073 お説教
中央広場でぐったりとした町民は、朝になってようやく糸が切れたようにぷっつりと意識を失った。
寝た…………と言うよりは落ちたという言葉が合うだろう。
あのライアンでさえも壁を背にして眠りについている。
傷は魔法で回復出来ても体力の回復はやはり難しい。
これこそ今の俺の課題とも言えるかもしれないな。
フォールタウンの要所では銀の皆、ララにツァルがローテーションを組んで見張りをしていてくれる。
彼らの事はライアンに信用出来るやつらだと言っただけだ。
しかしライアンはそれで納得してしまった。街の皆も。
リードとマナは背中を預け合って寝ている。
レイナも子供に囲まれながら小さな寝息を立てている。
驚いたのはアドルフだ。マナが組織した戦士教室で一番の使い手だったのを覚えてはいるが、この二年半で変貌とも言えるべき顔付きになった。
まだまだマナやリードには敵わないそうだが、将来が楽しみだとライアンが言っていた。
気掛かりなのはティファだ。
ほんの数週間前にティファは旅立ったそうだ。
行き先は……勿論ベイラネーア。どんな経路で向かっているかは知らないが、魔法大学に入学するとなるとあの紹介状ではダメなんだが……。
心配で念話連絡をしてみるがライアンのように反応がない。
無事でいるといいのだが、不思議と街の皆は心配などしていなかった。
ティファもまた成長したって事だろうか?
さて、一番の問題は奴だ。
このフォールタウンを狙ったクリート。異常な強さと戦況把握能力と、そしてあの決断力。どれをとっても一流の冒険者以上だ。
正直一人では相手出来ないレベルだった。モンスターで言えば奴はSSランクと同等の実力を持っているだろう。
それに加えて奴の黒魔術……降魔ノ時、だったか。
クリートがあの魔術式を描き始めた時、背筋が凍るような恐ろしい殺気を感じた。
おそらく、あれこそ悪魔降臨の黒魔術。術者が契約した悪魔を天から呼び、対する者を滅すると言われている恐ろしい黒魔術だ。
前に聞いたトゥースの話じゃ、悪魔一体の実力は聖戦士のソレに匹敵するそうで、ツァルの言った通り、あの時呼び出されていれば危なかった。
しかし、クリートが逃げ隠れた後、奴が悪魔を呼び出してから再度攻めてくれば俺たちを倒せたんじゃないか?
そう思って俺はトゥースに念話連絡をしてみたんだ。
『――――って訳なんだが、どういう事だと思う?』
『降魔ノ時……か。お前ぇは知らねぇでいいと思ってたが、相手がそれを使うってんなら教えといてやる。降魔ノ時って黒魔術は、言ってしまえば、強力なレデュケイト・マジックポイントの魔法と同義だ』
『つまり…………悪魔を呼び出している間はMPが減るって事か』
『それも、異常な速度でな。だからあれは両刃の剣でもある。ま、使えば近くにいる者は消し飛んじまうから大して危険になる訳でもないがな。おそらくお前らから逃げて、その場で悪魔を呼んだんじゃ、自分のMPが持たないって判断だろうな』
『なるほどな、そういう事か……。しかし、何故奴はこの街を狙ったんだ? 言っちゃ悪いがここには何にもないぞ?』
『……俺が言ってた知識の宝庫、《賢者の石》が、フォールタウンに、もしくはその近辺に存在するのかもしれんな』
『……………………おい、初耳だぞ』
『ありゃ? 言ってなかったか? 古の秘法《限界突破》の魔術陣を組む時に必要な石の話?』
『し、知らねぇよ! お前まさかそんな大事な事黙ってたのかよ!?』
『俺にとってはそこまで大事でもねぇからな。まぁ、そういう事だ、こっちはこっちで忙しいからもう切るぞ』
『ちょ、ちょっと待て! 賢者の石ってどんな石なんだよ! 形は? 色はっ? 大きさは!?』
『…………――』
くそ、切りやがった! ……にゃろっ、再接続も出来ない!
おのれ、いつでも連絡がとれるってのは誤算だった!
あの野郎、思い出したように情報を渡しやがって!
これだから爺ってやつは……!
くそ、状況の整理だ。フォールタウンが狙われた理由は……あくまで可能性としてだが、その賢者の石の存在が近くにあるから?
だとすると、フォールタウンが国から切り捨てられた理由が明らかだ。賢者の石の存在は強者を作る鍵、これをせき止めるのは魔王の尖兵の役目……くそ、知れば知る程面倒な仕事に思えてくる。
一人じゃ捌ききれない。メルがどれだけ情報を集めてくるかだな。
それで今後の方針を決めるか。
しかしトゥースのヤツ、「こっちはこっちで忙しい」だ?
あいつ、普段は筋トレしたり魔法や魔術の考案しているだけだろう?
やろうと思えば交信しながらでも可能なはずだが……一体どういうこった?
だが、今やるべき事はこのフォールタウンをどうにかする事だ。かつて千人程いた町民は、今回の出来事でもう二百人といない。
貴重な男手はいなかったし、町民が増える事はまず無かっただろう。子供も育ってはきてるがそれ以上に過酷な状況で亡くなる老人が多いのも事実だ。
なんとかしてやりたいが、ポチズリー商店ではキャパシティが足りない。それに、街に残るという者もいるだろう。
俺が俯きながら考え事をしていると、交代なのかブルーツが目の前に腰かけて話しかけてきた。
「よぉアズリー。まーた一人で考えてやがんな?」
「あぁ、この人口を考えれば移住先が必要なんだが、うまい考えがまとまらなくて……」
「ハハハ、そいつぁ無理だ。お前、どうせまた全てを何とかしたいと考えてっからな」
「だ、だってそうだろっ? 何とかしなくちゃ皆死んでしまうんだぞっ?」
少しだけ語気を強めてしまった。
騒ぎ、というレベルではないが、皆が起きて俺に意識を向けるだけの力はあった。
俺がそう言うと、ブルーツは耳を小指でコリコリ掻きながら呆れ交じりの面倒臭そうな顔を返してきた。
「あのな、人間は生きてりゃ死ぬんだよ。アズリー、お前だってそうだ」
ブルーツが、寿命以外の話をしているのは俺にもわかっている。
だが話の意図が読めずに俺は棒立ちする事しか出来ていない。
「この街で暮らしていたらそりゃ死ぬだろう。絶対と言っていいくらいの確率でな。過酷な環境がそうさせるのは間違いない。だがこの街の連中を見てみろ? こんな過酷で苦しい環境でも、目は死んでねぇ。長く旅をしてきた俺たちにはわかるが、こんなヤツらは初めて見たぜ。あのライアンっておっさんの力もあるだろうが、それはそれだけじゃない。あの目を支えているのは間違いなくお前、アズリーって存在がいたからだ。凄ぇのはその存在に寄りかかっちゃいねぇ事だ。皆前のめりで必死に生きようっていう気概と根性が備わってる事だ。お前に甘えていないで今をしっかりと生きようとしている事だ。何とかしなくちゃだ? そんな事は今のこいつらからしたらぬるま湯を浴びせられるに等しい事だ。寒空の下でそんな事されちゃな、それこそ死んじまうぞこら?」
珍しくブルーツが怒気を見せた。
しかし、その言葉は俺の芯に響き、何とも言えない不思議な感覚にさせられた。
「……こいつらは子供じゃねぇんだ、ベイラネーアに移したら必要な事は最低限でいいんだよ。あの街は人手が欲しい状況だ、選ばなきゃ仕事なんてその日の内に見つからぁ」
怒ったかと思えば少し恥ずかしそうそっぽを向いて話すブルーツに、ライアンが静かに歩み寄った。
そして静かに俺とブルーツを見て、俺の危惧していた事をへし折るように言った。
「フォールタウンを……街を離れましょう」
「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」 2016年1月15日(金)に第二巻の発売です。
是非宜しくお願い致しますm(_ _)m




