◆461 奇譚
「「はぁはぁはぁ……!」」
ルシファーが十二士を見下し、そして目を瞑る。
「残念だ。非常に残念だ……」
ルシファーの言葉の真意。それは十二士たちへの落胆にあった。
既にバラードは空を扇ぐ力もなく、大地に下りている。
リナもまた、膝を突き身体から消え去る魔力を悔しそうに見る。
そう、既にリンク・マジックにより発動したアズリーの魔力は全て使い切ってしまったのだ。
アイリーンも、ウォレンも、バルンも、オルネルも、フユも、ティファも、ララも、ナツも、それは一緒だった。
遂にはリーリアの魔力が尽きるも、彼女は唇を噛みしめ、口から血を流しながら大地に立っている。
リンク・マジックが消えるも、唯一魔力の残っているトゥースでさえ、その魔力は残り少ない。
オルネルがルシファーを睨みながら呟く。
「アイツは……一人でこんな化け物と戦ってたのか……っ!」
オルネルの目がルシファーから未だ倒れるアズリーに向く。
その眼差しは、羨望というより憧憬に近かった。オルネルが強く目を瞑り、頭を振る。
既にアイ・ドールの攻撃は魔王の指示により止まっている。
そして、アイ・ドールは戻って行くのだ。主である魔王ルシファーの体内へと。彼等がここまで早く魔力を減らしてしまったのには訳がある。
当初、魔王ルシファーの魔力はルシファー・ブレイクの直後という事もあって非常に少なかった。しかし、ある程度の魔力回復を終えた後、ルシファーはある行動に出た。
それが、十二士への吸魔だった。
本来、吸魔は魔力の放出状態にあれば吸われる事はない。
究極限界状態にあった十二士たちがそれでも魔力を吸われてしまったのには、当然理由があるのだ。
それこそが魔王ルシファーとのレベル差である。たとえアズリーの魔力を帯びようとも、このレベル差により、アズリーの魔力はルシファーの魔力へと変換されてしまったのだ。
それだけの魔力を吸い、ギヴィンマジックにも乗っていたルシファーがアイ・ドールを体内に戻す。これにも理由があった。
最後のアイ・ドールがルシファーの体内に戻る。
直後、十二士たちの顔が凍り付く。
研ぎ澄まされた静かで冷たい魔力は正に死の風。
究極限界という防御がない皆の身体は一瞬で震えだす。
それはたとえ知肉のトゥースだろうと、戦士リーリアであろうと等しく訪れるのだ。
「ふん」
それは、魔王ルシファーの魔力が完全に回復したという証拠だった。
「な、なんだこれ……」
歯をガチガチと鳴らし、自覚のない恐怖に戸惑うバルン。
両肩を抱くリナが意識のないポチを見る。
(こんな恐怖と……ポチさんは戦っていたの……っ?)
ルシファーが立ち上がり、手を前に差し出す。
そしてほんの少しだけ魔力に圧を込めた。
「ひれ伏せ」
その一言と同時、十二士たち全員が膝を突き、頭を垂れた。
それは決して自分の意思ではない。魔王ルシファーの強烈な魔力が、十二人の身体を操作しているに過ぎなかった。
自身の魔力を残しているトゥースでさえ、その圧に抗う事は出来なかった。
ただ一人――悠久の愚者を除いては。
「「っ!?」」
十二士の間を、蹌踉めきながらゆっくりと歩いてくるアズリー。
その瞳、力なく。その歩み、力なく。その心、力なく。しかし、真っ直ぐとルシファーの前に立つのだ。この場でただ一人。この世でただ一人。
その力なき顔が横を向き、その力なき声で皆に言った。
「わりぃな……みんな…………おかげで、ちょっとだけ回復できたわ……ははは」
精一杯作った笑顔に、十二士たちの顔が大きく歪む。
それは自分の無力への怒りでもなければ、恥でもなかった。
ただこの世の理不尽を呪い、ただアズリーとの時間を惜しんだ。
もっと彼にしてあげられる事はなかったのか。もっと彼と一緒にいる事は出来なかったのか。もっと彼と彼の使い魔に幸せな時間を与える事は出来なかったのか。
もっと。もっと。もっと。それだけを願い、後悔し、呪った。
「やはり、余の前に立てるのは貴様だけか。アズリー?」
ルシファーがアズリーを指差して言う。
「……は、はは……待たせた、か?」
乾いた声の中にある確かな恐怖。
これから何が起きるのか、それは当の本人であるアズリーでもわからなかった。
ただ一人。この場で主導権を握っている魔王ルシファーだけが、それを決められたのだ。
ルシファーは、アズリーに向けていた人差し指を、少しだけ右にずらす。
「っ!!」
瞬間、アズリーは反応した。
ルシファーの人差し指から発射されたのは、極細な魔力砲。
その魔力は濃密で、強力な殺意の塊だった。
それは、アズリーに向けられたモノではなかった。
「……え?」
そう零したのは一人の男。
男の名はオルネル。
オルネルの前には愚者が立ちはだかり、その後ろ手――魔力砲を受けた傷から血が流れ出ている。
そう、ルシファーの魔力砲はアズリーの仲間に向かった。アズリーは最初に撃たれたオルネルへの攻撃を庇ったのだ。
ルシファーは、まるでショッピングをするかのように人差し指で十二人の標的を選んでいる。
「くっ!」
次に狙われたのはバラードだった。
「ア、アズリー様っ!」
魔力砲を受けながらも、アズリーはバラードに「気にするな」と笑いかける。
「あぁ……っ!」
涙するフユにそれが向けられ、アズリーはまた魔力砲を受けるための盾となる。
トゥースに向けられたソレも、アズリーは迷わず受ける。
トゥースの口が固く結ばれ、顔が強ばり、申し訳なさそうに俯く。
アイリーンはアズリーの顔を見ず、ただなんとかして立ち上がれないか、何度も何度も身体に力を入れ試みている。
リーリアもまた同じで、立ち上がろうとしながらルシファーを睨んでいる。
ティファは、大粒の涙を流しながらアズリーに謝る事しか出来なかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
それに対するアズリーの儚い笑みが、その涙を更に加速させた。
ナツの前でも、ララの前でもそれは同じで、アズリーは魔王の攻撃による辛さを、一瞬でも見せなかった。
バルンに攻撃が向き、ウォレンに攻撃が向き、遂にはその矛先がリナに向く。
血に纏われたアズリーが、リナの正面に立ちルシファーの攻撃を受ける。
涙で顔をくしゃくしゃにしたリナは、アズリーに何も言う事が出来なかった。
嗚咽すらアズリーに聞かせたくない様子で、喉の奥で言葉を殺し、舌を噛んで息を殺した。
悲しみを見せない事こそが、アズリーへのせめてもの償い。そうともとれた。
悲しみを見せない事こそが、ルシファーへのせめてもの抵抗。そうともとれた。
当然、魔王ルシファーの魔力砲は、コノハにも、ポチにも向かった。
「小僧……っ!」
「へへ……すみません。ちょっとポチの事お願いします。ポチ、待ってろよ? 今、ルシファーぶっ飛ばしてくるからな……」
それは、この場にいる誰もが理解していた。
アズリーには、最早魔王ルシファーに抗うだけの魔力なんてなかったのだ。
一周、また一周と十四人が狙われ、アズリーはその都度、笑いながら皆を守った。
四周目に差し掛かった頃、アズリーの身体が遂に力尽きる。
瓦礫に躓き、転んだ事で、ルシファーの魔力砲に間に合わず、トゥースの腕に穴が空く。
だが、トゥースの表情は少しも揺るがない。
「あ……わりぃ、トゥース……」
アズリーがボロボロの身体を起こしながら、トゥースに謝罪する。
「うるせぇ……! 寝てろ馬鹿……っ!」
オルネルの大腿部が貫かれる。
ウォレンの肩が貫かれる。
バルンの、リーリアの、アイリーンの…………しかし、誰も一言も声を出さない。
それらの行動の全ては、アズリーのため。
「ごめん……ごめんなぁ……みんな……っ!」
アズリーは倒れながら、囚われの十四人に謝罪する。
すると、これまで愉悦の笑みで皆を攻撃していたルシファーが口を開いたのだ。
「なるほど、この者か」
「くっ!?」
ルシファーが選び、魔力で強引に持ち上げたのは、アズリーの一番弟子――リナ。
絶大なる魔力により中空に上げられたリナは、もがきながらその束縛から逃れようとする。
しかし、相手は魔王ルシファー。絶対に解ける訳がないのだ。
「な……何する気だ……?」
アズリーはよろよろとルシファーに近付きながら言った。
するとルシファーは、リナを見ながらアズリーに答える。
「この者への攻撃の反応。一番貴様に似ていた。つまり、ポチを除き貴様に一番近しい者と判断したまでだ。今のポチだと反応が見られないからな。ハハハハハッ!」
「……おい…………やめろ……っ!」
アズリーの目には願い以上の怒りがあった。
しかし、ルシファーはそれを気にする事なく、躊躇する事なくリナの右腕を――折った。
「リナァッ!!」
痛みに顔を歪ませるリナ。だが、やはり悲痛の声は出さない。
ただ強く、アズリーの足手まといにならないよう懸命に、ルシファーだけを睨んだ。
「気に食わんな」
「っ!?」
リナの左腕が折られる。
「おい! ルシファーやめろ!」
ルシファーに肉薄するも、アズリーはルシファーの足払いにより簡単に転んでしまう。
ルシファーの魔力砲を受け続けたアズリー。先程十二士たちが稼いだ時間で回復した魔力も、最早ほとんど残っていない。
「やめろっ! くそっ! やめるんだ! やめてくれっ!」
「ハハハハッ! また懇願か? だらしがないな、アズリー!」
他の十三人もまた、ルシファーに懇願し、殺意を向け、憤怒した。
「脚! 指! 肩! 腰! そら、回復してやる! もう一度最初からだ! ハハハハハッ!!」
ルシファーはまるで玩具でも扱うようにリナの身体を弄び、アズリーの反応を楽しんだ。
「頼む…………やめてくれっ…………!」
地べたに這いつくばるアズリーが願うも、ルシファーは構う事なく続けた。
そして、遂にリナの強い意識も消えてしまう。
無反応になったリナを見たルシファーは目を丸くし、戻し、つまらなそうな顔となった。
「何とも脆い。これが人間か」
肩を竦めるルシファーは、リナを解放し大地に落とす。
ボロボロになったリナは、最後まで悲痛の声を漏らさなかった。
やはりそれは、アズリーのためだった。
「クククク……ハッハッハッハッハッハッ!!!!」
高らかに笑った後、ルシファーは後方に跳び、アズリーを中心に右手をかざす。
ルシファーの手のひらに集中する魔力。それは、これまで以上の強大な魔力砲を予感させた。そして、アズリーは思い出す。あの時、ルシファーがアズリーに言った言葉を。
【数日の後、世界は地獄と化す。存分に抗え。存分に絶望しろ。そして最後には……余が笑いながら見送ってやろう。その時こそアズリー……存分に散れ】
それを思い出した時、アズリーはこの中で真っ先に悟る。
遂にルシファーは満足したのだと。アズリーに、自分に生き地獄を見せる事が叶い、終わりにしようとしているのだと。
ルシファーの膨大な魔力が一気に凝縮される。その殺意は、アズリー含むこの場の全員を呑み込むものである。それは全員が理解していた。
だからこそアズリーは、この場で唯一動けるアズリーは、最後の時間を可能な限り使い、皆に向き直って笑って言ったのだ。
――――ごめん。
アズリーの眼前に迫る巨大な魔力砲。
抗う魔力などほとんどない状況で、アズリーが導き出した答え。
それは、見る者が見れば非常に難解な空間発生の魔法。しかし、アズリーの残り少ない魔力で発動出来、この一撃を防ぐ事の出来る魔法は、その魔法だけだった。
その指の動き、正に神速。
「ほい、ストアルーム!」
その空間制御、正に神技。
アズリーが物置として使うこの魔法こそ、何でも入るこの魔法こそ、ルシファーの魔力砲を防ぐ盾となる。
「ほぉ? 面白い。最後の抵抗というやつか……」
魔王ルシファーの魔力砲は止まらない。
アズリーのストアルームがそれを防ぎ続けるのは無理があった。
バチバチと黒雷を発するストアルームに、アズリーの顔が歪む。
「……くっ! くそっ!」
「何とも、あっけない幕切れだったな……アズリーッ!! ぬんっ!!」
ルシファーが更なる魔力を込めた時、ストアルームの限界を迎えた。
ストアルームは魔王ルシファーの魔力砲により押し込まれ、アズリーと共に掻き消えていった。
「己を盾に、雑魚共を救ったか……なるほど、正に愚者だな」
魔力砲も、ストアルームも、アズリーも消えた戦場。
響くのは、皆がこれまでアズリーのために我慢した――悲痛の声だけだった。




