第十話 その後 ―― 結局、神は管理を諦め、エプロンを締めることにした
神界から姿を消した私が、下界の片隅で小さな店を構えてから、数百年が経過した。
看板には『ハムとマヨネーズ持ち込み厳禁 ―― 甘味処アルブス』と、血文字のような気迫を感じるフォークの紋章が刻まれている。
私が管理者権限を放り投げた神界は、今や「全宇宙最大級の食品加工工場」と化していた。
「カリスマ聖女」として覚醒(?)したイネプツは、その眩い後光でマヨネーズを熟成させ、全並行世界の食卓を支配している。
イネプツ: 「聖女マヨネーズ教」の教祖として君臨。最近の悩みは、自分の光が強すぎて、寝ようとすると勝手に卵が半熟になってしまうこと。
カルニ: 「第一神殿・騎士団長」改め「最高品質ハム・マイスター」。彼の振るう聖剣は、今や「いかに生ハムを極薄にスライスするか」のためにのみ研ぎ澄まされている。
二人は時折、下界にいる私に「新作の試食(ハム入りのパフェなど)」を持って降臨しようとするが、その度に店から半径3キロ以内に「超高圧のデリート障壁」が展開されるため、未だに再会は果たせていない。
一方、私はというと。
「……はい、チョコバナナクレープ。ハムは入ってない。マヨネーズも入ってない。もし入ってたら、この世界ごと消していいって契約書に書いてあるわよ」
不機嫌そうに、しかし手際よくクレープを焼く私。
私の焼くクレープは、「脂ギッシュな食文化」に疲弊した人々(および一部のまともな魔族)の間で、『魂を浄化する禁断の甘味』として伝説になっていた。
「ねえ、店主。今日のお客さん、なんか角が生えてたけどいいの?」
「……いいわよ。あいつ、魔王軍の残党だけど、マヨネーズアレルギーらしいから。同病相哀れむってやつよ」
私は、自分が作った世界がどれほどカオスになろうとも、自分の手の届く範囲(直径20センチのクレープ生地の上)だけは完璧に管理することに決めたのだ。
[ 状況:世界の脂質濃度は極めて高いが、住民の幸福度は120% ]
[ 管理者:不在(オートパイロット:天使イネプツ) ]
[ 私の状態:店じまい後のパフェを楽しみに、今日も元気に接客中 ]
ふと空を見上げれば、今日もイネプツが放つ「マヨネーズ・オーロラ」が美しく(ギトギトと)輝いている。
私は小さくため息をつき、お気に入りの銀のスプーンを磨いた。
「……まあ、いいわ。これだけカオスなら、誰も私が『元・創造神』だって気づかないでしょうしね」
その時、店のドアが勢いよく開いた。
「たのもぉー! ここのクレープに『特製燻製ハム』が合うと聞いて、はるばる隣の次元から来ましたぁ!」
「…………。」
私は無言で管理杖(麺棒)を握りしめた。
新世界での、私の「静かな暮らし」を懸けた戦いは、まだ始まったばかりである。
【 創造神アルブス様は静かに暮らしたい ―― 完 ―― 】




