第四話 チョコバナナクレープを食べようとしたら、魔王軍の侵攻で吹っ飛んだんだけど
「……完璧。完璧な構成だわ」
私は下界の路地裏にある、知る人ぞ知るクレープ屋の前にいた。
神の気配は遮断し、視線は手元の獲物――『特製チョコバナナクレープ(生クリーム増量)』に釘付けだ。
パリッとした生地に、これでもかと塗りたくられた濃厚チョコソース。そこに完熟バナナの輪切りが整列している。
昨日、あのバカたちにパフェの余韻をハムとマヨネーズで上書きされた私のサーバーは、今まさにこの糖分を渇望していた。
「あー……もう。これ食べるだけで、あと三万年は創造神続けられるわ」
私は、震える手でクレープを持ち上げた。
チョコの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
至福。
勝利。
私は今、全宇宙で最も幸せな「銀髪の一般美少女」だった。
さあ、その一口を――。
『ハハハハハ! 愚かなる人間どもよ!!』
突如、空がどす黒い雲に覆われた。
凄まじい風圧が路地裏を駆け抜け、クレープの包み紙がバタバタと暴れる。
「……は?」
見上げれば、巨大な魔力陣から禍々しいツノを生やした男が降臨していた。魔王軍四天王の一人だ。
『我こそは魔王軍四天王が一人、爆炎の――』
「ちょっと、今忙しいんだけど。後にしてくれる?」
『知るか! 絶望せよ! 挨拶代わりの洗礼だ、受け取れぇ!!』
奴が右手を振り抜くと、小規模な爆裂魔法の弾丸が放たれた。
それは街の広場へと着弾し――。
ドォォォォォォォォン!!
爆風が、クレープ屋の屋台を粉砕。
そして、私が今まさに口に入れようとしていたクレープの先端を、無慈悲な熱波が掠めていった。
「…………。」
手元に残ったのは、熱でドロドロに溶け、爆風で飛んできた砂利まみれの、見るも無惨な「黒い炭」のような物体だった。
「……。……。……。」
『フハハハ! どうだ、この恐怖! 泣き叫べ、喚――』
「……てめぇ、今。……何、飛ばした?」
私の声は、地底から響くような地鳴りへと変わっていた。
空中に浮かぶ管理パネルが、私の感情に呼応して真っ赤な警告を吐き出す。
[ 警告:創造神のSAN値が限界を突破しました ]
[ 権能:『物理演算・完全無視』を起動します ]
「私のクレープ……。チョコバナナ……。糖分補給して……。寝るはずだったのに……!!」
私は、消し炭になったクレープ(だったもの)を地面に落とした。
その瞬間、私の背後に数百枚の管理パネルが展開される。
「不法侵入! 営業妨害! そして神へのスイーツ冒涜罪! 判決――消滅よぉぉぉぉぉ!!」
『なっ、貴様、何者――ぎゃああああああああ!?』
私の指先から放たれた「修正」の光が、四天王をその背後の軍勢ごと飲み込んでいく。
「アルブス様! 救援に参りました! 喰らえ、タクティカル・ハム――」
タイミング悪く駆けつけたカルニが投げたハムが、私の放った光に巻き込まれて「超高熱の炭」となって四天王の口の中に直撃した。
「あんたも来んなぁぁぁぁ! チョコの香りが完全に焦げた肉の匂いになっちゃったじゃないのよぉぉぉ!!」
神の叫びが、半壊したクレープ屋の残骸に虚しく響き渡った。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
静寂が戻った路地裏で、私は肩で息をしていた。
目の前には、文字通り「消滅」した四天王の残骸(と、炭化した高級ハム)が転がっている。
街の人々は、あまりの衝撃に腰を抜かして固まっていた。
無理もない。空を覆っていた魔王軍の軍勢が、一瞬で「神のデバッグ」によって背景画像ごと消し飛ばされたのだから。
「ア、アルブス様……。なんという神々しいお姿。敵の口内に超高温のハムをテレポートさせ、内部から焼き尽くすとは……。これぞ『グリス教』真意の奥義、『ハム・メテオ』……!」
「……違うわよ。ただの事故よ。あとそれ私の光に巻き込まれただけだから。あんたのハム、今プラズマ化してたわよ」
私は力なく、地面に落ちた「元クレープ」を見つめた。
砂利と、焦げた生地と、熱で変質したバナナ。
……これを食べる勇気は、創造神の私にもない。
[ 通知:世界守護への貢献により、信仰度が上昇しました ]
[ 称号:『爆肉の女神』が『焦土の甘味神』に更新されました ]
「……やかましいわ。甘味要素どこにあるのよ。焦土しかないじゃない」
私はプルプルと震える指で、管理パネルを操作した。
もはや天界に戻る気力もない。このままではストレスで世界を初期化してしまいそうだ。
「……ねえ、カルニ」
「はっ! 何なりと、我が主!」
「あんた、さっき『救援に参りました』って言ったわね? だったら、責任とりなさい」
「責任……? まさか、アルブス様と私の共同作業(ハム作り)を……!?」
「違うわよ、この筋肉ダルマ!!」
私は、消し炭になったクレープ屋の残骸を指差した。
「今すぐ、この街で一番美味しいチョコバナナクレープを作れる奴を連れてきなさい。……一分以内よ。もし遅れたら、あんたの全身の筋肉を『ささみ』に書き換えるから」
「ひっ!? し、承知いたしましたぁぁぁ!!」
カルニが、マッハを超える速度で(股間のハム装飾を揺らしながら)街の彼方へ消えていく。
私は、壊れた屋台の椅子にどっかりと座り込んだ。
空には、私の怒りの余韻で、まだ真っ赤なオーロラが揺れている。
「……はぁ。なーにが創造神よ。クレープ一つ、まともに食べられないなんて……」
すると、私の脳内に、聞き慣れた、そして今一番聞きたくない声が響いた。
『あー! 神様ズルいですぅ! 自分だけ下界でチョコバナナなんて! マヨネーズ工場のラインが爆発して暇になったので、私も混ぜてくださいよぉ〜☆』
「…………。」
私は無言で、ゴミ箱(隔離サーバー)のパスワードを「1234」から「53万文字のランダム英数字」に書き換えた。
「……今日はもう、誰も信じない。……クレープが来るまで、一歩も動かないんだから……」
だが、アルブス様はまだ知らなかった。
カルニが血眼になって連れてきた「伝説のクレープ職人」が、実は魔王軍の残党(調理担当)であることを。




