◆070 黒魔術
ララが西門から目撃した巨大な双頭の蛇ツァルは、北門上部でしゃがむアズリーの背で、ゆらゆらと身体を揺らしていた。
「「さて、門へ群がるモンスターを片づけなくてはいかんな」」
「うぉ、でっけぇっ!?」
背後の聞き覚えのある声に、ツァルの片頭が振り向く。
驚いた様子のアズリーが大きく呟くも、ツァルはいつもの調子で「下級モンスターには脅しとしても使えるからな」とだけ言って向き直った。
小さく笑みを見せたアズリーも、再び向き直り、フォール勇士団の仲間たちに回復魔法を放ち始めた。
相手が格下のモンスターでも、異常な事態が起きている事には変わりない。極力隙を見せないようにしているのだ。
ツァルが双方の口から大きく息を吸い、火炎ブレスを吹き放つと、群がるゾンビロードを筆頭に、多くのモンスターが焼け死んでいった。
だが、異変は北門周りがある程度片付いた時に起こった。
ツァルが見据える大地に一筋の影が走り、それをなぞるようにゴブリン、マリンリザード、ゾンビロードが現れたのだ。まるで地から這い出るように。
「「ぬぅ、この程度のモンスターに侵入を許すはずがないと思っていたが……なるほど、これが続いたとすれば恐ろしい事態だな。アズリー殿」」
ツァルは背中でアズリーの背中を呼んだ。
『何でしょう?』
目を離せない状況から、念話連絡の魔術で返答するアズリー。
『ほぉ、古の魔術。流石であるな。何、これはおそらく、遠方からの魔術。悪魔契約の果てに使用出来る黒魔術だ』
アズリーの身体がピクリと止まる。
念話連絡を魔術と断定しただけではなく、ツァルはアズリーでさえ情報の少ない黒魔術の話を持ち出したのだ。
『黒魔術……ダークエルフが秘匿とした禁術中の禁術ですね。でも、何故ツァルさんがその事を?』
『ふむ、その事は後程改めて話そうではないか。まずは術者を見つけなさい』
どこかで聞いた事のある返答。
二年前のメルキィを思い出すアズリーだったが、やはりどうしてツァルの言う事はもっともだったので、『わかりました』とだけ告げて念話連絡を終えた。
(カガチの子供かと思っていたが……ツァルはどうやらあれが素の大きさみたいだな。ならばあの知識量は納得だが、ララの年齢を考えると…………一体どうなってる?)
飲み込めぬ情報から、アズリーは一瞬顔を曇らせるが、もう一つの情報を元に即座に別の行動に移行した。
フォール勇士団の回復を終え、宙図の発動方向をモンスターが発生している影へと向けた。
「ほい、マジックストーカー!」
発動中の魔術、つまりモンスターを生み出している影から、赤い光線が走る。
光は魔術陣を描いた主の下へ向かっていくはずだった。しかし、光線が向かった先は、扇型に膨らむ北門から東門にかけての外壁上部だった。
アズリーが目を凝らすもそこには誰もいない。魔法の発動は正常だった。だが、その対象者がいない事に、アズリーは怪訝な面持ちになる。
すると後方から、またしてもツァルの声が届いた。
「「視えているぞ、そこの者。私の目が誤魔化せるとでも思ったか?」」
ツァルの目が赤く光る。
すると、その視線の先に、マジックストーカーの光の先に、黒く蠢く者が現れた。
アズリーが再び目を凝らすと、見えたのは黒いボロを纏った人間の変異体の男だった。
怪しい瞳は獰猛なモンスターのように黄金に光り、口は人間ではあり得ない程までに裂けていた。そこから零れるは、歯とはとれない鋭利な牙。
耳は潰れ、顔は大きな火傷で崩れていた。熱で姿を感知するツァルだからこそ、発見出来たのだ。
「こりゃ、前にメルが見せてくれた影に潜む魔法か! にしても……な、何なんだあいつは……っ?」
「「…………アズリー殿、ここは私に任せあの者を何とかするといい。主犯がわかった今、あいつを倒す以外に道はない」」
「はい!」
アズリーは変異体に向かって走り始めた。
外壁伝いに駆けるアズリーに対し、身を低くして待ち構える相手は、既に宙図を始めている。
アズリーも走りながら宙図を行い、左手で描いていた魔術を発動する。
「ほいのほい、術式変更! レデュケイト・ヒットポイント!」
「ぐぅ!?」
変異体の男の足下にあった黒魔術式への干渉魔術。
そしてそれを魔法へと変換し、変更する。これによりアズリーは、溢れ出るモンスターの群れを未然に防いだのだ。
結果としてこの行動は、ララやツァル、ポチを助ける事になるのだから。
変異体の男は、アズリーに一歩遅れるも、魔法の発動を成功させた。
「ロックブラスト……」
滑舌が悪く聞き取り難いこもった声だった。
発動した魔法は外壁上部へと向けられる。瞬間、アズリーが駆け、向かう先の石畳が爆発した。
一瞬で石畳から下、外壁上部の数メートルをごっそりと吹き飛ばす魔法に、咄嗟にブレーキを掛けたアズリーは、頬から冷たい汗を流した。
「あっぶね……。かなりいじってる魔法だな。相当な手練って事か。おし、ほいのほい、加速魔陣!」
反対の手が放ったのは魔法、レデュケイト・ヒットポイントの効果を加速させる魔術。
過去、アズリーがガストンの前でオーガクイーンに放った連鎖魔法である。
ここでアズリーは鑑定眼鏡を発動した。
爆ぜた足場から、変異体の男と距離を置かれた現状で、自身の切るカードを選択するために。
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クリート
LV:???
HP:4719
MP:3381
EXP:?????????
特殊:???
称号:???
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(やはり壁を超えた者か。俺の鑑定眼鏡で見えないって事はそういう事なんだろう。それでここまでの魔法士、となると……)
「がぁっ!」
変異体の男が、自身に掛かっている魔法の効果を瞬間的な魔力解放で振り払う。
(あーあ、せっかく掛けた魔法の効果も消されちまった。こりゃいよいよ面倒な相手だな)
「貴様…………何故、邪魔をする」
「客観的に見て、お前の行動を邪魔しない方がおかしいやつだと思うけどな」
「ぐぅう、う、う、う、それもそうだ」
アズリーの言葉に、変異体の男は、耳まで届きそうな口の裂け目を更に広げて、異様な笑いを見せた。
男のおぞましい笑みに対し、負けじと口を開くアズリーだったが、その幅にはどうも納得がいかない様子だった。
アズリーが首を傾げてもう一度口を広げようすると、変異体の男の背後、更に東から大きな遠吠えがあがった。
反対側から駆けて来るのは、巨大化を解除し、小さくなったポチだった。
思わぬ援軍に変異体の男も、アズリーも驚いていた。ライアンの救援を頼みはしたが、ここまで早いとは思っていなかったのだ。
「おぉ、ポチ! ライアンさんは無事か!?」
「マスターの魔法で復活して、超元気ですよ! また東門をお願いしてきました!」
「よし、こいつにお前の口を見せてやれ!」
「くーれすか!?」
「もっと開け!」
「くーれひょうかっ!?」
「ふっ、勝ったぞお前! これが俺たちの実力だ!」
「ぐぅう、う、う、う、う、お前ら、面白いな」
変異体の男を跳び越えてアズリーの下へ降り立ったポチは、この襲撃の犯人を見る。すると、とても残念そうな顔をした。
ポチの様子にアズリーが再び首を傾げる。
「マスター、あの人は黒幕って顔じゃないですね! 私がよく読む物語だと、大抵黒幕は眉目秀麗と決まっていますから!」
「…………躾がなっていないな」
男が発した強烈な怒気を前に、アズリーはポチを叱るのだった。




