091 愚者と馬鹿
不可解に思いながら、俺は再び慎重に歩を進めた。
見えた。遠くに見える篝火の光。まだそれ程暗くないっていうのにどういう事だ?
更に近づくと、その理由がわかった。
あれは…………洞窟?
少し隆起した地の中央に、黒く深い穴が見えた。その周りに立つのは魔法士風の女が一人と、男が二人。戦士風の男が一人と、女が二人。合計六人。実力は……皆、平均ランクC~Bというところか。
しかし洞窟ってのは厄介だ。洞窟は天然の要塞で中に何があるかわからない。中にいるのがモンスターならば対策を練って中に入ったりおびき寄せたり出来るが、相手が人間となるとこうはいかない。
おびき寄せるにも手がかかるし、中に入るのも危険だ。そんな無謀とも言える事、誰がやるって言うんだ。
なるほどね、だから誰も手をつけない依頼だったって事か。
更に相手に魔法士がいるとなると、これはもう厄介以外の何物でもない。
だが、賊に付く魔法士なんて聞いた事がない。
『どうしましょうマスター? ちゃっちゃと入り口の敵を一掃して、洞窟内に極ブレスでも打ち込みますか?』
『何て物騒な事を考えるんだウチの馬鹿は。中に無関係の人がいたらと考えないんだろうか? だから周りの人間も手を出せないっていうのに……』
『ばっ! 「馬鹿ってなんですかぁああああああああああっ!!」
遠くで我が使い魔の叫び声が聞こえた。
いや、心の内を漏らしてしまった俺も悪いんだが、こうなっては仕方ないというかやけくそだ。
六人の注意がポチに向いている間、俺が洞窟に侵入して――――
「私関係ないですー! マスターならあっちにいますよ!!」
台無しだ!
敵の意識が完全に俺へと向いた。その間、あの馬鹿は俺に下手糞なウインクをかまして洞窟に入って行った。
くそ、舌なんか出しやがって! 後で引っ張ってやる。
「テンションアップ!」
「テンションアップ!」
「テンションアップ!」
三人の魔法士が三人の前衛の戦士に強化魔法を施し、その戦士たちは頬を掻く俺に物凄い勢いで迫ってきた。
女戦士は素早いからな。先に倒しておくか。
「ほほい、八角結界! ほほほい! 地走魔送!」
八角結界を敵の後方にいる魔法士に地中から送る。
前方から迫る戦士は、俺の魔法士風の恰好を見て、少々警戒が緩んだが、すぐに自分の油断に気付いたようで、固く口を結んで気迫を込めた。
女戦士二人もそれに続く。既に別の魔法の宙図を始めている後方の魔法士三人の内、女の一人は、俺の八角結界に捕らえらていた。
「「な!?」」
突然の見た事もない魔法に驚いたのか、二人の魔法士の動きが止まる。
迫る三人の距離が俺の射程範囲に入った。今だ!
「シャープウィンド・クロス!」
スウィフトマジックに入れた一つ目の魔法シャープウィンド・クロス。特級と呼ばれる大魔法ではなく、大魔法をスウィフトマジックにする定義を組み込んだ上級魔法。限られた状況の中で、大魔法を放つ時が危険な場合は、この魔法と決めた。
例えば洞窟内であれば、大魔法を使うのは危険だし、こういった木々が生る密集地帯でもそれは然りだ。
シャープウィンド・クロスは後方の女戦士二人に大きな傷を与え、戦闘不能にさせた。この間、俺は一番迫っていた男の戦士に対し鑑定眼鏡を発動させる。
…………――こ、これはっ!?
瞬間、俺は男の戦士への攻撃を殺気から闘気にシフトし、斬りかかる男の足を払って腹部に失神させるだけのダメージを与えた。
残るは男の魔法士二人!
倒れる男戦士の背中を踏み台にすると、俺は一足飛びで木の枝に乗り、二人の魔法士の視界から消える。よし!
魔法の発射のタイミングを逃した二人に、木の上から魔法を放つ。
「ほいのほい、パラサイトエディット・カウント2&リモートコントロール」
敵の完成した魔法陣を侵略宙図し、魔法陣の手前に放つ失敗魔法へと変える。
「スリープマジック!」
魔法士の手元から勝手に放たれる睡眠魔法。
正面に放つはずのそれは、発動と共に自身へと向かい降り掛かる。
がくりと膝を落とし、男魔法士二人は強制的に意識を失った。
木の枝から跳び降り、大きな傷を負った二人の女戦士に駆け寄る。
まずい事をした。やはり彼らは賊ではなかった。
それは男戦士のステータスが教えてくれた。
まずは回復だ。足に深い傷をを負っている女戦士は顔に脂汗を見せながら足を押さえ、腹部を抉られた女戦士は既に意識を失っている。
腹部を負傷した女から助けよう。
「ほいのほいの――」
「貴様……何をす……るっ!?」
足を負傷している女戦士が、追い打ちをかけると思ったのか、俺に声だけでしか出来ない威圧をする。
だが、そんな事に構っている暇はなかった。
「ほい! ハイキュアー・アジャスト!」
……よし、傷はふさがった。
痛みによる失神だろうから、放っておけばすぐに良くなるだろう。
「なっ……?」
「ほら、足持っててください」
千切れた足を渡し、それを女戦士が不可解な顔をしながら持つ。
こういった部位の治療は少々厄介だ。回復魔法をただ掛ければ良いという訳ではない。
どこか繋がっている部分があれば回復魔法が効果を見せるが、完全に欠損部位が離れてしまっていると、回復魔法は傷を塞ぐ事に働く。
従って、その段階で足がくっつく事は二度となくなる。だから俺はその回復魔法の穴を突くように研究と実験をした。
「少し痛みますよ」
「あ、あぁ……ぐっ!?」
敵意がないのがどうやら伝わったようだが、痛みにより余裕がない事がわかる。
指の先端に魔力を込め、髪の毛よりも細く尖らせる。生きている大腿部にそれを刺し、女戦士の体内を通り、傷口の中央から先端を出させ、女戦士が持つ死んだ足と繋ぐ。
どんな人間にも魔力は宿る。回復魔法は一人の人間が持っている魔力に反応するんだ。だから魔力が通っていない離れた足にはそれが発揮されない。
だからこうやって強制的に魔力を繋げてしまえば…………――
「――のほい、ハイキュアー・アジャスト!」
「くっ…………な!? つ、繋がっただと!?」
そう、回復魔法が誤作動して死んでいた足にもそれが届く。トゥースもメルキィも感心した数少ない俺のオリジナルだ。
その時だった。俺の背後に強烈な魔力を感じたのは。それは、声と共に俺の背中に届き、瞬時に振り向かせる力があった。
「やれやれ、誰かと思えばアナタでしたか。見張りの付近に張っていた魔力の網に揺れを感じ警戒してみれば…………懐かしい再会ですね?」
どこか聞いた事のある声だった。
しかし、思い出したくないような声だった。そう俺の記憶が言っていた。
日が傾き、光の加減で相手の姿を捉える事が出来ない。
……影。そう、影だけがゆっくりと歩いて来た。歩が一歩、また一歩と近づき、徐々に影の輪郭を正確なものにしていく。
あぁ、本当に見慣れた歩き方だ。どこで見たんだっけか?
あぁ、本当に見慣れた輪郭だ。どこで見たんだっけか?
洞窟に入ったポチの心配よりも、この人物の記憶を思い出している。だが、こいつにはそれだけの力があった。
強烈な魔力と、存在感。記憶を掘り起こしながら頭を捻っていると、足の負傷が治った女戦士がビシッと立ち上がる。
そして胸に手を当ててその影に敬意を示す。……やけに規律が整っているな? まるで軍隊のような。
いや、まて。この敬礼はどこかで見た事がある。確か魔法大学だ。
魔法大学でアイツを慕う者たちが勝手にしていたこの動作。あぁ、思い出してきた思い出してきた。
「お騒がせし、申し訳ありません! ウォレン様!」
何故だろう。
俺の見る影が、嫌な……それはそれはとても嫌な笑いをしたような気がする。




