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第五話 究極のクレープ職人が、ハムを乗っけてきたんだけど。魔王軍まで汚染され過ぎじゃない?

「……来たわね」


カルニが地平線の彼方から、砂塵を巻き上げて戻ってきた。

その脇には、真っ白なコックコートを着た、顔色の悪い中年の男を抱えている。


「アルブス様! 連れて参りました! 元・魔王軍専属宮廷料理長、通称『甘味の暗殺者』こと、ゼラチンです!」


「ゼラチン……? なんでそんな、いかにもすぐ溶けて消えそうな名前なのよ。っていうか、元・魔王軍じゃない。さっき私がデリートし損ねた生き残り?」


震えながら膝をついたゼラチンは、私の冷たい視線に蛇に睨まれた蛙のごとく硬直していた。


「ひ、ヒィッ……! 創造神様! お、お命ばかりは……! ク、クレープですね!? 今すぐ、我が魔界の技術の粋を集めた究極の一品を献上いたします!」


「いいわ。一分以内に作りなさい。私の胃袋と理性が、これ以上待てって言ってないの」


ゼラチンは、カルニがどこからか奪ってきた……もとい調達してきた調理器具を凄まじい手つきで操り始めた。

さすがは魔王軍の料理長。生地の焼き加減、クリームの泡立て、そのすべてがプロのそれだ。


「(……期待できる。これなら、私のチョコバナナ欲を満たしてくれる……!)」


私は、さっきまでの殺意を少しだけ緩め、完成を待った。

チョコの香りが漂い始める。……そう、これよ。この香りこそが正義なの。


「お、お待たせいたしました! 創造神アルブス様! これぞ、魔界と人界の奇跡の融合……『極・チョコバナナ・グリス・クレープ』でございます!!」


「最後になんか変な単語が混ざった気がするけど、いいわ、もらい――」


差し出されたクレープ。

そこには、美しく飾られたバナナとチョコソースの横に、バラの花の形に丁寧に成形された「例のハム」が、王者の風格で鎮座していた。


「…………。」


「いかがでしょうか! バナナの甘み、チョコの苦味、そしてアルブス様が下界に降らせた『聖遺物ハム』の濃厚な塩気! これらが口の中で核融合を起こし、未知の領域へと誘うはず……!」


「……ねえ、ゼラチン」


私の声が、再び絶対零度を記録する。


「は、はいっ!」


「あんた、魔王軍の料理長だったのよね? 誇りとかないの? なんでクレープにハムを乗せたの?」


「……誇り、ですか。……魔王様は仰いました。『この世で最も美味いものは、アルブス様のグリスだ』と。……今や魔界では、このハムを隠し味に使うのがトレンド、いえ、義務なのです……!!」


「……あいつ、殺す。絶対、魔王本人もデリートする」


私は、管理パネルを虚ろな目で眺めた。


[ 警告:世界の文化レベルが『肉』に全振りされました ]

[ 状況:チョコバナナの純粋な定義が消失しつつあります ]


「…………もう、いいわ」


私は、ハムの乗ったクレープをひったくると、そのままカルニの口の中に全力で叩き込んだ。


「むぐぉっ!? し、至福……! チョコとハムのハーモニーが……脳に直接、脂を……!!」


「……イネプツ。隔離サーバーのロックを解除してあげるから、今すぐ下界をマヨネーズで洗浄しなさい。もう一度、世界を更地に戻してやり直すわ」


『えっ!? 本当ですか神様ぁぁ!! マヨネーズ大洪水マヨネーズ・ノアの許可が出たぁぁぁ!!』


私の背後で、天界から巨大な「マヨネーズの奔流」が降り注ごうとしていた。


「……チョコバナナ、食べたかったなぁ……」


夕暮れに染まる街で、銀髪の創造神は、一筋の涙を流した。


天界からマヨネーズが降り注ぐ寸前。

私の頬を伝う涙が、地面に落ちた――その時だった。


「……待てっ! 待つのだアルブス様!!」


地平線の彼方から、凄まじい速度で飛来する影があった。

それは魔王でもなければ、無能な天使でもない。

「クレープの消し炭」に巻き込まれてデリートしたはずの、あのクレープ屋の店主だった。


「おじさん!? 生きてたの!?」


「神様、あんたが放った光があんまりにも温かかったからよ……デリートされる寸前に、俺のインスピレーションが爆発したんだ! 見てくれ、これが本当の、あんたに捧げるクレープだ!!」


おじさんが差し出したのは、マヨネーズも、ハムも、余計な魔界のスパイスも一切入っていない、究極にシンプルで純粋なチョコバナナクレープだった。


「……っ!!」


私は、降り注ぐマヨネーズの奔流を指先一つでパチンと消滅させた。

「イネプツ、悪いわね。ノアは中止よ。ゴミ箱に戻りなさい」

『ええええええ!? 蛇口ひねっちゃいましたよぉぉ!!』


空中に浮いたままのマヨネーズを虚空へ放り投げ、私はおじさんのクレープを手に取った。

ハムの匂いもしない。マヨネーズの脂っぽさもない。

そこにあるのは、懐かしくて、甘くて、優しい、本物のチョコバナナの香り。


「……これ。これが、食べたかったの……」


一口、かじる。

パリッとした生地。とろけるバナナ。そして、計算され尽くしたチョコの甘み。

私のストレスメーターが、今度こそ「0」ではなく、温かなプラスの領域へと満たされていく。


[ 通知:創造神の精神状態が『極めて良好』に固定されました ]

[ 称号:『爆肉の女神』が解除され、『スイーツを愛する至高神』に更新されました ]


「……美味しい。おじさん、これ最高よ」


「へへ、神様にそう言ってもらえるなら、屋台が吹っ飛んだ甲斐もあったってもんよ!」


満足感に包まれた私は、そっと管理パネルを開いた。

横では、カルニが「ハムがない……ハムが入っていないのに、なぜこんなに美味そうに見えるんだ……!?」と、新たな世界の真理に気づいてガクガク震えている。


「いいわ、カルニ。ゼラチン。そして魔王軍の残党たちも聞きなさい」


私は指を鳴らし、世界中に響き渡る声で宣言した。


「今日からこの世界は、『甘いものにハムを入れるのを禁止』にします。……あ、でも生ハムメロンだけは、まあ、センスあるから許してあげるわ」


[ 法則:世界に『スイーツ平和条約』が適用されました ]


夕暮れの街に、今度こそ本当の平穏が訪れる。

私はクレープを最後の一口まで堪能し、満足げに微笑んだ。

……明日からは、世界を少しだけ「スイーツが美味しくなる設定」に書き換えてあげようかしら。


「さて。……とりあえず、ゴミ箱の中で暴れてるイネプツに、このクレープの端っこだけ転送してあげようかな」


神様の休日は、最高の甘みとともに幕を閉じたのである。

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