◆エピローグ13:悠久の獣医アズリーさん
「はい次ー」
「アオンッ! ヒッチです! 魔王陛下っ!」
「ほい、ヒッチなー。この同意書ちゃんと読んだ?」
「はい! チャッピーに、『魔王陛下であり父上の有り難いお言葉』という事で、三百回程聞き、理解したと自負しております!」
「うん、お前もそうなのか。まぁ大丈夫ならそれでいいんだけどな」
「はい!」
「ほいのほい! 品種改良!」
聖魔国と名付けられたその国は、今日も忙しい一日を送っていた。
しかし、最重要項目である堅城が完成したため、アズリーの仕事は先日とは違うものだった。
「はい次ー」
「アオン! フッチです! 陛下!」
「同意書読んだー?」
ポチが作った片尻の玉座に腰掛け、黙々と紫死鳥たちに魔術を施すアズリー。
この品種改良の魔術とは、所謂紫死鳥たちの去勢手術だった。これにより、紫死鳥が五百年に一度、卵を生むという事を回避するのだ。
「はい次ー」
「アオンッ、ミッチです! 魔王様!」
「同意書はー?」
アズリーの眼前、謁見の間から城門まで続く紫死鳥の列。
この紫死鳥たちは、チャッピーが品種改良に関する同意書を何回も言い聞かせた者たちである。
当然、中には「一度くらい卵を生んでみたい」という個体もいるため、全ての参加ではないが、ほぼ全ての個体がこの列に並んでいるのだ。そして、これを行った者から順に、ブライト、ウォレンが割り振る仕事に就くのだ。
相手は天獣――紫死鳥。
その品種を変えるというには、やはりアズリーの魔力なくしては成り立たず、それを行うアズリーの負担は非常に大きいものである。アズリーの足下には、当然ギヴィンマジックが設置され、地道にそれを行使しているのだ。
アズリーと話せるという事で、並ぶ紫死鳥たちは非常に嬉しそうな様子だが、反対にアズリーの顔は疲弊の色に染まっていった。
「くっ! 尻が……痛いぞっ……」
最悪の座り心地である玉座に文句を言い、陽が傾いた時、アズリーの仕事はようやく終わった。仮設の食堂まで歩いてやって来たアズリーがテーブルに突っ伏していると、そこへやって来るのはアズリーの一番弟子のリナ。その手に持つトレイには、アズリーのためのお茶と自分のお茶が置かれている。
「お疲れ様です。アズリーさん」
お茶をアズリーの前にことんと置いたリナは、微笑みながらその対面の席に座った。
「あ、あぁ、ありがとう。リナ」
アズリーがお茶に気付き礼を言う。
リナはトレイから自分のお茶を取り、そっと口を付けた後言った。
「もう全員分終わったんですか?」
「あぁ、だけど明日は明日で大変だ……ブライトから山のような仕事がきてたよ……」
グッタリとした様子のアズリーに苦笑するリナ。
「ははは……い、一体どんなお仕事なんでしょう……」
「えーっと、とりあえず人間用の作物? この大量栽培だったかな? ツァルさん監視の下、第二のららふぁ~むを作ると共に、廉価な作物を作るんだって。俺の魔法や魔術を使えば、半月からひと月で出荷出来る計算……らしい」
「第二のららふぁ~む? 廉価な作物っていうと、安価って事ですよね? それを作るんです?」
カタリと小首を傾げるリナ。
「何でも、第一ららふぁ~むとの差別化を図るんだってさ。消費者は、そこに選択の自由が生まれるからたとえどちらを選んでも消費意欲を促進出来るとかなんとか? まぁ、よくわからないけど、あの二人が言うんだから間違いはないだろう」
「何か、ツァルさんはともかく、ララが怒りそうですね」
「んや、そんな事なかったよ。限られた条件下で限られた作物を作る。これも第一次産業の醍醐味だとか言ってたぞ。まぁ、明日からは第一ららふぁ~むはララの管理に入って、第二ららふぁ~むはツァルさんの管理に入るそうだ。ある意味これも師弟対決だろうな」
「高クオリティの作物を売る第一ららふぁ~むと、低予算で作物を作って売る第二ららふぁ~む……ですか」
「第一は安定供給を目指さなくちゃいけないし、第二はクオリティの向上を求められる。同じフィールドで戦ってるようで、目指すところは全然違う。中々面白い試みだと思うよ」
アズリーが一息入れるようにお茶を口に含む。
すると、リナはアズリーの顔を覗くように見た。
「どした? リナ?」
「ふふふ……」
そして、アズリーと目が合うとくすりと笑ってから目を天井に向けるのだった。
「何だよ、どうしたの?」
「何でもありませーん」
「何かないと笑わないだろう?」
「ん~、そうですね。ただ、生きるのって大変だけど、楽しいなーって。そう思っただけですよ」
「あぁ、確かにね。俺も、こんなに大変だとは思わなかった……」
遠い目をしながら、アズリーが疲れた声で言う。
「正直、ルシファー相手のが楽だったかもしれない」
「そんなにですかっ?」
「まぁ、それはない……か」
ニカリと笑うアズリーに、リナもまた釣られるように笑った。
「でも、アズリーさんの負担が大きすぎません? ずっとこんな調子なんですか?」
「いや、忙しいのは今月だけだよ。その内、俺がやってた仕事を皆が細分化してやるようになるだろうし、その効率化も考えるって言ってたぞ、レオンが」
「レオンさんも大変そうですねぇ……」
「まぁレオンもそうだけど、一番大変なのは両大臣だろ」
「へ?」
リナは目を丸くして間の抜けた声を出した。
「あの二人、ここ数日まともに寝てないよ」
「そうなんですかっ?」
驚くリナがテーブルに身を乗り出す。
「はははは……正直、あの二人こそ化け物だよ。建国した初年度から国に借金せずに黒字にしようとしてるんだから」
苦笑するアズリーを見て、リナがとこんと腰を席に戻す。
そして、給料制で動いている自分の疑問をアズリーにぶつけたのだった。
「そういえば、お金ってどこから出てるんです?」
「トウエッドからの支援金と、ウォレンさんやアイリーンさん、ガストンさんたちの私財をちょいちょい」
「やっぱり、個人のお金が動いてるんですね……」
現実を知ったリナは、驚きと共に溜め息を吐いた。
「でも、それも今年中に完済するつもりだってさ」
アズリーのその言葉に、リナがピタリと止まる。
「今年って……もう三ヶ月ないですよね?」
そう、既に九月の中旬。
限りある時間の中で、建国したばかりの国が黒字を出すという異常に驚いたのだ。
「あの二人なら、収支の誤差がない計算を叩き出す。それに、それを束ねるレオンの決断力もあるしな」
呆れた様子で、しかしそう言い切ったアズリーは、どこか嬉しそうに言った。
遠回しな三人への称賛に気付いたリナは、顔を綻ばせながら口にお茶を運んだ。
「それにしてもこれからはどこから収入を?」
リナは疑問に思っていた。
個人の資産だけではいずれ尽きてしまう。これ以降の収入について、疑問に思うのは当然の事だった。
「イツキちゃんが動いてるんだってさー。冒険者ギルドに作物を卸すみたいだよ? 全世界共通の冒険者ギルドに卸すなら関税もかからないし。まぁ、その内トウエッドや戦魔国とも貿易するみたいだけど、まだその段階じゃないしね」
肩を竦めてアズリーが言う。
「凄い……私の知らないところでもう流通が出来上がってますね」
リナが感嘆の言葉と溜め息を吐く。
すると、アズリーは思い出したように更に付け加える。
「キサラギ家も招致するみたいだから、加工や細工の品物も徐々に増やしてくとか」
「そっか、武器以外の物も取り扱えますからね」
「うん」
アズリーがコクリと頷くと、リナが椅子の背もたれに身を預けながら言った。
「段々出来ていきますね。アズリーさんの国が……」
嬉しそうに言ったリナだったが、アズリーは首を横に振ってそれを否定した。
小首を傾げるリナに、アズリーは言った。
「俺の国じゃない。皆の国さ……」
そう言われたリナが、少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑顔を振りまく。
「ですねっ」
建国よりたった数日。しかし、聖魔国は大きく動き始める。
これは、やがて世界の中心となる巨大国家の、ほんの始まりにすぎないのだから。
後、2話くらいでエピローグも完結する予定です。




