090 国家戦力からの難題
「痛い痛い痛いっ! 痛いってーの!」
「見ませんかっ!?」
「見ないと話が出来ないんだよ! そこのアダルティーなお姉さんと!」
「んまー! やっぱり見ちゃってたんですねっ! 仕方がありません。次の審査は、私がマスターの目を担当します!」
「何カッコいい事言ってんだよ!? つーか、そこのお姉さんが話の続きをしたそうな雰囲気出してるんだから空気読めよ!」
俺は彼女を指差し、ポチに怒りの視線を向けると、ポチは目を肉球で覆いながらその方向を見た。
どうやら雌でありながらもあの格好を直視するのは抵抗があるようだ。
「アハハハ! 何この子たち、面白ーい!」
「キャサリンさん、アズリーの審査担当は俺のはずですよ。それにジェイコブさんまで」
そういえばもう一人後ろから足音が聞こえていた。
そう思って振り返ると、そこには細目で剽軽そうな男が立っていた。
頭にはターバン、ボロではないが使い込まれた軽めの装備。
なるほどな。キャサリンとジェイコブ……どちらも六勇士の人間だ。
国家戦力と呼ばれる人間が、こんな寂れた大聖堂に三人。十二人の内、既に七人が顔見知りって事になるのだろうか?
六勇士の人間とそこまで話す機会がないが、これからそういった事も増えてくるだろうし、慣れておいた方がいいだろう。
「君じゃアズリー君の実力を測る事は出来ない。だから我々がこの場にいるんだよ」
ジェイコブがバルンを見下すように言った。
威圧され口ごもるバルンに、キャサリンが追い打ちをかけた。
「ほんと、何でこんなガキんちょを六勇士にしたんだかねぇ? 人材が不足しているからってロイドもイシュタルも手抜きなんじゃなーい?」
「キャサリンさん、そういった言葉は控えるように。お二人の耳にでも届いたら事だよ」
ジェイコブがキャサリンの言葉を諫めるが、それはバルンへの嫌味の方ではなく、黒と白の代表に向けての言葉だった。
俯くバルンが少し可哀想になってきた。……仕方ない、少し助け船を出すか。
そして少し怖いから保険もかけておくか。これは、たった今バルンに学んだ事だしな。
「それでは……どちらが俺を審査してくれるんです?」
ジェイコブとキャサリンが見合い、キャサリンが顎をくいと上げてジェイコブを指定した。
ジェイコブはやれやれと両肩を上げ、「僕みたいだね」と呟いた。
さて、次はどんな審査なのだろうか?
俯いてたバルンが小さく舌打ちし、リッキーを肩に乗せてキャサリンの隣まで跳ぶと、ムスっとした顔で瓦礫に腰を下ろした。
すると、ジェイコブを何かを思い出したように指を一本上げて言った。
「そうだ、さっき冒険者ギルドに行ったらランクSの仕事が一つあってね。それを僕が受けてきたんだよ」
そう言いながら胸元から依頼書を取り出して、俺の前に差し出した。
「……山賊討伐」
「そっ。それじゃあ六勇士権限でアズリー君にこれを委託するから、早速行って来てね。時間は……五時間もあればいいだろう?」
極限まで口の端を伸ばしてニタリと笑ったジェイコブ。
あ、こいつ俺を合格させるつもりないだろう?
つまりこれは相当厄介な仕事って事だ。依頼の受諾時間は本当に先程、一時間程前だ。
この王都でランクSの仕事はそう珍しくない。だからこそ、そんな依頼が残っている事がおかしい。
ランクSの仕事ってのは、その人員が少ない事から冒険者ギルドの許可さえあれば、五人以上ランクAの人間がパーティを組んで臨む事を許されている。
ランクSの人間がそこまでいないにしても、この王都レガリアであればそのパーティを組むことが出来ないという事はないだろう。
ならばこそ、こんな依頼が昼過ぎまで残っているのはおかしい。つまり誰もやりたがらない仕事、そういう事だ。
「ふふふふ、性格が悪いわねジェイコブ……?」
「前例として、過去にランクSの昇格審査で、冒険者ギルドの仕事を委託した事があるからね。問題はないよ」
むぅ、嫌な目つきになってそうで嫌だが、ここまで俺を追い込む理由は何だ?
いや、そんな事を考えても仕方がない。
すぐにポチに跨り、俺たちは王都の外へと向かった。
その道中、ポチが終始無言だったのが気になった。いや、理由はわかるんだけどな……。
街の外に着くと、ポチはそれを解放し、俺は準備していた人差し指で耳を塞いだ。
塞いだ指を通して聞こえた内容はこうだ。
「むきぃいいいっ! 何ですかあの生意気なお坊ちゃんは! マスターもマスターですよ! ある程度は言い返したって不合格になりませんってば! 何で言い返さなかったんですかっ!? 私はあの時程マスターに呆れた事はありませんよ! それにマスター! さっきあの大聖堂に変な仕掛けを置いたでしょう!? 私はギリギリ気付けましたが、あぁいうのを事前に教えてくれればもっとやりやすくなったとは思いませんか!? 折角、念話連絡って便利な魔術があるのですから! あぁもう腹立たしい!!」
おかしい、概ね俺への不満だった。
それに念話連絡でお前に知らせると、大体がバレるからやらないんだぞ?
ま、言ったら怒るからそこは控えておこう。これも賢者への一歩だな、ふふん。
さて、ランクSのお仕事か、考えてみれば初めての事だな。
だが、賊の退治はこれが初めてってわけじゃない。トゥースにこき使われていた時、嫌って程経験したもんだ。
中には難度がSに届く相手もいた。今回はどこにいる賊なんだろうか?
「んー…………ルナリエルの森ってのはどこだ?」
「知りませんよ!」
ポチの怒りの余韻を相手にしていたらこの身がもたない。という訳で、王都の門に立つ役人に聞いてみると、案外近い場所にそれはあった。
王都レガリアから北西に三キロメートル地点、そこに山賊の住まいであるルナリエルの森があるそうだ。
はて…………森に山賊がいるってのもおかしな話だ。何らかの理由があるのだろうが、今はそんな事を考えていいる余裕はない。
俺は再びポチに跨り、ポチの罵倒を終始「そうだね」と返事を続ける事で逃れた。
その罵倒が落ち着いた頃、俺たちはそのルナリエルの森に着いた。んー、空模様が怪しくなってきたな。
雨ってのは匂いも消えてしまうから厄介なんだ。ポチの鼻が使えなくなるし、ポチ自体嫌がって五月蠅い。ホント五月蠅い。
「さ、早めに片付けちゃいましょう!」
本人もやる気だし、ここはポチをのせておくか。
「それじゃポチ、外周から回り込むようにして敵の数を把握。綻びを見つけたらそこから切り崩していけ。罪状は強盗や殺人とあるが、極力無力化を心掛けろ。最悪の場合は自分の判断でやってよし」
「中々厄介ですねぇ」
「仕事内容を疑う事も仕事、ブルーツの口癖だからな」
相手は人間。モンスターとは違い知や情があるだけに厄介だ。
笑う狐のように襲い掛かられた場合は話が違うが、何の情報もないままに殺すというのはいささか不安が残る。
頭を掻く俺をしり目に、ポチは北から回り込むように走り始めた。
さて、俺も敵の様子を見て回らないとな。体内時計の魔術が知らせるリミットは残り四時間半。この限られた時間の中で不明確な人数の賊を制圧し、冒険者ギルドで仕事の完了を知らせ、更にあの大聖堂に戻らなくてはならない。
…………思った以上に厄介な仕事かもしれないな。
腰を落とし、親指一つ分の進行にも気を遣う。バレれば仕事がやりにくくなる。相手に警戒を与えるのは出来るだけ後だ。敵にこちらの情報を渡すのはギリギリまで回避しなくてはならない。
慎重に、そして隙を見つけた時は大胆に。
ポチも大分離れただろうし、そろそろ念話連絡の魔術を開いておくか。
『ポチ、そっちはどうだ? こっちは特に問題なしだ』
『…………厄介ですねマスター、敵の中に魔法士がいます。それも複数人』
もしかして……賊じゃない?




