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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第四章 ~ランクS編~

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◆097 銀虎ベティー

 足下からは無数の土壁が現れ、ベティーを包むように閉じ込め始めた。


(アースコントロール単体で、これ程魔法が持続するものなのっ!?)


 勿論、ベティーが疑問に思った通り、単純なアースコントロールのみではこれ程魔法を持続する事は出来ない。アズリーと同じく、ガストンはアースコントロールの魔法公式内に、《効果延長》の魔術を多重に組み込んでいた。だからこそ、これだけの土や岩をコントロール出来たのだ。

 次々と現れる壁を前に、脱出口とも言える出口が一つ、また一つと無くなっていった。

 ベティーがとる針路が優先されるように塞がれ、近くの出口も流れるように閉じられていく。

 いたずらに体力の消耗を強いられ、残す二ヶ所の出口の一つを閉じられた時、ベティーの足は止まってしまったのだ。

 何故なら、最後の出口には、厳然と佇む焔の大魔法士がいるからである。

 その出口が塞がる事はない。息を切らし、体力を失いながらもわかるのだ。


(あの出口こそ、罠……)


 ロングレンジでの魔法士への接近は危険。それも接近経路が正面のみ。相手は六法士最強とも謳われる焔の大魔法士ガストン。

 この時点で勝負は決していたのだ。これ以上はベティーの命そのものが失われるだろう。

 だからこそベティーは動けなかったのだ。


「ふん、流石にわかるか。小娘」

(高さは……無理ね。壁から跳ぼうにも高すぎる)

「おとなしく降参してはどうだ? これ以上続けると怪我では済まんぞ?」


 ガストンの口から放たれた降伏勧告。だが、ベティーの目は諦めを放っていなかった。

 ガストンから視線を放さず、且つ生き残ろうとする死中の目に、ガストンの口が緩む。


「ふー……ふー……くっ!」

(ブレイザー、ブルーツ……そしてこの小娘(ベティー)もか。どいつも生意気な六勇士のガキ共より気合いと気迫に満ち溢れておるわ。それだけ十二士も地に落ちたという事か。ふん、この目、まるで獰猛な虎のような目ではないか。ふふふふ、アズリー(小僧)の周りには面白い人間が集まるものだ)

「……? 何かおかしな事でも?」

「いや、なんでもない」


 口を塞ぎ自然と零れていた笑みを隠す。

 この時フユが、微かにベティーが見える位置まで移動を終えていた。そしてガストンの背に懸命に叫んだのだ。


「ガストン様おやめください! これ以上は最早審査と呼べるものではありません!」

「……だそうだが?」


「それでもまだ続けるのか?」と、とれる言葉に、ベティーは口を拭ってから笑って返した。

 同時に、ガストンが今度は隠すそぶりもなく口の片端を上げたのだ。


「願ってもない……」


 小さな一言の後、宙図(ちゅうず)が始まり、フユが手で顔を覆う。

 ベティーは魔法の発動を待ち、そのタイミングを計っている。

 宙図(ちゅうず)が終わる一瞬。それを機にベティーは動こうとしている。勿論、ガストンは気付いていた。気付いて尚、それに乗ったのだ。

 この状況下、ベティーが出来る事、ガストンが出来る事、それらを加味した上で、ベティーが生き残る道はただ一つ。

 それはダイアミノタウロスの亡骸にあった。

 ガストンはベティーを追い込みながらも、土壁群の中にダイアミノタウロスの亡骸をも同時に囲ったのだ。

 知っているのだ。ベティーが助かる唯一の道を。そして、それこそが昇格審査の肝だという事に。

 ベティーとフユは気付いていないが、ガストンはこの状況を打破出来ると踏んで、土の囲いを作り上げた。

 魔法の発動と同時に、ダイアミノタウロスの亡骸の下に逃げ込み魔法を回避すれば、次の魔法までの間、ガストンは隙を生む。その時こそ、攻撃は出来ないものの脱出する事は出来るだろう。ガストンが放つ大魔法で土の壁が崩壊するのだから。


(解いてみせよ、小娘!)

(三、二、一……今っ!)

「ヘブン・ヴァーミリオン!」


 朱色の炎が土壁の中を踊り、行き場をなくし、宙へと舞い上がる。

 フユの顔は熱を感じ、その大火に自然と足を後退させる。

 焦げて脆くなった土壁たちは、風とともに綻び、欠け、そして砕けていった。

 だが、熱気と熱波が包む中、(だいだい)に染まっていたガストンの瞳が捉えたのは、解答ではなくベティーの真価だった。


「ぬぅっ!?」


 確かにベティーはダイアミノタウロスの亡骸を利用した。しかし、それは回避ではなく反撃に使われたのだ。

 背後から己の喉元に当てられる鋭利で熱い感覚。背後から漂う焦げた衣服と鉄の臭い。背後から聞こえる静かで荒い呼吸音。顔は項垂れ、多大なダメージを受けている事は明白。

 しかし、ベティーはガストンの背後に回る事に成功していた。


「ヒュー……ヒュー…………いかがでしょうか、ガストン様……?」


 顔に火傷を負い、肺は焼けながらも辿り着いた一発逆転の道。

 喉をやられ、およそ女の声ではなかったベティーの声は、ガストンの脳に響き渡った。


「……よもやあの状況から反撃とはな……まさかこんな策にでるとは思わなんだ」


 ガストンの目は正面の空間を見て全てを察した。

 壁際にダイアミノタウロスの亡骸が移動し、一ヶ所だけ空間外に飛び出た焦げ跡が残っていたのを捉えたのだ。

 大魔法ヘブン・ヴァーミリオンは、土壁全域を覆い尽くした。亡骸の下で回避していればダメージを受ける事はない。だが、ベティーは亡骸を盾として土壁を背にして魔法攻撃を耐えたのだ。

 そして、大魔法によって脆くなった近くの土壁にセブンスランジを放ち、土壁を脱出。

 熱を帯びた土壁の外周を回り、ガストンの隙をうかがい、そして奇襲。


(こやつ、どれ程の胆力よ……。大魔法を一瞬なりとも受けきるとは。まさか火属性魔法の弱みを突いてくるとは……)


 火属性の大魔法は広範囲で広がり、敵を殲滅するには非常に有用であるとされているが、その分殺傷性が低い。無論、まともに受けて生きている人間は皆無だ。倒すためには焼かれ続ける事が前提とされた範囲攻撃。ベティーはそれを逆手にとった。


「……儂がこの状況下で火属性の魔法を使用しなければ、お主の命はなかったぞ?」

「ご冗談を……あの状況で火魔法以外考えられません」

(ふふふふ、策を弄するあまり行動の制限が加わってしまったか……)


 この時フユが、ようやく状況を視認した。

 一瞬の逆転劇を見逃し、状況を飲み込めない様子で目を丸くしている。

 辺りに広がる焦げ付いた臭いの中でガストンの喉元を捉えるのは、かつて世話になったベティーの剣先。

 その剣先の熱が冷える頃、小さな鼻息がベティーの手をくすぐった。


「ふん、及第点というところだな」

「……何ですって?」


 傲慢とも言えるガストンの言い分に、ベティーの片眉が上がる。

 これ程追い込んでも及第点。ならばガストンに満足たらしめる行動とはどういうものなのか? ベティーの頭に過ったそれは、より剣先を喉に食い込ませるだけの後押しをさせた。

 だが、その行動は不可思議な力によって制限された。


(……っ!? う、動かないっ!?)


 万力によって身体の自由を奪われたような感覚がベティーを支配し、そしてそれは遠目で見るフユの目によって暴かれた。


「こ……これは六角結界!」


 ガストンの足下に発生している魔術陣。

 その小さな範囲内にガストンとベティーを縛り付けているのだ。


「嘘……これすらも読まれていたの……!?」

「読んではいない。……が、備えとはしておくものぞ、小娘?」


 青光が(ほとばし)り、地に向かって刺される杭に注がれる。


「しかし……これではガストン様も動けないのでは?」

「ふふふふふ、術者が己の魔術の(ことわり)を知らぬとでも?」

「くっ……!」


 ゆっくりとベティーの剣先をつまんで()け、結界の中から悠々と歩きだす。

 決定打とも言えるガストンの六角結界からの脱出。

 固まるベティーの正面に突き出される大魔法士の杖先。


「これで……勝負ありだな」

「………………参りました」


 完全決着とも言えるガストンの勝利で幕を閉じたこの一戦。

 ベティー、ガストンともに大きな収穫だったと言えるだろう。


「フユ、ベティー(、、、、)に回復魔法だ」

「はい!」


 駆け寄るフユと、六角結界の解除に入るガストン。

 負けながらもガストンの心にその名を刻んだベティーの顔は、清々しく満足に足る笑顔だった。

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