ついてくるんじゃないわよ」
私は管理杖を一振りし、自分だけの「プライベート・サーバー(隔離空間)」を生成した。
そこは、ハムも、マヨネーズも、無能な天使も、変態な勇者も、そして並行世界の泣き虫な同僚も、誰一人としてアクセスできない絶対領域。
私はその中心に、一つだけテーブルを用意した。
そして、今度こそ、誰の邪魔も入らない、完璧な、純粋な、チョコバナナクレープを生成する。
「……いただき、ます」
一口、かじる。
パリッとした生地。甘いチョコ。とろけるバナナ。
鼻に抜けるのは、燻製の匂いではなく、甘いバニラの香り。
「……ああ。……これよ。これなのよ……」
リセットして、詰んで、すべてを失ったけれど。
この一口の平穏だけは、ようやく私のものになった。
背後の空間の壁を、イネプツが「神様ぁ、マヨネーズ入れ忘れてますよー!」と叩く音が聞こえるけれど、私はもう、聞こえないふりをすることにした。




