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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第三章 ~成長編~

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◆068 大きな柱

『あ、おい繋がったぞポチ!』

『んまー! やっぱり生きていたんですねライアンさんっ! マスターったら変な顔してくしゃみ我慢したと思ったら、脳内でくしゃみするなんて本当馬鹿ですね!』

『なっ、お前だってさっき脳内で来月以降の食後のデザートの事考えてたじゃないか! そもそも、そんな事ライアンさんに伝えてどうするんだってんだ!』

『マスターのくしゃみなんてばっちぃものしか飛んでいかないでしょう! その点私の妄想は、ライアンさんに多量の唾液の分泌を促したでしょう! ね、ライアンさん!?』

『お、お久しぶりですな……相変わらずなようで……安心致しました……くっ』


 矢継早に聞こえた脳内の会話は、ポチの来月以降のデザートの話は、ライアンの心に溢れさせていた闘志を霧散させた。

 分泌された動揺と懐かしさに、珍しくもライアンが困った様子だった。

 しかし、ライアンの弱り切った心の声は、アズリーとポチの沈黙を分泌させた。


『……やはり怪我をされてますね。状況は?』

『モ、モンスターが……統率された動きによって町を攻めてきました。リードやマナの生死は……いや、まだ戦いの音が聞こえる。おそらくリードはまだ生きているようです』


 久しぶりの会話に一切の旧懐(きゅうかい)を交えぬライアン。

 この時、既にポチは大地を蹴る力を大きく、そして強くしていた。隣を走るララが徐々に離されていく。

 ララも慌てているが、ツァルに手綱を握られてすぐに黙した。


『すぐに向かいます!』

『ありがとうございます……。しかし、間に……合わない……でしょう…………』


 アズリーの言葉を、ライアンは冷静に受け取った。

 アズリーはベイラネーアに居を構え、フォールタウンに向かうにも数週間はかかる。

 死が目の前にある以上、この言葉を素直に受け取り、喜ぶ事が出来なかった。

 そして、ようやく繋がった念話連絡も気力が尽きたのか、回線が安定せずに、すぐ切れてしまったのだ。


(やはり貴方は……私にとっても大きな柱でした……)


 空を仰ぎ、風を感じながら二年前、アズリーとの出会いを思い出すライアンの頬に、一粒の雫が流れる。


「くそ、切れた! ポチ、あとどれくらいだ!?」

「七十秒です!」

「トロピカル猫まんまサンスマイルデラックス三人前付けてやったら!?」

「五十秒です!」


 ポチの速度が上がる。

 全力で走っているとはいえ、ポチの身体には皆の窮地という緊張が走っている。

 アズリーはこれを上手く解きほぐし、ハッタリでもポチの心に暗示を掛けさせた。

(ほぉ、やはりいざという時の使い魔の扱いに長けている。いや、ある種の友情と、心の隔たりの無さが構築する特殊な力という訳かな)

 ララの顔の横から顔を覗かせるツァルがアズリーの発言を分析する。


「ば、ばか速いど! さすがにこれ以上は無理です、師匠!」

「「構わぬ。アズリー殿はおそらく正面の北門に向かうだろう。あそこだけモンスターの層が薄い。この間隔を利用して後方より北門上部へ跳び、ポチ殿が向かう反対側へ行きなさい。ポチ殿が先に行動してくれれば我々がどちらに向かえばいいか考えずにすむ」」

「わかりました!」


 前を走るポチに跨ったアズリーが、魔法陣の宙図(ちゅうず)を始める。大魔法でポチの走る道を開けるのだ。


「ほいのほい、シャープウィンド・アスタリスク&リモートコントロール!」


 ポチの速度を超える風刃が、激しい緑光となって駆け巡る。そして、アズリーの手の動きが、魔法を操作する。

 この一連にツァルが口尻を上げた。


「「素晴らしい。大魔法をここまで繊細にコントロール出来る人間がこの世にいるとは。あれならば北門を傷付ける事はないだろう」」


 北門に群がるゾンビロードを主としたモンスターが、魔法に気付く事なく千切れ飛んで行き。

 地を這う風は、ポチの走る道をこじ開け、一気に北門までの一筋の進路を切り開いた。


「ポチ、東門だ! ほい、オールアップ!」

「アォオオオンッ!」


 ポチが跳び上がり、アズリーはポチの背中を蹴って北門上部へ跳び上った。ポチはそのまま壁を駆け、左側、つまり東門へと走って行った。

 二人の後方では既にララが跳び上がっていた。


「「ふむ、では私はここに、ララは西門へ向かいなさい。ララ、案山子(かかし)モード発動だ」」


 ツァルはするりとララから離れると、北門の正面に着地して細い身体をうねらせた。


「……わかりました」


 ツァルの言葉に、ララの瞳が、無垢から無機へと変貌していく。

 それは、アズリーが出会った頃のララの瞳と同じ色。無機質な色を帯びたララは言葉を発する事なく西門へと走って行った。

 ツァルの片方の顔がララの背中を見送っていると、東門から空を伝って大きな音が鳴り響いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 轟音と共に東門が破られる。

 剣を構えるライアンの涙は乾き、痛む傷口に歯を食いしばっている。

 鬼気迫る様子のライアンにモンスター群が一瞬たじろぐも、傷の深い脇腹に視線を向けにたりと笑う。ライアンの余命が短い事を知ったのだ。

 恐怖を感じないゾンビロードが先陣を切り、ライアンに襲い掛かっていく。

 地を這うように腐った身体を揺らすゾンビロードが、ライアンの制空権を犯した時、ゴブリンたちは心の臓を鷲掴みされた。


「かぁああっ!」


 ギリギリまで発動させなかった剛力、剛体、疾風の発動。ライアンの身体が一瞬金色に染まる。

 吹き出る血に顔を歪める事なく、綻びた剣を振るうライアンにゴブリンの顔が歪み、直後、それは恐怖へと変わった。

 ひと振り、またひと振りする毎にゾンビロードたちが千切れ飛ぶ。


「はぁっ!」


 特殊剣技、エアリアルダンサーの発動。単身モンスターの海へ飛び込み、急所という急所を狙ってその中枢へと入って行く。

 これは後方にいる町民から自身へ敵意を向けさせるためである。

 自ら周囲をモンスターに囲まれたライアンが大きな雄叫びをあげる。

 死に直面した男の最後の気迫。生への道を諦めた男が他者の生を望む死力の気迫。

 モンスターがその瞳に映した男は、まさに恐怖そのものであった。

 鳴りやまぬ雄叫び、目にも止まらぬ異常な速度、太く猛々しい腕が振り払った剣が強烈な風圧を放つ。

 吹き飛ばされた同胞は皆死んでいた。生命の雫が乾くまでの一瞬の戦いは、モンスターにとって悠久のような長さだった。

 だが、ライアンにとって、一瞬はあくまで一瞬。

 時が終わった時、ライアンの膝ががくりと疲労を訴えた。力を込めても足がいう事をきかない。痙攣する足を抱えライアンの表情に曇りが見える。


「ぐっ……これまでかっ!」


 この時、モンスターに与えていた恐怖は、後方から迫る援軍の咆哮によって殺意へと変貌を遂げた。

 勝利を確信したのか、声をあげて襲い掛かるゴブリン群に、ライアンは死を悟った――瞬間、


「すまない……皆のも――――のぉっ!?」


 強烈な身体の負荷に、ライアンの肺が奇声をあげさせた。


(な、なんだ……私は空を……いや、跳んでいるのか?)


 着地と共に、再び身体に掛かる負荷。その小さな鈍痛が治まった頃、ライアンは瞑っていた目を開いた。

 視線の先に見えたのは、どこかで見た事のある黒く巨大な犬狼。口の周りからは仄かに甘い香りがするのは気のせいではないはずだ。

 その牙は、優しくライアンの胴体を挟んでいた。ボロボロの甲冑が壊れる事のない、シルクを扱うような心づかい。

 咥えられたライアンは、新手のモンスターに食われるのかと一瞬思ったが、犬狼はライアンをゆっくりと地面へ下ろした。

「も、もしや……」……そうライアンが言い掛けた時。


「ぜ、ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇっ! や、やっと息が吸えまっぜぇん! ぜぇぜぇぜぇ……かっはっ! ぜぇ……ぜぇ、ぜぇ…………ぜぇ…………………………ふぅ。あ、ライアンさんお久しぶりですー! 中々マイルドな血の味ですね! マスターより少し酸味があって野生の狼が好きな味だと思いますよ!」

「やはり……ポチ……ど、の……――」


 既に限界を迎えていたライアンの身体は、意識の切断を選択した。

 笑顔を向けていたポチは周りを眺め、そしてライアンを見た。

 意識はなくとも、それは孤高に戦った歴戦の勇士の顔だった。

 ライアンの頬を、ポチがひと舐めした。身体を気遣いながら。

 血を多く失い、舌は体温低下の情報をポチに与えた。


「これは……早くマスターの下へ連れて行かないと危ないですね……」


 ポチの登場を呆然と見ていたモンスターたちは、自分たちに見向きもしないポチの呟きをようやく拾った。

 しかし、大半のゾンビロードはライアンにやられている。相手の戦力を把握出来ない以上、大きくは動けないでいた。そんなゴブリンたちは正面のポチに警戒をし続けた。すると、後方から地を揺らしながら援軍が到着した。

 合流し、再び殺意は広がり始める。そしてそれが最高潮に達した時、モンスターの周囲は青白い閃光に包まれた。

 近くで周りの者同様に笑っていたゴブリンが目にしたのは、大地が大きく焦げた跡だった。隣で笑っていたゴブリンがいない。後ろで大きな声を出していたゴブリンがいない。

 一瞬で笑みが消え、引きつった顔が恐怖そのものに変わったゴブリンは悟ったのだ。正面の敵から何かが放射されたのだと。


「ふぅ、これで大半はいなくなったでしょう!」


 ポチの口から漏れた白い煙が宙に消えていく。

 (きわみ)ブレスの発射。アズリーと共に鍛えた日々が形成した珠玉のブレス。

「愚者の使い魔」という称号が消えた今、本来の力を取り戻し、更にアズリーが放った強化魔法が反映され、二年前とは倍近く違う強大な一撃を放つ事が出来るのだ。

 ポチが放ったブレスは、壊れた門を消し、周囲に群がるモンスターを光と共に消していったのだ。


「さ、お掃除開始ですよ!」

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