第三話 甘いパフェ。やっとの平穏が、食べ終わった瞬間にハムの匂いで上書きされたんだけど…
「やっと休憩できる…。」
私は、屋内の静かな喫茶店に来ていた。もちろん、神の気配は消して。
目の前には、白桃と最高級生クリームがそびえ立つ『期間限定・極上パフェ』。
「いただきまーす…!」
「……はふぅ、これよ。これなのよ……」
一口、白桃を口に運んだ瞬間、脳内のニューロンが「至福」のシグナルを一斉に発信した。
完熟した桃の果汁がじゅわりと広がり、甘さ控えめでコクのある生クリームがそれを優しく包み込む。数万年という孤独な創造作業、鳴り止まない通知、そしてあの「無能」と「変態」による精神的汚染が、一気にデトックスされていくのを感じる。
「ああ……生きてる。私、今、ちゃんと神様やってるわ……。このパフェのレシピを考案したパティシエには、来世で宝くじに三回当選するバフをかけてあげてもいい……。いや、聖人として列聖してあげてもいいレベルだわ……」
私は完全に、神としての威厳(もともと乏しかったが)を放棄していた。
銀髪の美少女が、頬を緩ませて幸せそうにパフェを頬張る。
客観的に見れば、ただの可憐な少女の休息風景。だが、その内実、彼女は宇宙の全知全能をかけて、グラスの底にあるコーンフレークとカスタードの比率を鑑定していた。
「……最後の一口。これ、終わっちゃうのね。でも、この満足感があれば、あと百年は『ハム』という単語を聞いても正気を保てる気がする……」
私は、愛おしそうに最後の一片をスプーンですくい、ゆっくりと口に運んだ。
喉を通る、冷たくて甘い至福。
脳内のストレスメーターが、奇跡的に「0」を指した、そのコンマ一秒後のことだった。
**――ドォォォォォォォォォォン!!**
「っ!!?」
店の窓ガラスが激しくガタつき、テーブルの上の空になったグラスが躍った。
同時に、私の鼻腔を、あの忌まわしき「脂の粒子」を含んだ風が、容赦なく蹂躙した。
「……うそ。……うそでしょ。今の、このタイミングで?」
店のドアが勢いよく蹴破られた。
飛び込んできたのは、脂汗をダラダラと流しながら顔をテカらせた男――カルニ。
そして、その横で、なぜか「マヨネーズ」と書かれた巨大な円筒状の兵器を抱えた金髪の天使。
「神様ぁぁぁ!! 見てください! 『タクティカル・ハム』の推進力を三倍にする、イネプツ式マヨネーズ・アフターバーナーの実験に成功しましたぁぁ!!」
「アルブス様! 見てください! 街の広場が今、香ばしい燻製の香りで一つに結ばれました! これぞグリス教の聖域!!」
私は、ゆっくりと立ち上がった。
足元から、どす黒い漆黒のオーラが立ち上り、喫茶店の室温がマイナス40度まで急降下する。
手元に残った、パフェの微かな桃の香りが、カルニたちが持ち込んだ「濃厚な豚の脂」の臭いに完全に上書きされて消えていく。
「……ねえ、イネプツ。カルニ」
私の声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。
震える手で、私は空中に管理パネルを呼び出す。
そこには『環境設定:全感覚上書きモード』の文字。
「……私のパフェの余韻。……私の、数少ない心の平穏。……あんたたち、それを今、マヨネーズとハムの脂で汚したわね?」
「えっ? 神様、目が血走ってますよ? 喜びすぎて充血しちゃったんですかぁ?」
無邪気に笑うイネプツに向かって、私は管理パネルの**『重力1000倍:局所適用』**ボタンを、力いっぱい親指で叩きつけた。
「死ねええええええええええ!! あんたたち、今すぐそのマヨネーズと一緒に地核まで沈みなさぁぁぁぁぁい!!!」
街の広場に、再びハムの爆発音を上回る、神の絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああああ!? 重い! 重いです神様ぁぁぁ!!」
「これが……これこそがアルブス様の愛の重み(物理)……! ぐふっ、幸せ……!」
地核まで沈めと言わんばかりの超重力に押し潰され、イネプツとカルニは喫茶店の床(と、その下の地面)にズボォッ! とめり込んでいく。
だが、そんな地獄絵図の中でもイネプツの抱えた「マヨネーズ・バーナー」だけは無駄に頑丈で、シュゴーッ! と景気よくマヨネーズを噴き上げ続けていた。
「……あー、もう。最悪」
私は、ドロドロになった店内と、めり込んだ二人を冷ややかな目で見下ろした。
口の中に残っていたはずの白桃の甘みは、すでにどこにもない。
ただ、脂っこいマヨネーズの臭いだけが、空虚に漂っている。
私は管理パネルを呼び出し、無感情にフリックした。
[ 空間洗浄:実行 ]
[ 記憶操作(小):実行 ※対象:喫茶店の店主 ]
一瞬で脂の臭いが消え、店内の惨状がリセットされる。
ただ、床に深々と空いた「人型の穴」と、そこから這い出そうとしている二人のバカを除いて。
「……イネプツ。あんた、しばらくの間、天界の『マヨネーズ製造ライン』の永久労働に放り込んであげるわ。カルニ、あんたは……もういいわ。勝手にハムと心中しなさい」
「えぇ〜!? 永久労働はブラックすぎますぅ〜!」
「光栄です! アルブス様!!」
私は二人の言葉を無視して、指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、私の姿は天界の自室へと強制転移していた。
神殿のベッドに倒れ込み、私は天井を見上げる。
静かだ。
本来なら、これが私が求めていた「平穏」のはずだった。
だが、鼻先にはまだ、かすかにハムの匂いが染み付いている気がする。
そして、UIには新たな通知が。
[ 警告:グリス教の聖地で『爆発するマヨネーズ』が新特産品として登録されました ]
[ 信仰度:『火薬』から『化学兵器』に進化中 ]
「……はぁ。もう、どーにでもなればいいわ」
私は枕を頭に押し付け、深い、深いため息をついた。
……明日こそ、誰にも邪魔されずにチョコバナナクレープを食べてやる。




