第七話 汚染されきった世界と泣きついてきた創造神(同僚)。もはやマヨネーズの濁流なんですけど
「アルブス様ぁ! 大変です、お隣の世界の管理サーバーが脂質異常で爆発寸前ですぅ!」
ゴミ箱から這い出してきたイネプツの叫び声を聞き流そうとした私の前に、空間を無理やりこじ開けて「それ」は現れた。
「アルブスさぁぁぁぁん!! ひどい、ひどすぎるよぉ!!」
現れたのは、並行世界βを担当する創造神、通称『パステル』。パステルカラーの雲と可愛い小動物、そして平和なポエムを愛する、私以上に繊細なメンタルの持ち主だ。
だが、今の彼女の姿に面影はない。その神々しいはずの法衣は、どこをどう見ても「卵黄たっぷりの特製マヨネーズ」でベッタベタにコーティングされ、頭の上にはなぜかタクティカル・ハムが王冠のように鎮座している。
「……パステル。あんた、それ新手のファッション?」
「ファッションなわけないでしょぉぉ!! 見てよこれ! 僕の作った『癒やしの森』が、今や『マヨネーズの濁流』に飲み込まれて、原生林が全部ポテトサラダの具材に変えられちゃったんだよ! 川からはシーザードレッシングが噴き出して、魚たちがみんなマリネになっちゃったんだよぉ!!」
パステルが泣きながら私に縋り付く。その拍子に、私の純白の神殿の床に「ドチャッ」と濃厚なマヨネーズが飛び散った。
「っ……!! 私の、清潔な、神殿がぁぁ!!」
[ 警告:神殿の摩擦係数が0.01に低下しました。転倒に注意してください ]
「アルブスさん、お願いだよぉ! 君の世界からパージされた『脂の概念』が、僕の世界の物理法則と化学反応を起こしちゃったんだ。今や僕の世界の住人たちは、魔王を倒すことより『いかにして効率よくハムをマヨネーズで和えるか』に全知全能を注ぎ込んでるんだ! 勇者が伝説の盾を『巨大なクラッカー』に持ち替えて、魔王の城にディップしに行っちゃったんだよぉ!!」
「……。……。……。」
私は天を仰いだ。
どうやら、私が自分の世界で「スイーツ平和条約」を強行し、ハムとマヨネーズを次元の果てに追放した際、その行き先を「ゴミ箱」ではなく「他所」に設定してしまったのが運の尽きだったらしい。
「あー、神様! パステル様! 朗報ですぅ! ベータ世界の魔王様から通信が入りました! 『アルブス様から授かったこのマヨネーズの濁流を、我が軍の最終兵器として正式採用する。ついては、この世界を「大マヨネーズ帝国」と改名したい』だそうですぅ☆」
「改名させんなぁぁぁ!!」
私はパステルを抱えたまま、再び次元のゲートへと飛び込んだ。
ゲートを抜けた先。そこは、かつてのパステルの世界とは思えない、「高カロリーの地獄絵図」だった。
空はマヨネーズの粒子で白く霞み、地平線からは巨大なアスパラガス(元・世界樹)が天を突き、その周囲をタクティカル・ハムを装備した騎士たちが、「脂質こそ力なり!」と叫びながらマヨネーズの荒波を泳いでいる。
「……ねえ、パステル。これ、もう手遅れじゃないかしら」
「諦めないでよぉ! 僕の世界の『清純』を返してよぉ!」
私は管理杖を構え、震える指で全並行世界共通のシステムコマンドを入力した。
[ Command: System_Cleanup_Lipid_Concentration (脂質濃度一括クリーンアップ) ]
[ Warning: 対象範囲が広大すぎるため、神の魔力(MP)が枯渇する恐れがあります ]
「知るか! このままじゃ、全次元が『巨大なサンドイッチ』の一部にされちゃうわよ! イネプツ、あんたも手伝いなさい! そのマヨネーズ・サーフボードを使って、全ての脂を一箇所に集めるのよ!!」
「えー、これ楽しいのに……。分かりましたぁ、マヨネーズ回収機モード、起動ですぅ!」
私はパステルと共に、次元を揺るがす大魔術を展開した。
目標はただ一つ。この世界に溢れ返った「過剰な脂」を抽出し、一つの個体へと凝縮すること。
「喰らいなさい! 『次元遠心分離・超高圧プレス』!!!」
轟音と共に、ベータ世界を覆っていたマヨネーズの濁流が、竜巻のように一箇所へと集約されていく。
白濁した渦が唸りを上げ、ハムの破片を巻き込み、莫大な圧力によって圧縮されていく。
そして、光が収まった後。
そこには、世界の濁流が消え去り、澄み渡る(けれどどこか香ばしい)空が戻っていた。
そして、その中心部には――。
「……。……。なに、これ」
そこには、世界中のハムとマヨネーズが圧縮されて誕生した、「全宇宙で最も輝かしい、黄金の脂の塊」が鎮座していた。
「……アルブスさん。僕の世界、助かったのかな?」
パステルが恐る恐る尋ねる。
だが、その答えを出す前に、私の管理パネルが過去最大の音量で通知を鳴らした。
[ 緊急事態:凝縮された脂の概念が『生命』として覚醒しました ]
[ 誕生:脂の化身、新・魔王『マヨ・ハミュート』が降臨します ]
「……もう、嫌。私、神様引退する。今すぐ、チョコバナナのある隠居生活に逃げさせなさいよぉぉぉぉぉ!!」
アルブス様の絶叫は、美しく浄化された(はずの)ベータ世界の空に、虚しく響き渡るのだった。




