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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第三章 ~成長編~

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◆086 常成無敗の《アイリーン》

 ―― 戦魔暦九十四年 二月某日 昼 ――


 降り注ぐ太陽と肌を突き抜けるような強風。

 砂が舞い上がり吹き荒れる中、膝に手を突き項垂れている少女が見える。

 顎先から止めどなく流れる汗を手の甲で拭い、しかし視線は決して正面に立つ男から外していない。

 見据えるは巨大な男。隆起した筋肉を更に肥大させ、まるで何物にも打ち壊せぬ岩のような男だった。

 息は切れ、足下には乾いてはいるが血飛沫(ちしぶき)が舞ったような跡も見える。

 普段は腕を組み、小さな口をキュッと結んでいる彼女だが、今回ばかりはそうもいかない。

 腕を組んでいるのはあの巨躯の男であり、自分は口から出る血を拭って、今にも倒れそうな身体を支えるので精一杯という様子だ。


「くっ、ロックブラスト!」


 魔法陣の発動と共に、巨躯の男の足下が弾け飛ぶ。

 ただ立ち尽くす彼の目はそれを危険とすら判断せず、吹き上がる岩土を涼しい風のように気持ち良さそうにしている。


「ほい、ロックブラスト」


 男の、目にも止まらぬ神速の宙図(ちゅうず)。同様の魔法が彼女の足下で()ぜる。


「っ……きゃっ!」


 威力は段違いではあるが。

 避ける事も出来ず、強力な魔法攻撃の直撃に、彼女の身体は上空高くまで打ち上げられ、後方の高い岩に激突する。

 再び地に戻った時には、彼女の身体は既に戦闘が出来る状態ではなかった。

 ピクリとも動かない彼女を前に、男は深く溜め息を吐いて自身の爆発頭をコリコリと掻く。

 ゆっくりと彼女に歩みより、再度神速の魔法発動によって彼女の身体を回復させる。

 意識を失った彼女の首根っこを掴み、男は近くにあった洞窟の中に彼女を放り投げた。

 よく見れば、そこは洞窟ではなく、人為的な空洞にも見える。中には簡素なテーブルなど家具が存在するが、どう見てもその男に合うサイズではなかった。

 テーブルの上に打ち付けられた彼女は苦しそうな息を漏らしながらも、その場に突っ伏して再び意識を失った。


「ん? ……ちっ、またアズリーからか」


 男は舌打ちと共にそう零し、虚空を見上げた。

 どうやらアズリーから入った念話連絡で会話をしているようだ。

 しばらくすると、再び舌打ちをして、テーブルの上で未だ倒れている彼女に向かって呼びかけた。


「おい、そんなんじゃいつまでたっても雑魚のままだぞ!」


 男の声とともにピクリと指が動き、「雑魚」という言葉に瞼を開ける。

 身体的体力の低下が見てとれるその顔には、強い意志があり、よろよろになりながらも立ち上がった足には、まだ前に進む力が残っていた。

 振り絞ったというのが正しいかもしれないが、彼女は身体的体力を精神力で補っているように見えた。


「く…………ったく、女の扱いを知らない爺ねっ……!」

「うるせえ糞婆、常成無敗のアイリーンが敗北だらけじゃねぇか? 六法士も地に落ちて岩盤貫いてるなこりゃ」

「本当に性格の悪い賢者だわ、アズリーがそう言ってた意味が身に染みてわかったわよっ」

「あの野郎……この俺様の陰口言いやがって。覚えてろよ……」


 対峙しながら皮肉り合うアイリーンとトゥース。

 アイリーンは魔法大学での休暇を、極東の荒野での修行にあてるためにここへ来たのだ。

 一月下旬、いきなり現れたアイリーンを、トゥースは凄く、それはそれは物凄く嫌そうな顔で歓迎した。

 偉そうな態度で修行を申し込むアイリーンに、トゥースは愛の筋トレ劇場で対応していたが、彼女はアズリーとは違い、へこたれず、常に前に進むようにトゥースに修行を求め続けた。

 先日、遂にマンツーマンでの修行が始まり、アイリーンはその力の全てを持って戦闘を行ったが、結果はご覧の状況である。


「こっの! シャープウィンド・アスタリスク!」


 幾重にも重なる鋭い風刃。


「ほい、パラサイトコントロール」

「くっ! フルスパークレイン!」


 上空から降り注ぐ強力な雷撃空間。


「ほい、パラサイトコントロール」

「っ! ホーリーワールド!」


 全方位から迫る分厚い聖なる光。


「ほい、パラサイトコントロール」

「きぃいいいいいいいいいいいいっ!! デュアルドラゴン!」


 二重にぶれる双頭の竜を(かたど)った青い衝撃波。


 ご覧の状況である。

 アイリーンの執念に、トゥースは異常なまでの性格の悪さで対応し、発動する魔法を全て自分の管理下に置き、魔法陣を分解消滅させていった。

 大人と赤子、それ以上の差を痛感したのはここへ来て初日だ。

 既に知っている差を、いかに縮めるかに苦心するアイリーンは、寝る間も惜しんでトゥースに挑み続けた。

 長期休みを得られたはいいが、その日数は限られている。

 空間転移魔法ですぐに自宅へ帰る事は可能だが、再びここへ来るのはまた時間がかかる。

 何故なら、ここに空間転移魔法を設置しても、性格の悪い賢者が、それを壊すからだ。

 だからこそ時間が惜しい。足りないと言ってもいいだろう。焦りが短気を生み、短気が集中力を乱す。

 逸る気持ちを抑えながら戦闘に臨むと、トゥースがまたかき乱す。

 この悪循環な状況ではあるが、それでもアイリーンはへこたれずに努力を続けた。

 岩壁に打ち付けられ、血反吐を吐いても立ち上がって様々な戦闘方法を試し、また、トゥースから盗んだ(、、、)


「はっ! ベノムファイア!」

「ほい、パラサイトコントロール」

「っ、今! 六角結界!」

「ふんっ! ……ほぉ」


 アイリーンはトゥースの寄生魔法を魔術の結界で囲い、今までトゥースの身体に届かなかった魔法を通したのだ。

 魔力を込めた手の平で魔法を振り払ったトゥースだったが、現れ始めたアイリーンの成長に、息を漏らした。

 徐々に組み変わるアイリーンの魔法公式内容も然り、不屈の精神然り。


(流石天才は違うな、俺のような凡人が積み重ねた努力を、五段飛ばしくらいで追いついてきやがる。その二つ名通り、常に成長しているという事か。残り半月程か…………こりゃ楽しみになってきやがったぜ)


 トゥースは、己が歩んだ過程をアイリーンに見せ、そして嫌々ながらも叩き込んだ。

 時間の限り、可能な限りではあるが、アイリーンは老齢ながらも着実に実力を向上させた。

 体内の魔力を誤魔化し、ほぼフルタイムで修行し、事切れるように眠った時、アイリーンは何かをやり遂げた表情をしていた。


「………………ふん」


 親指を流れる一滴の血をトゥースが舐めとる。

 小さな身体をその大きな身体で見下ろしているが、トゥースはアイリーンの努力を認めたかのようにギヴィンマジックの魔法を放った。

 不足分の魔力供給をし、アイリーンの回復を手伝ったのだ。


(ったく、アズリーのヤツが見たら指差して笑うだろうな。だが、アイリーンの戦闘センスは超一流だ。凡人が思いつかないような行動に出てくる。今のだって中々なコンビネーションだった。現代人は戦士だ魔法士だと人間を分けて見ているとだけ思っていたが、魔法士だけの魔法士なりの戦い方を……という事か)


 未だ開きのある二人の実力差に関係はない。

 トゥースは自分には自分だけの戦い方が、アイリーンにはアイリーンだけの戦い方があると知った。

 それはトゥースにとっても成長となるのだろう。

 本日、現在トゥースのスクワット回数は十万を超えたところである。


 翌朝、「一先ず」という前置きをして、アイリーンは修行を切り上げてベイラネーアへと帰った。

 自室にある空間転移魔法陣から屋敷に戻ったアイリーンは、念話連絡の魔術を使ってトレースに帰還を知らせた。

 そして、その後張り詰めた気持ちを解放するかのように、そのままベッドに倒れ込んだのだった。

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