◆096 ベティーとガストン
「はぁはぁ……ふぅ。さぁ、お次は何をしましょうか? ガストン様?」
ベティーは足下に倒れるダイアミノタウロスを背に、ガストンに言った。
その亡骸を見て、ガストンの隣で固唾を飲むフユ。
(あり得ない……金剛の硬さと言われるあのダイアミノタウロスを、多少手こずったとは言え戦士であるベティーさんが? 私がガストン様に反対を進言した時、ガストン様は笑っていた。それはつまりこういう結果になるとわかっていて……という事っ?)
拳に力が入るフユの姿を横目に、ガストンの口尻が少しあがる。
厳格な顔つきは変わらないが、その顔は弟子の成長を喜んでいるようにも見える。剣を納めるベティーに視線を戻すと、その勇ましさに、髭で覆われた自身の顎を撫でる。
「ふん、やはり信念がある者は強いな」
微かな声にフユが反応するも、全てを聞き取る事は出来なかった。
「……さがれ」
フユに命じたガストンの言葉。
それはフユが立っている場所がこれから危険になるという知らせ。即座にその意味を知ったフユは慣れたように後方へ走り、ガストンにいつも言いつけられている距離までさがった。
するとガストンが言った。
「フユ……もう二歩だ」
「は、はいっ!」
フユはガストンのよく通る声に、更なる危険の知らせに驚き、言われるままにさがった。
昇格審査の内容を伝えられていないベティーだったが、ガストンの闘気とフユに対するこの指示が全てを知らせた。
六法士であるガストンとの試合。その意味を知ったベティーの行動は早かった。
瞬時に剛力・剛体・疾風・軽身の特殊技能を上書きし、戦闘に備える。
更にこの時、ベティーは自分が立つ位置とガストンの位置を確認していた。そしてその距離が戦士である自分に分のある距離だと判断し、再びガストンを見据える。
「よろしいのですか? この距離だと――」
「構わん」
全てを言い終える前にガストンの声が遮った。
戦闘を始める前段階として、相手のタイプによって距離で優劣が決まる。
一流の戦士であるベティーは、経験と感覚で自身の有利な距離を知っている。これは、ある程度対人戦闘をこなした者であれば誰でも培っているものである。
六法士の一人であるガストンがそれを持っていないという事は決してない。そう思ったベティーの判断だったが、ガストンはそれを受け入れた。
つまり、
(私とガストン様の実力には、それ程の開きがあると……ガストン様が判断した……っ!)
舐められた。
そう思い、悔しさから歯を食いしばったベティーは、その距離を一気に詰めるようにして地を蹴ったのだ。
戦士に懐へ入られた魔法士は脆い。誰もが知っている不文律。
更にベティーから始めた戦闘開始のダッシュ。ガストンにとっては奇襲と言ってもいいだろう。
だが、ガストンに動きは見られなかった。反撃するそぶり、宙図をするそぶり、杖をかかげスウィフトマジックを発動するそぶりも…………。
これを訝しんだベティーだったが、この絶好の機会を逃す手はなかった。
(あなたが決めた事です。多少のお怪我はお許しをっ)
駆ける足から見せる最速の抜剣に、フユが小さな悲鳴をあげる。
瞬間、耳を突く鈍重な音が辺りに響く。音より速くその瞬間を目にしたベティーの頬に冷たい汗が一つ流れる。
ベティーの体重が乗ったこれ以上ない最強の一撃。
それを受けるガストンの杖は微動だにする事はなかった。
「……っ!?」
「甘いな、小娘」
強がりではない。力を込めているから、攻撃の重さを我慢しているから出る声ではない。
自分より身長の低い老人は、震えぬ声でこう言った。
「この距離はな小娘……」
(さ、誘われたっ!?)
「儂の一番得意な距離だっ。バーストッ」
見下すようにニヤリと笑ったガストンは、魔法名を読み上げる。それはスウィフトマジックだという証拠。
ベティーの勢いを受け止めていた杖は、それ以上の威力でベティーに返っていく。
「きゃっ!」
吹き飛ぶベティーは、転がりながら態勢を整えていくが、回りながら目と肌が捉えた相手の接近に驚愕した。
「黄色い声で叫ぶようでは戦士とは言えぬな」
「くっ!」
振り払われる杖にベティーは回転しながらも剣を合わせた。と同時に再び加速し、後退していく。
ガストンの重く鋭く、そして身を燃やされるような熱い攻撃に、ベティーの記憶は過去アイリーンが言った言葉を思い出させた。
【あの爺が何故焔の大魔法士って呼ばれるか知ってるかしら? 別に火魔法が得意だからではないわ。戦った人間が口々にして言うからよ。『打撃・魔法に限らず攻撃そのものが熱い』ってね】
【はぁ……】
微かに過った記憶の言に得心したようにほほ笑みを見せる。
そしてベティーは、未だ残る攻撃の余波の渦中、身体中の筋力を振り絞って、大地を蹴った。
後方に吹き飛ぶ中、跳躍を見せたベティーの身体に、ガストンは追う足を止め、その着地点を目で定めた。
杖を掲げ、中に眠る攻撃魔法を読み上げる口を開こうとした瞬間、ベティーは自分の中で最も自信のある匕首での攻撃を放った。
「ぬぅ!」
杖で匕首を弾き、再びその構えをとる。
「ほぉ、確かにこれはダイアミノタウロスでは使えぬ技か」
ベティーの身体を見上げるガストンには、匕首の第二陣……それもガストンの身体を覆い尽くす程の乱れ打ちが迫っていた。
半円を描くように迫る匕首の嵐に、フユは息を飲むが、ガストンの表情を崩す事は叶わなかった。
杖とは逆の左手を前に出し、接近する匕首に向かい何かを放った。
ベティーは、着地し、匕首を捌くガストンの隙をうかがおうとしたが、この当てが外れる。
ガストンの左手から何が出た訳でもないが、ガストンに向かっていたはずの匕首群は勢いを失い、ガストンに届く前に地に落ちていった。
顔に驚きを隠せないベティー。
「……魔力をな。薄く張って押し出したまでよ」
「魔力を……」
見た事もない戦いに、ベティーは背中に嫌な汗をかく。
隙を突き迫るプランがなくなり、頼みの匕首も使いきってしまった。剣一つで制する事が出来る程、六法士ガストンは甘くない。
攻めきれずにいるベティーを前に、ガストンが杖を掲げる。先ほどやめた攻撃魔法の発動、そう思いベティーは少し後方へ跳ぶ。
攻撃魔法は、離れていればどんな大魔法でもかわせない事はない。ベティーはそれを知っていた。
だからこそ、
「やはり甘いな」
「なっ!?」
「テンションアップ! スピードアップ!」
「くっ!」
気付いた時にはもう遅かった。
距離をとった故、距離を詰めるにも時間がかかる。狡猾なガストンのとった行動は、自身の能力向上魔法だった。
駆け寄るベティーを前に、最後の能力向上魔法「パワーアップ」を発動し終えると、ガストンはベティーから距離をとった。
当然、先程より速い。速度さえもベティーと変わらぬ程に強化されたガストンは、さがりながら攻撃魔法を発動する。
「アースコントロール!」
「嘘っ!?」
焔の大魔法士と呼ばれるガストンが放った魔法は土属性のアースコントロール。
それもスウィフトマジックで。これにはベティー、そしてフユでさえも驚いた。貴重なスウィフトマジックの一枠を、この魔法で埋めるとは予想が出来なかった。
(だからこそ……やる価値があるのだ)
ベティーの正面には隆起した土の壁があり、それは跳躍で跳び越える事が出来ない高さだった。
自分とガストンの前に出来た壁に、ベティーはそれを回り込もうと左に動いた。
しかし、ガストンの魔法はそれだけでは終わらなかったのだ。
「――こ、これはっ!?」
いつも『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』をお読み頂き、ありがとうございます。
投稿時間が定まらなくて申し訳ありません。
余裕が出来ましたら時間を統一したいと思いますので、宜しくお願いします。




