◆エピローグ10:密談
「「何とっ? ララのあの馬車をっ!?」」
「しー! しーですよ!」
「「むっ。がしかし、驚かないという方がおかしいと思うぞ、アズリー殿?」」
それは、アズリーが自宅に帰った後、ツァルと共にお茶をしていた時の話だった。
アズリーはララの出生の秘密を知っている数少ない人間である。その秘密とは、ツァルから知り得たものである。だからこそ、親代わりであり、ララの使い魔であるツァルに更なる秘密を話したのだ。
「「そうだ。思い出した……確かにヴァースの戴冠式の日、私はララを拾った……」」
「レオンに新たなる洗脳魔法を掛けた後、俺はトウエッドに向かいました。レガリアからトウエッドに向かうなら、レジアータは良い目印になるので、そこを経由しようとした時、俺は赤ん坊のララを乗せる馬車を見つけました。モンスターに追われていたようで、ディルムッドさんはララをモンスターに奪われた後、泣きながら奥さんを庇い、逃げて行きました」
「「なるほど、そのモンスターを倒し、赤子を救ったのがアズリー殿、貴方という訳ですな?」」
アズリーは静かに頷きツァルの言葉を肯定する。
そして、その後の詳細について続けるのだ。
「モンスターを倒して赤ん坊を見たら、確かにララの面影はあったんですけど、ディルムッドさんだけ、という情報ではまだ俺も半信半疑でした。けど――」
「「――そうか、私の接近か」」
今度はアズリーがツァルに頷く。
「拾った場所はレジアータの南部。レガリア方面から……サガンへの愚痴をたっぷり吐きながらやって来るカガチ――なんて、俺の知る限り一人しかいませんよ」
苦笑しながら言ったアズリーに、ツァルが笑う。
「「ふっ、あの時はサガンにまだ腹を立てていたからな。それで私の目に付く範囲にララを置き、アズリー殿は去った…………が、皮肉なものだな」」
「えぇ、この歴史も変える訳にはいきませんでした。たとえディルムッドさんが辛い日々を過ごそうとも、ララをレジアータに戻す訳には……いかなかった」
アズリーが歯がゆい表情で言うも、ツァルはその事を一切責めなかった。
「「何、本来散っていたはずの命が救われただけだ。その事に関しては、アズリー殿が歴史を変えたからこそ、ララが生きている……そうとも言えるのではないのかね?」」
「本当に、そうなんでしょうか……」
アズリーの辛そうな表情が変わる事はない。
しかし、ツァルは中庭でナツと楽しそうに遊ぶララを見ながら言った。
「「あの顔が何よりの証拠だろう」」
ララが明るく笑う顔を見て、アズリーの瞳にほんの少しその色が伝染する。
それを微笑みで迎えたツァルは、アズリーが気付かぬよう、静かに、しかし確かに両の頭を下げ目を伏したのだった。
そして、少しでもアズリーの気を紛らわせるため、ツァルは話題を変えたのだった。
「「ところでアズリー殿、件の新国家建国について、フォールタウンより更に南部を使用するという話だったかな?」」
「ん? えぇ、そうですね。ウォレンとブライトの話じゃそうなってますけど? 何でも、フォールタウンの外壁をそのまま国の門戸としてしまうとか?」
「「外部からの入居者はどうしたらいいのかね?」」
「え、まだそういう話までいってなかったと思うんですけど? ツァルさんやララは最初から入ってるでしょ?」
「「そうではない。新しい国を作るのであれば、レジアータから引っ越して新国家に協力したいという話だ」」
要領を得ない話にアズリーが首を傾げる。
「「ララに新しい家族が出来る」」
するとアズリーは、ハッと思い出したように言った。
「も、もしかしてディルムッドさんとの養子縁組をっ!?」
「「全ては今回の戦争が終わってから。予めそういう話になっていたのだよ。昨晩、男子会の前にディルムッド殿に念話連絡をしてね。飲食店第一号の店主としては上々な人材と思ったのだが?」」
「はははは、ツァルさんには敵いませんね。わかりました。ウォレンに話しておきます」
アズリーからようやく嬉しそうな笑い声が漏れると、ツァルも嬉しそうに笑った。
((サガン……私はまた歩くぞ。この者と……お前の友人と共に……!))
かつての主と、今の主を救った男の微笑みは、ツァルに新たな決意と高揚感を与えたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほぉ、それは素敵な事ですね」
ツァルとララの件を、ウォレンに伝えに魔法教室へやって来たアズリー。
ウォレンはその報告を微笑んで聞いた。
「えぇ、なのであちら側が落ち着き次第、という事で問題ないでしょうか?」
「ですが、すぐに……という訳にはいかないのですよ」
しかし、ウォレンの回答は全てを受け入れてはいなかった。その全てを、喜んでは聞けなかったのだ。
それを疑念に思ったアズリーがウォレンに聞く。
「それはどうしてです?」
「我々は今回の戦争の功労者……という名目以上に、世界の崩壊を回避すべくアズリー君と共に新国家を設立する。これはトウエッドに居を構える我々だからこそ、薫様や潤子様のお許しの下、国を出立する事が出来ます」
「えぇ」
「ですが、話に聞くディルムッド様は戦魔国の臣民。これを勝手に連れて行くというのは、やはり新国家建国を前に角が立つ……というのが私の見解です」
「なるほど……戦時下という状況は既に終えているからこその問題、か」
「そういう事です」
アズリーの理解を、ウォレンは微笑んで迎えた。
そんなウォレンを、アズリーは目を細めて見た。
「その顔は、何か打開策があるって顔ですね」
「おや? わかってしまうものですか?」
「こんな話をしてて策もなく笑ってたら、それこそ冷徹過ぎます」
「ふふふふふ、一応……褒め言葉として受け取っておきましょう」
くすりと笑ってから言ったウォレン。
そして、アズリーの前で人差し指を立て、言葉を続けた。
「ではアズリー君、一つお仕事といきましょうか」
「うぇ? それが打開策って事です?」
「まぁ、それは終わってみないとわからないですが、望みはあると思いますよ」
「わかりました。ララのためです」
そう言ったアズリーは、ウォレンの導かれるがままに、後に続いた。
そして覚えた。ウォレンの異常な行動に……不安を。
「移動から空間転移魔法の乗り継ぎ、そして移動。また空間転移魔法……って一体どこ行く気です?」
奇怪な洞窟の中、ウォレンの後ろを歩くアズリーが不気味そうに聞く。
「ちょっとした警戒ですよ。ここはバレる訳にはいきませんから」
「バレるって……誰にですか?」
「先日までの魔王軍は勿論、トウエッドの方々にも……です」
そんな異常な警戒度に、アズリーが身構える。
「ま、まさか悪魔を捕獲してるとか言うんじゃないでしょうね……?」
「ははははは。そちらの方が頭を使わずに済みそうで楽ですが、今回は政治が関係しています」
「せい……じ?」
ウォレンが最後の重厚な鉄扉を開けると、そこにはアイリーンとガストンが立ち、アズリーを待ち構えていた。
「……来たか」
アイリーンは視線だけをアズリーに向け、ガストンは短く言葉を切った。
そんな二人に、アズリーが反応する。
「お二人がいるという事は……」
アズリーが目を向けたのは部屋の隅。
その隅には、一人の人物。その人物は、車椅子に乗り、目は虚ろであった。
「そうか。戦魔帝ヴァース様……」
「この場所を、トウエッドの方々に知られる訳にはいきませんでした。薫様や潤子様が高潔な方であろうと、絶対によからぬ事を考える輩はいますから」
ウォレンの言葉の意味をアズリーが詳しく知る事はない。
しかし、アズリーにも少なからず理解は出来た。
これが、今後アズリーが気にしなければならない政治の一端なのだと。
「政敵ってやつですか」
「用心のためです。いないとも限りませんから」
ウォレンの言葉はそこで止まり、今度はアイリーンが言葉を続けた。
「戦魔国とトウエッドは友好国でもなければ同盟国でもない。だからこそ、ヴァース様の存在は隠さないといけないって事」
そして、ガストンが締める。
「無論、ご存命だという事は両巫女様には伝えているが、将軍様にまでは伝えぬよう言い含めてある」
事の深刻さが理解出来たアズリーは、静かにヴァースの下に歩み寄った。
「ウォレンさん。さっきの話、『終わってみなければ』……という事は、俺にヴァース様を治させるつもりだったんですね」
アズリーが聞くと、ウォレンが静かに頷いた。
「アイリーン様とガストン様の都合が合う日が、今日しかありませんでしたので、丁度いいかと思いまして。アズリー君自ら魔法教室にやって来たのは儲けものでした」
「最初から俺を呼ぶつもりだったんですね」
「今のアズリー君の魔力であれば、ヴァース様の治療が出来ると判断しました。私も、当然……アイリーン様も、ガストン様も」
二人に目をやったウォレン。
すると、アイリーンが口を開いた。
「悠久の愚者を発動しながら、光闇ノ儀でガストンのレベルを上げた。それはわかったけど、疑問が残ったわ。あれだけの魔力をどうやって消していたのか? 一度発動すれば、世界中がアズリーの存在に気付く。ルシファーなら尚更よ。だから、そこの爺に聞いただけよ。『一体どうやったの?』ってね」
アイリーンが言うと、ガストンがわざとらしく首を傾げた。
「はて? 『教えなさい! 糞爺っ!』じゃなかったか?」
「う、五月蠅いわね! どっちだっていいじゃないっ!」
そんな二人のやり取りに、アズリーが苦笑する。
「ははは、だからガストンさんが必要だったんですね」
「ミネルバもミネルバで忙しいからな」
ガストンはすんと鼻息を吐き、腕を組む。
「仕方ないですよ。戦後すぐじゃ、誰だって……と、それじゃあガストンさん。宜しくお願いします」
「うむ。ほい、ストアルーム」
これを行うと同時に、ウォレンが気付く。
「そういう事でしたか。ストアルーム内で鍛錬を。その中であれば我々が住む次元とは異なり、唯一無二の場所となる。ガストンさんの鍛錬であれば、外界から二人を繋ぐもう一人の魔法士が必要……それでミネルバさんでしたか」
「ま、今回は俺一人だけで行って来ますけどね」
「小僧、十分でまた開く。問題ないか?」
ガストンの言葉に頷き、アズリーはヴァースの車椅子をゆっくりと押す。
心配そうに見送るアイリーンに、ウィンクを送ったアズリーが、ストアルームに消えていく。
そして、アイリーンの顔の火照りが消える頃、ガストンが再度開いたストアルームから出て来た二人は、晴れやかな表情をしていたのだった。




