第八話 神殿への押し寄せと、神界の混乱。もはや全神の力を合わせて神界ごとリセットするしかない?
「アルブス様ぁ! 大変です! 神界の正門が脂で滑って、物理的に閉まらなくなりましたぁぁ!」
イネプツの絶叫が、白銀の神殿に虚しく響き渡る。
私は、かつてないほどの頭痛に襲われていた。目の前の管理パネルは、真っ赤な警告ログが秒速千行のスピードで流れ去り、もはや処理落ち寸前のフリーズ状態だ。
「……落ち着きなさい、イネプツ。正門が閉まらない? そんなの、重力操作で無理やり閉じれば済む話でしょ」
「それが……重力操作用の演算サーバーが、並行世界から逆流してきたマヨネーズの熱気でオーバーヒートしてて! 今、神界の庭園にはベータ世界から避難(?)してきた『マヨ・ハミュート』の信奉者たちが、巨大なバゲットを持って押し寄せてるんですぅ!」
私は恐る恐る窓の外を見下ろした。
そこには、神々しい雲海ではなく、白濁したドロドロの液体に満たされた「マヨネーズの海」が広がっていた。そして、その海を泳いで神殿へと向かってくるのは、並行世界の住民たちだけではない。
「アルブスさん! なんとかしてよぉ!」
隣でパステルが、ボロボロの法衣を握りしめて泣き叫んでいる。
「僕のところの勇者が、『神界には伝説のマヨネーズの泉がある』って聞きつけて、魔王と手を組んで遠征軍(ピクニック部隊)を結成しちゃったんだ! あいつら、僕の神殿の柱を『ちくわ』に書き換えて、マヨネーズを詰めようとしてるんだよぉぉ!!」
「……。……。終わったわ。神界の尊厳が、完全に『ちくわぶ』レベルまで堕ちたわね」
事態を重く見た上級神たちは、緊急の「神界最高会議」を招集した。
だが、会議場に集まった神々の姿は、かつての威厳を失っていた。
「アルブス、貴様の管理ミスだぞ!」と怒鳴る戦神の髭にはマヨネーズがべったりと付着し、「まあまあ、脂質も時には力になりますし」と宥める豊穣神の手には、なぜかタクティカル・ハムが握られている。
「……豊穣神、あんた、それ何」
「これですか? いやあ、これ、植えると一瞬で実がなるんですよ。中身はジューシーな燻製肉ですが。もはや土壌のpH値が『ドレッシング』に固定されてしまって、穀物が育たないんです。これしか選択肢がなくて……」
[ 警告:神界のシステム・ログに深刻な脆弱性を発見 ]
[ 現象:全神の権能が『調理補助』に自動変換されています ]
「何よそのバグ! 太陽神の熱が『オーブン』として使われ、海神の波が『ミキサー』として機能してるっていうの!?」
神界そのものが、一つの巨大な「キッチン・スタジアム」へと変質し始めていた。このままでは、全宇宙の根理が「レシピ」に書き換えられてしまう。
「……もう、これしかないわ」
私は、管理パネルの奥深くに隠されていた、漆黒のボタンを呼び出した。
それは、創造神たちが契約した「宇宙の最終手段」。
『全次元・一括フォーマット(工場出荷時設定への復元)』
このボタンを押せば、並行世界も、この脂ぎった神界も、イネプツの無能も、カルニの変態性も、そして私の「チョコバナナを食べたい」という執念すらも、すべては無に帰る。
「アルブスさん、本気!? リセットしたら、僕たちの記憶も、今までの思い出も全部消えちゃうんだよ!?」
「思い出って、マヨネーズを浴びた記憶のこと? そんなの消した方が幸せに決まってるでしょ! いい、みんな! 全神の魔力を私に集中させなさい! この巨大な脂の概念を、ビッグバンで吹き飛ばして、今度こそ『糖分とタンパク質のバランスが取れた宇宙』を作るのよ!!」
「賛成ですぅー! 新世界では、マヨネーズの川が流れるお菓子のお家に住みたいですぅー!」
「イネプツ、あんたは一生ゴミ箱から出さない設定にしてあげるからね!!」
神々の魔力が、私の管理杖に集まっていく。
神殿の外では、ついに正門を突破した「マヨ・ハミュート」の化身たちが、巨大なハムの棍棒を振り回しながら迫ってきていた。
「来るなら来なさい! あんたたちも、その脂も、まとめて0と1のデータに還してあげるわ!!」
私は、漆黒のボタンに指をかけた。
涙を堪え、私は叫ぶ。
「さよなら、ハム。さよなら、マヨネーズ! そして――さよなら、私のチョコバナナクレープ!!」
[ システム:初期化プロセスを開始します ]
[ 進行状況:0.01% …… ]
だが、その瞬間。
リセットの光に包まれるはずの神殿に、場違いな「香ばしい匂い」が立ち込めた。
「待てぇい!! アルブス様、早まってはなりません!!」
次元の裂け目から現れたのは、究極のハム修行から帰還したカルニだった。
その手には、眩いばかりの光を放つ「黄金のチョコバナナ・ハムクレープ・エクスプレス」が握られていた。
「アルブス様! ついに見つけました! チョコの甘み、バナナの食感、そしてハムの旨味が完全に融合し、マヨネーズの濁流すらも『極上のソース』に変える……奇跡の黄金比です!!」
「……。……。……え?」
私は、リセットボタンを押す寸前でフリーズした。
カルニが差し出したそのクレープは、不覚にも、私の神としての視力(全知)をもってしても「完璧」としか言いようのない美しさを放っていたのだ。
「……リセット、ちょっと待ってもいいかしら」
「アルブスさぁぁぁん!! ボタンから指を離してぇぇぇ!!」
神界の、そして全宇宙の運命は。
今、一人の変態勇者が持ち帰った「甘辛の極致」に委ねられることとなった。




