第二話 聖遺物(ハム)を磨くな。それはただの燻製肉だ。
「……ねえ、何してるの?」
下界に降り立った私は、あまりの光景に絶句した。
そこには、全身フルプレートアーマー(でも、なぜか股間だけハムの形をした装飾がついている)の男が、巨大なハムを掲げて朝日を浴びていた。
「おお! 聖なる輝き! アルブス様が私に授けてくださった、この『肉塊剣グリス・カリバー』!! 見てください、この滴る脂(聖水)を!!」
「グリス・カリバーって何よ!! そもそもあんた誰よ!!」
「私? 私は勇者、『カルニ(肉)』です! アルブス様、この聖なるハムを研ぐための『砥石』として、あの無能な天使イネプツさんをこちらに派遣していただけませんか?」
「させるわけないでしょ!! あの無能を砥石にしたら、あんたのハムがマヨネーズまみれになるわよ!!」
どんなツッコミしてんだ私。
唐突に冷静になるが、この場のカオスは収まらない。
勇者カルニ(この名前も大分おかしいが)は、ついに『グリス教』を作ろうとし始めた。嫌な予感しかしない。
「グリス教……? 嫌よ、そんな脂ぎった宗教! 総本山とか換気扇の掃除が大変そうじゃないの!!」
私の叫びも虚しく、カルニはキラキラした(そしてどこか脂っぽい)瞳で、周囲にいた村人たちを巻き込み始めた。
「皆の衆! 見よ、このハムから溢れる脂を! これこそアルブス様の慈愛の結晶だ! さあ、この脂を顔に塗り、テカテカになることで救いを得るのだ!!」
「「「おおお! グリス・アァァァァメン!!」」」
「塗るな! 救われないわよ、ニキビが増えるだけよ!!」
村人たちが一斉にハムに群がり、顔をテカらせながら祈り始める。
もはや地獄絵図である。私が200万体の猪をハムに変えたのは、食糧難を救うためであって、スキンケア(物理)のためではない。
[ 警告:信仰の形が著しく歪曲しています ]
[ エラー:創造神への祈りが『脂の質』に関する要望に書き換わりました ]
「……は? UIまでバグり始めたんだけど。何よ、脂の質って。エクストラバージンなハムにしろってこと!? ふざけんじゃないわよ!!」
私は思わず、空中に浮かぶ管理パネルを乱暴に叩いた。
「いいわ、そこまで言うなら、そのハムの『真の姿』を見せてあげるわよ! カルニ、あんたそのハムで魔王を倒すつもりなんでしょ? だったら今すぐ、そこらへんにいるスライムでも殴ってみなさいよ!!」
「承知いたしました! 我が聖肉剣、その威力、神の御前でお見せしましょう!」
カルニは勢いよくハム……もとい『グリス・カリバー』を振りかざし、近くのスライムに突撃した。
「喰らえ! 【熟成・ソルト・スラッシュ】!!」
ベチャッ!!
鈍い音と共に、ハムがスライムに命中する。
だが、スライムは倒れるどころか、ハムの表面についていた粗塩を吸収して、心なしか「美味しそうな塩味」に変化して増殖しただけだった。
「……ねえ。今、回復させたわよね? 敵にミネラル補給しただけよね?」
「……。……おかしい、アルブス様。きっとこのハム、まだ『寝かせ』が足りないようです!」
「寝かせるのはあんたの脳みそだけにしろ!!」
続けざまに勇者を怒鳴りつける。
「もういいわ! 見てなさい、ハムの『正しい使い方』を教えてあげるから!!」
私はカルニの手からベトベトの『グリス・カリバー』をひったくった。
一瞬、指先に触れた脂の感触に「ヒッ」と声が出そうになったが、今はそれどころじゃない。
私は管理パネルを高速で操作し、そのハムの「物理演算設定」を一時的に書き換える。
「いい? ハムっていうのはね……こうやって使うのよ!!」
私がハムを地面に叩きつけた瞬間、ドォォォォォォォン!!と、核爆発クラスの衝撃波が平原を駆け抜けた。
スライムも、カルニも、そして村人たちも、衝撃で全員ひっくり返る。
「……これよ。質量(重さ)を100万倍にして叩きつける。これが私の『聖遺物』の真の威力よ。分かった!? 分かったらさっさと調理して食べなさい!!」
静まり返る平原。
勝った。ようやく神としての威厳を見せつけた……と思ったその時。
「お、おおおおお……!!」
カルニが、涙を流しながら立ち上がった。その目は、先ほどよりもさらに狂信的な光を宿している。
「素晴らしい……! 叩きつければ爆発するハム……! これこそ、アルブス様が我ら人類に授けてくださった究極の兵器『タクティカル・ハム(戦術燻製肉)』……!!」
「ちがーーーう!! 兵器にするな!! 食べろと言ってるでしょ!!」
[ 通知:新しい称号『爆肉の女神』が授与されました ]
[ 信仰度:『脂』から『火薬』にシフトしました ]
「称号までおかしくなってるじゃないのよ!! 誰が爆肉よ! セクハラで訴えるわよ、この世界!!」
私は、ゴミ箱の中で「神様〜、私にもハム爆弾くださ〜い☆」とはしゃぐイネプツの通知を無言でデリートした。
翌日、この一連の騒動は「グリス教誕生記」として語り継がれることになったのである…。




