◆462 奇道
「兄貴っ!」
「ブルーツ!」
それは、先頭を走るブルーツの異変を、ベティー、ブレイザーが気付いた瞬間だった。
宙を舞うは銀狼の右腕。アルファの鋭い攻撃を受けてしまったのだ。
限界以上の働きをしている中央最前線。既に皆の身体は仲間や自分、モンスターの血で塗れ、呼吸すらままならない状況。
その切っ先で、最も負担の掛かる働きをしているブルーツに、綻びが生じない方がおかしかった。これまでが上手くいき過ぎたのだ。
これは、全ての者に言えた。
声を掛けるも、ベティーがブルーツを助けてやる事は出来ない。
声を掛けるも、ブレイザーがブルーツを助けてやる事も出来ない。
後ろを走る銀の面々も、それは同じだった。
舞ったブルーツの腕は、モンスターに食い散らかされ、跡形もなく消えてしまう。
「構うなっ!!!!」
しかし、ブルーツの顔色が変わる事はない。
その時、その場、その瞬間に出来る最善の方法で、モンスターを葬り去っていくだけ。
ブルーツは恐れを一切見せずに、ただ眼前の敵を倒す事だけ考えていた。
しかし、そんな考えを消し去る出来事が起こった。
「「っ!?」」
銀の美姫、春華が最初に気付く。
(嘘っ!? ……お願い、あちきの勘違いであってくんなまし……!!)
それは最愛の者の魔力を、可能な限り追っていたからこそだった。
それとほぼ時を同じくして、ブルーツ、ブレイザー、ベティーの頭にもそれが過ぎる。
ライアンも、レイナも、マナも、リードも、イデアも、ミドルスも、ツァルも、タラヲも、アドルフも、アージェントも、ベリアも、イーガルも、魔王の懐に近い中央最前線の面々であるからこそ、いち早く気付いた。
(おい……! どうしちまったアズリー!)
(アズリーの魔力が……っ!)
(魔力がサッパリ消えちゃってるじゃないかっ!)
ブルーツ、ブレイザー、ベティーがいくらアズリーの魔力を感知しようとしても、その魔力を感知する事は出来なかった。
ブルーツは無くなった腕よりも、無くなったアズリーの魔力の事だけが気がかりだった。
人類の勝利が懸かっているからではない。ただ、親友であり、弟子であり、恩人であるアズリーだからこそ、その安否が気がかりだったのだ。
モンスターは未だ数千万の戦力を残し、人類の当初の勢力は先細りするように弱くなっていく。止まる事のないモンスターや下級悪魔の進行は、確実に人類の戦力を奪っていくのだ。
トゥースやアイリーン、ウォレンが抜けた事により、中央が押され、中央後方軍との合流を余儀なくされる中央軍。後方との連携を維持するのではなく、どうやって生き残るか。その事のみに焦点を当て、可能な限り最善を尽くすのは、その場を任されたアイリーンの側近トレース、繊細な虎ドラガン、流星の魔戦士テンガロンだった。
軍の中心で合流した三人は、押し寄せるモンスターの大軍を捌くので手一杯で、当然後方にまで意識を傾ける事は出来なかった。
「「ぎぃゃぁあああああああああああああっ!?」」
後方から聞こえる若人たちの悲鳴。
「くっ!」
後方の一番前で戦うテンガロンの口から血が流れる。
(何故若い者ばかり血を流す……!)
それは悔しさから歯を食いしばり、漏れ出た血だった。
ドラガンもまた同じで、若い命の消失に悲痛の顔を見せる。
そんな中、トレースの視界に影が映った。
それは、トレースの後方。中央後方軍の正に中心地から見えた影だった。
「っ!?」
トレースは気付く。
そこでは、とある人物が意識を失って倒れていたのだ。
リーリアがトゥースに託し、トゥースがトレースに託した人物がいたのだ。
「そんなっ!?」
そう、そこにいたのは白のロイドと呼ばれた男。古代神聖国の聖帝ハドルの息子――レオンが倒れていたのだ。
レオンが目を覚ますはずがない。それはトレースが自信を持って言えた。
何故ならリーリアがレオンの意識を絶った後、トゥースが睡眠の魔法を掛けたからである。だからこそ、レオンが行方不明になるなど、あり得なかったのだ。
しかし、それでもレオンは消えた。トレースはここで疑念を持つ。
(レオンさんが起きたとしたら、何故この軍を内部から攻撃しなかったの……?)
いくら考えても、トレースに答えは出せなかった。
レオンが消えた理由。起きたのであれば軍を攻撃しなかった理由。レオンの行き先。
全てが謎のまま……それ以上は考えられなかった。考えている余裕など、今のトレースにはなかったのだ。
左翼にいた冒険者の一団を率いていたのは千剣万化のチャーリー。
遂に左翼は中央前方の最前線と同じく、流動的な行軍を余儀なくされた。
目標は勿論、ブルーツたちとの合流にあった。
しかし、それをさせ得ぬ勢力を見せる魔王軍の動きに、チャーリーは焦りを見せていた。
「ガハハハハハッ! 魔王軍もやるのうっ!!」
それがチャーリーの演技だと、誰もが見抜いていた。
額には脂汗。頬には冷たい汗が流れるチャーリーは、誰も騙せぬ演技をする他なかった。ダンカンでさえ、その道化に反応すら出来ない状態だった。
旧十二士たちにも限界が見え始める。中には、低レベル者ではほんの少しの時間しか使えない究極限界を発動する者もいた。つまり、それだけ状況は逼迫していたのだ。
この戦場でメルキィも気付く。弟弟子の魔力が消えた事に。
(一体全体どうなってるんだぃ!? アズ君の魔力が消えて、師匠の魔力も全然感じられない! それに、あの場所に向かってるもう一つの大きな魔力! ありゃ一体何なんだぃ!?)
そう思うも、メルキィが出来る事はなかった。
この時、全ての行軍の中で、一番自由に動けた軍があった。
それがヴィオラ率いる元王都守護魔法兵団、元王都守護勇士兵団の精鋭たちだった。
遊撃軍として動き回っていた灰虎が、この軍に加わっていたのだ。
それは、再度現れるビリーを警戒しての事だった。
しかし、ビリーはこの右翼軍の前に現れる事はなかった。
だからこそ、ヴィオラは皆に指示を飛ばしながらも、ビリーの魔力を終始探していたのだ。そして、それは訪れた。
中央を疾風のように動く魔力を感知したヴィオラは、それを灰虎に報告した。
「灰虎殿!」
「うむ、私もたった今感知した!」
「ヴィオラ様! 追いましょうっ!」
ジャンヌがそう言うも、ヴィオラはその動きを決めあぐねていた。
だが、ヴィオラの指示を聞かずに動き始めた一団があったのだ。
それは、守護勇士兵団の面々だった。
先頭に立つエッグがその一団を率い、動き始めてしまったのだ。
「エッグ殿っ!?」
「あれは追わなきゃ駄目っす! あっちにはリナさんが! リナさんがいるんすっ!!」
エッグの言葉通り、ビリーはリナたちがいる魔王の懐に向かっていた。
そして、エッグの言葉にはリナという存在以上の真意があった。
(っ! 確かに、今あそこにビリーを合流させてはまずい……!)
ヴィオラの思考に同調するように、ジャンヌが叫ぶ。
「行きましょう、ヴィオラ団長! 最初ビリーを受け持ったのは我々です! し損じたのであれば、それは私たちの役目です!」
「同感だ!」
灰虎がそれに同意すると、ヴィオラも頷く他なかった。
そしてそれは、元魔法兵団の精鋭たちも同じ気持ちだったのだ。
「ふっ! そうでしたね、ガストン様……! 我々は最早ただの魔法兵団。ここで引いては看板に傷が付きます! もっとも、あの看板は、ガストン様の命令でポチ殿に傷つけられたままですが……!」
そう決めた時、ヴィオラの行動は早かった。
すぐに、先を動く元勇士兵団の猛進にピタリと張り付いて、レガリア城を目指す事にしたのだ。
この戦場、既に一団が一丸となって流動的に動かなくては、生き残る事は出来なかった。
間もなくして、中央後方の軍をドラガンとテンガロンが率い、動き始めたのだった。




