◇079 続・入学試験
我輩はタラヲである。
主はティファだ。
乾きの砂漠を出てもやはり主従契約は解除されなかった。
ティファの推測によると、どうやら我輩が保有していた膨大な魔力は、過去の主の能力不足だったために扱い切れなかったと考えられるそうだ。
「ならばティファはどうなのだ?」と聞いたが、回答を得る事は出来なかった。ぬぅ、解せぬ。
しかしおかしい。ティファと主従契約をしてから、ティファの使い魔になってからというもの、少し世界が大きくなったような気がする。
現れる人間は皆大きく、そびえ立つ建物や木も非常に大きく感じる。
それから数日、我輩とティファは長い旅を経てベイラネーアと呼ばれる大きな街に着いた。
活気づいていて魔法士の数も多いようだ。先程からちらほらと魔法士特有の魔力の匂いがする。
我輩程の希少種となると使い魔泥棒に遭うかもしれぬな。
この気転の早さをアピールするために主に報告しておくか。ふふふふ、これが狼王ガルムの実力よ。
「ティファよ、我輩を外に出していると危ないのではないか? 聞けば使い魔泥棒もいるそうだが、魔法陣の中に匿われてやっても良いのだぞ?」
「アンタは大丈夫よ」
色のない返事だ。黒でも白でもない灰色の返事。
何とも気の強い娘よ。がしかし、この娘の魔力は相当なものだ。
道中で戦ったモンスターたちは皆強敵ばかり。人間たちの間で言うランクBのモンスターが灰と消えた時、我輩は背中に嫌な汗をかいたぞ。
しかし簡単に「大丈夫」と言いおって。いざ我輩を盗まれたら慌てふためき泣いてしまうのであろう?
ふふふふ、これが狼王ガルム、タラヲの実力――――なっ!?
「なんじゃこりゃぁああああああっ!?」
正面のガラス戸に映るは、ティファと我輩の優美な姿……のはずが!?
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だっ!?
何故ティファの横に付き従っている使い魔が《チワワーヌ》という小型犬になっているのだ!?
我輩の! 狼王としての姿は一体どうなっているのだ!?
「おい、ティファよ! 何だこの姿は!?」
「五月蠅いわよ」
「あ、はい」
くっ、何て恐ろしい目をする娘だ。冷たく見下し全てを圧殺するような絶対零度の瞳……。
少し漏れてしまったではないかっ! 解せぬ……解せぬぞぉ……っ!
む、ここは?
気が付けば街の中枢まで来ていたようだ。
この対面に向き合った巨大な建物は一体何だ?
片方からは特別濃い魔力の匂いがし、もう片方からは強い戦闘力をもった人間の匂いがする。
む、珍しいな。我輩も建物に入ってよいのか? 普通の建物であれば我輩は外で優雅なお座りを体現して待っているものだが。
ここは、いや、この街はそういった事はあまりないみたいだな。
解せぬ……解せぬが……この街は悪くない。
ほう、魔力が濃い北の方の建物に入るのか。ティファならばそちらの方が自然か。
しばらく歩くと、魔力の高い人間が現れた。
ティファは小さな身体を背伸びさせ、我輩は少し離れ、かろうじて女の顔が見れるその位置で様子を見守った。
これは……何かしらの手続きをする場か? 眼鏡を掛けた金髪の女。この女かなりの実力者だ。
害意はないようだが、ティファ、注意するのだぞ。
「入学試験を受けに来たわ。イベリアルタウンからよ」
ガラス窓越しから見える女にティファが書状を渡している。
チーン!
む、今一瞬ティファの顔に安堵の色が見えたようだったが、気のせいか?
「試験はこの先の教室で行います。本来であれば我が魔法大学を代表する六法士の人間が試験官を担当しますが、この時期は私が担当させて頂く事になっています」
「筆記試験じゃないのね」
「考える時間を与えない事を目的としています。当大学は即座に対応、解答を出せる優秀な魔法士を求めています」
「わかったわ」
ティファのヤツめ、人間の世界は多少なりとも年功序列の風習があると聞くが、この態度で本当に良いのだろうか?
相手の女は別に態度に表していないが……む? いかんいかん、我輩がそんな事を気にしてどうするのだ。
我輩は狼王ガルム、主と共に地獄の果てまでも制覇してみせよう。
「では、教室までご案内します……あら、そのワンちゃんは?」
扉を開けて出てきた金髪の女は少し離れた場所にいた我輩に気付いた。
「私の使い魔よ、警備の人間に許可はもらったわ」
「……ふふ、懐かしいものですね。勿論問題ございませんよ」
金髪の女は少し昔を懐かしむような顔になり、下がった眼鏡を上げて煌めく髪を揺らしながら歩き始めた。
どうやら教室という場所に向かうようだ。
すると途中青い髪の男に出会った。見れば前に私を捨てた主に似ていたが、どうやら別人のようだ。
青い髪の男は金髪の女に頭を下げた。
「トレース先生、お疲れ様です。……試験でしょうか?」
男はちらりとティファを見て言った。そうか、金髪の女の名前はトレースというのか。
ふん、青二才め。試験があるだと? 我輩の実力をもってすれば人間如き矮小な存在の浅知恵など目をつぶってでも乗り越えて見せるわ。
「えぇオルネル君、見た限り、とても優秀な学生になると思うわ」
ふむ、この青髪の男はオルネル。ふっ、我が知能をもってすれば人間の名前など簡単に覚えられるのだ。
トレースは簡単な挨拶をオルネルと済ませ、再び歩き始めた。
オルネルは珍しそうに我輩を見た後、靴音を鳴らして去って行った。
教室という場所に着くと、そこには長い椅子があった。なるほど、繁忙期にはここで試験をする人間を待たせるという事か。
「こちらが実施教室です。今からこの中に入り、私の質疑応答の後、実戦形式のテストを受けて頂きます。ではティファさん、どうぞ」
「ふっ、行くぞティファ。我らが力を――――ふぇっ!」
二人が入ったところで扉を締められた。
ぬぅ……何故我輩は入れなかったのだろう?
「ぬっ! この! くっ! ガリガリガリガリィイイッ! ぬぅ、開かぬっ!」
この扉、中々強固に作られているようだな。
扉に我が爪跡を残せばおそらくティファに怒られる。それも想像を絶するようなキツイお仕置きだ。
ならばこそ、ここは優雅で優美で優麗なお座りを体現して見せよう。
長椅子の下で長椅子以上の存在感を溢れ出させる狼王ガルム、タラヲ!
ふふ、素晴らしい。素晴らしいぞ!
我輩が大人しく座っていると、後方左からまたも靴音が聞こえた。
これは……人間の女のようだな。歳の頃合いはティファよりも上、だがそれほど離れてはいないだろう。
ぬ、かなりの実力者っ。
現れた女は、赤茶の髪を持ち、柔らかな雰囲気を纏っていた。
それにこの女、体術も中々に鋭い。歩きながら既に我輩の存在に気付いていたな?
「やっぱり……あなたは使い魔かな?」
女はしゃがみ込んで言ってきた。
「ふん、馴れ馴れしいぞ娘。まずは自分から名乗るのが筋ではないか?」
「あぁ、えっと、ごめんなさい。私はリナ、あなたは?」
「我輩はタラヲ。狼王の称号を持つ誉れ高き存在よ」
「そっか~、タラヲちゃんか~」
リナは我輩の頭を気安く撫でてきおった。
ぬぅ、何と気安い女だ。暴れれば絶対にティファに瀕死にさせられる。
ここは甘んじて受けておいてやるが、今に見ていろ……! 我輩の身体をその手に触れた事を後悔させてくれようっ!
……お? ふむ? ぬぅ。
な、中々気持ちいいではないか。そうだ、もっと顎下をだな……そうだ、コリコリさせるのだ。
ふふふふ、わかっているではないか。お? おぉ、尻尾か? 尻尾なのか?
ふふふふ、許そう。許そうじゃないか。
貴様、相当な実力者だな? 我輩の傍にいる事を許そうではないか。
どれ、もう一度頭から背中にかけてナデナデするといいぞ?
ほれ、こうすればやりやすかろう? どうだ? ぬ、何故やめる! 解せぬ、解せぬぞ!
「ごめんね、これから学生自治会室に行かなくちゃいけないのっ。多分タラヲちゃんのご主人様は試験中だよね? 合格したらまた会おうねっ!」
ぬぅ、リナのヤツめ、言うだけ言って行ってしまった……。
ティファが試験に受からぬ訳がないだろうに。あんな危ない主、同年代の他の魔法士とは比べものにならぬぞ?
ふふふふ、しかし「また会おう」か。中々嬉しい事を言ってくれる。
今度我輩の下僕にして一日中我輩をナデナデする刑に処してやろうではないか。
「何、気持ち悪い顔で尻尾振ってるの?」
気付けばそこに主がいた。
…………………………………………くっ、何て失態を犯してしまったのだ、我輩は!
発売初週なので、しばらくCM載せさせてくださいm(__)m
「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」の第二巻。
自称好評発売中です!!
是非宜しくお願い致します!(CMはこれで最後になります)




