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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
最終章 〜悠久の愚者編(下)〜

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◆エピローグ09:ティファのけいやくしょ

「へぇ、結局ガストンさんの使い魔に?」

「あぁ、さっき再契約してきたところさ」


 使い魔の良識者――コノハがアズリーの下にやってきた。

 その理由は勿論、コノハが知らないとはいえ、アズリーに多大な被害を与えてしまった全獣会(ぜんじゅうかい)についてだった。

 謝罪をしたコノハを無下に出来る訳もなく、アズリーはそのまま世間話をしていた。

 そして知る。コノハがガストンと使い魔契約を再度行った事を。


「バラードも納得済みだし、問題ないだろう。ははははは」

「まぁ、寧ろバラードはそう願ってるでしょうね」

「違いないっ!」


 アズリーの部屋にある机の上でニコリと笑うコノハ。

 そこへティファがやってくる。

 開いていた襖から目を覗かせ、顔を覗かせるティファにコノハが気付いた。


「おっと、そろそろ時間だな。早く戻れってご主人に言われてるんだ。それじゃあまたな、小僧!」


 コノハがティファに気を利かせてピョンと床に降りる。


「はい、また遊びに来てください」


 アズリーはコノハの背を見送り、コノハはティファに向かって尻尾で形成した人間の親指を見せ、激励した。

 ティファはそれにコクリと頷きアズリーの部屋に入って行く。

 アズリーは眼前に置かれた請求書を見ながら、それはもう何度も溜め息を吐いていたのだ。


「くぅ、ダンカンの口紅が、今日は何故か腹立つ……」


 どうやらアズリーはティファの入室に気付いていない様子だ。

 困ったティファは、自分をアピールするためにわざとらしく言った。


「ト、トントン……」

「へ?」


 回転するようにぐりんと向くアズリーの顔。

 その目に希望は無く、ティファの脳裏に先日全財産を失ったブルーツを彷彿させた。


「大丈夫……ですか?」


 タラヲから事前に情報を得て、アズリーの必敗を知っていたティファは、予め用意し、準備しておいた台詞をここぞとばかりに吐き出した。

 当然、これからアズリーが言うであろう言葉も計算に入れている。全てがティファの手中で動く。それが必然であるかのように。


「あぁ、だ、大丈夫だよ。うん!」

「やせ我慢……ですよね?」


 カタリと小首を傾げながら言うティファの言葉が、アズリーに突き刺さる。

 アズリーの魔王討伐伝説から書き換えられた借金王(しゃっきんぐ)伝説は、既に周知の事実。

 だから、アズリーを慕う者たちが、個人資産の集金に走っている。

 その中で一歩先んじたのがティファである。

 事前に準備をする事が出来たからこそ、イツキという強力で協力的な味方がいたからこそ、ティファは他の女子よりも先手を打つ事が出来たのだ。


「ぐぅ……!?」

「そんなアナタにコチラ」


 どじゃらと音を立てて床に置かれる巨大な革袋。

 革袋の内部から発した音は、アズリーが今一番欲しい(もの)の音だった。

 鋭い視線がティファの革袋に向けられる。


「アズリーさん、貯蓄は?」

「が、頑張ってかき集めて三百万……」


 当然、これもただのクッション言葉である。

 何故なら、ティファはアズリーの懐具合を知っているからである。


「偶然ですね。ここにあるお金は七百万ゴルドです」

「ぐ、偶然って……――」

「――偶然なんです」


 強引に押し切るように言ったティファに、アズリーが強く言えるはずもない。

 そして、ティファ最大の目的はこの直後にあった。


「このお金を、アズリーさんにあげるために来たのではありません」

「い、いや! 貰うなんてとんでもないっ! というかそんな大金一体どうし――」

「――なので、お貸しします(、、、、、、)

「…………え、マジ?」


 ティファが強く拳を握る。

 そう、ティファの狙いはここにあった。

 アズリーの性格からして金銭の享受は絶対にありえない。だからこその融資。

 融資であればアズリーはそれを呑む。呑むしかないのだ。

 現段階でアズリーが財産を増やす手段はない。ならば借りるしかない。

 アズリーの頭の中でも、その結論は出ていた。

 そして、絶妙なタイミングでやってきたティファと七百万ゴルド。


「勿論です。なんたってアズリーさんは私の先生なんですから」

「い、いやしかし……ティファが俺の生徒あるであるからこそ借りられない――――」

「――――先に、利息の話をしておきましょうか」

「うぇ!? あるのっ? 利子がっ!?」

「当然です。私を慈善家だと?」

「い、いや。そうじゃないけど……」

「アズリーさんがさっきみたいな事を気にしないための方便だとでも思ってください」

「ほー……べん?」


 先生と生徒の関係をアズリーに気にさせないための方便。それが、ティファの利息、アズリーの利子である。ティファはアズリーにそう言ったのだ。


「別にお金に困ってる人からお金をとろうなんて思ってないですよ。ちょっとしたお願いを聞いてくれればいいんです」

「お願い……?」


 ティファがコクリと首を縦に振る。


「週に一回、私に魔法や魔術。それ以外の事も教えてください」

「へ? そんな事でいいの?」

「一つ注意です」

「な、何?」

「私からの借金なので、一対一(マンツーマン)でお願いします。そっちの方が集中出来ますし……。完済まで週に一回。一回二時間……どうでしょう?」

「おぉ……おぉおお……おぉおおおおおっ! うん! それなら全然いいじゃないかっ! ティファにまだ教えてなかった魔法や魔術も沢山あるし!」

「ではここにサインを」


 ティファが懐から取り出した羊皮紙の契約書。


「ありがとう! ……ア、ズ、リーと……」


 アズリーがティファにお礼を言い、自署欄にサインを記入する。

 この時、この瞬間、この場を以て、ようやくティファの顔が笑みに染まる。


(イツキ……私……私やったよ……っ! やり遂げたよっ!)


 ティファの本願はここにあった。真なる意図は正にティファの利息にあったのだ。

 冒険者ギルドのモンスター討伐の仕事は、今後ほぼなくなると言っても過言ではない。

 その中でアズリーがティファに借金を返済するには、途方もない時間が掛かるだろう。

 その途方もない時間の中にある週一回とは、何回訪れるものなのか。

 それは、ティファやアズリーが想像出来るものではない。

 そして、アズリーが契約した契約書の中には、ティファが口頭で言った内容がそのまま記載されていたのだ。

 ――――『魔法や魔術。それ以外の事』と。

 教えてもらうのはティファではあるが、教えてもらう内容を決めるのもティファである。

 当然、契約書にも書かれている通り、『それ以外』を要求する権利を、ティファは得たのだ。


(これで……これでアズリーさんとデートし放題!)


 深淵の知謀を働かせ、ティファは勝ち取った。アズリーの浅はかな決断を。

 アズリーとは、世界規模で重要な位置にいる存在である。

 そのアズリーから週に一回、二時間という時間を得たティファが、他の女たちより一歩先んじたのは言うまでも無い。

 この噂は、一気に広まる。

 そして、女たちは知るのだ。


「くっ! ティファがっ!?」


 リーリアが焦りを顔に浮かべ、


「姉弟子を差し置いて……けど、上手くやったのは認めるよ……ティファ」


 リナがティファを認め、


「その手があったかぁあああ~~~~っ!」


 フユが頭を抱えて叫び、


「上等……で、ありんすぇ? ティファ」


 愛刀小桜に春華(はるはな)の妖しい瞳が映る。

 静観していたアイリーンがボソりと零す。


「ま、よくやった方じゃない?」


 ただティファの行動を褒めるだけ。

 そう、褒めただけなのだ。アイリーンは知っていたからだ。

 この後、アズリーに起こる事象を。

 それは、ティファがアズリーとの契約を終えてから数時間後の事だった。


「完済ぃいっ!?」


 思わず声が裏返ってしまったティファを、誰も責められなかった。

 責める人間はおらず、謝る愚者だけがティファの前にいたのだから。


「いやぁ、あの後ウォレンさんが来てさ? ほら、ポルコが(のこ)した遺産があっただろ? あれの残りがそっくりそのまま俺のになるんだって。三分の二くらいは使われたらしいんだけど、残りの所有権は俺にあるみたいで……」

「つ、つまりアズリーさんは……」

「まぁ、超が付く程の金持ちって事になるな……ははは」


 照れ臭そうに笑うアズリーを、ティファが直視する事は出来なかった。

 両手で目を覆い、自身の失敗を嘆く方が先だったからだ。


(失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! もっと契約書を練り込むべきだったっ!! 契約書が完成したあの時の幸せそうな私を殴ってあげたいっ! 今すぐに優しく強めに殺意を込めて殴ってあげたいっ! 契約書に「分割返済のみ」って記載しておけと力一杯、背骨が折れるまで抱きしめながら諭してあげたいっ!!)


 身をよじらせながら過去の自分の行為を(かえり)みたティファ。


「ま、まぁティファに心配掛けさせちゃったし、魔法や魔術くらいならいつでも――」

「――時空転移魔法タイムテレポーテーションを教えてください」

「…………へ?」


 神を超える魔力を保持しないと時空転移魔法タイムテレポーテーションが出来ないと、アズリー&ルシファー戦時の会話を忘れていたティファが思い出すのは、アズリーの説明によって思い知るのは、これよりおよそ一分後の話である。

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