◆067 滅びの町、フォールタウン
フォールタウンの内壁に寄り掛かる男、リードは焦っていた。
ライアンは大きな傷に倒れ、妹のマナも満身創痍。
アズリーが去る前に結成されたフォール勇士団(と言っても子供ばかり)も傷付き倒れる者が多い。
(くそ、せめてティファがいれば! ……いや、あいつがいてもきついか……っ)
突如現れたモンスターの数々。そのランク自体は低いが、数が異常だった。
アズリーが去ってから二年。ライアン、フォール勇士団と共に西門、そして北門のモンスターを一掃する事に成功した。
その際、リードはライアンの強さを目の当たりにした。
勿論、何度も戦闘を見た事はあるが、自分が強くなって感じる強さというものがある。
皆を率いて戦うライアンの姿は、小さい頃に聞いた聖戦士の物語の聖戦士、正にそれだった。
それからリードは周りの助けや気遣いもあり、ライアンに剣を習う事にした。
遠い土地で頑張っている優秀な妹に負けないように、精一杯努力し、強く逞しくなった。
だが、絶望とも言えるモンスターの数には、その強さは全く通じなかった。
取り戻した北門が奪われ、西門が燃え上がる。
リナとアズリーを送り出した東門にはライアンを看病するレイナがいる。
マナとリードはライアンとはぐれ、奮闘を見せ押し返して場を確保した北門に。そしてライアンたちは東門に分断されてしまったのだ。
「くそ……あ、兄貴……何で、何で……こんな事になっちゃったんだろうっ……」
弱り切ったマナの声が、リードの背中に届く。
「け、けど、ティファを送り出した後で良かった……この二年で、随分生意気に育ったけど……あの子なら大丈夫よ、ね?」
弱気なマナの声に、リードが肩を震わせる。
このまま気力が死んでは、微かにある望みも消えてしまうのだ。
「諦めるなマナ! お前は絶対に俺が守ってやる! お前ら! お前らは子供じゃねぇ、戦士だ! 戦士なら地面見て死ぬんじゃねぇ! モンスターに斬りかかり、噛みつきながら死んでみやがれ!」
虚空に響く声。
だが、その声を拾う者は確かにいた。
正面でリードを牽制するモンスター、ではない。
後ろで顔を歪めるマナでもなかった。
リードが声を掛け鼓舞したのは、他でもないフォール勇士団の面々だった。
力をもらった。リードにそう感じたのか、周りで倒れているフォール勇士団がふらふらと立ち上がる。
「そうだ……僕だって戦士だ!」
「僕だって!」
「俺だって!」
それぞれの剣を握る腕に力が入る。
それぞれの顔に微かな光が灯る。
ゾンビロードにマリンリザード。後方にはゴブリンの姿も見える。周りに倒れる無数のモンスターを見れば、この戦いがどれだけ凄惨だったのかがわかった。
リードの後ろ、フォール勇士団の後ろには中央広場への門があり、広場には戦えない女子供、老人たちが皆の無事を願っているのだ。
「アドルフ、マナを!」
「はい!」
リードが呼んだアドルフという男は、フォール勇士団の中でも青年に近い精悍な顔つきの青髪の男だった。
アドルフはリードの言葉で、マナをひょいと持ち上げ、そして門の前まで駆けて行った。
「おい! アドルフ、何をするつもりだ! おい!?」
「すみません、マナさん」
左右にいる勇士団員が門のかんぬきを外し門を開ける。アドルフが力のないマナを広場側へ下ろし座らせた。マナは、疲労や傷からか、すぐに倒れてしまったが、アドルフは振り返る事なくまた反対側へ走っていく。
かんぬきは反対側にある。勇士団がモンスターに負ければその牙はマナに届くだろう。リードは勇士団の鼓舞のため、マナを助けるとともにマナを利用したのだ。
勇士団の皆に、「自分たちの後ろには自分より弱い者がいる」と再認識させるために。
「くそ、動け! 動け動け動けぇっ! 待て、アドルフ! 兄貴! 兄貴ー!」
「剣をとれ!」
「「おぉおおおお!!」」
リードの掛け声に皆が応じる。
マナの声はリードに届いていたが、リードは、皆は反応しなかった。
そして、静かに門が閉められた。
「くそ……くそぉ……」
兄を思う気持ちは涙となり地に落ちる。だが、雫がいくら流れても、乾いた地面は、いつまでも乾いた地面のままである。
門の向こうではリードたちの声が聞こえる。皆、声が枯れ、血を吐いていた。それでも尚、前を向き叫び続けた。
自らを、皆を鼓舞し奮い立たせるために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほいのほい、キュアー!」
レイナがライアンの傷に手を当てている。見ればライアンの左脇腹には大きな傷がある。
レイナは小さなステッキを振るい、回復魔法を放つ。しかし、傷が大きすぎるためレイナはMPだけを消費していた。
焦燥極まる表情で、ライアンを見るレイナに、周りの者は声を掛ける事すら出来ない。
(ライアン様……)
ライアンの意識を保つために身体を揺すれば傷が大きくなる。そんな事は出来ないと、悔しい思いの中見守る事しか出来ないのだ。
数日前、ライアンとレイナは東門の近くを歩いていた。
復興の様子見のため、状況を確認していたのだ。
そして、突然現れたモンスターの大軍は一気に東門を制圧した。
東門上の見張りを倒し、外壁をよじ登り、門を開けたのだ。
普通の町であればこう簡単にはいかないだろうが、フォールタウンは人材不足という問題があった。モンスターの大軍が押し寄せた頃、ライアンは、正にその事をレイナに指摘していた。
モンスターが押し寄せ、次々と町民を殺していった。この統率された動きにライアンは訝しむも、現況の対応に追われていた。
早急に勇士団の人間を招集し、少数ながらも複数のパーティを組織した。
東門周りの激戦区をライアンやレイナの精鋭が。町の中に侵入したモンスターを別のパーティが対応した。
奮戦に次ぐ奮戦。ライアンは叫び、導きながら戦った。モンスターの侵攻に一瞬の隙を見抜いたライアンは、鬼神のような働きを見せ、なんとか門の外へモンスターを押し返したものの、大きな傷を追ってしまった。
東門の見張り台を陣取ったパーティは、既に満身創痍。横たわるライアンに付き添うレイナも、致命傷こそないものの身体中に無数の傷が見える。
「ぐ……っ。レイ、ナッ……状況は?」
外壁下にいるモンスターの奇声で、朦朧としながらも目を覚ましたライアンは、即座にレイナに状況を求めた。
「は、はい。現在、西門は完全にモンスターに下り、東門のモンスター侵攻は落ち着きましたが、いつ門が破られてもおかしくない状況です。北門はリードやマナたちが奮闘しているようですが、それも既に……限界かもしれません」
「……そうか。町の者は?」
「西門から逃れて来た者は少数ですがおり、その者たちの話では皆広場にいるとの事。ですが、西門の被害は東門よりも甚大だと……。広場への道も時間の問題です」
自分で状況を報告しているだけで胸が苦しくなる。
レイナは、そんな思いを顔には出さずにライアンに報告する。
「わかった。レイナ、お前はまだ戦える者を連れて北門へ向かえ」
「しかし――」
「反論は許さぬ。ここは私一人で十分だ。いいから行けっ」
普段は温厚なライアンが少し語気を強めると、レイナは逡巡するもすぐに行動を移した。
傷の浅い団員を招集し、北区への門に向かうレイナの背中を見送るライアン。
見下ろせば傷で倒れる年端もいかぬ団員がいる。
見渡せば傷ついた町民が傷ついた町民の看護をしている。
絶望。そんな言葉が似つかわしい状況だった。しかし、どの人間を見ても誰一人諦めた顔はしていなかった。
それは、ライアンのカリスマ故か、フォール勇士団への絶大な信頼か。
この時、口の端を上げたライアンはその答えを知っていたのだ。
(アズリー殿、覚えておりますかな。いつぞやお話しした事を……)
――――『人間とは大きな柱に寄り添うものです。ですが、それだけでは広い世界を生きてはいけないのです。私は、この町の人間にはそうあって欲しいのです。力強く、それでいて人間性に富んだ、そんな人間になって欲しいのです。勿論、アズリー殿にも……』
(確かに皆は成長してくれました。ですが、彼らの心の柱は……やはりあるようですな)
遠くでは北門のリードたち、フォール勇士団の咆哮が聞こえる。
最後の炎。振り絞る魂の叫びにライアンはそう感じた。
外壁の下では、いよいよモンスターが東門を破ろうとしている。よじ登ろうとしているモンスターがいないと判断したライアンは、覚悟を決め、轟音鳴り響く東門の前に立った。
損傷の激しい自らの剣を携え、モンスターの襲来に備える。
(皆の者……どうか死んでくれるなっ)
心に闘志を、死に向かう身体に最後の気力を込めたその時、
『へーっくしょいっ!』
ライアンの脳内に響いた謎の声は、何故かくしゃみに聞こえた。
この度、【悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ】第二巻の発売が決定致しました。
発売日等に関してはまだ未定ですので、後日情報が出次第ご報告させて頂きます。
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。
沢山更新出来るように努力しますので、応援の程、宜しくお願い致します。




