046 接待
「ほぉ、あれに気付きましたか。流石アズリー君ですね」
「お世辞は結構ですよウォレン会長閣下殿」
「はははは、お世辞ではありませんよ」
「その乾いた笑いさえなければそう聞こえますよ」
「おっと失礼、つい癖でね」
「これじゃ、またジャンヌさんがこの学生自治会室に来なくなっちゃいますよ」
「本当に、何故来ないんでしょうかねぇ……」
「あなたが嫌いなんですよあなたが。今日のあの戦い方で更に嫌われましたよ、きっと」
「何故嫌いなんでしょうねぇ……」
「全て見透かしつつも泳がせるところとかじゃないですか?」
「おぉ、それは新発見ですね」
相手にするのも疲れるからだろう。
あの後表彰式を済ませた俺は、フランクフルトをねだるポチをリナに預け、親善試合の後に追われるであろう仕事の迎撃準備をする為に、ウォレンと学生自治会室にいる。
相変わらず小うるさいウォレンの相手をする為、この数ヶ月で鍛えられたのか手を動かしながら応答する事に慣れてきていた。確かに人を使う才能があるんだろうな。
「まぁ、それでも仕事はしますし、人望も実務能力もありますからね。ジャンヌ副会長は」
「えぇ、私も助かってますよ。彼女は今回の親善試合で念願の守護魔法兵団からのオファーを得られたみたいですから、進路に関しても問題ないでしょう」
「そういえば、会長はどこの志望なんですか? 前にガストンさんと話した時に初めて会ったみたいでしたけど、やはり守護魔法兵団志望なんですか?」
「毎年十二士からの来賓は変わりますからね。そういえば……今年はガストン様の強い要望があって来賓に決まったとか?」
そう言ってウォレンは眼鏡を上げて俺を見る。
まるで「君を狙いに来たんですよ」と言いたげな目だ。いや、実際来たからその通りなんだがな。
これは無視だ無視。それにまだウォレンの答えを聞いていない。
「ふふふふ、まぁいいでしょう。私の志望は……国ですね」
「それは六法士になるという事ですか?」
「いえ、もっと上ですよ」
「…………黒の代表者になると?」
「ほぉ、知っていましたか」
「えぇ、まぁ。……しかし何故俺に話したんですか? 俺の質問を断る事も出来たでしょう?」
俺の言葉にウォレンが指を組み椅子の背もたれに身体を預ける。
しかし、預けたかと思うとすぐにまた姿勢を正した。
「ふむ……そうですね。では、その問いを断りましょう」
嫌な笑いだ。
「……性格が悪いですね……」
「私を前にその胆力は称賛に値しますよ、アズリー君」
「どこかで聞いたような言葉ですねぇ……」
「おそらくアイリーン様でしょう?」
「あぁ、多分そうです」
「ふふふふ。ところでアズリー君、以前バラッドドラゴンの死体を見つけたと言っていましたね? 見事な斬り口で、相当な手練だったとか?」
「なんですか、本当に突然ですね? 確かにそうですけど?」
「本日ようやくその正体がわかりましたよ。本日来賓としていらっしゃっていたチャーリー様です」
「あぁ、千剣万化の……よくわかりましたね?」
「先程お話しした時に、ご本人が武勇伝を語ってくれましたからね」
元気な戦士大学長もいたもんだ。
遠目で見たけど、ありゃモンスターの類だな。熊のようなドラガンが小さく見えるとは目を疑ったわ。
その隣に立っていたガストンはまるで子供のようだったな。
そうか、確かに六勇士の一人ならば有り得ない話じゃない。ベイラネーアの近くだし、何よりあの爺さんだったらやりそうな顔をしている。
「そうでしたか。一応後程リナには話しておきます」
「ご自由に。では私は仕事が片付きましたので先に失礼させて頂きます。鍵は後程いつものように講師室へと返しておいてください」
「はい、わかりました」
ウォレンはそう言って床をカツカツと鳴らしながら学生自治会室を出て行った。
俺はその後、集中して仕事をこなし、夕日が沈む中静まる親善試合の日を終えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
寮に戻り、ポチと一緒に脱寮し、魔法大学の裏手で待っていたのはブルーツだった。
いつもの時間、いつもブルーツと落ち合う場所だったから待機していたんだ。そして、ブルーツに俺の今日の予定を伝える為にここまで来たのだ。
「よぉアズリー、今日は大活躍だったな」
「ありがとうございます。ブルーツさん、すみません。今日はちょっと予定が入っちゃって……あ、でもブルーツさんがよければ一緒に来ます?」
「付いて来てくださいお願いします!」
「おいおい、一体なんだってんだよ?」
「ガストンさんと会うんですよ」
「ガストン様? なんであんな大物のとこに俺が行くんだ?」
「ちょっと例の件でガストンさんにご相談があってですね」
「付いて来てくださいお願いします!」
どんだけ味方が欲しいんだポチよ。
「はははは、だからポチがこんなになってんだなっ?」
「あの人の目が怖いだけです! 壁は一枚でも多い方がいいですから!」
「枚ってなんだよ枚って!」
「言葉の綾ですよ!」
「まず綾を作るなよ!」
「マスターがうるさいのでブルーツさん付いて来てください!」
「どんな理由だそれは!?」
「わぁーった、わぁーったよ。そんじゃ会いに行こうか、焔の大魔法士様に、よっ」
「いてっ!?」
ブルーツにペチンと尻を叩かれる。俺の尻はそういった機能を搭載していないのだが、この平手には場の空気を変える力があるから不思議だ。
ブルーツの間の使い方が上手いのだろうか?
「おー、そうやればマスターも黙るんですねっ? 今度やってみます! 爪で!」
「怖いわ!」
「はははは、そりゃ痛えな! さ、アズリー、さっさと向かおうぜ。あの方は怒らせるとおっかねぇからな!」
その通りだ。今すぐ向かおう。
爪をギラリと輝かせるポチを小突いて俺たちは料亭、森羅万象へと向かった。
そして着くといつかのように小男が立っていた。
提灯や篝火の光を頼りに案内される。ブルーツは遊郭に行く事もあるせいかどうにも慣れた様子だった。
部屋の前で小男が襖を開けると、腕を組んで胡座をかくガストンの姿がそこにあった。
「ぬ、お主は銀の……?」
その問いの答えより、まずは俺とブルーツは席の手前に座った。
「ガストン様、お久しぶりですな。銀のブルーツです」
「ガストンさん、本日の話、ブルーツさんがいないと出来ない為お連れしました」
「ほぉ……わかった。座るがよい」
ようやく着席すると、これまたいつかのように、ポチは俺の後ろにちょこんと座った。
壁は二枚だぞ、ポチ?
「まずはアズリー、本日の親善試合見事だった。飲め。その歳で飲めぬ訳ではあるまい?」
「あ、はい」
「失礼致します。お料理をお持ちしました」
ガストンに酒を注がれた時、襖の向こう側から料理の到着を知らせる声が聞こえた。ガストンが入室を許すと、前菜と思われる水々しい野菜料理が並べられた。薄く切られた新鮮な生肉が乗っていて実にうまそうだ。
そしてうるさい。俺の後ろの使い魔の腹が。
「小娘、お前も食いたいのか?」
「じゅるり……お腹減りましたけど大丈夫です! じゅるり」
「…………食いたいのか?」
「もぉ〜、しょうがないですね〜。そこまで言うならばご相伴に与ろうじゃありませんか!」
確かに俺たちが招いた事になるのか。待たせちゃったけど。
「ふふふふ、相変わらず面白い小娘だ。それ食べなさい」
小皿に俺が取り分けた野菜料理をガストンが床に置く。
尻尾を振り、ニコニコしながらポチがガストンの隣へ座った。
随分薄い壁だったな。
その後の魚料理や肉料理、スープにいたるまでガストンはポチを優先させた。
赤いソースで口を汚したポチの姿は野性味溢れ過ぎて皆で笑ったものだ。
「似合いますか!?」……この一言でガストンが咳込む程笑った。
なんだ、触れて見れば気の良い爺さんじゃないか。肩書きから生じる壁というのは最初は分厚いものなんだな。
ガストンをもてなせたのかはわからないが、どうも綻びた笑顔を見ると、それなりに満足してくれたみたいだ。
「……ふむ。堪能したぞ、小僧?」
「そりゃよかったぜ」
「何よりです」
「さぁ、聞こうじゃないか。今回、儂にある話というのをな?」
お茶を一つすすったガストンが、顔を整える。
爺さんが六法士に変わる瞬間だった。珍しく空気を読んだのかポチが再び俺の後ろに控えた。
「まずは最初に今回ガストン様にお願いしたいのは……就職先の斡旋です」
「礼儀は弁えているか。して、斡旋とな? 儂が抱えているのは守護魔法兵団のみ。色食街の娘ども全員を受け入れる事など出来るはずも無いが……」
「お願いしたいのは私が預かった娘たちの中でも優秀な生徒です。それも、魔法士や戦士としてではありません」
ガストンの眉がピクリと動く。
ともなってポチの背筋がゾクリという感じで動く。
「それこそ受け入れる事が出来ない。戦士や魔法士でない者を守護魔法兵団が雇うだと? 儂が許しても国が許さぬよ」
なるほど……この案件、ガストンは前向きみたいだな。
「一体どういう事だよ、アズリー?」
「もちろん戦士や魔法士になりたいと言う者もいるでしょう。しかしそれはそれで専門の機関があります。ある程度育ったら魔法大学や戦士大学へ通わせますよ。しかし今回ガストン様にお願いしたいのはそれ以外のスペシャリストたちです。勿論、一般人以上の体力はお約束します」
「それ以外とな?」
「私は色食街の娘たちを事務方のスペシャリストにする予定です。掃除洗濯は勿論、経理や兵の時間管理まで、戦闘に従事するくらいは可能な子を選抜してお送りします。勿論、危険な場所です。希望者の中から選定しますがね」
「なるほど、確かにどこの部隊も杜撰な管理だ。それに特化した者が任に就くのであれば我々も戦闘や遠征に注力出来る。検討に値するものだろう」
「ありがとうございます」
「だが、あくまでそれは少数精鋭だろう? 他の娘たちは? その施設の維持はどうする? 婆が渡した金だけでは持って一年、いや、それ以上に小僧の体力が持たないだろう?」
仰る通りで。




