093 国の情勢
「傀儡王……ですか? 初耳ですね。アイリーンさんにもガストンさんにも聞いた事がありませんでした。ではあの灰色というのが?」
「ほぉ、一年生の時点での退学だと思っていましたが、やはりアイリーンさんから聞いていましたか」
そういやアイリーンが言ってたな。魔法大学の二年生だか三年生でそういった事を聞くって。
一年で退学している俺にはそこから説明しようと思っていたのだろうか。
そしてついにジェニファーは俺の背筋を触り始めた。
「戦魔帝ヴァースは、灰色の言いように操られています。他にも理由はありますが、灰色の大きな力を誰も止められないのが現状です。今、この国の体制は大変整っているように見えます。民に左程不満はなく、役人も、些細な事に目を瞑れば、生活において大した障害にもならないでしょう。十二士は民の信が置ける象徴。政は黒のイシュタルと白のロイドが行っています。その配下たちが治める機関も十分に機能していると言えるでしょう」
「では何故? 酷い言い方かもしれませんが、統治者が灰色なだけで国としては及第点なのでは?」
俺の問いに、ウォレンは眼鏡をクイと上げた。
「アズリー君、アナタも気付いているのでは? 国が秘匿としている事を今公開せねば、国は亡ぶ。『今さえよければそれで良い』という体制こそが、先の不安をより強大なものにしようとしているのです。今もなお……」
もしかすると、灰色こそが魔王の尖兵?
だが、この言い方…………何かを隠しつつ俺を説得しようとしている?
もしかしてウォレンは魔王復活の事に気付いているのか? 神の使いがウォレンのところにも現れた?
しかし、そうなるとウォレンは二年前からその事を知っていた事になる。
何か……別の手段で知り得た? 一体どうやって? いや、俺の勘違いという事も……。
あぁあああああああ………………わからん。
アホ毛が出るほど頭を掻く俺に、ウォレンが再び口を開く。
「全てを語る事は出来ませんが、アズリー君。今アナタがしなければならない事は明白です」
「と……言うと?」
「一度……一度アナタの始まりの地へ向かってください。そこに答えがあります」
俺の……始まりの場所?
いや、そもそもランクSの昇格審査はどうするんだ? ウォレンのあの言い方だと何とかしてくれそうだったんだが、完全に諦めろって事か?
それならそれで何か別の策を考えないといけないんだが……。
本日何度目かの捻った頭を前に、ウォレンが一枚の紙を渡してきた。白く発光していて持った瞬間ただの紙でない事がわかった。
「何すかこれ?」
「私が作ったアーティファクトです。それにあなたの魔法を使って今回の依頼書を模写してください。そうすれば依頼が自動的に完了します。それだけにしか使えないのですが、冒険者ギルドの依頼システムを逆手にとった特殊な紙です」
「そらまた都合がよろしいですね……」
「そんな事はありません。我々への討伐が出る事は予め予測出来た事。敵以外の者が来た時、両者に害がないように対応するのも私の仕事の内です。まぁ、単純な相手であれば金でどうかする事も可能ですが、今回は相手が悪いですからね。十二士会が動いてここを潰しに来るのであれば、早々にここを引き払わなければなりませんからね。アズリー君が去って程なくすれば、私たちもここを発つ予定です」
「何故少人数でこんなところに? もっと潜める場所があったのでは?」
この俺の質問に、ウォレンは「全ては始まりの地で」とだけ答えた。
一体そこに何があるのだろう? と思いながら、目に指を入れようとしてきたジェニファーの手を止めた。
「ぬ、やっぱそこはダメか」
「ウォレンさん、この人何なんですか? 割と真面目に」
ジェニファーの手を掴みながら言う。ウォレンはどうやらコックにシチューのレシピを発注しているようだ。
覚えてたのか。なんて律儀な。
あれ、この人の拳…………やけに硬いな? ゴツゴツしてて、まるで骨のような……? 骨……拳…………ジェニファー……あっ!
「もしかしてアナタ、骨拳のジェニファーっ?」
「何だ、気付かなかったのか?」
大物じゃないか。元六勇士の骨拳のジェニファーと言えば、知らない者はいない。
反旗を翻したって聞いたけど、そうか、ならば解放軍に入るのは至極自然。
だが……でも、そうなると…………あれ?
「お二人共、よく白黒の連鎖の契約を破棄出来ましたね?」
当然の疑問を投げかける。
白黒の連鎖はそもそもそういった意味で作られている事もある。
決して組織を裏切れない見えない楔。だから俺とリナはその契約を逃れた。
「アズリー君、私はこれでも学生自治会長だったのですよ? 一度は十二士会に届けられるあの契約書。最終的な保管場所は魔法大学です。その戸を外部から開く事は叶いませんが、保管しに行くのは学生自治会長です。ならば私やジェニファーさんの契約書を探し出し破棄する事は可能です」
「そういうこった! 大学ではうちの弟が世話になったみてぇだな。礼を言うぜガキんちょ」
「あ、えぇ。どうも」
姉弟なのかこの二人…………確かにどちらも双黒。それにしても対象的な二人だな。
ジェニファーは机の上に腰を下ろしてポチの頭を撫で始めた。足で。
おい、いいのかポチ。いつも俺がそれやるとお前怒るだろうに。あ、他の人は許すんだ。
「今でこそ公になっていますが、私の在学時は誰にも話していませんでしたからね。知らないのも無理はないでしょう。さ、アズリー君。今の内に模写をしておくといいですよ」
そう促され、俺はレターエディットの魔法を使い、依頼票を白紙に模写した。
すると、模写された依頼票が更に光り、左に置いていた本物の依頼票と同一の物となった。
凄いなこのアーティファクト。既に完了されている依頼票になった。だが……――
「心配そうですね?」
「当然ですよ。これ、偽物だってバレたら危ないですよね?」
「問題ありません。騙すのは冒険者ギルドであって十二士会ではありませんから。冒険者ギルドはあれでいて独立した組織です。国の十二士如きがそれを詮索し、精査する事は叶いません。仮にイシュタルやロイドにそれが届いても小事として扱われ、動かれる事はありません。アズリー君はただ、冒険者ギルドに報告すれば良いだけですよ」
よく回る舌だこと。しかし、ウォレンがそこまで自信をもって言うって事はそういう事なんだろう。
こいつは嘘は吐かないからな。隠し事はするけど。
俺は書き終わった依頼票、シチューのレシピを持ち、立ち上がった。
時間も間も無く一時間が経過しようとしている。帰るにはちょうどいい頃合いだった。
舐めすぎて光り輝いているシチューの空皿に関心を示すジェニファーをよそに、俺は眠そうなポチの首根っこを掴んでウォレンに別れを告げた。
「最後に一つ」
「……何ですか?」
「私は今でこそこうしていますが、元々は貴族の出身です。長く続いた家でしたが、十数年前に没落してしまいましてね」
「はぁ……?」
「フルブライド家。この名を是非覚えておいてください」
フルブライド家…………何が言いたかったのかはわからないが覚えておくか。
終始首を傾げる一時間だったが、久しぶりにウォレンの顔が見れて懐かしい気持ちになれた。
「見送ってやるよ」と言ったジェニファーと共に外に出た俺たちは、回復した見張りの六人に謝罪をし、解放軍のアジトを発った。
巨大化したポチに乗り、駆けるポチの耳に俺は最大の疑問を投げかけた。
「なぁポチ、俺の始まりの地ってどこだ?」
「そりゃ旅の出発点の事でしょう」
あー……そういう?




