◆072 初手の行方
アズリーに「フォールタウンに危険が迫っていれば手を貸して欲しい」と言われていた銀の三人は、既に臨戦態勢を整えていた。
これは、予めアズリーに頼まれていた動きだった。
前日に「明日」と念話連絡の魔術を介して聞き、本日ここ、アズリーの部屋にある魔法陣の前に腰を落ち着けているブレイザー、ブルーツ、ベティー。
その表情に緊張の色は見れない。
三者三様にいつ戦闘が始まっても問題無いという覚悟が備わっているのだ。
夜になり、窓の外、街の賑わいが落ち着きを見せた頃、初めに動いたのはブルーツだった。
僅かに片眉が上がった程度の動き、しかしこの僅かな動きにブレイザーとベティーは反応した。
「やはりか?」
ブレイザーの言葉にブルーツが頷く。
即座に立ち上がった三人は、各々の得物に手を添えながら魔法陣の前に立った。
これはアズリーが出かける前に部屋に設置した空間転移魔法陣である。
二つの空間が設置されていないため、今は起動こそしていないが、アズリーがフォールタウンでもう一つの空間転移魔法陣を設置すれば、相互の行き来が可能となる。
時計の針音が耳に残る空間で、少しの時間が流れた時、ブルーツが顔をしかめた。
「にゃろう、タイミングをミスったみたいだな。苦戦してるみたいだ」
「なんだ? いつも通りじゃないか」
「ふふふ、全くだな」
ブルーツは、アズリーらしさを久しぶりに味わった事で、二人に釣られて口の端が少し上げた。
その笑いが苦笑に変わった時、魔法陣が起動を知らせる光を発した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「出番だぞ! ブレイザー! ブルーツ! ベティー!」
フォールタウンの北門。外壁の上で橙色に発光して起動した魔法陣は、大きく風を切るような音を発した。
瞬間、魔法陣は光を集めて発光した。
この眩さにクリートが目を細めると、その視線の先にはぼんやりと三つの影が現れたのだった。
「っしゃあああああああっ!!」
「敵、視認。ブルーツと私で叩く。ベティーは援護を頼む!」
「もうしてるわ、よっ!」
光の中から現れた銀の三人は、それぞれがすべき事を理解して行動していた。
ブルーツが正面のクリートを捉え、その背中から少しずれてブレイザーが現れてクリートの戦力を簡易分析した。
ほぼ同じタイミングでベティーがアズリーの部屋で抜いていた匕首を投げていた。
流麗かつ迅速な三人の行動に、アズリーが口を尖らせて「ヒュー」と感嘆の息を吐いた。その時、クリートの顔が大きく歪んだ。
咄嗟の出来事に一瞬だけ怯み、ベティーの放った匕首が肩に刺さったのだ。
迫るブルーツとブレイザーの気迫に六勇士並みの実力を感じとり、身の危険を感じさせた。
その後ろでは既にアズリーが三人への補助魔法の宙図を始めている。
一気に形勢を逆転されたクリートの頬に一つ小さな汗が流れた。
「ちっ、よもやこれ程の戦力だとは思わなかったな」
更に後方より睨み据えるのはツァル。その巨大な胴体に小さな少女、ララの姿があった。
「アズリー! 西はやっつけたどー!」
「さんきゅー! オールアップ・カウント4&リモートコントロール!」
アズリーは銀の三人と、戻ったララに身体強化魔法を施すと、自らブルーツの横に並んだ。
思わぬ行動にクリートは驚き、瞬間的に後方へと跳んでいた。
アズリーは右腕を大きく振りかぶりクリートに向かって放った。
魔力を帯びた拳はクリートの右腕によって払われたが、その瞬間アズリーの体術レベルの高さに気が付く。
「き、貴様っ! 魔法士じゃないのか!?」
「俺は戦士だっ!」
間髪を入れずにブルーツが返す。
「くっ、貴様に言ってるのではない!」
「私は犬ですよ!」
「なっ!?」
ブルーツの気合いを流し、クリートがいきなり現れた背後の声に気付いた時、決着がついた。
後方に跳んでいたが故、後方から迫るポチには気付けず、クリートは左腕を噛みつかれた。
ポチは、それと同時に噛み切る事に成功していた。
「ぐっ!!」
歯を食いしばり無くなった腕への痛みを堪えると、クリートはくるりと回転して右手でポチの頭を掴み、背中を土台として更に後方へ跳んだ。
そして北西の外壁下まで跳び下りると、その姿は影の中へ消えて行った。
着地してクリートの背後を目で追ったブルーツだったが、ついにその姿は確認出来なかった。
「あー、くそっ! まさか逃げの一手でくるとは思わなかったぜ!」
「なんだ、初手で終わりとはね。拍子抜けしちゃったわ」
「でも、ベティーたちがいなかったら危なかったよ。忙しいのに悪かったな」
アズリーが軽く謝罪を述べる。
ツァルが険しい眼をしながらクリートが消えた方角を睨んでいたが、危険を感じなくなったのか徐々に身体を小さく変化させていった。
「「やれやれ、厄介な相手だったな。あの時アレが成功していたらと思うと肩が凝る」」
「……マスター! 私にはどう見てもツァルさんに肩があるように見えません!」
「おいおいそんな馬鹿な…………本当だ!」
「「肩が……ない!?」」
口を揃えた二人は、互いに見合って顔に絶望を見せた。
「いやぁああああああ! ツァルショルダーが見当たりませんよ!?」
「落ち着けポチ、そこら辺の瓦礫の中にきっと落ちてるはずだ! よく探せ!」
「お任せを! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
そう言いながら瓦礫を掘り始めたポチを横目に、ツァルがやれやれと大きく息を吐く。
一通りやり終えて満足したのか、アズリーは呆れる銀の皆へと向き直って親指を立てた。
敵の逃亡という結果ではあるが、勝利のサインを受け取った三人。
一瞬の攻防だったが勝利は勝利。困り顔を振り払って、三人はアズリーに同じサインを返すのだった。
それを見て、サインの意味を首を傾げて考えるララだったが、答えが出ず、考えるのをやめて胸を張りながら同じポーズをとった。
「俺たちの……勝ちだ!」
「ショルダァアアアアアアアアアアッ!?」
激しく損傷したフォールタウンの外壁上に、とある使い魔の嘆きが響き渡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
銀の三人とララ、ツァルは、主要の出入り口を見張り、ポチが未だにせっせと瓦礫を掘っている頃。
大きなダメージを受けたフォールタウンの町民、勇士団は、疲れ果てながらも中央区の広場に集まっていた。
そこにはアズリーにとって懐かしいライアン、リード、マナ、レイナが顔を連ねた。
顔に大きな疲労こそ見えるが、目立った傷は無く、アズリーは安心していた。
重傷者を優先させて回復魔法を施し、かすり傷の者は、ララの下へ向かわせて回復をさせた。
時刻は間も無く夜明け。
町民の疲弊した顔の中には、見覚えのある顔もいる。
挨拶と同時に回復をし、皆の肩を抱いた。悲しさは確かにあれど、不思議と絶望に暮れる顔はなく、フォールタウンの逞しさに思わず顔が綻ぶアズリー。
朝焼けに照らされる頃には、ポチも戻って来ていた。
極度の緊張から解放され、周りから寝息が聞こえ始める。
ひと段落ついたアズリーは、ほっと息を吐いて平たい瓦礫の上に腰を落ち着けた。
「ふぅ……」
「お疲れ様ですー!」
「肩はあったか?」
「残念ながらゴブリンの肩しか……っ!」
悔しそうにこぼすポチの背後から足音が近づく。
地面に映る五つの影に顔を上げると、その影はたちまち小さく縮こまって頭を下げた。
「なっ!」
深々と頭を垂れるライアン、リード、マナ、レイナ、アドルフにアズリーが立ち上がって困惑する。
「何やってるんですか! か、顔を上げてくださいっ」
「……アズリー殿、この度はフォールタウンを救って頂きありがとうございます。それに、これは自然な行為です。気持ちが動いたからこそ身体が動くのです。『上げろ』と言われて上がる頭でもありますまい」
ライアンの言葉に、街の者も動き出す。
静かな波だったが、全ての者が頭を下げるまで時間はかからなかった。
これには、ポチでさえも咄嗟に目を隠してしまう程恐縮してしまった。
「アズリー、久しぶりの挨拶よりも、まずは礼を言わせてくれ。……ありがとう」
「助かったよアズリー。本当にありがとう」
リードとマナも、二年半程の壁は無くとも深く礼を言う。
続けてレイナ、アドルフと続き、それは街に伝染した。
フォールタウンが優しく揺れ、アズリーはそのくすぐったさからか頬を掻いた。
そして、いつまでも続きそうな礼の嵐に、恐縮を諦めて無理やり大きく息を吸って胸を張った。
「あぁ、どういたしまして」
この言葉にようやく顔を上げたライアンの口尻が少し上がる。
釣られてアズリーも笑うと、再び波のように皆の顔が上がっていき晴れやかな笑顔を見せていった。
自身の中で聞こえる不思議な感覚に戸惑いながらも、アズリーはリードと肩を抱き合った。
「マスター、そろそろ目を開けても大丈夫です!?」
許可を求めるポチの声にアズリーが気付いたのは、それから十分後の事だった。




