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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
最終章 〜悠久の愚者編(下)〜

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◆エピローグ14:大事なホウレンソウ

 ―― 戦魔暦九十六年(聖魔暦一年) 九月二十日 未明 ――


 国のトップである魔王アズリーには、非常に大きな部屋が割り当てられた。

 その大きくて何もない部屋を、アズリーは更に二分(にぶん)した。

 それは、単純な自室と研究室を設けるためであった。

 当然、ポチも同じ部屋ではあるが、研究室を作るのはアズリーにとって当たり前なので、口論にはならなかったが、些か問題は起きていた。


「どうです、ティファさん! フユさん! これが! 私とマスターのお部屋です!」


 ティファとフユは一見嬉しそうにポチの相手をしているように見えたが、それはポチの目に映っている全てであり、ティファとフユの全てではなかった。

 バルコニーや窓を見るティファの目は非常に鋭いものである。


(侵入経路確認。私の部屋から……約一分。問題はポチさんがいない時をどう狙うか……そうだ、私の部屋にポチさんを呼び出してタラヲに接待させれば……いける!)


 そして、それはフユもまた同じである。


(流石魔王様のベッド。思った通り天蓋ベッド(、、、、、)。天蓋の上に空間転移魔法陣を敷けば問題なく転がるようにベッドインが可能。問題はポチさんがいない時をどう狙うか……そうだ、私の部屋にポチさんとナツを呼び出して「トイレに行く」とか言って抜け出せれば……いける!)


 両者の目は、意思は、正に歴戦の勇士に恥じないものだった。


「そうです! あっちがマスターの研究室です! 半分も使っちゃうのはどうかと思ってましたけど、この広さなら全く問題ないですよー!」

「わぁスゴーイ」

「覗いてもイイデスカー?」

「どうぞどうぞー!」


 ティファの目が笑わず、フユの目がぎょろりと動く。

 互いに牽制し合いながらも、目的のために動く二人。

 一見協力的に見えるが、各々の一歩は好敵手(ライバル)より大きくしようと必死だった。研究室の扉の前に立った二人。

 ティファは右肩でフユを押し、フユは左肩でティファを押す。

 一瞬だけ睨み合い、進展のために妥協の溜め息を吐く。


「「……一緒に、ね」」


 ティファは右手で、フユが左手で扉を二、三度ノックする。

 しかし、研究室の扉の奥からはアズリーの声は聞こえなかった。


「あれ? いない?」

「そんな事ないよ。アズリーさんの魔力感じるし」

「だよね?」


 二人は揃って扉に耳を当てる。

 すると、二人の耳には確かにアズリーの声が聞こえてきたのだ。


『ん~、こうじゃないな。後は何足せばいいんだ? もしかしてこの薬草を? いや、これ以上は偏り過ぎるな? ならどれだ? ん~、感覚的にあと一品だと思うんだけどなぁ……』


 二人はアズリーの独り言を聞きながら、扉とは反対側に小首を傾げる。

 そして、まだアズリーが気付いていないと理解した二人は、強めにノックするのだった。


「「アズリーさーん!」」


 扉の前で声を揃えた二人。

 その声でようやく気付いたのか、扉の奥からアズリーが返事をする。


『んー? その声はティファとフユかー? 開いてるから勝手に入ってくれー』


 集中し過ぎていたため二人の接近に気付けなかった。

 そう知った二人は、互いに見合って頷いた。

 扉を開けると、ボサボサ頭のアズリーが二人を迎えた。


「やぁ、よく来たね。二人とも」


 アズリーの目元に出来た(くま)、よれよれの衣服、そして研究室に漂う異臭。

 ティファとフユは、研究熱心なアズリーの日常の姿としてそれを捉えた。

 しかし、二人も魔法士。その研究内容が気にならない訳ではなかった。


「何か、大変そうですね」


 ティファが部屋を覗いて言い、


「一体どんな研究を……?」


 フユが、その内容に触れる。

 この質問にピタリと止まったアズリー。

 しばらくすると、アズリーは、気まずそうに二人から顔を背けた。


「いや、ちょっと……ね」


 全てを開示しないアズリーに、ティファもフユも目を丸くする。

 そして二人は見合い、アイコンタクトを通じ、何かを確認し合ったのだ。


(おかしい。いつものアズリーさんなら説明してくれるはず)

(何かを隠している? 一体何を?)


 二人が研究室の奥を見るも、いくつものビーカーが置かれているだけである。

 その四つの視線が、二つのビーカーに入った液体に向くと、アズリーがそれを隠すよう動いた。


「とととっ! こ、これは見ないでくれ……な?」


 アズリーは近くにあった布を被せ、それを隠す。

 二人の疑惑の視線は、そのままアズリーに向いた。じとりという視線が、アズリーの横顔をちくちくと刺す。

 そして、ティファは思い出したように言ったのだ。


「……そういえば、アズリーさんのお仕事って最近ありませんよね?」

「あ、確かに。作業効率化の目処が立ったから、レオンさんだけで回せるようになったとか聞きましたね」


 フユが便乗しながら言う。


「そ、そういえばソウダネー……」


 アズリーの素知らぬ風の同意は、二人に大きな疑念を抱かせた。


「もしかして、アズリーさんの今のお仕事って――」

「――こっち(、、、)なんじゃありませんか……?」


 研究こそがアズリーの仕事……そう考えた二人の推測は、アズリーのぎくりとした反応を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 しかし、仕事とわかれば二人も引き下がる他ない。

 深い溜め息を吐き、一歩引いて頭を下げるティファとフユ。


「「お仕事中、お邪魔しました」」

「うぇ? あ、いや……邪魔って訳じゃ……はははは」


 ぽりぽりと頭を掻きながら焦るアズリーだったが、せっかくの来客をただで帰す訳にはいかない。そう思ったアズリーは、二人が訪れた理由を尋ねた。


「と、ところで二人は何でここへ?」

「勿論、新しいアズリーさんの部屋を見物に……っていうのはただの口実で――」

「――その口実ついでにブライトさんからの伝言を頼まれました」

「ブライトから? 伝言って一体?」


 念話連絡で済ませられるはず。そう考えたのはアズリーだけである。

 ブライトとしては、アズリーに好意を寄せる二人に伝言を頼む理由は、当然あるのだ。

 小さき国家といえど、アズリーは魔王である。その世継ぎの事を考えない文官等いないのだ。そういった未来の懸念に対し、早い段階で手を打つのが優秀な文官である。


『お二人ともー! 次が来てますのでお早くー!』

「……つ、次?」


 アズリーが扉の奥から聞こえるポチの声に首を傾げる。

 不服そうなティファとフユだったが、がくりと肩を落とし、すんと鼻息を吐いた。どうやらこれ以上の攻勢を諦めた様子である。


「えぇ、ブライトさんからの伝言です」


 フユがそう言い、


「もうすぐ各国の代表の方がいらっしゃいますので、準備をお願いします」


 ティファがブライトの伝言を伝える。


「うぉっ? も、もうそんな時間っ!?」


 慌てるアズリーだったが、二人は苦笑しながらそれを否定した。


「大丈夫ですよ、アズリーさん。まだ時間はあります」

「へ?」

「あと、二人分……ね」

「……二人?」

「それじゃあ失礼しましたー。魔王陛下ー♪」

「陛下、失礼しまーす♪」


 ティファとフユはそう言いながら、小気味よい足音をトコトコと立て、研究室の扉から出て行った。何が何だかわからない様子でそんな二人を見送ったアズリーは、首を傾げるしかなかった。しかし、そんな疑問は、新たなる来訪者のノック音によって行き場を失ってしまったのだった。


「はい? どうぞー」

『失礼しんす』

『お邪魔しまーす』


 聞き慣れた声。一人は春華、もう一人はリナの声。

 アズリーは、背後にある仕事内容の隠蔽に不備がないか振り返る。

 問題ないとホッと息を吐くも、アズリーは二人の来訪に疑問を持った。


(何でこうも立て続けに……?)

「へぇ、これがアズリーさんの研究室かぁ~……」

「リナさん、陛下の仕事部屋と称した方がよろしいのではありんすかぇ?」

「あ、それもそっか。うんうん、魔王様の仕事部屋だね~」

「よ、よく来たね。それで、何か用かな?」

「勿論、新しいアズリーさんの部屋を見物に……っていうのはただの口実で――」

「――その口実ついでにウォレン(、、、、)さんからの伝言を頼まれんした」

「………………ん?」


 どこかで聞いた事のあるような話のとっかかりに、アズリーの頭は混乱した。

 そう、魔王の世継ぎに対し早い段階で手を打つのが優秀な文官である――が、二重、三重の策を講じるのが聖魔国の双黒帝なのだ。

 連絡の行き違いを演出した二重、いや四重とも言えるウォレンとブライトの伝言は、アズリーに更なる疑問を生じさせた。

 リナと春華が伝言を伝えて帰った後、アズリーは部屋から出てブライトの部屋に向かった。


「どうしました、師匠?」


 左大臣の執務室に入室したアズリーは、その連絡の行き違いについて指摘する。


「あれ、別に念話連絡でよかったんじゃ?」

「とんでもない」


 そんな指摘はブライトの一言によって一蹴される。


「連絡は重複するくらいで丁度いいんです。特に、今回のような大事な連絡に関しては。それに、念話連絡の使用は、可能な限り避けるべきだと僕は思いますよ」

「な、何で……?」

「全ての人間に実行出来ないからです。人間が人間らしくあるために、率先して人間の出来る事を行う。それこそが人の上に立つという事です。無闇やたらに魔術を使えば、民衆はこう言うでしょう。『職務怠慢だ』と」

「うーん……本当にそうかな~……?」


 天井を見ながら首を傾げたアズリーだったが、この後もブライトを説得する事は出来なかった。だから、アズリーは別の部屋に向かう他なかった。

 向かったのは当然、右大臣の執務室。


「おや、魔王陛下? いかがしましたか?」

「いや、さっきの伝言の件なんですけど……」

「あぁ、連絡の不備がないよう私からもリナさんたちを使いに出したのですが、逆に陛下を混乱させてしまったようですね。以後気をつけます♪」

「そもそも、伝言なら一人でいいのでは?」

「とんでもない」


 どこかで聞いた事のある返答だった。


「一人の伝言では間違いが起こる可能性があります。では二人では? そう、連絡の間違いが起こった時、指摘する事が出来るのです。いいですか魔王陛下? 報告、連絡、相談はどんな事柄にも必要な事です。特に、今回いらっしゃるのは戦魔国からアイリーン様、ガストン様、オルネル様。トウエッドからは薫様、潤子様。北方同盟(、、、、)からはミネルバ様とバルン様など、数多くの要人がいらっしゃるのです。これに不備があった時、私の首一つでは足りないのです。それとも陛下は配下の首を軽々しく扱うおつもりで?」


 つらつらと出てくるウォレンの説明と、得も言われぬ説得力が、アズリーを壁際まで追い詰める。


「うっ……た、確かにそうですよね。もう前みたいに、仲間付き合いだけじゃ片付かないところもありますよね、うん」

「はい♪ そうでしょうともっ♪ しかし、先の問題については今後改めるとしましょう」

「というと?」

「一度に二人ではなく、四人の伝言であれば問題ないでしょう?」

「………………ん?」


 ウォレンの説明に、理解が追いつかないアズリーだった。

 そして、理解しきらない内に、ウォレンは別の話題を出した。

 勿論、それはアズリーの思考を止めるためでもあった。


「それで……(くだん)の研究の進捗はいかがでしょう? 陛下の魔力を考えれば、問題ないと思ったのですが……?」

「え? あぁ、アレ(、、)の事ですよね。うーん……もうちょっとってところだと思います。体感的に近付いてるのはわかるんですけど……」

「ふむ、左様でございますか……」

「けど、今更アレを作って一体どうしようっていうんです? ウォレンさんが使うんです?」

「はははは、まさか。ただの保険ですよ。陛下が作るアーティファクトを世界に知らしめる事によって、知名度を向上させる事が出来ますからね。ゆくゆくは魔王陛下のアーティファクトを並べた美術館を作りたいと考えてまして」

「作ってどうするんです?」

「当然、観光地にするんですよ。何もないところに人は集まりませんからね。キサラギ一族にも協力してもらいますので、装飾、展示品の数は他国に負けないものとなるはずですよ」

「へぇ~、そういう考えがあったんですね」

「ご理解頂けたようで何よりです」


 事実、先の伝言についてはウォレンがアズリーを言いくるめたものの、この件に関しては、ウォレンの考えは言葉通りだった。その真意に気付き、理解したアズリーは、ウォレンの献身に感心し、感嘆の息を漏らした。

 すると、ウォレンの執務室にノック音が響く。


「さぁ、リーリア(、、、、)さんがいらっしゃいましたよ。陛下は身支度を」

「ん? いつリーリアを呼んだんですか?」

「今しがた、念話連絡(、、、、)で」

「…………ん?」


 ブライトとウォレンの説明の齟齬。しかし、アズリーがその回答に行き着く事はない。

 何故なら首を傾げるアズリーは、近衛兵長となったリーリアによって引き摺られ、部屋に向かっていたからである。

 自室へ戻ったアズリーは、ベッドで寝てるポチをよそに着替えを始める。

 リーリアが部屋の外で待っているため、そそくさと着替えるアズリーは、魔王とはかけ離れた存在なのかもしれない。

 食事の時間になったら起きると判断し、ポチを起こさずに部屋から出たアズリーがリーリアに言う。


「お待たせっ」


 魔王ルシファーを倒した時と同じ様相で出てきたアズリーを、リーリアがじっと見る。


「……ふむ。む、ここがちょっと曲がってるな」


 全然曲がってない。


「髪の毛も少し跳ねているぞ」


 跳ねてない。


「顔ももっと引き締めろ」


 アズリーの両頬にそっと触れるリーリアだが、その全てがただの口実であると、アズリーは知らない。


「こ、こう?」


 言われた通りにするアズリーだったが、リーリアがくすりと笑うので、またも首を傾げる。


「あれ? 変……かな?」

「ふふふ。いや、いつも通りだぞ」

「そうか、よかった」


 顔を綻ばせるアズリーを見て、リーリアがバッと顔を背ける。

 キョトンとするアズリーを背に、リーリアは恥ずかしさを隠しながら前に進む。


「さ、さぁ行くぞ。皆が待っている……!」

「おう」


 これより行われるのは、アズリー史上初の外交。

 そして、今日この日の事は、後に語られる事となる。

 世界最大の珍事という名の――大事件として。

どこかで見たかもしれませんが、後二話で終わります。

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